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ⅲ話「次の仕事」

 「終わりましたよ、訓練」

 「お疲れ様でした……ところで、あの銃声は?」

 「射撃訓練です。なあに、あれで少しは彼らの技術も上がるでしょう」

 ありがとうございます、と不安気に浅く礼をする老爺は、ルカのズボンについた血のような跡を見つける。

 「怪我をなされたのですか?」

 「へ?」

 ここです、と指さされた部分を見ると、そこには血の跡が確かについていた。

 左足の裾口の辺り。

 恐らく、色々なものを蹴り続けたから、その返り血だったのだろう。

 だが、正直に「生徒を殴る蹴るした」と言っては、給料に関わる、と考えたルカは、誤魔化すことにした。

 「えっとですね、鼻血を出した生徒にかけられました。今日は暑いですからね、耐えられなかったのでしょう」

 「それはそれは、うちの生徒が失礼なことをしました。ところで、その生徒は?」

 「あー……」

 行き詰まってしまった。

 そこまで聞いてくるというのは、過保護な学校であることの照明のようなものだった。

 その場合は、医務室に連れて行くのが良いのだが、そんなことはせずにいたのだから、下手すれば無賃労働ということになりかねないのだ。

 ルカは、適当に誤魔化して、さっさとお金だけを貰って帰ることにした。

 「自力で医務室に行ったと思います。ところで、報酬はいつ?」

 「ああ、すみません。ただいま、お持ちします」

 老爺は、老体らしい走りで廊下を駆ける。

 その背中を見ると、すぐに近くの廊下に背中をもたらし、肩にかけた袋を地に着ける。

 溜め息を零すと、辺りを見回す。

 ルカが出た学校より、後に作られたのが分かるくらいに綺麗な壁や天井、綺麗に敷きつめられた木の床。

 しかし、それすらも貧相に見えるほどに、ルカの目は肥えている。

 「立派な学校に見えたが、うちの方がいいな……まあ、あっちは王立なんだから、当然っちゃ当然か」

 ある程度の地位を持った者の子が、何かを学びにくるところだというのは、今までの経験から分かるものであった。

 ある程度の地位。

 経営者か、貴族の御曹司。

 つまり、本来は軍隊行きの目的で使われていない。

 「軍は、いつから溢れ者の痰壺になったんだ」

 「お待たせしました」

 ルカが少しの苛立ちと呆れを感じている間に、せっせと袋を持って老爺は駆けてきた。

 「200クリスです」

 「そんなに貰ってもいいのか?」

 「ええ。なんたって、王立軍学校の元ネイブでありながら、国連軍の越境治安維持部隊で、あのランケスにおける内戦で部隊を率いていたお方なのですから、逆にこれでも安いくらいです」

 「……ああ、内戦、ですか」

 ルカは、顔を顰める。

 今でも時々、脳裏に現れる少女の幻影がハッキリと見えてくる、引鉄のような役割を果たす単語に。

 「すみません、私はこれで失礼します」

 ルカは、袋を肩にかけ、紙二枚を受け取ると、歩き始めた。

 「道案内をしましょうか?」

 「そちらも忙しいでしょう。気にしないでください」

 「はあ」

 老爺は溜め息を吐き、遠のく背中を眺めていた。

 しかし、すぐに廊下を走る、老爺と同じくモーニングコートを着た、若い男に話し掛けられ、また廊下を駆けることになった。

 そんな姿を見もせずに、靴を履くと、外に出る。

 「内戦……いや、あれは」

 久々に聞いたその単語は、未だに頭に残っていた。

 なにしろ、ルカが見てきたものは、戦意のあるものと戦意のあるもので対立し合う、戦争の形とは違っているものであったからだ。

 まるで、トマトを踏み潰すかのように、意思のないものを捕まえては服を剥ぎ、殺すか路地裏で身体を売らせる。そんな光景が繰り返されるものは、戦争なんて高貴なものとは違うと、ルカは確信している。

 「忘れよう」

 立派な校門から出たのを境にするように、思考を止めた。

 それは、少女の顔を出させないためであった。

 なにも考えずに歩こうと、前を見ると、そこには見覚えのある、赤のローブに身を包んだ者が立っていた。

 「その勲章、まさか」

 「久し振りだねえ、ルカ」

 「……何の用だ、母さん」

 母さん。

 そう呼ばれた者は、フードを後ろにやると、短い赤髪と、薄く口紅を付けた、目許がルカに似た女性が出てきた。

 「探したよ?」

 ニヤっ、と笑ったその顔に、どことなく嫌な予感を察知したルカは、青白い光を纏おうとするが、相手は左手に、綺麗な銀のコーティングがなされた短い杖に、青白さと紫が混じった光を集めている。

 それを見ると、諦めたかのように光をかき消し、つま先で地を三回叩く。

 「降参だよ、降参」

 「分かってるじゃないか。なに、悪い話はしないさ。ただ、久し振りに話したいと思ってね」

 「分かったよ。昼飯で手を打つ」

 「じゃあ、そこまで共に行こう」

 ルカの母は、手に持っていた銀の杖を人が乗れる程までに伸ばし、そこに自身とルカを乗せた。

 「さあ、行くぞ」

 「好きにしてくれ」

 杖は、砂埃を舞わせ、加速した。

――

 「なんで、こんなところに」

 「大きいし、美味いだろ?」

 はあ、と零したルカの溜め息が昇った先は、木でできた大きな食堂と呼べるものであった。

 天井には大きな角材が、何個もの十字架を作っている。地は煉瓦でできており、靴と共にコツコツと心地の良い音を演奏している。

 綺麗にやすられている、滑らかな机が均一な距離で並べられており、その一角に母と座っている。

 先程までいた学校では有り得ないほどに金と、年をかけた食堂なんてものは、王立の学校でも簡単に持てるものではない。

 そして、そんな風景なんかよりも、この学校を象徴とする、校章の掘られた銀の首飾りを付けたチョーカーと、紺のブレザー。

 「なんで、王立魔法学院なんだって聞いてるんだけど」

 「ここなら教授割で安く食えるからだ」

 「あそこからここまで、最低でも区画を三つは超えるんだぞ? そんな手間をもってしてでも、値段が必要なのか? というか、値段のためだけか? あんた、そんな馬鹿だったか?」

 「ひっきりなしに、質問なのか罵倒なのか判定の難しい言葉をぶつけてくるのはやめてくれ。まず飯だ」

 困ったような、そんな表情で木製のフォークを使って皿をさす。

 トマトの赤、様々な草を潰してソースにした緑、チーズの白でよく焼かれた鶏肉を彩った皿に、隣は香ばしい小麦の匂いを香らせている、質の高いパン。

 こんな食事は、街中で食べようとしたら、先程ルカの貰ったお金の十分の一を払っても足が出るだろう。

 ルカは、いつもならその食事に真っ先に目とフォークを向けるが、今はいつもの調子が出せる程に落ち着いていなかった。

 唐突な再会、強制連行、先は国内最大であり、最古の学校。

 疑問しかなかった。

 「腹の中を見たいだけだ」

 「そんなの、腹満たしたらいくらでも聞かせてやるから、とにかく今は食べな」

 納得のいかない顔で、パンをちぎってはチーズを乗せ、食べ始める。

 安く買える街の粗悪品と違い、強烈な臭みがなく、スっと鼻にも口にも入ってくるチーズ本来のよい香りが、瑞々しいものを温めたからか、まるで砂糖でも入れたかのような、とても甘い味がするトマトが、程よい塩分と辛味が混ざったソースが、何よりも上品な柔らかさのパンが、全て口の中で生きている。

 「どうだい? 本場リィンテンからスカウトしてきたシェフを使った、リィンテンの料理の味は」

 「……いつも食べてるバートのサンドウィッチの方が美味しいよ」

 「相変わらず、可愛げのないやつだ」

 ルカは味音痴でなければ、舌が貧相な訳でもない。

 この三色の皿に乗った食材の一つ一つが、美味しくないわけがなかった。

 だが、簡単に認めて相手に調子に乗らせるのが何か心に刺さるため、敢えてそう答えただけであった。

 「それでな、ルカ。早速だが、本題に入る」

 「早速っていうか、やっとだけど」

 「水を差すな」

 真面目な表情を見せた母を見ると、心の不満を閉じ込め、切り分けた鶏肉を口に入れた。

 「ルカ、お前にここの特待生クラスで、実技の先生をしてもらいたいんだ」

 「がっ」

 あまりに突飛な内容の台詞に、噛みきれていない鶏肉の大きな塊が喉に詰まりそうになり、急いで胸を叩く。

 その様子を、助けることもなく眺め、追いつくのを待つのが母であった。

 近くにあった、細長いグラスに注がれた冷たい紅茶で、喉の安全を確保すると、母の方を向いた。

 その顔に、驚かそうや、ふざけてやろうと言った、変な下心はなかった。

 本気の顔であった。

 「正気か?」

 ルカは、片目を細め、眉間に皺を寄せた。

 「もちろんだ」

 母は、ルカに新たな風を舞わせるかのようにルカを見つめた。

「しかし」「そして」「まるで」

この三つの言葉は、まるで魔法のように僕を誘惑してきます。

困ったらこれを使えと言わんばかりに、頭に浮かんできます。

しかし、本当にこればかりを使っていたら、つまらない文章になりそうなので、この誘惑には勝つしかありません。

あっ、もうこの時点で使っちゃいましたね。

僕の負けです。

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