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浅草流転

作者: しゃん

浅草観光していて、元気に呼び込みをしている人力車のお兄さんから着想を得ました。

すぐに読み終わると思うのでほんの暇つぶしにいかがでしょうか。

雷門の前にはいつだって人だかりができている。

「東京 観光」で検索すると一番に写真が出てくるほど有名だ。

そんな観光客に「お写真撮りますよー」「着物似合ってるじゃないですか」などと声をかけ、人力車まで誘導するのが俺の仕事だ。


まだ見習いだから実際にお客様を乗せて案内したりはできない。10組声かけて、写真撮影になるのがおよそ3組、そこから実際に人力車まで誘導できるのは1組いればいい方だ。 

だから根気よく声をかける。観光客は、駅の方から絶え間なくやってくる。



ここへは初めて来たときはそれほど大きくないじゃないか、と鷹を括っていた。


雷門を抜け、中店商店街を通り浅草寺へ行くだけで元気になる。

少し道を逸れれば商店街でレトロな洋食屋から、チェーン店、流行りの店などグルメにも事欠かない。洒落た居酒屋もあるし、飲み歩きしたいならホッピー通りもおすすめだ。笑いたいなら、落語が楽しめる浅草演芸ホールや花屋敷だってある。


なんでもできるけど、歴史を感じる古風な雰囲気もまた好きだ。なんでもかんんでも新しければいいってもんじゃない。


こうして田舎から、大学進学として上京後1年半くらいだろうか何度か足を運んでいるうちに好きになった。


だからあの時もユリコを此処へ誘った。



もう半年近く前になる。

ただのバイト仲間としてだけでなく、もう一歩距離を縮めたかった。


ユリコとは学校が別だが、居酒屋のバイト先で知り合った。俺の方が少しばかりバイト歴は先輩だったので自ずと指導することが多かった。だから自然と仲良くなれた。失礼な話かもしれないが、特に顔はタイプではないしそれなりに話せる女友達だよなーくらいにしか思っていなかった。でも彼女のお客さんへ見せる営業スマイルや、休憩中の談笑にどこか癒される自分がいた。ユリコとは大学は別だが、別に明確に好きとかではなくて、ただいわゆるデートというか、バイト以外での彼女の姿を見たかったし、自分を魅せたかった。


好きな食べ物をそれとなく聞いて、脳内浅草店舗情報で検索をかけ、一緒に行ってみない?と誘った。今思い返すと典型的すぎてなんだか恥ずかしくなる。


初夏の香りがしたデート当日、ユリコはトレンドカラーの青ワンピースに、ポーチを肩から下げていた。ほんとんどバイトの制服姿しか見たことがなかったので正直ドキッとした。

まずはランチのお店に行き、目的の品を二人でいただいた。美味しそうに頬張る姿に可愛いと思う自分がいた。

ランチだけでこの好機を逃すまいと、折角浅草に来たんだし名所見て行かないと誘う。

雷門から浅草寺への定番ルートを通り、なんとなくお参りする。

実は浅草に来るのは初めてというユリコ。所々驚いてくれることが多く嬉しかった。

来た道を戻り、また雷門へ向かう。すると人力車のお兄さんに声をかけられた。


正直、ランチして浅草寺へ行くことくらいしか考えていなかったし、改めて失礼ながらもこんなにもユリコのことを可愛いと思うことは想定外だった。もっと一緒にいたい、と素直に思った。でもデートで浅草くるのは初めてで、男友達なら気軽に早めに飲み行かね?とホッピー通りに繰り出したり、俺のように物好きなやつなら落語を見に行ってもいい。ショッピングがしたいなら隣のスカイツリーのソラマチだってある。


でもユリコの趣味嗜好なんて知らんし、これからどうするか気の利くプランが思いつくほど俺は賢くなかった。

そんな時に助け舟を出してくれたのがこの人力車のお兄さんだ。

ユリコは浅草が初めて。なら当然、ここの人力車も初めてのはずだ。俺だって初めてだ。


プランを聞くと、お値段はバイト学生にとってみたらやや値は張るが、浅草のことも学べるし思い出にもなる。思い出はプライスレスだ、なんて心で呟き、半ばそのお兄さんと俺との2対1でユリコを人力車へ誘った。


だが結果として、そうことはうまく行くばかりではなかった。

人力車に乗る際のルールとして、男性が女性を思いやるというものがある。一見当たり前だが、実際には俺がユリコの手をとり人力車に乗せたり下ろしたりするのだ。

お兄さんとしては粋な計らないなんだろう。しかし俺としてはユリコに変は風に思われていなか気が気じゃなかった。

さらに計らいは続き、名所ごとにツーショットを撮ってくれた。想定外だ。

後から見た写真のユリコは、バイトでの営業スマイルのそれと同じだった。


ただ怪我の功名とでも言おうか、浅草にはより詳しくなった。


もう陽も傾き始めた頃、流石にこれ以上一緒にいるのは気まずいかと思いそれとなく駅へ向かった。ユリコは気を遣ってか、終始営業スマイルで場を持たせていた。


改札での別れ際、やや時間が遅くなってしまったことを詫びると、

「18時から彼氏との約束があるんで、ちょうど良かったです」とまるでバイト先で「ありがとうございました」と定見文を述べるかのように発した台詞に、なんとか営業スマイルで対抗した。


彼氏の二文字が、俺を異様に苦しめる。いや別に好きになった訳じゃねーし、まさか人力車乗ったら手繋ぐことになったり、写真撮られると思わないだろ普通、と心の中で叫びをあげる。

俺の感情はどうあれ、フラれたのだろう俺は。

この感情をどうにかしたくて、飲み友達を急遽浅草に呼び出し、神谷バーの電気ブランで酔いを回らし、ホッピー通りで梯子し珍しく荒れた。


当然バイト先でユリコと顔を合わせるのも、営業スマイルで乗り切るのにも限界があり程なくして俺はバイトを辞めた。そのごユリコがどうなったかは知らない。


苦い思い出の浅草を、どうにか払拭したくて人力者のバイトを始めることにした。

友人からは荒療治と心配されたが、好きになった浅草をそのままにしておきたくなかった。


そうして今に至る。

海外の観光客向けに浅草を紹介できるように英語の勉強にも励んだ。

先輩に教わりながら、浅草のことも勉強してより好きになった。

でもまだ心の蟠りは拭えていない。


だから今日も、「写真撮りますよー、無料ですよー」と幸せそうなカップルに声をかけては、きっとこの二人の良い思い出になりますようにと願っている。

どうか、俺の二の舞にならないようにと心で祈る。


レンタル着物だろうか、和服に身を包んだ高身長イケメンと美女。誰がどう見てもお似合いなカップルが、「すいません、なら写真お願いしてもいいですか」と返答してくれた。

邪険に扱う様子もなく、紳士的だ。


普通ならアプリでよりよく魅せたいという女性が多いだろうから、自ずと女性からスマホを差し出してくる。でもその紳士は、淑女にアイコンタクトをして自身のスマホを僕に預けてきた。

きっといつものことなのだろう。そうしたお互い理解し合ってますよ感がひしひしと伝わってくる。是非とも末長くお幸せに。


そうしてアングルを調整していると、不意に手元のスマホにライン電話があり揺れた。

それまで、雷門をバックに二人を写していた画面が、LINEのアイコンと名前に切り替わる。


一瞬驚くも、冷静に持ち主へ一度返す。

いつもより広角を上げて営業スマイルを作った。


どうやら浅草はまだ、上書き保存させてはくれないらしい。

主人公のことを痛いやつだなーなんて思っていただけたら嬉しいです。

あと最後をどう解釈されたか感想をいただけたら幸いです。

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