見たことも聞いたことも無い
「左様でございますか、それは良うございました。ではあと二日間ではございますが無理せず参りましょう」
そして御者はわたくしの嘘を見破っているにも拘わらず気付かないフリをして言葉を返してくれるだけでは無く、無理せず行こうという気遣いまでしてくれる。
この様に優しい方をわたくしのせいで犠牲にしてしまうという事を再確認し、昨日よりも更に罪悪感を感じてしまう。
しかし今更ながらどうしようもない為いざとなったらわたくしを見捨てて御者だけでも逃げるように言おうと心に刻む。
「っと、その前に寝癖が後ろについてますので直させて頂きますね」
「あ、ありがとうございます。いつもは実家のメイド達にやらせてたもので……一人で出来る様に練習をしないといけませんわね」
そしてそのまま着替えを手伝ってもらいホテルで朝食を取ると、また馬車移動である。
初日こそは眠ってしまったのだけれども二日目の今日はいつ殺されるのかという恐怖で寝られる様な心境ではなかった。
魔獣にしろ、狼などの野獣にしろ、賊にしろ、後ろにわたくしのお父様がついており、娘であるわたくしを始末する様に命令、又は仕向けられているのならばいつ襲われてもおかしく無いからである。
そんな感じで一睡も出来ないまま過ごしていると開けた場所で馬車が止まる。
「お昼休憩にしましょうか。お馬さんも休ませないといけませんしね。では昼食が出来ましたらお呼びしますので少しだけこのまま馬車の中で待っててくださいね」
「いえ、わたくしも手伝いますわ」
「あら、じゃあお野菜を洗って貰いましょうか」
どうやらこの開けた場所に馬車を止めそのまま昼食を取る様である。
そしてわたくしは手伝う旨を伝えるとあっさりと了承され少しだけ驚いてしまう。
今までであればメイド又は側仕え達は顔を真っ青にしながら下人の仕事をさせたと知られればお父様に怒られるからと言い手伝わせてくれなかった為どうせ今回も断られるのだろうと思っていたからである。
「ではこのジャガイモと人参を洗って下さい。水は桶に出しておきますので」
そんなわたくしの事などお構いなしに事を進めていく御者は見たことも聞いたことも無い野菜を出すと水魔術で桶に水を入れる。
その光景を見て、魔術が行使できる者が御者をやり、切り捨てられる事を見るに、この者も何か人には話せない過去があるのであろう。
「ああ、平民が魔術を行使するのは珍しいですよね。実は私が魔術を行使できるのは旦那様のお陰なんですよ。と言っても水魔術だけなのですが」