どう我慢すれば良いのか分からないだけ
「こ、こうですの?」
「上手ですよ、奥方様」
「あ、ありがとうございますわ………」
ただルルゥに言われた通りに白いドロドロとした物を熱した黒い板の上に注いだだけであるのに、褒められてなんだかむず痒くなる。
きっと今のわたくしは顔が真っ赤になっている事が、顔も火照りから伺える。
そして、ここ数年わたくしが何かを成して褒められたという記憶が無いということに気付く。
わたくしが何か成し遂げたとしても、難しい問題が解けても、デビュタントを完璧にこなした時も、あの時やこの時も、いつも『シュバルツ殿下の婚約者であるのならば出来て当たり前』『公爵家の娘として出来る事が普通』などと言われて終わりであった。
あぁ、それに比べてシノミヤ家は何故だか貰う言葉はいつもわたくしの心を温めてくれる
何かを成して褒められる。
そんな些細な事が、それが白いドロドロの液体を黒い板に注ぐだけだったとしても、褒められる事がこんなにも嬉しい事だという事を思い出させてくれる。
シノミヤ家で心が温められる度に人形から人間へと戻っていく様な、なんだか不思議な感覚である。
「表面がプツプツと穴ができ始めたらいよいよ今日最大の山場で御座います。ささ、このヘラでこの様にひっくり返して下さい。ほっと」
ドロドロの白い液体を注いでから三分程経ったであろうか?ルルゥがヘラと言う道具を使って見事に空中で半回転させひっくり返したでは無いか。
あれをわたくしがやるのかと、緊張が走る。
ぶっつけ本番など今までした事が無いわたくしは、ともすればデビュタントと同じくらいには今緊張している。
「い、行きますわよ。……………ほっ」
そしてルルゥの見様見真似でわたくしの分をヘラでひっくり返すのだが、ヘラから滑り落ち、縁から落ちるとそのまま半分折れて着地する。
「大丈夫です奥方様。初めは誰しも失敗する物です」
「そうだよっ!奥方様っ!このルルゥだって初めは失敗したもんさねっ!」
「少しうるさいですよ、リンダさんっ!」
怒られる。
そう反射的に思ってしまい身構えていたわたくしにかけられた言葉は怒鳴り声や金切り声ではなく包み込む様な優しい声音であった。
そして予想と反して優しくされたわたくしは、気が付いたらポロポロと涙が溢れ出していた。
ここに来て泣いてばかりだなと不思議に思ったのだが、少し考えれば単純な事だと分かる。
悔しい時、嫌な事があった時、悲しい事があった時の涙は我慢出来る様になっているのだが、嬉しい時に出る涙は今まで経験がない為どう我慢すれば良いのか分からないだけであるという事に気付く。
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