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歪み滲む視界で見た用紙


重い足取りでお父様の書斎に着くと、ノックを三回。


「入れ」


数秒程時間を置き、短い言葉で入室するよう返事が返ってくる。


その声音はいつも聞いている優しい声ではなく、まるでお父様では無い別の誰かの様な低く冷たい声音であった。


そもそも、書斎に呼んだ時点でお父様の中のわたくしがどの様に思われているのかお察しであろう。


わざわざ仕事の手を止めて別室の落ち着いた空間を用意し、待つ程の価値すらも無い。


それがこの家でのわたくしの今の価値なのであろう。


「………失礼致します」


震える手でなんとか取っ手を回して書斎へと入る。


そこには、想像していた以上に冷たい表情をしたお父様がいた。


その表情がどの様な表情か言葉にするとすれば無表情という言葉がしっくり来る。


「ヘマをしたな?なんであの平民の娘にコビを売らなかった?我が家の財力ならば宝石の一つや二つ程購入してプレゼントする事位容易である事が分からないとは言わせない」

「そ、それは………わたくしの方が家柄は格上であり、な、何より下々である平民にコビを売るなど───」

「誰が言い訳をしろと言った?私は『殿下のお気に入りのペットに何故餌をやらなかった』と聞いているんだっ!!その結果が婚約破棄ではないかっ!!どうしてくれるっ!?我が家始まって以来の大恥をかいたわっ!このグズがっ!」


そしてわたくしはお父様の問いに、震えそうになる声をなんとか隠して真摯に答えていたのだが、体重を机で支えるようにしてバッと立ち上がったお父様の言葉で遮られるとそのまま怒鳴られてしまう。


それでもお父様はまだ怒りが収まらないのか肩で息をしながらわたくしを睨みつけたあとドスンと座り直して葉巻に火をつけ煙りを燻らす。


今までお父様はわたくしの前では決して嗜む事をしなかった葉巻を、何度も、何度もふかし、書斎はたちまち煙で視界が霞み始める。


そしてお父様は一度深く葉巻をふかすとそのままグリグリと苛立ちのまま火を消し口を開く。


「まあ良い。腐っても公爵家の娘だ。いくら貴様が無能であろうと使いようは幾らでもある」


そう言ってお父様は数枚の用紙を麻紐で束ねた物をわたくしへと投げ渡してくる。


「お前の旦那様だ。明日の明朝までに荷物を纏めてその者の住む元へと行け。もし、俺が起きたときにお前がまだこの家にいるのならば容赦はしない。良いな?」

「……………はい。お父様」

「ならばこの部屋から出て行け」


何とか絞り出して返事をすると投げ渡された用紙の束を拾い、お父様がいる書斎から退室する。


そして、何故か歪み滲む視界で見た用紙には『ソウイチロウ・シノミヤ』と書かれていた。


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