恐怖心よりも安心感が勝ってしまうのだから
「あぁ、その件については大丈夫だ。階段を登る必要はないから疲れる心配も無い。だから気にするな。それに少しぐらい迷惑をかけられた所で、それがわざとじゃない限りどうも思わん」
「あうあう」
「あぁ、今朝せっかく使用人達が奥方様の髪の毛を丹精込めてセットして頂いたのに何をやってるんですかっ!!ほら、奥方様。頭の弱い旦那様は放っておいて私の所へ来て下さい。髪の毛を整えてあげますからねっ。全く。」
そして旦那様はそう言うとわたくしの頭を少し乱暴に撫でてくれ、せっかくセットした髪が台無しだとルルゥに叱られ、そしてわたくしの髪の毛を持参した鞄から化粧品ポーチ数個を選ぶと、そこから髪のセット用の道具を出して綺麗に整えてくれる。
そんなルルゥには悪いのだが、やはり撫でられるのならこれくらいが良いなと、と思う。
「と、言う事はあの『いーおーん』にもあった動く階段が最上階あるのですね」
そして旦那様は階段を登る必要は無いと言っていたので恐らく『いーおーん』で見た動く階段があるのだろう。
あの動く階段にはビックリしたものである。
男爵令嬢のモーリーと騎士爵令嬢のアンナへ「わたくし動く階段に乗りましたのよっ!!」と思い出話として自慢したいと思うくらいには。
あの二人には変わらずお友達と思われていれば、なのだがと心の中で付け加え、傷口がズキズキと痛む。
「動く階段………あぁ、エスカレーターね。一応このホテルにもエスカレーターがあるにはあるのだが一階から二階までの大きい物が一つあるくらいだな。エスカレーターではなくてエレベーター。上下に動く部屋に乗って一気に最上階まで行く。因みに外側はガラス張りだからその間は外の景色を堪能すればいい」
そして旦那様はわたくしが言う動く階段 (えすかれーたー、という物らしい)では無く上下に動く部屋で移動するのだという。
外の世界も見れるという事なのでそれはそれで楽しみだ、と落ち込みかけた気持ちを強引に上げていく。
そしてわたくし達一行は部屋と言うよりかは箱という表現に近い部屋へと入る。
最早扉が自動で開閉する事にはいちいち驚かなくなったくらいには、この二日間で『にほん』に馴染んできた事が分かる。
そんな事を思っていると、この部屋が物凄いスピードで上昇しているのが外側の風景を見て分かる。
もし、今旦那様がわたくしの傍に居なければ、きっと腰は砕けて地面にへたり込んでしまうくらいには恐怖を感じてしまっていただろう。
でも、今のわたくしの傍には旦那様がいる。
そう思うだけで恐怖心よりも安心感が勝ってしまうのだから不思議だ。
しかしながら、だからと言って恐怖心が全て消える訳でも無いのでわたくしはより安心感を求める為に出来るだけ近づくと旦那様に寄り添い、服の裾をキュッと摘まむ。




