耳に入って来た
そんな事を思いながらわたくしは馬無し馬車で目的地へと向かう。
向かうのだが今現在わたくしは、よもや失神してしまうのではないかという恐怖心と戦っている最中である。
と、言うのもこの馬無し馬車なのだが今現在、想像を絶するスピードで整備された道の上を駆け抜けているではありませんか。
「そ、そんなに早く走っても大丈夫なんですの?もう少しゆっくりと走っても良いのではなくて?」
「ああ、今走っている道は高速道路という道でな、早く走っても問題ないから大丈夫だ」
そういう事ではないと言いたいのではなくて事故などの心配をしているのだが、返って来た言葉は「早く走っても大丈夫な道だから大丈夫」という言葉であった。
一体何をもって大丈夫なのか。
「それにこの道は逆に遅い方が危ないから、これくらいの速さで走った方が安全だ」
「そ、そういうものなんですの?」
「そういうものだ」
「あうあう」
そして旦那様はそんなわたくしの心情を、汲み取ってくれたのか初めから知っていてあえて焦らしたのかは分からないのだが、早い方がこの場合は安全だと言われて少しだけ安心したところに旦那様がまるで子供をあやす様に頭を撫でてくれる。
本当は子ども扱いして欲しくないのだが、それと同時にわたくしの恐怖心は薄まっていく。
旦那様が頭を撫でてくれると不安や恐怖等といった負の感情が薄まってしまうので、旦那様の手はわたくしにとってまるで魔法の手の様だ。
しかしながら、馬無し馬車が高速で今尚走っている以上、恐怖心が全て消える訳でも無く、わたくしはそっと旦那様に近づき、旦那様の服の袖をきゅっと掴むことで残った恐怖心を和らげるのであった。
◆
私の幼馴染でもあり同時に親友でもあるシャーリー・フェルディナン・ダルトワが、婚約者であるシュバルツ殿下から一方的に婚約破棄をされ、更にその翌日にはトランク一つ分の衣服だけで実家を叩き出されという話が耳に入って来たのは、その婚約破棄をされた日から三日目の事であった。
シャーリーは良くも悪くも公爵家の箱入り娘なのだ。
そんなシャーリーが金銭も護衛もなく外の世界に放り出されたらどうなるか。
良くて人攫いに捕まるか詐欺師に騙されて性奴隷にされるか、悪くて一週間と持たずにのたれ死ぬかであろう事が容易に想像できるし、公爵家とシュバルツ殿下側からすれば生きられて在らぬ噂を立てられるくらいならばと暗殺の依頼をしているかもしれない。
「お嬢様、お客様でございます」
「ご報告ありがとうございます。では、入れてください」
そこまで思考を巡らせ、顔から一気に血の気が引いた時に使用人から私に客が来たと告げられる。




