ナーテの勝負
ナーテ視点です
馬車の中で私は何もしゃべれませんでした。
クレスさんに娼婦であることを知られてしまい、軽蔑されていると思うと涙が出そうになるので堪えるのが一生懸命です。ただ、私が勝手にそう思っているだけだろうと……でも、勇気がなく本音を聞くのが怖かったんです。
自分でも娼婦の女なんて汚れた存在であることは自覚があります。半年前までは処女であった自分も娼婦に対する印象は同じで今でも変わりません。
お金のために部屋に入ってきた見ず知らずの男性に一晩抱かれるのだから……
私は一晩で金貨1枚と高級娼婦であるために、毎日抱かれることはありません。見た目とボリュームある黒髪のおかげで伯爵様に現在の地位を貰っています。
そんな伯爵様が月に2回は来られるのでその日だけは必ず予定を開けておかなければいけません。伯爵様が来られる日はとにかく憂鬱です。
そんなことを考えているといつの間にか目的地のタウバッハの街へ到着していました。タウバッハの街はとても賑やかな街です。中央通りにはお店が並びいい匂いが食欲を刺激します。
その美味しそうな匂いで、私は最後の悪あがきをしようと思い立ちました。うじうじしていられない。もう小娘のような可愛い歳ではなく、25歳の行き遅れなんだから!ダメ元よね。
私はクレスさんとガイディンさんに申し訳ないけど宿に先に向かわせてもらうようにお願いします。すると、二人とも了承してくれたので、私はすぐに行動開始です。
向かったのは夜の勝負服のドレスを手に入れるため仕立て屋に足を運んだ。
しかし、貴族の方が着るドレスなんて手が出ない。そこで、「生地を分けてもらい夜までに自力でドレスを作っちゃおう作戦」です。
「あの……すみません」
「はい、えっと……」
私は自分がマフラーなどで変装していることを忘れていたので女性の店員さんが不審に思っているのに気づきました。すぐにマフラーと帽子を取り素顔を見せます。
「あ、女性の方でしたか失礼しました。それでどのようなご用件で?」
「あの、ドレスの生……」
「畏まりました。サイズを確認させていただきます」
「え、いや、あの……」
女性の店員さんはドレスを買いに来たと思っているみたい。体のサイズを測り始めてしまった。
「すみません、お客様、ここまでバストとウエストの差が大きい方ですと少しばかりお時間を頂くことになるのですが」
「あ、あの!生地を分けてもらい来ました」
「なるほど、それは失礼しました。では、用意いたしますので少々お待ちください」
すぐに生地の見本を見せてもらえたので必要な分だけ買いましたが、大変良いお値段です……。
クレスさんからもらったジャイアントワイルドボアのお金がなかったら買えなかったです。だた、このお金で借金返済したり孤児院の食費に宛てればと思うとちょっと勿体なく感じます。
でも、クレスさんを悩殺するために必要な経費です。
夜まで時間があまりありませんので大急ぎで作ります!
そして、勝負の時が来ました。
私は廊下の往来がなくなるの待ちました。流石に自作ドレスは生地を買う時、ケチってしまったので隠せる部位が予想よりも少ないのです。
そんな理由もあってクレスさんのいるドアの前に立つまでに夜遅くなってしまいました。もしかして、クレスさんはもう寝ているかもしれません。
ドアを叩こうとした時、私は怖くなりました。昨晩のクレスさんの冷たい言葉が胸に突き刺さるのです。
ただ、私は自分に言い聞かせます。「私は25歳の娼婦なの、期待するな!」
コンコン
ドアをノックしたのですが返事がありません。やはりもう寝てしまったのでしょうか。
「ナーテです。あの、クレスさんよかったら……その……」
どうやらすでにベットの中だったみたいで、ドタドタという音が聞こえます。ちょっと申し訳ない感じです。
ドアが半分開きクレスさんが顔を出します。えっと、どうしよう言葉が出て来ません。
「あの……こんな時間にすみません」
「ど、ど、どうしました?」
「えっと……その……」
なんとも歯切れの悪い返事しか出来ません。今日はドレスを作るのに必死でクレスさんと話をする内容を一切考えてませんでした。抱いてくださいと押し掛けるのも恥ずかしいし……。
「入りますか?」
「……はい」
なんとか部屋にいれてもらえました。思い切ってクレスさんの隣に座ります。って、ベットに二人で座ってます。並んで座ってます。ああ、この時間が続けばいいのに。でも、これだけではダメ、次に繋げなくちゃ。
「あのお仕事はどうでした?」
どうしよう!クレスさんの顔が近い、うん、ここで引いたらダメよね。
「おかげさまで問題なく物資の入れ替えは終わりましたので明日の朝には出発します」
「クレスさんは、本当にすごいですね」
私はクレスさんの腕に抱き着くチャンスだと思いました。クレスさんの腕が少し冷えていて胸元がひんやりとして気持ちいいです。お店で男性に触れられる時は気持ち悪く感じます。ですがこうやって好きな人と肌が触れ合うとこんなにも気持ちがいいものなのですね。こんな気持ちと感触は初体験です。
はっ、気持ちいいけど大切なこと聞かないといけません。
「実はクレスさんに聞きたいことがあるんです」
「はい、なんですか?」
「あの、私が……娼婦って、その……」
「気にしないでください。俺も元は商売人です。娼婦っていうのも立派な職業ですよ」
娼婦が立派?なんで?どうして?汚いって思わないですか?
私は確信しました。こんな素敵な男性は……もう、会えないかもしれません。
「……いて下さい……」
「え?」
「私を抱いてください!」
つ、つ、伝わった?
「すみませんがお断ります」
「……え?」
「俺は金を払ってナーテさんを抱きたいとは思いません」
「え、そこまで……」
娼婦は立派な職業なんですよね?それとも私だからお金払っても抱きたくないのですか?
「俺はもう寝ます。その格好は風邪引くかもしれないので部屋に戻ってください。部屋まで送りますから」
「……」
何がダメだったのですか?
胸の大きさは小さいほうが良かったですか?
黒髪がダメで他の子と同じ茶色や金髪なら良かったですか?
髪のボリュームが多すぎますか?
それともぽっちゃりとした体型の方が好みですか?
手足の長さがダメだったのですか?
168㎝の身長がダメでしたか?
お尻はもっと小さいほうがいいですか?
冒険者ランクが高い方がいいですか?
……
あ、忘れてました。私……25歳行き遅れの……汚い娼婦でした。