ガイディンの服のトゲは伊達じゃない
これから私は王都に帰ってまた娼婦としての仕事があります。
予約をしているのはいつもの伯爵様です。正直、タウバッハの街から帰りたくありませんが孤児院が心配になるので帰るしかありません。
私は一度で良かった。好きな人に抱いて欲しかったと願いましたがそれも叶いませんでした。人生思った通りに行かないものです。
それにしてもこのガイディンさんは本当に私に良くしてくれます。
「ナーテさん、大丈夫ですか?もし辛かったら休憩しますんで」
「大丈夫ですよ、ありがとうございます」
ガイディンさんは私が落ち込んでいると思ってとても優しくしてくれます。ああ、これがクレスさんだったらと思うのは我儘が過ぎますね。
王都に帰っている途中で野営をしますが、わざわざテントを私専用に用意してくれます。
どうしてここまでしてくれるのでしょうか?もしかして、ガイディンさんは私のこと……?
御者も今日丸一日やってくれましたし。
「あのガイディンさん、寝ないのですか?」
「ええ、クレスさんからナーテさんのこと依頼されています。金も貰ってますので精一杯やらせてもらいやすぜ」
なるほど、そういうことだったのですね。
どうやらクレスさんはガイディンに私が無事に王都に帰れるようにとお金を払っているみたいです。そこまでしなくても私は大丈夫なのに……お金を払っても抱きたくないような女になぜここまでしてくれるのでしょうか?
「ナーテさん、ちょっと聞いていいですか?」
「はい?」
「クレスさんのことはどう思っているんですかね?」
「……え?」
「いや、オレから見ていてもクレスさんってめっちゃ有能そうなのに威張らない人、根が優しすぎる人なんですよ」
そうよね、そうですよね。さすがガイディンさんはクレスさんの良い所を見抜いています。服のとげとげは伊達じゃないです!なんだか、私も嬉しくなってしまいします。
「ただ、ナーテさんが娼婦だということを知らなかったのではと思って」
「どういうことですか?確かに、私が娼婦であることはクレスさんには」
「そうだと思いました。オレのメンバーがナーテさんの秘密をばらしてしまったようでしたので」
「……」
「あの後からでしょうか、クレスさんはそのことで悩んでいました」
「クレスさんがですか?」
「ええ、同じ男としてなんとなくですが、クレスさんの悩みに共感できますし」
「えっと、それは、どんな悩みか聞いていいですか?」
クレスさんが悩んでいた?私はクレスさんに自分が娼婦であることを知られてそれどころではなかったです。悩まないように、勝負服つくってましたから。
「多分ですが、クレスさんは女性経験がありませんね」
「そんなことはないかと……あれだけ素敵な男性を他の女性が放っておくのですか?」
「いやいや、ナーテさんの仕草でグッとくるところがあると耳まで赤くしてましたよ」
「ほぇ!」
「それに行きの馬車の中で俺達が乗っているとクレスさんは先に乗り、途中休憩後ナーテさんが最初に乗るとすぐにクレスさんが乗っていたのなんて守りたいって意思が滅茶苦茶伝わってきましたよ。常にオレ達とナーテさんの間にクレスさんがいましたからね」
私はガイディンさんが言っている意味を理解するのに数秒の時間が掛かった。そうですね、ガイディンさんの言葉をそのまま受け取ると、まるでクレスさんが私のことを好きみたいな言い方です。
「そそそそんな、クレスさんが私のこと?」
「というか、気づいてなかったんですか?」
「……」
「あらら、それでは内緒にしてください。オレがクレスさんに怒られますから」
「……はい」
私は少し舞い上がりそうになった。しかし、タウバッハの街の宿屋の出来事を思い出すとその気持ちはスーっと消える。
そうだった。私は金を払っても抱きたくない汚れた女です。
ん?ちょっと待ってください!
クレスさんがお金を払って抱きたくないと言われました。だた、抱いて欲しいのは私の願望です。
でしたら、私がお金をクレスさんに払って抱いてもらえばいいのでは!
しかし、問題はいくら払えばいいのでしょうか?パン一個分では相手にされないのは目に見えてます。ですが、私の娼婦としての相場だとそれなりの金額になってしまいます。
やはりお金が必要ですね!
その後、私達は特に問題なく王都へと無事に帰還することが出来た。
「ガイディンさん、ありがとうございました」
ガイディンさんは私に手を振り颯爽と馬車を返却しに行ってくれます。ちょっとカッコイイです。
でも、私、クレスさんがどうしても諦らめられません。
まずは、男性に抱いてもらうためにお金がいくら必要か調べる必要がありますが……誰に聞けばいいのでしょうか?
まったくわからないのでとりあえずはニーニャにそれとなしに聞いてみましょう。
なんだか、冒険者ギルドに戻ってきたのが少し懐かしく感じます。色々とありましたから……
あれニーニャの声が聞こえます。誰としゃっべっているのでしょうか?
「では、すぐに行ってきます」
「やめてください。クレスさん」
え、ニーニャはクレスさんが……いえ、そんなことはありません。何かの間違いです。
私はドアを少しだけ開けて中にいるニーニャ達に気づかれないように覗き込みます。
すると、ニーニャがクレスさんを後ろから抱き着いているんです。
私は信じたくありません。だって……ニーニャが羨ましいことになっているなんて―――
「輸送クエストのみでも十分にクレスさんは稼いでいますから、無理はしないでください」
「いえ、本当に大丈夫ですよ。依頼主も実は最近知り合って面識がありますので」
「そうなのですか……でも、本当にクレスさんが私達のせいで重荷になっていませんか?」
「大丈夫ですよ」
どういう意味でしょうか?
「私達」、「重荷」……まさか、ニーニャのお腹に?
いえ、待ってください。
よく考えましょう……ああ、考えるだけで体の震えが止まりません。
もし先ほどの会話が事実ならクレスさんにお金払ってでも抱いてもらう作戦は中止をせざるを得ません。
ニーニャは裏切れないですから。どうしよう……
突然、部屋のドアが開きクレスさんとばったりと出くわす。クレスさんの顔はなんだかやる気に満ち溢れています。もしかして、そこまでニーニャのことを……
「ふ、ふ、二人は……そういう関係だったのですね。私達……重荷……」
「あ、ナーテ。どうしましたか?」
クレスさんはいきなり私に対して頭を下げて来ました。
「ナーテさん、今まですみませんでした」
「そ、そ、そんな、謝られても……わ、わた、わたし!」
やっぱり、そうなんだ。クレスさんが選んだのは私ではなくニーニャ。そして、二人の間に……そうニーニャのお腹には愛の結晶がいる。
神様はこの世にいるのでしょうか?
お金を払っても抱きたくないと言われて、ついにはお金を貰っても抱けない状況のクレスさん。
神様は私に諦めろっていってるんですね。
涙が、涙が止まりません。




