夜に僕は何を思う
カラカラ、
僕の自転車の音だけが響く。
人通りはなく、世界に僕1人しかいない、そう思えるほどの静寂。
周りは暗く、月だけが偽りの光を放っている。
冷たい空気が僕の頬を掠め、僕の存在を証明する。
誰もいない直線の道を1人、自転車で走る。
この夜は僕のものだ。
しばらく走ると、赤信号で止まった。
僕はそこで待たずに道を曲がる。
さっきの道より薄暗い道に入る。
横から木が出てその隙間から月の光が漏れる。
その光を頼りに僕は走った。
どんどん進む。
すると、凄く細い道があった。
僕は何を思ったのか、自転車を止め、その細道へと入った。
この道には月の光は入ってこずあったのは先の見えない暗闇。
僕はメガネをクイッと、あげ進む。
普段の僕ならあり得ない。
まずこんな道には入らないし、先が見えなかったら引き返す。
しかし、今日は足が勝手に進んだ、その先に何かあるように、何か探すように。
僕は前に進む。
3分ほどたっただろうか、道に一筋光が見えた。
僕はそこへと引き込まれるように歩いた。
光につく。
時が止まったみたいだった。
光があった場所は、少し開けた土地だった。
そこには1つだけベンチがあり、そこに1人の男が座っていた。
そして、満月がその男に全ての光を注いでいるように見えた。
男は、此方を見た。
男は、20代半ば位の歳に見えた。
男はベンチから立ち上がり此方へと歩いてきた。
綺麗に整えてある髭、筋肉質過ぎず、痩せすぎでもない体つき、背丈はそれなりに高く、足がスラッと長かった。
町を歩いていれば女性たちが振り向くだろう。
それほど格好よかった。
ジャリッジャリッ
砂利を踏む音が僕の耳を掠めた。
「ボウズ、どうしたんだ」
男が僕に向かって言ってくる。
その声は、低音なのに心に響きそして、ストンと落ちるような声色をしていた。
僕は固まった。
すると、男は僕を見回し、息をはいて僕に言う。
「何の用も無しにこんなとこに来たのか」
男の声が響く。
僕は頷いた。
男はそれを見て少し驚いた顔をした後、笑った。
「ボウズ、ここであったのも何かの縁だ。面白い物を見せてやる」
男は、口角をニヤリあげ言う。
僕は、無意識に首を縦にふった。
「そうか、ならついてこい」
男は手でこい、とジェスチャーし歩いていく。
僕は、その男の背中を追いかけた。
男の後ろをついていくと、不思議な梯子の前についた。
男は此方を一度見た後直ぐに梯子に手をかけ登っていった。
僕はそれについて行った。
梯子は思ったよりも高いところに続いているらしく、なかなか上が見えなかった。
カツンッカツンッ
梯子を登る音が響く。
僕は一度下を見る。
結構な高さまで登っていた。
風が吹く。
僕は無感情に、梯子を登った。
服が風に吹かれて体にまとわり付くのも無視しながら。
気づいたら梯子の上まで登りきっていた。
そこはビルの屋上のような所だった。
強い風が吹き、僕の体を軽く揺らす。
「ボウズ、下見てみろ」
僕は男が指を指した方を見る。
大勢の目に光がない大人が行き来している街だった。
大人たちは、ポツポツと歩き、正に何も考えてない、考える余裕のないような姿だった。
「お前はあれをどう思う」
男が僕に問う。
「覇気が、活気がないと思います」
僕は男の方を見ていった。
「それが今、お前が生きている姿だ」
男が僕の言葉を聞いた後に言った。
僕は何の事か理解できずただ下を向いた。
そんな僕を見て、男はポケットから煙草をひとつ取り出し、吸った。
男の吐いた煙が風に乗り消えていく。
僕はその光景をしばらく見ていた。
「お前は、何がやりたいんだ」
男が言う。
僕は少し頭の中で考える。
何も浮かばない、
僕は首を横にふった。
男は「そうか」と言い、また煙草に口をつけた。
男は、此方を見て、煙を吐きながら言った。
「今、お前が見た大人たちは、お前と同じだ。自分のしたい事、やりたい事が分からず、そして出来ないから、ただ街の空気に流されて生きている」
僕はそれを聞いて、心の中で言い訳をする。
「ただ流されて貴重な時間を削り、失い、それに気づかない、憂鬱に1日繰り返し、何度も同じ後悔をする。それでも幸せを掴むやつはいるし、掴めないやつもいる」
男は続けていった。
僕は男を見て、言った。
「仕方ないじゃないか、ぼ、僕だってやりたいことは沢山あるでも……」
言葉が詰まった。
何も出てこない。
「ボウズ、お前は学生だろ?学校の空気に流されて、やりたいと思って始めたこともただ義務感として、楽しめずにいるんじゃないか」
僕の胸にズキンっと何かがくる。
「僕は楽しんでる、毎日楽しんでる。やりたい事もやって、毎日毎日生きている」
僕の口から自然とでた。
男はそれを聞いてため息を吐いた。
その後、煙草に口をつけ煙を吐く。
「本当に自分の意志で自分自身の考えで動いているか、誰かに流されて生きてないか」
男の言葉が僕に刺さる。
見知らぬ他人に言われる言葉なのに僕の胸に刺さる。
コンッコンッ男が何処かに歩いていく。
暗闇の方にいく、煙草の火だけが男の場所を示す。
「俺にはお前のことは一つもわからないだがお前の目は、光を持ってない、それだけは分かる」
男はどんどん暗闇の方に向かいその後ろ姿は、消えた。
何だったんだろうか、僕はただただそこに立っていることしかできなかった。
「何で自分で行動しないの」
何処からか綺麗な透き通った高音が聞こえる。
その後、地面がなくなった感覚を感じ、浮遊感を感じる。
僕の体は暗闇に包まれる。
「君は、誰なの?誰のために生きているの?」
声が聞こえる。
僕の思考は何も働かない。
暗闇が裂ける。
目の前には、満月を背景に綺麗な僕と同い年位の女の子が立っていた。
僕はその子に釘付けになった。
彼女は、ふわっと、ジャンプした。
羽が生えているかのように軽い跳びだった。
彼女は、フフッと笑い僕の方を見る。
ドキッ
胸がなった。
「君は、誰のために生きているの?」
彼女は僕の近くまで飛んできて言う。
ふわっといい香りが広がった。
僕は質問に答えられず、沈黙した。
彼女は少し残念そうな顔をした後僕の方を見て言った。
「私は自分のために生きているの。だって、私には私の世界があって、それが全てだから」
彼女は笑顔だった。
僕はそれを聞き彼女の方を見る。
「わからない、僕は、そんなにはっきり言い切れるほど強くはないから……」
口から自然と漏れた。
「でも、少なからず自分のために誰かの世界を壊さず生きてる」
続けて口から言葉が漏れた。
彼女は、ニコッと笑い僕の頬に触れた。
ドキッとする。
「それでもいいんじゃないかな、最後に自分が後悔しないなら」
彼女は、優しい声で言う。
凄く心地よい声だ。
僕の頬は少し熱くなった。
「後悔はすると思う、だけど僕はそれでもいいかなって思えればいいかな」
今日、細い道に入ってから初めて自分の気持ちを自分の意志で言った。
「うん、その答えなら大丈夫かな」
彼女はそう言った後に僕の前から消えた。
そして、再び暗闇に包まれる。
僕の頭は混乱している。
彼女の言った言葉が理解できなかった。
視界が開ける。
そこは、不思議な路地だった。
そこに、僕と同い年位の少年が立っている。
髪は金色で、耳にピアスをしていた。
僕の足がすくむ。
「お前は、人を見た目で判断するのか」
少年が言う。
急に言われ僕の口からは、「へっ」と、情けない声が出た。
「損な生き方だぜ、人を上部で判断して、嫌いなんて」
僕の心を見透かすような目で僕を見て言う。
少年は近くの壁に寄りかかって月を眺めている。
その姿は、とても格好よかった。
「お前は、知っているから嫌いじゃなくて、分からないから嫌いなんて思ってることはないか」
少年は月を見ながら、呟く。
僕はそれを聞いて、心当たりがあった。
僕は、嫌いな教科がある、でも本当にそれを理解しているのか。
心で自問自答を繰り返す。
少年はそんな自問自答している僕を見て、
「一度深く理解してみろよ、それは面白いかもしれない、やっぱりつまらないかもしれない、でもチャンスがあるのに逃すのは損じゃないか」
そう言った。
僕は急に自分が損してるのではないか、もったいないと感じた。
きっと僕はこの時不安な顔をしていただろう。
少年は僕を見てニヤリと、笑った。
「大丈夫だぜ、まだチャンスはあるから」
僕はそれを聞いて安心した。
「まぁ、頑張れ」
少年はそう言って消えた。
―――――
カチッカチッ
時計の音が響いている。
僕は瞼を開く。
僕は机に伏していた。
時計を見る。
時刻は、0時1分。
さっきまでのはなんだったんだろう。
僕は深く考えずに眠りについた。
不思議な時間だった。
あれは何だったんだろうか
僕の心は軽くなった。
―――――――
「彼、明るくなったね」
少女は笑顔で言う。
「あぁ、凄く元気そうだ」
少年は言う。
「目に光が灯ったな、それでいい」
男はカップ酒を片手に言う。
「俺の夢は、人を笑顔にすること」
誰かの声が何処かに響いた。