第一話 今日は賭けないけど、結果は分かってる
「ファイティン始まるぞ」
市場があるメインのルイス通りに今日の夕食の買い出しに来たのだが、僕が通りに足を一歩踏み入れた時、男が2人追い越していった。
僕はあまり時間が無かった。なぜなら夕食の買い出しに来ていたからだ。待っている子供達の顔が頭をよぎったが、男たちの後を追いかけると、市場を通り抜けたところにある広場には既に人だかりができていた。僕は12歳だから背が大人たちより低いので輪の中心は見えなかった。僕はぴょんぴょんとはねてみるが、やっぱり見えない・・・
しかし、声は聞こえる。
「左の男は今10連勝中だ!右の男は・・・右の男は挑戦者だ!3分以内でどっちが勝つか!?」
「はい、始めるよー。もうすぐ締め切るよー。もういないかー?」
姿は見えないが、しゃがれているが通る声で男が叫んでいる。僕の隣にいた男2人が
「俺もかけるぞ」
「俺も。ちょっとごめんよ。」
と、人を押しのけて中心に入っていった。
僕は男2人のすぐ後について、輪の中心、一番前まで出た。戦う2人が良く見える一打。2人は既に戦闘態勢に入っているようだった。
「連勝してるらしいぞ」
「へえ」
「へへへ。おいおい、体格が違いすぎないか。間違っても殺すなよ~。」
「これでは死なないだろ。はは。」
軽くジャンプしつつ、息を整えている大柄の上半身裸の男。
その男をじっと見つめている小柄ではないが筋肉もそれほどあるようには見えない、マントを巻く中肉中背の無表情な男。
この2人が戦うのか。
上半身裸の男は戦いなれているのか、体の骨を鳴らして笑いながらウォーミングアップしている。賭けている人数も上半身裸の男が勝つというのに賭ける人がもちろん大半みたいだ。今にもとびかかりそうな上半身裸男に
「まだ、やるなよ。」
と念を押している小太りでヒゲの男はさっきの声の主胴元の男だろうな。
「俺は上半身裸の方が負けると思う。」
僕はぶつぶつと小声で予想を立てる。
「しかも、10秒でKOだな」
「もういないか?締め切るぞー。」「こっちの連勝している男にかければ2倍、マントの男にかけると今なら12倍だよー。」
ありったけの大声で叫んでいるまとめ役の男。僕の反対側にいるのだが、両手にお金を集めるための2つの帽子を持っている。肩にかけているマントは大きすぎて地面にマントの3分の1くらいはついている。
どうしよう。僕は悩む。上半身裸の方が負けることは分かっていたから、勝てる・・・・。手には大銅貨2枚がある。勝てば12倍・・・
でも・・・僕は、ギュっと拳を強く握って賭けたい気持ちを抑えた。
止めておこう・・・
と思ってまとめ役の男の顔を見ると
この前も見た顔だということに気が付いた。
------この前もいた男だ。
前回も前々回も、最近のファイトの時には必ずまとめ役を買って出ているみたいだな。
------この上半身裸の男についてまわっているのか
僕は無意識だったのだが、いつの間にかまとめ役の男のことを、じっと見ていたみたいで、ハッと気が付くと僕と視線を合わせたまま男が近づいてきた。
「お前何にらんでるんだ。またいるのか、今日は金持ってきたか」
「いや、持ってない」
男の方も僕のことを覚えていた。
チッとしたうちして
「見るのは賭けてるやつ優先だ。賭けないなら後ろに行け」
と、僕の服の首元を掴んで輪の後ろの方にひきずっていこうとした時
「何やってんだ、まだ始めないのか」
「いつまで待たせるんだ」
とファイターを囲む輪の真ん中の列当たりから声がした。今日は賭ける人が大人数だったからお金を集めるのに時間がかかって、始めるのがが遅くなってしまっているのだ。
「すみませんね~始めます始めます」
まとめ役の男は掴んでいた僕の洋服から手を離すと、前に向き直って、輪の中心あたりに移動した。
実際に戦う2人は、上半身裸男はジャンプしていて今にも相手にとびかかりそうだし、相手の無表情な男は相変わらず無表情でじっとしている。
「じゃあ、始めるぞ!ファイト」
ファイトの声がかかると同時に、輪の中心にいたまとめ役の男がそそくさと避けた。すると上半身裸男は無表情男にとびかかる。
わーっと周りの人々から歓声があがった。バトルの始まりを歓迎する声だ。今日は人が多いからその声もひと際大きい。
しかし、その声が収まらないうちに、勝負がついてしまった。
「やっぱりね。」
勝ったのは無表情の中肉中背の男。
「おい!どうなってるんだよ」
「わざと負けたのか?!」
ワーワーブーブーと歓声とブーイングが混ざった声が聞こえる。
僕は早く夕飯の買い物をしなきゃならいと思って、人の隙間を縫って外に出た。
お金は結局かけなかったけど、予想が当たったので誇らしかった。戸惑いの混ざった声で歓声やらブーイングやらをしている人たちの声を背に聞きながら市場の方向に歩き出すと
「おい、ぼうず、待て。」
と肩をつかまれた。
「何ですか」
僕は乱暴に肩を掴まれたので少し不機嫌になった。だって本当に強くつかまれて痛かったから。
「なぜ、分かった」
「え?」
「なぜ、あのマントの男が勝つと分かった?」
「え?」