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異世界で青春したっていいじゃないか!  作者: 水鳥潤
クレストール学園初日
8/8

我が城と強情な同居人



 「……前言撤回じゃ。人使い荒すぎだぜあの人。仲良くなる? はんっ、こっちから願い下げじゃい」



 ウェリカさんから貰った元気を半日で使い果たしてしまった。俺にとって労働とはそれだけ過酷で、不慣れなものだった。

 セリンさんとの距離は遠のく一方だ。昼以降はこちらの体力が回復したのをいい事に、こき使いまくるし。不用意に近寄ると蹴りが飛んでくる始末。身体中に付けられた傷の分だけ、彼女への憎悪と恐怖は蓄積される。



 ——異世界生活一日目が終わりを迎える頃、力尽きた俺は就寝場所へと辿りついた。


 ここは男子寮一階、エントランス横に配置された管理人室。ヴォーグレンに連れられ、着替えをおこなった部屋でもあり、中に入ると見慣れた景色が広がった。

 この部屋だけ浴室が完備されてるのは寮長の特権らしい。大浴場は指定の時間内でしか入れないので、拘束時間の長い自分にとっては有難いオプションである。


 「にしても、今日は疲れた。死んでから異世界に旅立って……からの労働。色々あったな本当に……」


 セリンさんから解放され自由の身となったが、今から何かをする気力も湧かなかった。明日から毎日朝早くに起きる必要があるので、それに備えて風呂に入って寝よう。


 ……そう考えて立ち上がると、部屋の扉がガチャりと開いた。





 「……あのハゲ教官、人を何だと思っているのよ? 異世界に来て、軍人みたいな扱いされると思わなかったわ」



 入口付近に向かうと、床で這いつくばる茅撫奏の姿があった。制服や身体は泥まみれになっており、今のこいつから美少女という面影はなかった。


 「何やってんだよこんな所で?」


 俺の問いかけを受け、茅撫は機嫌悪そうに起き上がった。


 「……ずっと走らされていたのよ。華奢な身体だと何度も罵倒され、他の生徒とは完全に別行動。奴の提案したトレーニングを遂行するまで、しばらく剣すら握らせてもらえないの」


 「そうか、お前も大変なんだな……じゃなくてさっ!」


 苦労話に気を取られていたが、俺の常識が異性の侵入を許す事はなかった。


 「何でこの部屋に上がり込むの? ここ管理人室なんだけど、我が城なんですけど!?」


 こちらが顔を赤くさせ焦る一方、茅撫奏は至って冷静な面持ちであった。


 「私の部屋が確保されてないの。だからしばらく、ここで過ごさせてもらうわ」


 「だからって……男と女が同棲って、色々とまずくねーか?」


 「学園長がそうしろと言うのだから、仕方ないじゃない」


 疲労困憊による影響だろうか? 「そんな細かい話はどうでもいい」とさえ思っていそうだ。茅撫は髪をほどき、俺の隣を横切った。


 「おい、どこにいくんだよ?」


 「お風呂」


 「風呂だと!? ままままままじかよ!?」


 「……まじだけれども、あなたを返り討ちにする力は残っているわよ。覗いたら全力で殺しにかかるから、その覚悟を持っていてね」


 「いや覗かねーし! だからそういう意味じゃねーんだよ!」


 「……うっさいなぁもう。後で相手してあげるから、今は早くお風呂に入らせて」


 そう言うと、茅撫は洗面所へと姿を消した。




 「……いや、俺も入りたかったんだけど? もちろん一人でだからな」



 主人より先に入る客人があるか?


 「別に、今さら素性の知れた茅撫の入浴シーンくらい、どーてことねーし!」


 ぶーたれと不貞腐れ、待機してると……



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ 



 「……はぁ、気持ちよかった」


 わりと直ぐに茅撫は風呂から出てきた。五分もかかってない位だ。男から見ても早い方だと思うけど、ちゃんと洗えてんのか? 失礼な疑いを抱き、声のする方へ向く。

 すると、そこには水も滴るいい女が立っていた。


 肌の汚れは綺麗に落とされ、きしみかけていた髪も潤いを取り戻していた。女性の湯上り姿を見た事がなかったので、ついつい艶やかな色気に見惚れてしまう。



 なによりパジャマが……パジャマがやべぃ。

 薄手の生地で、露骨に強調されるボディー&スタイル。美脚でスレンダーなのは知っていたが、まさか着痩せするタイプでもあったとは。お見それいたした、こいつ胸も結構あんのな。



 「……黙ってたら可愛いんだよ、黙っていたら」


 ぼそっと小言を呟いていると、茅撫は満足そうな表情で部屋の奥の方へと進んでいった。


 「お先。タオルや衣類等は洗面所に置いてあったわ。個別に用意されているから、間違っても私の方は使わないでね」


 「ちょおまっ、まさかベッドを強奪するつもりかよ!? 強情過ぎやしねーか!?」


 慌てて追いかけると、茅撫は「ザッ」とカーテンで部屋を間仕切った。


 「ここから先は私の領土につき、許可なく立ち入る事を禁じます。ベッドは私が大切に扱うわ。毛布やシーツの予備はあるのだから、それを用いて床で寝るといいわ」


 「何そのジャイアニズム? ここは俺の部屋なんだから、勝手ばっか言うな」


 「ジャイアンじゃない、これはレディーファーストよ」


 「都合の良いときだけ女を武器にすんじゃねーよ。男を装うなら相応の覚悟を持ってだな」


 「うっさいな、あれは人前だけで充分なんだらか。ばっかじゃないの?」


 「かっっちーん・・・」



 じゃないを連発され、バカにされ、ついに俺の堪忍袋の緒が切れてしまった。



 「……もういいよ、相手にしてられるか」



 好きの反対は嫌いじゃない、無関心だ。それを実行した俺はカーテンから背を向け、洗面所へと向かう。



 「……え? ああそうね、忘れていたわ。ちょっと待って、風戸君」



 すると他の誰かと会話してるような言い回しから、茅撫は俺を呼び止めてきた。

 後ろを向くと、茅撫はカーテンの隙間からひょこり顔を出しており、「おいでおいで」と手招きをしていた。

 反省の色を伺えない無垢な表情であったが、ちょっぴり可愛らしいと思う自分がいた。無視すべき相手なのに情けない。


 「……何だってんだよ今さら?」


 うつむき加減で歩み寄ると、茅撫は手を俺に差し出してきた。


 「はいこれ、ティルフィムからの餞別品よ」


 手渡されたのは金色の鈴の付いたイアリング。

 問い詰めるべく顔を上げると、茅撫も同様の物を所持している事に気付く。それは彼女の耳でキラリと光輝いていた。


 「……お揃いなのかよ。ティルフィムの奴、何考えてんだ?」


 「別に深い意味はないから気にしないで。これは通信機みたいなもので、身に付けていればティルフィムと会話する事が可能よ」


 そーいや旅立つ前、サポートしてくれるって言ってたな。ここに来てから目まぐるしい時を過ごしていたので、すっかり忘れていたぜ。


 「そーなんだ。なら有難く頂くわ」


 「ええ。それじゃあまた明日、おやすみなさい」


 イヤリングを渡すと、茅撫は眠そうな顔でカーテンの奥へと消えていった。



 「……おやすみなさいなんて、家族以外に言った事ねーや」


 コミュ力不足により、普通に「おやすみ」を言いそびれてしまった。まさか茅撫から言われると思ってなかったので、不意を突かれたようにも感じた。

 あいつもあいつだ、柄じゃない事を言うなよ。照れくさいだろ? このやり取り、しばらく経っても慣れない自信があるぜ。


 「……まぁ、悪い気はしないがな」


 俺は気持ちを落ち着かせてから、洗面所へと向かった。

 茅撫が言うように、中には衣類棚があり、見た事もない文字で「ダイチ」「カナデ」と、プレートで張り分けされていた。


 「よし、中身も合ってる。言語機能は問題なく調整されてるようだ」


 替えの服等を取り出すと、続いてイヤリングの装着を試みた。目の前に鏡があったので、「忘れぬうちにやっておこう」と思惑があっての行動だ。



 「……違和感あるけど、これでいいのかな?」


 装飾品を付けた事が無くて不安だったが、一応は付けられた。強く引っ張っても外れないし、日常生活の間に落とす心配はなさそうだ。



 『——おお、ようやく繋がったようじゃな? 聞こえるか大智?』


 用を済ませ、風呂に入ろうと服を脱いでいると、イアリングを付けた耳から声が聞こえてきた。

 急な事で驚きはしたが、聞き覚えのある声と語尾に思わず笑みを浮かべてしまう。


 「おお、ティルフィムか? 聞こえるぞ、こっちの声も聞こえるのか?」


 『聞こえとるぞ。イヤリングを通じて、そちらの様子を伺えるからのう。これから風呂に入るようじゃが、気に障るようなら一度イヤリングを外してくれ』


 「友達と電話をしてるみたいだな」と思っていると、それと近しい機能がイアリングに備わっている事を知らされた。しかもかなりの高性能のようで、俺からは通話だけだけど、ティルフィムの方はテレビ電話ができるらしい。


 こちらの様子を見られると思うと気が引けるが、まぁティルフィムならいいかと思う自分がいた。

 「その信頼の高さは何だ?」って話だが、要所でイヤリングを外そうと誓う自分もいるわけでして……


 「……あのう、ティルフィムさん? 不定期的にイヤリングを外す場面があると思うが、悪しからずにいてね」


 『安心せい、そのくらい心得ておる。見られたくない場面はいくらでもあるじゃろ? 大智も男の子じゃしな、ハハ』


 俺の頼みに応じてくれるティルフィムさん。いやー、お恥ずかしながら、助かります。


 「さすが大精霊さん、寛大な心でいらっしゃる」


 安堵の表情を浮かべていると……


 『それはそうとして、まだ加護を与えておらんかったな? 不要ならこのままでいいのじゃが……いるかえ?』


 とても重大な話題を振られるのだった。


 忘れていたぜ、加護の事を! 俺ってば、まだ力を得る余地があるじゃん? オマケだのキモイだの散々コケにされたが、挽回できるやもしれん!


 「いるいる、超いるから! どうやったら加護貰えんの? 教えてくれ!」


 『ワシの元に来てくれたら、すぐにでも与えてやるぞい。……ちょっと待っておれ、イヤリングを通して、大智をこちらに呼び寄せてやるから』


 「ああ、よろしく頼むな!」



 俺は未知なる加護の力に期待し、ティルフィムの指示通り大人しく待機するのだった。







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