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異世界で青春したっていいじゃないか!  作者: 水鳥潤
クレストール学園初日
7/8

エルフ少女は期待を裏切らない




 異世界なんて糞くらえだ!! 



 何でこうも不運は重なる? てかマジ俺悪い事してないよね? 確かに愚痴は多かったけどさ、現状を受け入れようと必死でいたよ?


 なのに何で……何で異世界でも辛い思いを強いられる? この先俺に良い事はあるのか……ってかこの先があるのかな? もう死んだんじゃね俺?




 「……ううぅ」



 ——夢の中でも愚痴をこぼすどうしようもない俺だが、どうやら死からはまぬがれたらしい。


 目覚めるとベッドの中にいて、起き上がると額から湿ったタオルが落ちてきた。

 ここは保健室ってとこか? 痛む頭をかかえて周囲を見渡していると、視界に女子生徒の姿が入ってきた。



 「ようやく目覚めてくれた。気分はどうですか? 頭痛くないですか?」



 どうやら俺の看病をしてくれてたようだ。椅子から立ち上がった彼女はタオルを拾い、水の入る桶に浸した。ぎゅっとタオルを絞ると、それを俺の額に当ててくれた。


 「はいどうぞ。具合悪そうなんで、もう少し横になっててくださいね」


 「あはい……天使……じゃなくって、もう大丈夫っすよ!」


 彼女に言われるがまま身体を倒したのだが、我に返ると再び起き上がった。

 既に口にしているが、側に天使と錯覚させる美少女がいるんだ。呑気に寝ていられない……という思惑があっての行動だ。


 「そ、そうでしたか。それはよかったです」


 俺の奇怪な行動に驚いた様子だったが、元気な姿を見て安心したようだ。彼女は微笑みながら、また落ちたタオルを拾い桶に浸した。


 「……あ、自己紹介がまだでしたね?」


 ふと一息をつくと、彼女は被るエンジ色のニット帽を整え直し、翡翠色の朗らかな瞳をこちらに向けた。


 「私、クレストール学園一年の【ウィリカ】と言います。よろしくお願いします、ダイチさん」




 ファーストネームを異性に呼ばれるのは初めての経験だった。少々大げさかも知れないが、「もう俺ここで死んでもいいや」とさえ思ってしまった。それくらい嬉しい出来事であった。


 「そ……そうですが、何で俺の名前知ってるんすか? 俺達初対面っすよね?」


 それでも逸る気持ちを抑え、「ふぉぉっぉぉ!!! 俺の嫁キターーーー!!!」と口走らなかったのは超ファインプレーだったと思う。この出会いを大事にしたいと、心底思っている結果かも知れないが。


 慎重に身構える俺を見ると、素敵な笑顔を受けべるウィリカさん。



 「セリンさんから事情を聞いてたんです。実は私、訳あって従者部隊さんのお手伝いをしているんです。……と言っても授業後から就寝時間までの僅かな間だけで、余りお役に立てていないのですがね」


 「……なるほど、そうだったんですか。それは素晴らしい」


 「……え……ダイチさん?」


 事情を耳にした途端、俺は冷静でいられなくなった。

 こんなナイスな展開実際にあるんだ。俺達の間に、まさかそんな接点があるとは。ここで臆せば絶対に後悔するでしょ? そ う に 違 い な い ね !

 日常的に取り囲まれた屁理屈を取っ払い、純粋に彼女と親しくなろうとやっきになる。



 「先輩と呼んでもいいかな? 不束者ですが、よろしくお願いします!」


 加減も知らず、その場の勢いで彼女の両肩を強く掴むのだった。



 ……や……これはやったなっ! 柔らかい……じゃなくて、ドン引き必須事項だよ!! これだからDTは、女性の扱いに全く慣れていやしない。


 「あ、あのう! これはですね……」


 「後悔先に先に立たず」——新たな教訓を植え付けたところで、ようやく彼女にも反応が見られた。


 「や……あのう……ちが、違うんです!!」


 俺から距離を離し、白い素肌は真っ赤に染めあがった。悪い事したなと嘆いていると……



 「私ってそんな立場じゃないんです! 変に先輩ぶってごめんなさい! そ、それにダイチさんがこうなった原因は私にもありまして! 氷塊を頭にぶつけてしまい、どうもすみませんでした!!」


 逆にウェリカさんから謝罪を受けるのだった。彼女は深く頭を下げ、何度も何度も俺に謝ってくる。


 ……ああ、あのブリザードはこの子の仕業だったんだ。確かに死ぬほど痛かったが、運よくこうして生きている。君と出会えた奇跡の代償とすれば、安い物だと今なら思える。


 「どんな返しをすれば好感度が上がるかな」……と悪知恵を働かせていると、深く頭を下げ過ぎたせいか、彼女のニット帽子がポロリと床に落ちた。




 ——その瞬間、俺は目を疑った。




 「ぬ ぅ あ に い い い い ぃ ぃ ! ! ! ?」




 ここに来てのお目当てのものとの出会いだ。俺でなくてもこうなると思うよ絶対。



 「エ ル フ 耳 … … だ ぁ と ぉ お ! ?」

 


 そう、それはエルフ耳だ。とがった綺麗な芸術品だ。

 俺と同じ癖のある髪には共感を覚える(もちろん彼女の方が上質で、ヴォーグレンの綿飴に近い栗色の髪)。「いやあん!」とオカマ口調の声まで出そう……それくらい衝撃的な出来事であった。


 「い、いや、これは、その……隠すつもりは無かったんです! 学園の方々は大方知ってますし、お見苦しい物を見せてすみません!」


 絶頂を迎えようとする俺に対して、なお悲壮感を増すウィリカさん。謝罪しながら帽子を拾い上げ、元あった場所に被り直した。

 その一連の動作を見たら、流石の俺も浮かれたままではいられなくなった。


 これって、ファンタジー世界のお決まり事項なんだろうな。多分きっと、彼女は純正のエルフではない。でなきゃこんな悲しい顔は浮かべないし、わざわざ帽子で耳を隠さないよなと、確信めいたものを胸に抱いた。


 気を使わないと……とも思ったが、よくよく考えれば俺にはどーでもいい事だと気が付いた。



 「……もう一度、よく見せてくれないか?」



 これが違う世界から来た奴の特権なんだろう。先達の猛者と同様のレールに乗り込む覚悟で、俺は彼女の帽子を取り上げた。


 「ひゃ……」


 「……素敵だ、サイコーだよ。やっぱこれ以上の言葉が浮かばねぇや。気の利かない言葉ばっかでごめんな」


 絞りだした言葉で彼女を励まし、エルフ耳に満足したところで帽子を元に戻した。

 呆然とする彼女だったが、しばらくするとまた頬を染めて頭を下げてきた。



 「……褒めて頂いてどうもです」


 「い、、、いいえぇ、大した事じゃねーです……」



 その表情がとても愛らしく思い、俺は今さっきの自分に握手を求めたくなった。


 何ハズイ事してんだよ!? でもやればできんじゃん! よくやったぞ俺!! てか、本気やべー! 超かわいいよ! 胸がドギマギしてハチ切れそうだ!


 見れば見るほどウィリカさんは可愛くて、彼女を取り纏う全てが神に見えてくる。

 地味に思えたこの学園の制服も、これはこれでありだと思った。男用の制服と配色は同じでも、下がハーフパンツでハイソックスってだけでソソルものがある。

 短いスカートだけが制服じゃない。軍服テイストも悪くない。学園長さんナイスチョイス、あんたはセンスの塊だ! ……ああ、もちろんモデルが良いってのもあるけどさ。



 「……あれ?……でもこれ、物事が上手く進み過ぎじゃね?」



 ——これが恋なの? と浮かれていたが、ふと不安に思えてきた。


 冷静になれ風戸大智、お前は転生してから何度美少女に期待を裏切られている?

 2回だ! しかも中身はなかなかドキツイものばかり! 警戒するんだ、石橋は何度叩いてもいい、叩くべきだ!

 でも実際ウィリカさんは超可愛い!!



 「ぬぁー! 畜生! わっかんねー!」



 過去の教訓と現状との間に生まれた葛藤に悶え苦しむ。俺は手で顔を覆い、つい叫び声を漏らしてしまった。

 そうしていると……




 「やっぱり、まだ具合が悪いじゃないですか。無理しないでくださいよ」



 ——ウィリカさんは俺に近寄り、前置きなく手を握ってくれた。


 柔らかくて、とても温かかった。彼女の掌から、優しさが全身に伝わってくる感覚さえある。


 「私、治癒魔法だけは得意なんです。授業外に校内での魔法の使用は禁止されてるのですが、見ていられなくって。他の方には内緒ですよ」



 ……ああ、これが治癒魔法の効果なんだ。逸る気持ちで隠れていた頭の痛みも、何事も無かったように消え去った。

 この子、本当に優しい子なんだな。疑っていたさっきの自分を、今度はぶん殴りに行きたい気分だよ。


 「……ありがとう」


 心まで温かい気持ちになれた。心臓の高まりは未だに治まる事を知らない。これは治癒魔法とは別の作用が働いているに違いない。

 感謝の言葉を伝えると、ウェリカさんは俺から手を放してゆく。



 「いいえ。ダイチさんはもうしばらく休んでいてください。……はい、これどうぞ」


 笑顔でタオルを渡されると、また頭を下げられた。


 「午後の授業に間に合わなくなるので、ここで失礼します。これからもよろしくお願いします」


 「……はい、こちらこそよろしくお願いします」


 俺からも会釈をすると、彼女は扉の方へと向かってゆく。


 「あ、それと。セリンさんも気にしていましたよ。彼女の事、悪く思わないでくださいね。理由は詳しく知らないのですが、男性が苦手らしいので。私みたいに、気さくに触れない方が身のためですよ」



 別れ際にそう言い残し、ウェリカさんは部屋を後にした。




 「……あーあ、一生分の運使ったんじゃねーかな」



 一息つくと、俺は再び横になった。受け取ったタオルを顔に当て、火照る肌を元に戻そうとする。



 「なんだなんだ、やはりあるじゃないか正統派美少女との出会いが」


 外見だけのボッチとは偉い違いだ。かけてくれる言葉や表情、全てに優しさが含まれていてさ。こんなに優しくしてくれた人、家族以外に今までいただろうか?


 「……いるわけねーじゃん」



 この出会いを大切にしていきたい……そう考えていると、




 「また独り言か? 本当気持ち悪りーな」



 ——俺の元に鬼が襲来してきた。


 さっきボコボコにされた事もあって、身の毛もよだつ思いだ。


 「い……いやぁ、そっすね……」


 声はいつもの倍小さくなっていた。男として情けないが、怖いものは怖い。身体は萎縮してしまい、次に出す言葉も思いつかない。

 目も合わせないでいると、セリンさんは呆れ顔で腕組みをした。


 「どーせウィリカに治癒魔法かけてもらったんだろ? まだ半日しか働いてないのに、リタイアとかマジないって。仮病は許さないからな」


 見下しながら放たれた言葉は俺の胸にグサリと刺さった。


 「え……どうしてそれを?」


 全部見透かされとる!? 焦ってしまい、さっきしたばかりの約束を破ってしまう。

 俺の反応に対し、セリンさんは深い溜息をついた。


 「お人好し共の考えてる事は分かりやすいんだよ。ウザッテーほどにな」



 そう言うと、ベッドの上に俺が来ていた上着と、小さめの紙袋を放り投げてきた。



 「……それ食ったら手伝に来い。魔法学のあった教室にいるから」


 「……はい」 


 まだ現状を理解していない俺は、軽い返事をしてセリアさんを見送った。


 一人になり紙袋の中身を確認すると、中には総菜パンと牛乳瓶が入っていた。


 「……あれ? あの人案外優しいとこあるじゃん」



 絶対に仲良くなれないと思ってた人から食料を頂けた。彼女なりの謝罪の言葉を受けると、萎縮していた身体は元に戻った。


 現世と違い、こっちの神様はずいぶん粋な計らいをしてくれやがる。ウェリカさんだけでなくセリンさんとも、今後は上手くやれる気がしてきた。


 「とりあえず至近距離まで近寄らなきゃいいんだよね? この癖はおいおい直していこう。それより仕事だ仕事!」


 パンと牛乳を有難く頂いた後、俺はセリンさんの元へと走り出した。








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