エルフ少女は期待を裏切らない
異世界なんて糞くらえだ!!
何でこうも不運は重なる? てかマジ俺悪い事してないよね? 確かに愚痴は多かったけどさ、現状を受け入れようと必死でいたよ?
なのに何で……何で異世界でも辛い思いを強いられる? この先俺に良い事はあるのか……ってかこの先があるのかな? もう死んだんじゃね俺?
「……ううぅ」
——夢の中でも愚痴をこぼすどうしようもない俺だが、どうやら死からはまぬがれたらしい。
目覚めるとベッドの中にいて、起き上がると額から湿ったタオルが落ちてきた。
ここは保健室ってとこか? 痛む頭をかかえて周囲を見渡していると、視界に女子生徒の姿が入ってきた。
「ようやく目覚めてくれた。気分はどうですか? 頭痛くないですか?」
どうやら俺の看病をしてくれてたようだ。椅子から立ち上がった彼女はタオルを拾い、水の入る桶に浸した。ぎゅっとタオルを絞ると、それを俺の額に当ててくれた。
「はいどうぞ。具合悪そうなんで、もう少し横になっててくださいね」
「あはい……天使……じゃなくって、もう大丈夫っすよ!」
彼女に言われるがまま身体を倒したのだが、我に返ると再び起き上がった。
既に口にしているが、側に天使と錯覚させる美少女がいるんだ。呑気に寝ていられない……という思惑があっての行動だ。
「そ、そうでしたか。それはよかったです」
俺の奇怪な行動に驚いた様子だったが、元気な姿を見て安心したようだ。彼女は微笑みながら、また落ちたタオルを拾い桶に浸した。
「……あ、自己紹介がまだでしたね?」
ふと一息をつくと、彼女は被るエンジ色のニット帽を整え直し、翡翠色の朗らかな瞳をこちらに向けた。
「私、クレストール学園一年の【ウィリカ】と言います。よろしくお願いします、ダイチさん」
ファーストネームを異性に呼ばれるのは初めての経験だった。少々大げさかも知れないが、「もう俺ここで死んでもいいや」とさえ思ってしまった。それくらい嬉しい出来事であった。
「そ……そうですが、何で俺の名前知ってるんすか? 俺達初対面っすよね?」
それでも逸る気持ちを抑え、「ふぉぉっぉぉ!!! 俺の嫁キターーーー!!!」と口走らなかったのは超ファインプレーだったと思う。この出会いを大事にしたいと、心底思っている結果かも知れないが。
慎重に身構える俺を見ると、素敵な笑顔を受けべるウィリカさん。
「セリンさんから事情を聞いてたんです。実は私、訳あって従者部隊さんのお手伝いをしているんです。……と言っても授業後から就寝時間までの僅かな間だけで、余りお役に立てていないのですがね」
「……なるほど、そうだったんですか。それは素晴らしい」
「……え……ダイチさん?」
事情を耳にした途端、俺は冷静でいられなくなった。
こんなナイスな展開実際にあるんだ。俺達の間に、まさかそんな接点があるとは。ここで臆せば絶対に後悔するでしょ? そ う に 違 い な い ね !
日常的に取り囲まれた屁理屈を取っ払い、純粋に彼女と親しくなろうとやっきになる。
「先輩と呼んでもいいかな? 不束者ですが、よろしくお願いします!」
加減も知らず、その場の勢いで彼女の両肩を強く掴むのだった。
……や……これはやったなっ! 柔らかい……じゃなくて、ドン引き必須事項だよ!! これだからDTは、女性の扱いに全く慣れていやしない。
「あ、あのう! これはですね……」
「後悔先に先に立たず」——新たな教訓を植え付けたところで、ようやく彼女にも反応が見られた。
「や……あのう……ちが、違うんです!!」
俺から距離を離し、白い素肌は真っ赤に染めあがった。悪い事したなと嘆いていると……
「私ってそんな立場じゃないんです! 変に先輩ぶってごめんなさい! そ、それにダイチさんがこうなった原因は私にもありまして! 氷塊を頭にぶつけてしまい、どうもすみませんでした!!」
逆にウェリカさんから謝罪を受けるのだった。彼女は深く頭を下げ、何度も何度も俺に謝ってくる。
……ああ、あのブリザードはこの子の仕業だったんだ。確かに死ぬほど痛かったが、運よくこうして生きている。君と出会えた奇跡の代償とすれば、安い物だと今なら思える。
「どんな返しをすれば好感度が上がるかな」……と悪知恵を働かせていると、深く頭を下げ過ぎたせいか、彼女のニット帽子がポロリと床に落ちた。
——その瞬間、俺は目を疑った。
「ぬ ぅ あ に い い い い ぃ ぃ ! ! ! ?」
ここに来てのお目当てのものとの出会いだ。俺でなくてもこうなると思うよ絶対。
「エ ル フ 耳 … … だ ぁ と ぉ お ! ?」
そう、それはエルフ耳だ。とがった綺麗な芸術品だ。
俺と同じ癖のある髪には共感を覚える(もちろん彼女の方が上質で、ヴォーグレンの綿飴に近い栗色の髪)。「いやあん!」とオカマ口調の声まで出そう……それくらい衝撃的な出来事であった。
「い、いや、これは、その……隠すつもりは無かったんです! 学園の方々は大方知ってますし、お見苦しい物を見せてすみません!」
絶頂を迎えようとする俺に対して、なお悲壮感を増すウィリカさん。謝罪しながら帽子を拾い上げ、元あった場所に被り直した。
その一連の動作を見たら、流石の俺も浮かれたままではいられなくなった。
これって、ファンタジー世界のお決まり事項なんだろうな。多分きっと、彼女は純正のエルフではない。でなきゃこんな悲しい顔は浮かべないし、わざわざ帽子で耳を隠さないよなと、確信めいたものを胸に抱いた。
気を使わないと……とも思ったが、よくよく考えれば俺にはどーでもいい事だと気が付いた。
「……もう一度、よく見せてくれないか?」
これが違う世界から来た奴の特権なんだろう。先達の猛者と同様のレールに乗り込む覚悟で、俺は彼女の帽子を取り上げた。
「ひゃ……」
「……素敵だ、サイコーだよ。やっぱこれ以上の言葉が浮かばねぇや。気の利かない言葉ばっかでごめんな」
絞りだした言葉で彼女を励まし、エルフ耳に満足したところで帽子を元に戻した。
呆然とする彼女だったが、しばらくするとまた頬を染めて頭を下げてきた。
「……褒めて頂いてどうもです」
「い、、、いいえぇ、大した事じゃねーです……」
その表情がとても愛らしく思い、俺は今さっきの自分に握手を求めたくなった。
何ハズイ事してんだよ!? でもやればできんじゃん! よくやったぞ俺!! てか、本気やべー! 超かわいいよ! 胸がドギマギしてハチ切れそうだ!
見れば見るほどウィリカさんは可愛くて、彼女を取り纏う全てが神に見えてくる。
地味に思えたこの学園の制服も、これはこれでありだと思った。男用の制服と配色は同じでも、下がハーフパンツでハイソックスってだけでソソルものがある。
短いスカートだけが制服じゃない。軍服テイストも悪くない。学園長さんナイスチョイス、あんたはセンスの塊だ! ……ああ、もちろんモデルが良いってのもあるけどさ。
「……あれ?……でもこれ、物事が上手く進み過ぎじゃね?」
——これが恋なの? と浮かれていたが、ふと不安に思えてきた。
冷静になれ風戸大智、お前は転生してから何度美少女に期待を裏切られている?
2回だ! しかも中身はなかなかドキツイものばかり! 警戒するんだ、石橋は何度叩いてもいい、叩くべきだ!
でも実際ウィリカさんは超可愛い!!
「ぬぁー! 畜生! わっかんねー!」
過去の教訓と現状との間に生まれた葛藤に悶え苦しむ。俺は手で顔を覆い、つい叫び声を漏らしてしまった。
そうしていると……
「やっぱり、まだ具合が悪いじゃないですか。無理しないでくださいよ」
——ウィリカさんは俺に近寄り、前置きなく手を握ってくれた。
柔らかくて、とても温かかった。彼女の掌から、優しさが全身に伝わってくる感覚さえある。
「私、治癒魔法だけは得意なんです。授業外に校内での魔法の使用は禁止されてるのですが、見ていられなくって。他の方には内緒ですよ」
……ああ、これが治癒魔法の効果なんだ。逸る気持ちで隠れていた頭の痛みも、何事も無かったように消え去った。
この子、本当に優しい子なんだな。疑っていたさっきの自分を、今度はぶん殴りに行きたい気分だよ。
「……ありがとう」
心まで温かい気持ちになれた。心臓の高まりは未だに治まる事を知らない。これは治癒魔法とは別の作用が働いているに違いない。
感謝の言葉を伝えると、ウェリカさんは俺から手を放してゆく。
「いいえ。ダイチさんはもうしばらく休んでいてください。……はい、これどうぞ」
笑顔でタオルを渡されると、また頭を下げられた。
「午後の授業に間に合わなくなるので、ここで失礼します。これからもよろしくお願いします」
「……はい、こちらこそよろしくお願いします」
俺からも会釈をすると、彼女は扉の方へと向かってゆく。
「あ、それと。セリンさんも気にしていましたよ。彼女の事、悪く思わないでくださいね。理由は詳しく知らないのですが、男性が苦手らしいので。私みたいに、気さくに触れない方が身のためですよ」
別れ際にそう言い残し、ウェリカさんは部屋を後にした。
「……あーあ、一生分の運使ったんじゃねーかな」
一息つくと、俺は再び横になった。受け取ったタオルを顔に当て、火照る肌を元に戻そうとする。
「なんだなんだ、やはりあるじゃないか正統派美少女との出会いが」
外見だけのボッチとは偉い違いだ。かけてくれる言葉や表情、全てに優しさが含まれていてさ。こんなに優しくしてくれた人、家族以外に今までいただろうか?
「……いるわけねーじゃん」
この出会いを大切にしていきたい……そう考えていると、
「また独り言か? 本当気持ち悪りーな」
——俺の元に鬼が襲来してきた。
さっきボコボコにされた事もあって、身の毛もよだつ思いだ。
「い……いやぁ、そっすね……」
声はいつもの倍小さくなっていた。男として情けないが、怖いものは怖い。身体は萎縮してしまい、次に出す言葉も思いつかない。
目も合わせないでいると、セリンさんは呆れ顔で腕組みをした。
「どーせウィリカに治癒魔法かけてもらったんだろ? まだ半日しか働いてないのに、リタイアとかマジないって。仮病は許さないからな」
見下しながら放たれた言葉は俺の胸にグサリと刺さった。
「え……どうしてそれを?」
全部見透かされとる!? 焦ってしまい、さっきしたばかりの約束を破ってしまう。
俺の反応に対し、セリンさんは深い溜息をついた。
「お人好し共の考えてる事は分かりやすいんだよ。ウザッテーほどにな」
そう言うと、ベッドの上に俺が来ていた上着と、小さめの紙袋を放り投げてきた。
「……それ食ったら手伝に来い。魔法学のあった教室にいるから」
「……はい」
まだ現状を理解していない俺は、軽い返事をしてセリアさんを見送った。
一人になり紙袋の中身を確認すると、中には総菜パンと牛乳瓶が入っていた。
「……あれ? あの人案外優しいとこあるじゃん」
絶対に仲良くなれないと思ってた人から食料を頂けた。彼女なりの謝罪の言葉を受けると、萎縮していた身体は元に戻った。
現世と違い、こっちの神様はずいぶん粋な計らいをしてくれやがる。ウェリカさんだけでなくセリンさんとも、今後は上手くやれる気がしてきた。
「とりあえず至近距離まで近寄らなきゃいいんだよね? この癖はおいおい直していこう。それより仕事だ仕事!」
パンと牛乳を有難く頂いた後、俺はセリンさんの元へと走り出した。