鬼ときどき氷塊
学園長室に入ってきた少女は、それはそれは美しく可憐な少女だった。
青く長い髪をサイドで二つに束ね、俺と同様に黒のタキシードを着ていた。
「異世界ヒロイン可愛すぎじゃね!?」
いや本気で、顔を合わせた瞬間思わず声を出しちゃったね。人の容姿の感想を口にしたのは初めてだった。
実際茅撫も相当可愛いんだけど、あれは一応前世からの付き合いだから。教室でもこっちに来てからも、何度も見てきた顔なので慣れていた。「どちらが好みか?」なんて結論を付けるのは難しいが、受けた衝撃は遥かに彼女の方が上だ。
ツリ目・ツインテ・小柄で華奢な体型と、なかなかの特徴を持つ少女。異世界に来て初めて出会った第一少女でもある。その完成度に思わず感服してしまう。
眼福眼福だ……才能の欠片もない韻をふみ見惚れていると、
「ほらほら、そんなとこに居ないでこっちにおいで」
学園長さんは俺と彼女を引き寄せてくれた。
「こちら君の同僚になる【セリン】ちゃんだよ」
「は、初めまして。か、風戸大智と言います!」
どもりながら自己紹介すると、セリンさんは冷ややかな目でこちらを見てきた。
「……あんまジロジロ見てんじゃねぇよ。こっちは馴れ合う気は更々ねーかんな」
え……うそ……何その汚らしい言葉遣いは? 声と顔が可愛らしい分、ギャップがやべー。ギャップ萌えならぬギャップ萎ってか?
「っていらねーよそんなのバカ!」
戸惑いを隠せぬ俺を他所に、二人は親しげに顔を見つめあう。
「おいクレス、こいつ好きに使っていいんだよな?」
「うん、そのつもりだよ。指導はすべて君に任せるから。よろしく頼むよ」
「うっし、ちょうど雑用が欲しかったとこなんだ。ほら、ぼやっとすんな後輩。さっさと行くぞ」
「……あれ? この展開はよろしくない?」
こうして俺はセリンさんに連れられ、早速仕事にと移った。
——そして現在に至る。
「次は魔法学の授業準備な。30分後に生徒が来やがるから、それまでに仕上げるぞ」
「な、なんでそんなに時間が押してんの? 朝からずっとこんなのばっかじゃん! もうちょっと余裕持って仕事しましょうよ!」
「うるせーよ後輩のくせに。人手が足りてなかったんだよ。今は指導しながらで効率わりーし。文句あるなら早く仕事覚えろ愚図」
朝から作業しっぱなしだった。教師や生徒らが円滑に授業に取り組めるよう、サポートするのが俺に与えられた仕事内容。他にも学園内の清掃や雑務、加えて男子寮の管理人を任されるらしい。
新人に仕事与えすぎだろと思う。時間もないので休憩も無し、脳も身体もフル活用なので、疲労感は満載だ。そりゃ愚痴も吠えたくなるよ。
ちなみに他の同僚、通称【クレストール学園従者部隊】らは食堂の準備やギルドクエストの管理を行っているらしい。ゆくゆくはそっちの補助にも回される模様。なので仕事に慣れれば楽になる、とも言いきれないのが辛い話だ。
「おい違げーよ、それはこっちだバカ」
「す、すみません」
下手に仕事ができると、かえって仕事が増えるという悪循環。それを早い段階で絶とうと考えたが、そうさせてくれないセリンさん。厳しい指摘と視線から逃れたいぜ。これなら早く一人前になって、仕事漬けの方がマシかもしれない。
セリンさんは人使い荒いし、質問すれば強く当たられる。忙しいしかまってられない、事情は分かるがもう少し優しくして欲しいよ。俺だって好きで働いていないんだからさ。
最初こそ容姿に騙されていたが、今は顔とか声とかどうでもよく思ってきた。やっぱ外身より中身だよな。俺が生粋のドMなら、とんだご褒美なんだけどさ。
「札付きの美少女はもう間に合ってんだよ。てぇーい」
浮かれた気持ちをどっかに捨てて、真面目に仕事に励む。そうしてると順調に事は運び、時間前に準備を完了した。
「よし、次行くぞ後輩」
「え、そろそろお昼の時間じゃないですか? 休憩しましょうよ」
「今日は授業が全部終わるまで我慢しろ。仕事が押してんだから」
「そ、そんなぁ……」
生徒には昼休みがあるのに、働く俺らにはなしって。これ完全に労働違反だよね? 俺まだ未成年なのに扱い酷すぎだよ。
ぐうたれと文句を浮かべながら、俺は次なる場所へと向かうのだった。
——広い学園内を歩くだけで、時間は早く経過してゆく。移動中は学園内各所で授業風景を目にした。
【ギルドウォーリアー】を育成する教育機関、それがここクレストール学園。
ギルドウォーリアーとは俺が想定した通り、ギルドに寄せられたクエストを生業とする者の名称だった。クエストの主たるモンスター討伐に備え、魔法や武具の扱い、モンスターの特性にパーティメンバーとの連携などなど。基礎から実践を含めて教育を生徒に施していく。
次の作業場所はグラウンド。ここでは午後の実技演習に備え、準備を行う。グラウンド内では遠くの方で、魔法の実技演習を行う最中だった。
「……はぁ。若いっていいな、青春してんね」
目には生徒達の姿が眩しく映った。学園長の教訓通り、和気藹々と行われる魔法演習。火やら氷やら雷やら、自分の目を疑うファンタジーな光景……ではあるが、どこか懐かしさすら感じた。
「俺もこないだまであの中にいたんだよなぁ……いや輪の中にはいなかったけどね」
自虐に走り生徒らを見ていると、人獣っぽいファンタジー要素がない事に気付く。髪色は彩のある物ばかりで、むしろ黒は珍しく思えた。
「獣っ子とかエルフっ子とかキボンヌなんだけど。黒と言えば、茅撫嬢だなぁ……」
あの場に、俺と同じ転生者組の茅撫奏の姿はなかった。「あいつ上手くやれてんのかな」と考え込んでいると、目の前に鬼の眼光を浮かべるセリンさんが現れた。
「てめーさっきからぐちぐちとキモイんだよ! 愚痴ならもう聞き飽きたぞ! 私だって我慢してんだから、男なら黙って仕事しろ!」
超怒っていらっしゃった。こうなってしまうと、何を言っても仕方ない。むしろ逆効果となる事は必然とも言える。
「いや愚痴は言ってないですよ! これは俺の癖のようなもので、気にしないで下さい」
なのに俺ってばまた余計な言葉を付け足した。
「私に支障が出るから言ってんだよ! 癖なら直せバカ!」
厳しいお叱りを頂いてしまう——まさにその直後だった。
強く冷たい風が辺りで吹き始めた。
「ブリザード……こりゃ【あのバカ】の仕業だな。全く制御できないじゃねーか。さみぃ……」
身動きが取れないくらい吹き荒れる氷結混じりの風。怒りの沸点に達したセリンさんも、これにはたまらないご様子だ。身体を丸めて震えている。
……寒がりなのかな?
俺だって寒い思いをしていたが、それ以上にセリンさんが辛そうにするのを見ていられなかった。おもむろに上着を脱ぎ、彼女の元に近づいた。
「どうぞ、着ててください」
気障な言葉を吐く自分に惚れてしまうぜ。
いやー俺ってば親切だね……と上機嫌に上着をかけてやると、セリンさんは想定外の反応を見せた。
「近 づ く な バ カ こ ら 死 ね お ら ー ー ー ! ! !」
罵声の詰め合わせを浴び、俺は突き飛ばされた。
「☆!? いって!」
尻もちをついていると、追い打ちのように彼女の回し蹴りが飛んできた。
「ふなぁぁ!?」
蹴りはもろに顔面に強打。これだけでも十分痛いのに、俺はさらなる追撃を味わう事となる。
「死ね死ね死ねバカ!! 何やってんだバカ! うぜー!!」
激しく何度も踏みつけられた。ご褒美で済まされない衝撃に驚きを隠せない。
元からキツイ性格だけど、この豹変っぷりは何だ!? 俺悪い事したかな?
——さらにさらに、俺の不運は加速する。
「——あ、危ないです!!」
遠くの方から微かに聞こえてきた少女の声。意識が朦朧とする中、「何事か?」と考えていると、今まで飛んできた氷結の比にならない物が飛んできた。
岩と言っていい氷の塊。それが俺目掛けて飛んできた。
避けられるわけがない。セリンさんの足+氷の塊。サンドイッチの具みたく頭は挟まれ、
「し……しぬってまじで……」
ついに俺は意識を失った。