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異世界で青春したっていいじゃないか!  作者: 水鳥潤
クレストール学園初日
5/8

主と従者と謎の決意





 歪みを通り抜けた先では視界がずいぶんと狭くなった。どうやら個室へと連れ出されたようで、ちゃんと地に足を付ける事ができた。

 生活感がない殺風景な部屋の中。あるのはベット1つと大きな収納タンス、それと部屋を間仕切るように配置されたカーテンのみ。


 「ここは学生寮にある一室だよ。ここでうちの学園の制服に着替えてもらうね。仕切りの奥は黒髪のおねーちゃん、オマケはそっちの洗面所で着替えて来るといいよ」


 そう言いながら、ヴォーグレンはタンスから衣類を取りだし、俺達にそれぞれ渡した。


 「ついにお兄ちゃんまで言わなくなったな? もう気にしないようにするけどさ……」


 俺は不満をぶつけながら、足早に部屋を抜け出した。

 洗面所はわりと広く、隣には浴室も完備されていた。学生寮には大浴場ってイメージがあったので、意外に思った。


 「さてと、着替え着替えっと」


 俺は着ていた服を脱ぎ始め、用意された服に着替える。洗面所には鏡があったので、身なりを確認する事ができた。


 「……何だこれ? タイの付け方も、これで合ってるのかわかんねぇよ」



 ——しばらくすると鏡には学生服……というか、黒いタキシードを着る自分の姿が映し出された。

 まるで執事のコスプレをしてるみたいだ。「一度は着てみたい」と願望のあった服ではあるが、案の定似合いはしなかった。


 「背が高めなのが、せめてもの救いかな。短足なのはカバーできないがな、ははは……」


 不慣れな服装に対し、気恥ずかしさから頬を赤らめてしまう。


 「——男のくせにオマケは長いね。黒髪のおねーちゃんは着替え終わっているよ」


 そうしていると、外からお声がかかった。


 「……はいはい、悪かったな」


 この姿を茅撫が見たら、間違いなく非難してくるだろうな。重い気持ちで洗面所から外へ出ると、



 元いた部屋には【俺とは全く違った服を着る】茅撫の姿があった。


 灰色と黒を基調とした落ち着きのある身形。細身のなスラックスに、ファスナー式のジャケットを着ている。

 俺個人のぱっと見の印象として「男っぽい恰好だな」と思った。下がスカートでないだけで、こうも印象が変わるのか? 髪を後ろで一つにまとめていたので、服装と相まって凛々しさが増していやがる。

 肌の露出は皆無。どんな可愛い制服なのかと期待していたのにな。逆手を取られた感じで残念な気持ちになる。


 「……あまりジロジロと見ないで。感想くらいは聞いてあげなくもないけど」


 「どっちなんだよそれ? まぁいいんじゃね、男っぽいけど」


 「……そう、それはよかった。あなたも存外悪くはないわね。似合っていると思うわよ」



 思わず出た本音……だったが、茅撫は満足そうな顔をした。おまけにお褒めの言葉も頂けたし。気の利いた台詞とは到底思えないのに、変な奴だ。


 「従者として、お仕事頑張ってね」


 「……どーも……って、え? 今なんつったの?」


 身形を褒められ油断してると、とんでもない事実を言われた。呆然と口を開けたままでいると、茅撫は満面の笑みを浮かべた。


 「……さぁね。詳しい話は学園長さんがしてくれるんじゃないかしら?」


 「その通りだよ、黒髪のお姉ちゃん。今から学園長の元に案内するね」


 茅撫の問いに答える座敷童。


 「「ふぁっ!?」」


 急に出てこられたので、またしても驚いてしまう俺達だった。

 そんなのお構いなしに、ヴォーグレンは歪みを発生させた。


 「さぁ、付いて来て」


 「お、おう」






 ——ヴォーグレンに続いて歪みに入り、別の部屋へと移動する。

 豪華な対面ソファや書籍棚などがある、いかにも偉い人の部屋にやってきた。



 「ようこそクレストール学園へ。初めましてこんにちわ。茅撫奏さん、そして風戸大智君」


 そこで出迎えてくれたのは長にしては若い、若草色した髪の男性であった。

 お洒落系なインテリ眼鏡をかけ、白でまとめたローブやマント類。爽やかな笑顔が眩しすぎて、思わず嫉妬してしまう自分がいた。


 「……ああ、あんたが学園長さんでいいのかな? この服装……俺の処遇について聞きたいのですが?」


 「いかにも、自分はこの学園の学園長。クレス・オルディエールです。君の処遇はざっくりと説明するので、耳の穴かっぽじって聞いてね?」


 「は、はい……」


 ——不貞腐れながら問いかけると、学園長さんは明るく応対してくれるのであった。




 「まーはっきり言っちゃうと、君はあくまでも奏ちゃんのオマケなんだ。元々転生するのは彼女だけと聞いていたし、編入する生徒の枠は一つしか空いてないんだ。だから君には学園内で生活する……その対価として、我が学園の従者として働いてもらおうと思っている」



 軽い口調で語られる言葉の数々。説明が進むにつれて、俺の気落ちは加速する一方だった。全くもって俺得ではない展開に待ったをかける。



 「……なるほど。まぁ薄々察してましたが、あんまりだと思いますよ? 自慢じゃないけど、俺はアルバイトも未経験、生粋のゆとり世代です。使い物にならない自信があります。ましてや従者としての知識は皆無っす。大人しく学園生徒として迎え入れた方がいいですよ?」


 なんとも情けない抵抗をする自分がいた。だって働きたくないし、淡い青春に対する未練もある。

 「異世界で青春したっていいじゃないか?」 働き手に回れば、可憐なヒロインとお近づきにすらなれないって。だから学生という立場を失うのは、どうしてもさけたかった。


 「……ごめんね大智君。はっきり言って、君を学期の途中で編入させる気がないんだ。和気藹藹がモットーの教訓だけど、中には血の気の多い人達もいてね。彼らを納得させるには、相応の実力を兼ね揃えた子でなければいけないから」


 「……それってつまり、俺の能力が貧弱で、茅撫の能力が優れてるって事ですか?」


 「ああそうだよ、理解が早くて助かるよ」


 この人、すげー物事をはっきり言ってくれるな。こちとらショックがデカ過ぎて、内心涙が枯れ尽きそうなのによ。


 「……もういいですよ、俺なりにこの世界で生き抜く術を探しますから」


 現実は非常だ。あーあ、何で神様は俺に力を与えないんだ? そーいや神様は実在するんだったな。機会があれば、是非とも直接文句を言いたいよ。

 文句言ってどーにもなんねーけどさ!


 やけになって自暴自棄に陥ってると……


 「おお、それは頼もしい言葉だ。是非とも来季は新入生として、我が学園に迎え入れたいところだよ。もちろん他の子と同様に、入学テストは受けてもらうけど」


 「あー、そうっすかぁ……」


 追い打ちの言葉をかけられた。優しそうなのに棘があるっつうか、温情すらかけられないもんな。



 「……ああそれと、これはこの場にいる者の間の約束事なんだけど」

 

 「……はい? 何すか? これ以上俺を追い込むんすか?」


 初対面にして「敵にしたくない」思いから警戒心を高めていると、



 「そーじゃなくってさ」


 学園長さんは茅撫の背後に回り込み、肩に手を乗せた。



 「奏ちゃんには、只今をもってカナデ君になってもらうから。これを他人に打ち明けないでように注意してね」


 「……はい? え……何言ってんすか?」


 「はっきり言うとね、奏ちゃんには男子を装って生きてもらう事になるんだ。もちろん了承は頂いてるよ。彼女の意思を尊重しての結果だから、大知君は口出しはなしに、沈黙を貫いて欲しいんだ」


 今度は俺に接近し、ボディータッチを試みる学園長。

 その手をかいくぐる俺は、すぐには現状を理解する事ができなかった。


 「何のつもりでそうなるんだよ? ってか茅撫よ、お前はその恰好だけで男装してるつもりか? 無理があるっての!」


 「……何よ騒がしくして。さっきは男っぽいって言ってくれたのに」


 「この場で茶目っ気出すなバカ! あれはあくまでも服に関する個人的な感想だよ! もしかして男装が評価されたから嬉しそうにしてたの? 違うからな! 今ちゃんとした評価するなら、その男装は30点あればいい方だよ!」



 「……無理は承知よ。それでも私はやり抜くと決めたの。だから邪魔しないで」



 結構強くあたったので、相応の反論が来ると覚悟していた……のだが、予想と違う対応にでる茅撫嬢。


 胸にチクリと来る思いつめた声と表情を受け、俺は言葉を詰まらせる。


 (……何だってんだよ。俺には事情を言えないのかよ? 本気で悩んでんなら、俺だって少しは力になってやるのに)


 いつもの癖は、この時だけはでなかった。




 「——あのさ、そろそろ黒髪のおにーちゃんを連れ出したいんだけど? 授業が始まる前に、学園内を少し周ろうと思うんだ」


 張り詰めた空気の中、言葉を切り出したのはヴォ―グレンだ。声には出さなかったが、少し驚かされてしまったよ。


 「おお、そうするといいよ。行っておいでヴォ―君」 


 「わかった。行くよ、黒髪のおにいちゃん。ここからは普通に廊下を歩こう」


 「……あ、うん」


 茅撫はヴォーグレンに手を引かれ、入り口扉へと向かっていく。



 「……口は堅い方だから、俺から話が漏れる事はないからな」


 擦れ違いざまに小言を呟くと、




 「……ありがとう」


 かすかに聞こえた感謝の言葉を残し、茅撫は部屋を後にした。






 ——ここから俺と茅撫は「生徒」と「従者」と、立場が異なる事で別行動に移る。



 「……それで、俺はこれからどうすればいいんすか?」


 部屋に残された俺は気持ちを切り替え、今後の行動を学園長に尋ねた。



 「そーだね。これでも僕は多忙な立場があるからね。ここからは君の上司となる人物を紹介して、指示を仰ぐとするよ」


 そう学園長が言うと、入り口の扉からノック音が聞こえてきた。



 「——失礼します」



 続いて高音の透き通る声が聞こえてきた。すっと声は耳を通り、とても心地よい気分になった。


 なんて素敵な音色なんだ? この声の持ち主、絶対声優としてブレイクできるよ。異世界から現代へ逆輸入してやりたいぜ。


 「てかさてかさてかさ!! これ女子の声じゃん!? 俺の青春はまだ潰えていなかったか?」



 俺は激しく胸をときめかせ、来たる新たな登場人物に多大な期待を寄せるのであった。





 ——期待した分だけ悲しみは強く押し寄せるとも知らずに……


 ニューヒロインの登場に期待しまくった。







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