座敷童にご用心
「あのくそあまーー!!」
むなしい怒号と共に、俺は一足先に異世界の地に降り立った。鏡に魂吸われたと思えば、終着点は宙と来たもんだ。
「っつ! いってーな、おい!」
俺は地面へと落下し尻餅をつく。
憶測で3メートルくらいの高さから落ちた。これ以上の高さであったら、骨折は免れなかっただろうな。尻から落ちたんだ。尾骨の骨折だなんて、格好悪い俺に似合いすぎる。
行き着いた先は建物の屋上らしき場所。なかなか広い建物らしく、例え異世界であっても一般家庭の物ではない。吹き付けてくる風はとても強く、どうしてか懐かしさと居心地の良さを感じた。
「……ああここ、もしかして校舎の屋上か? 学校で息苦しくなった時、よく世話になったものだ。床は洒落込んだ石造りだこって。おかげで尻に超ダメージ食らったよ」
痛む尻をさすりながら立ち上がる。周囲を見渡すと、塀で囲まれた敷地内にいる事を知った。
他にも広いグラウンドや建物の存在もいくつか確認できた。なかなか充実した学園のようで、塀の外に出なくても生活できる感じさえある。
「さしあたって、ここは寄宿学校ってとこか。寮って感じの建物もあるもんな。阻害された環境下でゲレンデ効果が発動されれば儲けものだ。俺に春が舞い込む確率が1%でも上がれば良い」
続いて上を見上げると、青空の中には黒い時空の歪みのようなものができていた。
「……なるほどね☆彡」
これを見た俺は不気味な笑みを浮かべた。
ふふふ、この先の展開は大方予想がつくぞ。俺を突き落とした奴もあそこから落ちて来るのだろう?
であるならばだ、こうして上を見上げていれば、スカートの中身が見えるじゃんか! 肉体が強化されてるって話だし、ついでに受け止めてやる事も可能なはず。
「さぁ、何時でもかかってこい。ただの緩衝材に留まるつもりはない。パンツをガン見してやる。お姫様抱っこするかは、その時の俺様の気分次第だがな! くははははっ!」
パンツの色は内面を表すらしい。意外性をついて純粋な白か? 情熱的な真っ赤な色か? 色気満載の黒やピンクか? 何でもいい、パンツを見せろ。俺は目の色をギラつかせ、腰を低くして身構える。
そうしていると……
「……あなたって人は。そんなふざけた格好で何をしているのかしら?」
「ふぁっ!?」
俺は誰かに背後から声をかけられた。
……そう、しょうもない事は大概、何事も無しに終わるもんだ。「お約束 」の「お」の字も見出せなかったぜチクショー。
声をかけて来たのは茅撫奏ご本人。どうやら別の歪みからやってきた様子で、やつの背後には上空にあるものと同様のものが怪しげに存在している。
かなり不味い場面を目撃された。言い訳のしようがない。
言葉が出ず黙り込んでいると、茅撫は深いため息をついた。
「……まぁ大方想像はできるのだけど。気持ち悪すぎて、土下座されても許せそうにないわ」
「ほ、ほっとけ。てかお前、さっきはよくも突き落としてくれたな!? こちとらそれに関する謝罪を要求したいんですけど?」
「なぜかしら? それだけ吠えられるのだから元気じゃない。いちいち細かい事をネチネチと。とんだ肝の小さな男ね」
「……あのなー、これはそうゆー問題じゃねーだろよ? 常識学べよ内面ブス」
「何によ内外共にブス」
「うるせー! んな事は遥か昔から承知してるよ! 内面ブス! オン・ザ・ブスが!」
「……女子に何度もブスブスと。あなたも常識を学ぶといいわ。あと言葉のセンスもね」
あー、何こいつ何こいつ!? 超むかつくんですけどー? 可愛いけど可愛くねー。「犯すぞ」とか、慣れない言葉を使いたくなる。
「何だと!?」
「何よ!?」
ああもう、これで言い争うのは何度目だ? 圧倒的にペースがおかしい。
今まで過去にも口論になる相手は存在したが、同じ相手と口論する事はなかった。内容はどうであれ結果的に俺が不利な立場になるのだが、そこから反旗を覆そうとしなかった。
そんな気にならなかったからだ。冷めた人間らしく「ああ、もうこれでいいや」と、自分の立場を認めていた。
……けれどこいつを前にすると、つい口数が増えてしまう。
どうしてだろう? 付き合いが浅いのは明白なのに。怒りと同時に、不思議な感覚に陥る。
「————あのう」
そうしていると、茅撫ではない別の声がかすかに聞こえた。
いがみ合う茅撫と同時に顔を横に向けると、俺らのすぐ近くに白髪の男児がいた。
「お取込み中悪いのだけど、本題に入ってもいいかな?」
まるで座敷童とご対面したような感覚だった。
「わぁっ!」
「きゃっ!」
俺だけでなく、茅撫もそうだったみたいだ。驚きのあまり、ずいぶん可愛らしい声を出された。普段より半音くらい高かった。
熱く口論をしていたから、視界が大分狭くなっていたな。……いや、それにしても影が薄いぞこいつ。
ぬぽーっと林檎色した頬を膨らませ、白髪の男児は夢うつろな瞳をこちらに向け続ける。
「僕は大精霊のヴォーグレンだよ。ここはカルバレイト王国領・王立クレストール学園敷地内だよ。君達が愚かなティルフィムが連れてきた異世界人だよね?」
自分を大精霊と呼称するの、こちらの子供の間で流行っているのだろうか? ティルフィムの時と同様、目の前にいる男児から大精霊の威厳は感じられなかった。
感じたのはちょっとした胸糞悪さだけ。理由はどうであれ、あんな可愛い幼女を愚かと呼ぶのはどうかと思った。
感情を表に出さないタイプのようで、扱いにも困ってしまう。髪も顔も綿飴みたいにちんちくりんなのに、妙に落ち着きがあってさ。俺的には愛嬌満載のティルフィムの方が好感を持てるな。
「お、おう。そうだよ。よろしくな」
……まぁそうは言っても所詮相手は子供。ここは俺が大人になるべきだ。下手に腰を下ろして手を差し出す。
「うん。よろしくね、【オマケのお兄ちゃん】」
すると、とても気になる呼び名を言われた。
「……ん? 聞き間違えかな? オマケってどういう意味?」
「そのままの意味に決まってるじゃないか。時間も押してるし、付いて来てくれる?」
そう言うと、ヴォーグレンと名乗った男児は片手を水平に伸ばす。数秒もしないうちに、手の近くからは黒く歪んだ空間が発生した。
「目立つ服装で学園内を動き回れると迷惑だから、まずは着替えないと。ここを通ると用意した部屋に行けるよ」
「……また空間移動かよ。そこを抜けたら空の上ってオチは嫌だぞ」
「ないよ。愚かなティルフィムと違って、僕の力は安定してるから。学園内は僕の庭みたいなものさ。どこへでも自由に瞬時に行き来ができるよ」
「嘘!? まじで!? なら今度一緒に女子更衣室に連れて行ってよ!」
「……いやに決まってるじゃん。さぁ付いて来て黒髪のお姉ちゃん。オマケのお兄ちゃんも、バカな事ばかり言ってると置いていくよ」
「あ! またオマケって言ったぞこのガキ!」
オマケと言い張るヴォーグレンは歪みの中へと消えていった。
「……ぷふふ」
落ち込む俺を嘲笑うように、茅撫はヴォーグレンの後を追う。
「……嘘だろ? 既に俺が茅撫に見劣ってんのが確定的なんですけど。下手すりゃ今後、デカイ顔で偉そうな事言えねーな」
重くなった頭を抱え、渋り顔で俺も歪みの中へと入った。