ティルフィムの聖域3
「やぁやぁお2人さん、待たせたのう」
ティルフィムが支度を整えたのは、茅撫との会話が途絶えた直後であった。
禍々しいデザインの鏡が側にはあり、その大きさは幼女の10倍くらいある。
「こいつは異界へ通じる魔境。もうゲートは繋げておるから、この中に飛び込めばガーライトへ辿り着くぞい」
反射板はなく空洞のままであったが、ティルフィムが枠に触れると黒い渦が発生した。
ゲートとはおそらく時空の歪のようなもの。あれを通れば異世界へ飛ばされるってわけか。
水の中に飛び込む時でさえ勇気がいるのに、初見の異物を前に「さぁ行くぞ」と直ぐにはなれない。例え幼女の満面の笑みで、お勧められたとしてもだ。
「ちょい待ち、もう旅立つのか? 今更退くつもりもないけどさ、ガーライトがどんな世界かって情報が欲しいのだが? 『魔法が存在するの?』とか『人々を困らせる魔物はいるの?』とかさ。あ、あと『俺にチート能力が備わっているの?』かね。これが1番の重要事項だから」
ゲートを前に足踏みしていると、自分都合の質問が次々に沸いて出てきた。焦ると口数が増えるのは人のサガだ。許してくれ。
「……なるほど。なら、今度は2人で近こう寄れ」
そう言うと、ティルフィムは両腕を伸ばし手を広げた。
これはちょっと前に見せた仕草だ。どうやら俺の質問に答えてくれるらしい。
「だってさ。ご褒美だぜ茅撫?」
「気色の悪い呼び方はよしてくれるかしら? 気色悪い」
「二度もキモイ言うなし!」
俺と茅撫は憎しみの眼でいがみ合うも、大人しくティルフィムの指示に従った。
実際問題、茅撫にとっても必要な情報であったのだろう。でなければ俺の側で同じ真似をしたりはしない、絶対にだ。
「ほいよ、これでいいか?」
ティルフィムの元に近寄り、小さな手に額を差し出す。
すると脳裏に直接ティルフィムの声が響き渡ってきた。
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まず手始めにガーライトに関する知識じゃが、これについては説明するまでもない。
転生する際、既に2人の身体には細工が施されておる。
これは肉体と精神が異世界に順応できるようにする為の配慮じゃ。
これにより、会話じゃったり文字の読み書きに関しては前世と変わりなく行えるぞい。
異質の風土や文化に最初は戸惑うじゃろうが、自ずと馴染んでゆけばよい。
条件さえ合えば、可能な限りわしがサポートする。なので過度な心配は不要じゃ。
下地は整えておいた。後は主らの好きなようにすればよい。
……と言ったところで説明を終えたいのじゃが、これだけでは少々味気がないか?
せっかくじゃから、簡単な質問には今から応じよう。
魔法や魔物の存在があるかって?
もちろんあるぞ。
とりあえず最初、2人には知り合いが経営する学園の世話になってもらう予定じゃ。
そこはガーライトで唯一【ギルドウォリアー】を育成する事に特種した学園でな、
武具や魔法の扱いや魔物の生態などについて学べるから、これからの人生に役立ててくれ。
えー、最後にチート能力についてじゃ。
先ほども少し触れたが、2人は転生した際、身体に細工が施されておる。
それに伴って、ガーライトの世界基準に肉体と精神も強化されたわけじゃ。
これによって魔法も扱えたり、大剣を振るう事も可能となる。
……まぁどれだけ数値が伸びるかは個人差があるので、能力が低くても落ち込まぬように。
代わりと言ってはなんじゃが、転生特典としてワシから【精霊の加護】を与えようと思う。
これがチート能力に相当するものなので、大事に扱ってくれよ?
大精霊クラスの加護なんて、そうそう容易くお目にかかれないからな。
これが備われば、よほどの窮地にでも立たん限り死なんじゃろう。
……まぁ、保証はできんがのう。
死にたきゃ、いくらでも死ねる世界じゃからな。
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「――――ほれ、これで満足か大智? 奏も、旅立つ前に質問があれば、何なりと申せよ? こうしてワシが直接出向く機会は、今後ないかもしれんからのう」
耳から聞こえる声に反応し目を開けると、笑みを浮かべるティルフィムの姿があった。
結局ガーライトに関する情報は得られなかったが、今の説明から察するに、現地に向かえばどうとでもなるのだろう。
最後の一言に若干恐れを感じたが、「異世界ならそれが当然か」と受け入れられた。
「ギルドウォリアーってのはギルドに募る冒険者って解釈でいいのか?」って質問したくもあるが、これ以上は野暮な話になりそうなので自重した。
それにしても、ティルフィムが案外面倒見の良い奴で助かったよ。
いきなり見知らぬ土地の荒野に放り出され、野良モンスターに襲われて終了って可能性もあったからな。一人前になるまで学園で面倒をみてもらうのは有難い。
向こうの学生と慣れ合える確証は全くないが、俺に惚れる可愛い子が1人でもいればそれでいい。その為に得た力だ、有効に活用させてもらうよ。
「十分だぜ大精霊さん、サンキューな」
俺は親指を立て、感謝の言葉を口にした。
「まったく、お主は変わった奴じゃよ」
馴れ馴れしく思える言葉にも反せず、ティルフィムは再び笑顔を浮かべた。尖った2本の八重歯がきらりと光る。
「……はぁ、また学園生活を過ごす事になるなんて」
一方隣で陰りを見せ始めた茅撫嬢。
そーいやこいつ、俺を超す学校嫌いだったもんな。不満や不安があるのは当然か。
「辛気臭い面して。俺と違って顔は良いんだ。適当に笑顔を振り舞いときゃ上手くやり過ごせるよ」
適当なアドバイスを送ってやると、
「何よ偉そうに。あなたに同情される覚えはないのだけど?」
案の定不満の捌け口にされるのだった。
「あなただって絶対に充実した学園生活は過ごせないんだからね。過度な期待を持たない方が身の為よ。向こうに行って無駄な落ち込みしなくて済むから。いい? 間違ってもあなたはモテやしないし、自分だけのハーレム大国を作れると思わないでね?」
「おい、そこまで言う事はないだろ? 何で上から目線の喧嘩腰でくるの? カルシウム足りてねーんじゃないの!?」
ズバリと真意をつかれ、思わず俺まで喧嘩腰になってしまう。
こうなってしまえば更なる反撃が来るのなんて目に見えているのに……
「別に。ただ憂鬱な気分を晴らしたくてね。ちょうどすぐ側に底辺のクズがいたから、いびってみただけよ。ごめんなさい」
その結果、くすっとしたたかな笑みで謝罪と全く呼べない謝罪をされた。
底辺のクズって、俺ってばどんなけクズのエリートなんだよ? お前も容姿とかのプラス査定がなけりゃ、とっくに同じ層の人間だかんな!
……あ、自分が底辺にいるって簡単に認めちゃったよ。
「ははは、仲が良いのう2人は。親睦は深められとるようじゃな?」
ティルフィムは俺達の不毛なやり取りを温かく見守ってくれていた。
俺的にはあんたとの方が仲良くなれそうなんですけど? ちょこんと跳ねる前髪は愛くるしいし、ずっと頭撫でていたいぜ。
「いいえ、それはないわ。少し努力をしたのだけど、やはり無理だったみたい」
全力で否定をする茅撫嬢。その意見は同意するが、言い方ってもんがあるだろーが?
……ああ、やっぱ嫌いだわこいつ。
「……うるせいよボッチが」
心の底から湧き出てきた小言。これを茅撫は聞き逃さなかった。鋭い瞳で睨みつけてきやがる。
「ええ、ボッチよ。それが何か問題でも? あなたなんて、どーせ向こうでも平凡なステータスしか与えられないわ。同時期に私と異世界転生した事を後悔なさい。私の双剣の刃で軽くねじ伏せてあげるわ」
当然、長ったるい言葉で悪態つかれるわけだ。
……え? てか、何だ後半の返答は? 予想外のが来たぞ!?
双剣の刃って……異世界に旅立つ前から「自分は二刀流」って決めつけてやがるのか?
いやいや、お前の方が異世界に希望と幻想を抱き過ぎなんじゃね?
俺に負けず劣らずの妄想癖の持ち主だ。さてはこ奴……【中二病】を患ってんな?
ねじ伏せるなんて上から発言……腹が立たなかったと言えば嘘になる。
……が、それ以上に茅撫奏の人間性が心配になっていた。ボッチで中二病患者で高飛車な性格って……同行者として扱いに困るわ。中身相当終わってんな。
そーいやこいつ、最初から異世界転生に肯定的だったよな? その理由に触れた気がする。さっきからずっと口数多いし、こいつなりにテンションは上がってるのだろうか?
ちょっと……いや、かなり引くんですけど? ドン引きですわ、茅撫奏。
「……おいティルフィム、こいつにも暗示とやらはかけてやったのか? 効果ありすぎだろ」
「いや、そやつのは天然じゃ。どうやら根っからのゲーム脳らしい。ワシも多少驚いておるが、前向きなのは良い傾向なのではないか?」
秘めたる闘志の満ちた茅撫の陰で、俺はティルフィムを軽い雑談をしていた。
「……あ、それはそうとして」
すると茅撫は何かを思い出すようにこちらを振り向く。
「……ティルフィムに1つ相談というか、頼みがあるのだけど?」
どうやら、こいつからも要望が何かあるらしい。
「おー。何じゃ? 何でも言ってみい?」
俺ばかり主体で質問とかしていたからな。何事かと興味を持つティルフィムさん。
……まぁきっと、俺以上にくっだらない事だろうな。
「ぷくく」
そう考えていると笑いを堪えられなくなって、口から言葉を出してしまった。
相当憎らしい顔もしていたと思う。これを見た茅撫嬢は……
「あ な た は 先 に 行 っ て て 」
問答無用で、背後から蹴りを入れてきやがった。
……え、嘘だろ? まだ心の準備が整ってないんですけど?
肉体の強化された茅撫の蹴りの威力は凄まじく、俺は勢いよくゲートの渦に飲み込まれてしまった。
「か ぁ や ぁ な ぁ で ぇ ぇ ぇ ぇ … … … … 」
―――こうして、俺は一足お先に異世界ガーライトへと旅立つのであった。
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