ティルフィムの聖域1
更新は遅くなると思いますが、よろしくお願いいたします。
誤字脱字は見つけ次第訂正します。
兄より優れた弟は存在する。
世界規模ならその数は計り知れないし、身近なところでうち、風戸家をとりあげれば簡単に立証できてしまう。
弟の方が勉強も運動もできる。せめて顔だけでも平等であれと願うも、それすら叶わず。
弟と俺はまさに月とスッポン。「双子の兄弟でここまで差がつくのかよ」と太鼓判を頂けるほど、風戸兄弟は似ていない。きっちり良し悪しを割り振ってくれた神様とやらを恨むぜ。
俺にとって救いなのは家庭環境が良好であった事だ。
寛大な両親は不出来な俺を見捨てず、弟と同様大事に育ててくれた。そんな配慮があったので、弟を恨んだ事は過去に1度もない。むしろ誇らしく思っていたくらいだ。
一方で、他人ってのは非常に身勝手で、当事者達が気にしていない事をいちいち気にかけてきやがる。
「優秀じゃない方」「イケメンじゃない方」「直毛じゃない方」「弟じゃない方」
……この「じゃない」という語尾、陰口を含めるとアホほど聞いてきた。これには高校生になった今でも強く反応してしまう。
俺は弟や両親が大好きでも、内情を知りもせず蔑んでくる連中が大嫌いだ。
「風戸大智……あなたって本当に、ばかじゃないの!?」
———身体を揺らされ、強引に目覚めさせられた。
朦朧とする意識の中まぶたを開けると、目の前には涙を浮かべる少女の顔があった。
ご丁寧に嫌いな語尾の前にバカまで付けてくれたのだ。普通ならこの少女を一瞬で嫌いになるところだ。
……けれど、実際そうはならなかった。
相手が異性であるのも理由の1つだが、どうしても涙を流す理由が思い当たらないのだ。そっちを気にかけていたので苛立ちはしない。
むしろ紳士的な振る舞いをしたくなるくらい、今の彼女からは哀愁が漂っていた。さっきの侮辱や普段の気高さから相反してるので、何とも不思議な気分になる。
「……いきなり何だってんだよ? お前は失礼な奴だな、茅撫奏」
【茅撫奏】側にいる少女の名だ。ただのクラスメイトってだけで、まともに会話をした事はない。
こいつが結構な有名人で、校内1番の美少女だと騒がれている。
長い黒艶の髪が印象的で、均整のとれた顔や体型をしている。外見だけで判断をするなら、正直俺もかなり好みのタイプだ。
「……てか、ここはどこだ? 俺は今まで何をしてたんだっけ?」
そんな彼女と一緒にいる経緯は? わからない事だらけのまま、俺は重い頭を抱えて立ち上がる。
周辺を見渡すと暗闇しか見えず、認識できたのは茅撫ただ1人だけだった。
「私達は死んだのよ。詳しい話はこの先にいる精霊がしてくれるわ。ぐずぐずしてないで、早く行くわよ」
そう言うと、手の甲で涙を拭った茅撫は歩き出した。
は? 死んだの精霊だの、何言ってんだお前? 馬鹿なの? 現実見ろよ。
俺は意味も分からず首を傾げ、なんとなく彼女の後を追った。
——道中はまるで星のない夜空を歩くような感覚に陥る。しばらくすると終着点が見えた。
……いや、切り開かれたってのが正しいのかな? 突如両端に並べられたロウソクの火が灯され、視界が一気に広がった。
「ようやく目覚めたようじゃな? 待ちくたびれたぞ、大智」
知らぬ間に俺達は赤いじゅうたんの上に立っていた。
声に反応し顔を上げると、そこには金色の玉座に腰掛ける少女の姿があった。
外見は10歳そこそこの異国の少女。瞳の色は琥珀色で、肩のラインで切り揃えれた髪は淡い紫色をしている。額に金色のティアラをつけ、露出度の高い黒のドレスを着ていた。
じじ臭い口調に物珍しい身形。この幼女が茅撫の言う精霊に違いないだろう。
「……いや、別に待ってもらった覚えはないんだけど」
俺は夢見心地になり、小生意気な態度をとった。
当然だ。俺は現状を把握しておらず、自分が死んだ事を認めていないのだから。
「おー、そうであったか。じゃがワシと奏は心待ちにしておったぞい。今回は2人の異世界召喚じゃからな。別々にしたら手間もマナも無駄に浪費するからのう」
気のない俺とは対照的に、幼女は満面の笑みを浮かべた。こちとら、わけわからん事を散々言われ困惑してるのに呑気だな。
今のやり取りで俺が理解できたのは、この幼女のツリ目と八重歯が可愛いって事くらいだ。
「……では早速、出発の準備を始めるかのう」
そう言いながら腰を上げ、幼女は玉座から降りてきた。
俺達の側までやってくると、魔法陣らしき物を大気に描き始めた。呆気に取られる俺達の事なんて見向きもしない。
「ちょい待ち、頼むからきちんとした説明をしてくれよ!」
この先の展開に不安を抱き、俺はとっさに幼女の肩に手を置いた。
すると幼女は振り返り際に、とぼけた顔を浮かべてみせた。
「おや、奏から事情を聞いとらんのか?」
「こいつはあんたから詳しい話があるって言った」
「……そうかい。まぁ今さら立ち話もなんじゃから、要件だけを脳裏に焼き付けてやるぞい」
そう言って無い胸を突き出すと、幼女は右手を広げて上にかざした。
「お、おう。よくわからんが、よろしく頼む」
俺はなされるがまま流れに身を委ね、その場に立ち尽くす。
そうしていると……
「……ちっ、この馬鹿者が!」
幼女は俺の対応に機嫌を悪くしたご様子だ。眉間にしわを寄せ睨み付けてくる。
「あ? どうしたってんだよ?」
「しゃーがーめ! 脳裏に焼き付けると言ったじゃろ? わしの身長で届くわけなかろうが?」
気が立ったからか、幼女の前髪の一部がそり立つ。
これがアホ毛ってやつか? リアルで初めて見た。俺は思わず妙な達成感に浸る。
「てか、面倒じゃから、大智から手に当たってこい!」
今度は無表情でいたのがマズかった。幼女は背伸びをする努力を絶ち、腕を下げて俺に行動を委ねてきた。
「……ああ、そういう事ね。いわゆるご褒美ってやつか」
現状を理解した俺は中腰になり、頭部を幼女の手に近づける。
「俺はMじゃないし、幼女趣味もあったりしないんだけどなー」
側にいる茅撫への言い訳からか、長々しい独り言も呟いた。
恐る恐る幼女の手に額を当ててみると、いたずらな幼女の声が脳裏に直接響き渡ってきた。
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風戸大智と茅撫奏は不慮の事故により命を落としたが、
あちらの世界の神の救いにより、めでたく異世界召喚を果たした。
ワシは2人の仲介役を頼まれた、大精霊【ティルフィム】じゃ。
ここは精霊界にあるワシの聖域。ここから異世界への扉は開かれ、2人の新たな人生は始まる。
これが世迷言じゃとぬかすのは時間の無駄じゃ。ついでに強力な暗示をかけてやろう。
なーに、全てにおいて悪いようにはせんよ。安心して【異世界ガーライト】へ旅立て。
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文字にするとそこそこある大雑把な経緯説明……であったが、俺自身の体感では一瞬で聞き取れた。
戸惑う事なく素直に現状を受け入れる事ができた。これが暗示の力ってやつの効果だろうか?
……そんな中でも、1つだけ気がかりな事が残っていた。
余計な思考が遮断されたからか、それに対する執着がより強くなる。
「何で俺は死んだの? 大事なところが抜けてるぞ」
声を大にして尋ねてみると、幼女改め、ティルフムは再びとぼけた顔をみせてきた。
「覚えておらんのか? 後遺症で記憶が飛んでおるのかのう?」
やれやれ面倒だなと、ティルフィムは一息つく。
「あー、大智は……」
気のない声を出しながらも、ティルフィムは俺の死因について語ろうとする。
「もうその辺でいいんじゃない? 手間を減らした意味がないじゃない。長い時間待たされる身にもなってよ」
それを阻んだのは、これまで大人しくしていた茅撫奏であった。「じゃない」を立て続けに使い、俺達のやり取りに突如加わってきた。
「それもそーじゃの。なら、ワシはこれより出発の準備に移るぞい。2人はしばらく待機しておれ」
結果、俺の要望など重視されず、ティルフィムは茅撫の意向を優先させた。
「……あのう、ティルフィムさん?」
「ふん、ふふん、ふふーん♪」
元々面倒そうであったので、この気の変わりは想定できた。鼻歌まじりで魔法陣を描く幼女に、俺の声は届きやしない。
「茅撫……お前って奴は」
俺は憎しみの目で茅撫を睨む事しかできなかった。
「……ぷい」
知らん顔でそっぽを向く茅撫嬢。立ち疲れたのか腰まで下ろされた。
2人揃って学生服姿のままであり、当然茅撫はスカートをはいていた。丈は膝より上とかなり短く、必然的に生足は露わになる。
美少女特融のきめ細やかな肌の質感。紺色ニーソと要所も抑えている。脚フェチにはたまらん粋な組み合わせだぜ。
「……認めたくないが、良いものは良い」
鼻の下を大きく伸ばす男子高校生の姿が、異界な地にも存在した。
「何当り前の事を言ってるのかしら? 突っ立ってないで、あなたもこちらに来れば? しばらく時間を要すだろうし、この先を共に過ごすパートナーと交流を深めましょう」
俺のいやらしい視線など気にもせず、無垢な表情で誘ってくる茅撫。
正直、これは悪い話ではないと思った……近くで美脚を堪能できるし。
それに新たな世界に向かうにあたり、知り合いが側にいるってのは何とも心強い。しかも相手が美少女なら猶更グッド。
これまで異性と親交を深める機会なんてなかったんだ。2度目の人生を歩む門出だ、少しくらい贅沢してもいいだろう。
「し・・・失礼します」
過度な期待をすると、どもるのはモテない男のサガか?
悲しい事実と対面し、俺はよそよそしい仕草で茅撫の隣に座った。