7回転
僕は、腕の中にいる佐智子に優しく語りかけた。
「ねぇ、僕たちが最初に出会ったときのことを覚えている?」
初めて触れる佐智子の身体は、柔らかくて愛おしい。
「あの日も、僕らの乗った電車は、酷い満員だったね。
佐智子が降りるときに、扉の近くにいた僕が一旦ホームに降りてあげたんだ。
そしたら、君は僕に微笑んでくれたね。
あの時、一瞬で僕は君を好きになったんだ」
クーラーもつけてないのに、だんだん佐智子の身体が冷たくなってきた。
「あれから毎日、君のことを見ていたんだよ。
どこの駅に降りるのかな?どこに住んでいるのかな?
どんなところに勤めているのかな?帰りは遅いのかな?
毎日、毎日、僕の知らない君を発見して、凄くうれしかった」
佐智子の顔が僕と反対に向いてしまったので、こちらを向かせた。
「半年前まで通っていた会社で、佐智子の名前を見た時は運命を感じたよ。
覚えているかな?このマンションの改修工事をしていた会社だよ。
工事の立会いができなくて鍵を預けてくれたでしょ?
あの時、入居者の皆さんに立会いのお願いをする電話をしたのは僕だよ。
どうしても立ち会えない人の鍵を会社に送ってもらって、代わりに立ち会ったのも僕」
僕は、佐智子に悪戯っぽく笑いかけた。
「あの時、君の部屋の合鍵を作ったんだ。夢だったんだよね。
恋人の部屋の合鍵を貰うの。だから凄く嬉しかった」
佐智子の視線は宙を向いているが、きっと照れているんだろう。
「会社が変わっても、お守り代わりに肌身離さず合鍵を持ち歩いてたんだよ?
ある日、ようやく気がついたんだ。
合鍵を貰ったのに、なんで僕は君の部屋に尋ねていかないんだろうって。
それで、君が帰ってくるのを部屋で待っているようになったんだ」
僕は、そういって佐智子を抱きしめる。
「ああ。こうやって、佐智子と話ができるようになって僕は本当に幸せだ。
ずっと…ずっと、こうしていようね」
しばらく2人の時間を楽しんでいたら、真夜中になっていた。
そこで、僕は佐智子と真夜中のデートをしようと思いつく。
保守管理の仕事をしていた時の合鍵をまだ持っているとっておきの場所があるのだ。
きっと、佐智子も喜んでくれる。
「ちょっと待っててね。いま、近くのカーシェアリングの車を借りてくるから」
そう言って、僕は部屋を出た。
佐智子の家の近くに、カーシェアリングの車があるのは調査済みだ。
信号を待っている間に、スマートフォンで予約をかける。
信号が変わり、横断歩道を渡ると目的の車に到着する。
カードをかざして、早速エンジンをかける。
車で女の子を迎えに行くのも、デートに行くのも初めてだ。
なんだか、とても興奮してきた。
佐智子のマンションの前に車を止める。
部屋に戻った僕は、佐智子をおぶって車まで連れて行く。
車をしばらく走らせて、向かった先は『裏野ドリームランド』。
女の子と遊園地でデートだなんて、夢みたいだ。
「着いたよ、佐智子。悪いけど、ちょっと待ってて。
鍵を開けて、電源を入れてくるから」
園内に入り、管理棟へ向かう。
管理棟の扉を開け、電気のスイッチを入れてみる。
が、照明はつかない。
「やっぱり、ブレーカーを落としているのかな?」
主電源のスイッチのある配電盤まで、スマートフォンの灯りを頼りに歩いていく。
配電盤のブレーカーはオフになっていた。
僕は、そのスイッチを上に入れる。
すると、室内の明かりがついた。
「よかった、まだ電気は来ているんだ」
続けて、メリーゴーラウンドのスイッチも入れる。
色々なアトラクションがあるけど、やっぱりこれが1番ロマンチックだ。
室内の電気を消して、佐智子の下へ戻る。
「さあ、行こうか!夢の国だよ!」
段々と、佐智子の重みが増している気がする。
先ほどまで感じられたぬくもりも、もうない。
でも、佐智子は僕といてくれている。
何の問題もない。
真夜中の暗闇に不釣合いなほど、煌びやかに光るメリーゴーラウンド。
僕は、佐智子を前に乗せ、馬の乗り物へ座った。
佐智子を左腕で抱きながら、右腕でメリーゴーラウンドの棒をつかむ。
「ああ、なんて幸せな夜なんだろう」
僕は、佐智子をしっかりと抱きしめながら、うっとりと満天の星空を見上げた。