6回転
「…誰!?」
佐智子は、驚愕に見開いた瞳で僕を見つめる。
「なに言ってるの?僕だよ?」
僕は、笑顔のままで佐智子に近寄ろうとする。
が、佐智子は悲鳴を上げながら後ろに跳び下がる。
「な…なに?私…あなたなんか知らないわ!」
佐智子が、僕に酷い冗談を言う。
「知らないって、なんだよ。忘れたなんて、言わせないよ。
ほら、駅で僕に笑いかけてくれただろう?そこから僕たちは出会ったんじゃないか」
「え?あ…あなた、なに言ってるの?」
「佐智子こそ、どうしたの?」
「な、なんで私の名前を…それにどうやって部屋に…
で、出てって…今すぐ出てって!け、警察を呼びますよ!」
佐智子の放ったその言葉に、僕の何かが壊れた。
「おまえこそ、なに言ってるんだ!?僕たち一緒に暮らしてきたじゃないか?
2人で過ごした時間を否定するようなことは、いくら佐智子でも許さない!」
「一緒に…暮らしてきた?も、もしかして…ずっとこの部屋にいたの?」
「ああ、いつもいたさ!狭くても辛くても、ずっとこのベッドの下に!
それもこれも、佐智子と一緒にいたいからじゃないか!!」
僕の言葉が強すぎたのか、佐智子は強張った表情を浮かた後、急に台所へと走った。
僕も追いかけて台所へ行くと、振り向いた佐智子の手には、包丁が握られていた。
僕に向けられた包丁を持つ佐智子の手は、酷く震えていた。
「佐智子…強く言い過ぎたね。ごめん。でも、佐智子も悪いんだよ?」
「やめてっ!近寄らないでっ!」
佐智子が持った包丁を振り回す。
僕は、それに構わず佐智子へ近づく。
「どうしたんだよ、佐智子?」
「こ、来ないでっ!来ないでっ!」
佐智子が落ち着かないので、とりあえず包丁を持った手を押さえる。
「落ち着いて、佐智子」
僕が優しく声をかけても、佐智子は暴れるばかり。
押し合っているうちに、元の部屋に戻ってきた。
佐智子の様子は変わりそうにないので、仕方なく力一杯、包丁を取り上げようと引っ張った。
すると、体勢を崩した佐智子は、僕がもった包丁の上に覆いかぶさってしまった。
佐智子の腹部から生えた包丁を僕は慌てて抜き取る。
お腹から血がたくさん溢れ出てくる。
そんな佐智子が心配で、僕はどうしたらいいかわからなくなってしまった。
それだけ僕が心配しているのに、佐智子は携帯を持ち出して、どこかへかけようとしていた。
僕は、佐智子の手から携帯を取り上げて、台所へと投げ捨てる。
「なんでだよ、佐智子!いつも!いつも!いつも!!
僕がすぐそばにいるのに、なんでいつも誰かに電話するの?
仕事のことも、物が動くなんてことだって、僕がいつも聞いてあげていたのに!!」
僕が思いのたけを言い募っていたら、佐智子が急にグッタリしてきた。
僕は佐智子を抱きかかえるとベッドへ運び、その上に寝かせた。
「大丈夫、佐智子?」
そう言いながら、僕は佐智子に添い寝をする。
「ようやく一緒に寝られたね」
僕が、そう告げると佐智子が何かを呟いた気がした。
でも僕は、その言葉を聞き取ることはできなかった。
「ごめん、佐智子。聞き取れなかったよ」
耳を近づけるため近づいた僕は、佐智子をそのまま優しく抱きしめた。
そうして、深紅に染まったベッドの上で僕は佐智子に語りかけた。
「そうだ、いつもは僕が聞いてばかりだったから、今夜は僕がたくさん話をするね」