3回転
職場に着くと、まずは正社員の人が出勤してくる前に掃除をする。
ほんのりと汗をかきながら、掃除を終える。
そうこうするうちに、皆が出勤してくる。
「おはよう」
「あ、おはようございます」
挨拶の声をかけてきたのは、僕の所属する課の男性。
今年で30歳になる課長さんだ。
「そういえば、派遣さんってさあ、彼女とかいるの?」
「ええ、まあ」
「へー。じゃあ、時間があるからデートとかできて良いね」
若くして課長になるだけあって、この人は仕事ができると評判だ。
そのうえで、毎日の退勤時間も凄く遅いことを僕は知っている。
だから、課長さんは悪気があって言っているわけではないのは分かっている。
しかし、心に深く刺さる棘がズキズキと痛んだ。
曖昧な笑顔で課長さんに応えると、周りの若い正社員からクスクスと笑われた。
まるで、僕が皮肉に気づかずにいて可笑しいと言わんばかりの様子だ。
そんな周りの様子に気づかないフリをしながら、席に着く。
正社員との関係性を壊してしまっては、契約の更新をしてもらえない。
今、そんなことになったら生活に困ってしまう。
悔しさを胸の奥に押し込んで、佐智子の笑顔だけ思い浮かべた。
佐智子の顔を思いながら、今日も与えられた単純な入力作業にとりかかる。
単純作業に没頭していると、いつの間にか昼になっていた。
「それじゃ、派遣さん。昼飯に出てくるから、電話番よろしく」
課長さんから、そう声をかけられる。
「はい。わかりました。いってらっしゃい」
そう言って、自分もコンビニに寄って買ったサンドイッチを机に出す。
部屋の中には、自分だけ。
皆、課長に連れられて昼食を取りに行っている。
本来、電話番をしなければならないなら、例え食事を取っていても休憩とは認められない。
しかし、そんな正論を言って改善されたとしても、次の更新を切られれば終わりだ。
ある程度のことは、ぐっと飲み込まなければならない。
逆に、誰もいないこの時間の方が気が楽じゃないか。
そう自分に言い聞かせながら、サンドイッチを口に運んでいった。