うらぎりもの
ごめんなさい、兄さん、ああ…ああ……ごめんなさい、許して、やめて、痛いのは、いやだ、いやだ、いやだ!
ーーーーー……
普通の人には聞こえない音が今、流れているらしい。
勿論、ただの、一般人の、カウンセラーの俺には何も聞こえない。だけど今実験されてる2人は聞こえるらしい。
手元にある器具をカチ、カチと押している赤い髪の毛の、17歳程度の男を、ガラスの奥から数え切れないほどの人数が凝視している。
真剣なんだろうけど、とても可笑しかった。とても、とても、可笑しかった。
青い髪の毛に、赤のメッシュの少年が急に泣きわめく。
淡い緑色の、赤のメッシュの入った白衣の青年はちらりと目線をそちらへ移した。
ーこれは日課だ。
「嫌だ!!嫌だ!!!お父さんの所にもどして!!こんなのやだ!!!」
いつもの事だ。あの子はこうやって泣く、でも今日は頑張ってたみたいだ。
いつもより30分も耐えてた。褒めてあげよう。
なんて考えながら白衣の青年は、赤い髪の毛の青年がいるガラスをトン、と叩く。
「ーーが泣いてるよ、…兄さん」
兄さんと呼ばれた青年は、ゆっくりと耳に付けていた器具を外して、こちらへ振り向く。
「ああ、今日もあの子と話せばいいんだな。」
変わり果てた兄の姿を見ても、白衣の青年、郁は何も動じなかった。
もう、見慣れてしまった。
慣れって、怖いなあ。
昔はよく、自分だけ助かった罪悪感で押しつぶされて、何回も首を切ろうとしたってのに。
こんなことはどうでもいい。さあ、早く、自分の弟を泣き止ませなければ。
あの子が、連が、経験出来なかった「反抗期」を、教えてあげなければ。
郁は早足で連のいる部屋へ入っていった。