邂逅(緋枝視点)
私と同じ髪に似た顔の少女が目の前にいる。
最近会ったばかりなのに、どこか懐かしく感じる。
しかも、妙に馴れ馴れしいのが不思議とイラつかないのだ。
「久しぶりね」
「急に広場に呼び出したと思ったら───」
私は周囲を見渡すと、人だかりが出来上がっていた。
私たちを囲むように出来た人の壁は、私たちとは一定の距離を保っている。
いや、保たされているというのが正しいだろう。
恐らく、彼女か何者かが結界かバリアの類で野次馬を近づけさせないようにしているのだろう。
目立つことに慣れていない私にとって、この状況は好ましくないのだ。
勿論カラオケだって、好きではない。
「別に2人の仲じゃない! そんな訝しげな表情しないでよ」
殆ど会ってないのに、その言い方は変だとは思った。
でも、そんな会話をしている時間は無かった。
友人との待ち合わせまで時間があったから誘いに乗ったものの、彼女がすぐ終わると言ったからだ。
「まぁ、今回呼び出した内容は実に簡単だよ!」
彼女は私と勝負をしたいらしい。
ただの話合いだと思っていた私は彼女の誘いに一瞬思考が止まった。
これからの約束を理由に断っては食い下がってくるのだ。
「ふぅーん……後継者様が背中を向けて逃げるの?」
そんな挑発に私は乗ってしまった。
どうして後継者ではない彼女が神樹を使えるのか、私と姿が似ているのか。
それが知りたいと頭の片隅で思ってしまったから。
それに、この分からない懐かしさ。
何か頭の中でヒビが入るような違和感の正体に惹かれたのも理由だった。
いつもはぐらかされた彼女と勝負して勝てば、何か教えてくれるのではないか。
そう思ったから。
「じゃあ、決まりだね!」
そこから先は目が追いつかなかった。
彼女がいきなり後ろに飛んだかと思うと、遥か上空におり、矢でこちらを狙っていた。
10m地点までジャンプできる人間などいない。
あれは神樹の補助を受けてこそ可能な身体能力の領域だ。
だが、神樹を扱うもの、その加護を受ける為には神樹に選ばれた者、すなわち正統後継者に選ばれなければならないのだ。
当代の正統後継者は私。
二人存在したという話など聞いたことがない。
しかも、彼女の身体能力は私を超えている。
私も加護を受けての跳躍は限界でも6m、それを倍近い実力を目の前で見せられては私は本当に正統後継者なのだろうかという疑問さえ抱いてしまう。
彼女の弓の中心が一瞬光ったと思うと私の頬を何かが掠った。
背後で爆発が起きるが一瞬の出来事で反応する余裕さえも無かった。
本当に声すらも出なかった。
背後から忍び寄る土煙と土臭さが何が起きたのかを嫌でも分からせる。
ゆっくりと後ろを向いたその先では、窪んだ地面の中心に突き刺さっている白い矢が土煙の中にうっすらと浮かび上がっていた。
チクリと遅れて頬に痛みが走った。
空いてる手で痛む場所を触ってみると、さらさらしたイチゴソースのような血が頬を伝って指を濡らした。
神樹の矢で傷つけられた傷であることが嫌でも思い知らされた。
自分でも理解できない『死』が通り過ぎたことも。
風で軌道が逸れて狙いが外れたのか、それとも彼女がわざと外したのか……。
恐らく後者だろう。
彼女にはいつでも私を殺せる覚悟と力がある。
そう私は確信した。
気付いたら私の持つ槍が震えていた。
ハッとして槍を持つ手に力を込めるが、その震えが自分の恐れから来ている物だと気付いた。
地上に降り立つ彼女を見つめる。
この時の私はきっと彼女を怯える眼差しで見ていたんだろうな。
耳に掛かった髪を掻き分ける姿は経験の違いを感じさせた。
屈託の無い笑顔で、心臓を射抜くような眼差しで彼女は私に宣告したのだ。
「油断してると、死ぬよ」
弱肉強食という彼女と私の立場を───。