3-3
俺の身体に宿った英雄パゥワー。それが万能ではない事を、俺はしみじみと感じていた。
「はー……まぁ、こんなもんだろーなー」
返却されたプリントに書かれた赤い文字。見事な赤点である。
まぁ、突発的な小テストだったから、これが原因で補習、なんてことにはならんが……英雄パワーで頭は良くならんのだろうな。
英雄パワーの源がリコだったとしたら、この結果も相応か。アイツ、結構アホっぽいし。
「さて、じゃあ昼にしますか」
時刻は昼休み。俺は一つ伸びをして、各々昼飯の準備を始めているクラスメイトを見回す。
カバンから弁当を取り出していたり、買ってきたパンなどを取り出していたり、あるいは購買目掛けてダッシュをしていったヤツもいた。
この学校も例に漏れず、昼の購買はごった返す。当然、人気のパンは昼休みが始まってすぐに売切れたりしてしまう。高すぎる需要に対して薄すぎる供給。その競争に勝利するためにはスタートダッシュは重要であろう。
俺はありがたくも毎日母が弁当を作ってくれるので、そう言った競争に参加したことはないが、これからはああ言う事も考えなきゃならんのかなぁ。
通学路にあるコンビニで適当なものを買えば良いのだが、コンビニは割高だしなぁ。これから経済するためには無駄遣いも極力抑えなきゃならんし、やはり購買のパンは魅力的だ。
しかしそれを考えるのも明日からで良かろう。
朝に聞いた愛菜の言葉。あれから察するに、きっとヤツは弁当かそれに準じる何かを持ってきてくれているのだろう。どういう風の吹き回しかは知らんが、それに乗っかるのは悪くない。
何せアイツは料理が割りと上手い。手作り弁当ならばかなり上物が出てくるはずだ。
購買へ走るヤツらや冷えたコンビニ弁当を開けるヤツらを見ながら、俺は悠々とデリバリーを待てば良いのだ。ククク、なんだこの優越感! 俺は今、この場にいる誰よりも上位の存在である!(気がする)
「頼もう!」
「お、来たか」
聞き馴染みのある声が教室のドア側から聞こえる。
見ると、そこには弁当袋を二つ持った愛菜がいた。
「配達ご苦労だな、愛菜!」
「チッ……調子に乗るんじゃないわよ」
カツカツと高い足音を立て、机の間を縫って俺の目の前までやってくる愛菜。
クイ、と顎を上げて俺をしっかりと見下してくる。
「ちょっとツラ貸しなさい。弁当はアンタを釣るための餌よ」
「うっわ、スゲェ不遜な態度。ちょっと引くわ」
「アンタも充分尊大よ。良いから、黙ってついてきな」
それだけ言うと返事も聞かず、愛菜は教室を出て行ってしまった。
くそっ、弁当を貰わないと、俺には昼飯がないぞ。
これから昼飯を買いに行く事も出来ないしな……購買に行ったところでまともなパンが残っている可能性も少ない。今の時間に学校の外に出る事も認められていない。
チクショウ、昼飯がなくなると昼からの授業が辛い。かと言って、俺の手元に何か食い物があるわけでもない。
ここは愛菜に従うしかないか……。
若干展開は予想と違ったが、結局愛菜の弁当をもらえることには変わりない。今はそれだけで良しとしよう……ッ!
泡沫の夢の如く、脆くも消え去ってしまった俺の優越感の残滓を抱え、俺は足音高く歩いていく愛菜の後を追った。
そして連れて来られたのは校庭の隣にあるベンチ。
今日は天気も良いし、過ごしやすい気温の所為か、他にも備えられているベンチに陣取って昼飯を突いている連中も確認できる。
「しかし、男女のツガイは俺とお前だけだ」
「そうね。でも別に気にする必要はないわ」
俺はめっちゃ恥ずかしいけどな。
なんでこんな衆目に晒される場所で、どこにいても目を引くような愛菜と一緒に弁当を食べなければならないのか。
えー、あの可愛い女子の隣にいるヤツ誰よー?
何組ー? ちょっと調子乗ってなーい?
マジチョベリバなんですけどー。
って声が聞こえる。心の声が聞こえてくる。
「せめて対面にしよう。あのベンチ、道を隔てて設置されてるから、アレなら一緒に食べてる感が薄れる」
「そんなに離れてたら喋りにくいでしょうが。アンタ、ここに何しに来たかわかってるの?」
「弁当食いに来たんだろうが」
「だったら別に教室でも良いでしょうが。何言ってんのよ」
「何か別の目的があるんだとしたら俺は何も聞いてないし、テメェの思考を読めって無理難題を吹っかけられるんだとしたら即刻サレンダーだよ」
「ホント察しが悪いわね……作戦会議よ!」
「……なんの?」
「私たちが直面している問題は何!?」
「……愛菜とサシで昼食を囲んでいる所を衆目に晒される事によって、あらぬ疑いをかけられること?」
「悪魔よ悪魔! もう一匹残ってる上に、まだ預言にはもう三匹現れるって書いてあるでしょうが!」
ああ、その事か。俺はもうホントに目前の危険しか目に入っていなかった。
だって周りから奇異の視線が痛いんだもん。それ以外考えられなくなっちゃうよ。
「せめて愛菜がもっと不細工だったら良かったのに」
「ケンカ売ってるの?」
「むしろ褒めてると思って良い」
「……っ!」
すーぐ照れる。コイツ、すーぐ照れる。
コイツとも長い付き合いだが、まさかこんな簡単な攻略法があったとはな。
全校の愛菜狙いの男子諸兄、コイツ、案外チョロいぞ。
「とにかく! 私たちは今、作戦会議にここへやってきたの!」
「って言っても、残りの一匹はリコが探してるんだし、その内どうにかなるだろうし、次に現れる三匹にいたってはどうしようもねーんじゃねーの?」
「その諦め根性は良くない! きっと何か対策があるはずなのよ!」
「……ポータルを抑える、とか?」
「そうそれ!」
「だったら愛菜さんには何か妙案があるんでしょうなぁ? リコでも察知出来なかった見も知らず、形状すらわからないポータルとやらを発見する妙案がぁ?」
「チッ、イラつく……ッ!」
どうやら愛菜をイラつかせる事には成功したらしい。それ、俺の思い通り。
愛菜は気持ちを落ち着けるためか、一度深呼吸を挟んで話を続ける。
「昨日の事を思い出して見なさい」
「昨日の事ぉ?」
言われて見ても、俺が死にかけたぐらいしかトピックはなかったような気がする。
それを口に出してしまうと愛菜も気にしてしまうだろうから声には出さないけど――
「アンタ、自分が死にかけたこと思い出してるでしょ」
「うっ!」
やはり幼馴染読心術は油断ならない。
「確かに! それも色々とビッグな事件だったわ! 未だに私も心が痛くなるもの!」
「やめろ! 自分で自分のトラウマを抉るのはやめろ! 誰の得にもならんぞ!」
「その節は……大変……申し訳ない事を……」
「やめろ! 涙をためて謝るのはやめろ! あとキャラが崩壊してる!」
どうやらあの事件は愛菜の心にかなり深い傷をつけたようだな……気をつけよう。
過呼吸になりそうだった愛菜はどうにか自分を落ち着けたようだ。
「はーっ、はーっ……そうじゃなくて。私は昨日、妙な事を口走ったはずだわ」
「自分で言うような事ではないと思うが……」
言われて記憶を掘り返す。変なこと……?
そういや喫茶店を出てすぐ、なんか中二病的な言葉を口走っていたか。
「どうやら察したようね。そう。あの時私は妙な雰囲気を感じ取っていたわ!」
「お前、アレ、ガチだったのか」
「そうじゃないと、私の感じ取った先にあのコウモリ男がいたりしないでしょ」
「変な山勘が当たったんじゃねーの?」
「いいえ、私はこれに対して確信を持っているわ!」
なんか変な自信に満ち溢れてるな、コイツ……。
「リコの言った事を覚えているでしょう。英雄力は特殊な力を発揮するための原動力である、とかなんとか」
「じゃあ、お前の場合は英雄力がその異常な危険察知能力に影響した、と?」
「その通り! いまや私は危険に対する超高性能レーダー! どんな危険も見逃さない、警報装置なのよ!」
「お前……それ誇って良いのか」
「何か問題でも?」
「いや、微妙にズレてる気はするが……まぁ良い」
本人がそれで良いと思っているなら、良しとしよう。
しかし、言っている事に関しては若干の納得を持ってしまう。
リコの言っていた英雄力の話。愛菜もその英雄力とやらを持っていたらしいし、それが変な方向に影響してしまっても、多分おかしくはないのだろう。
実際にコウモリ男の居場所を言い当ててしまったわけだし、それに関しては偶然だろうと実績として数えて良いかもしれない。
「だとしたら、お前はポータルを探し出せるかもしれない、って事か? リコも探し出せないのに? アイツだってまともな人間じゃないんだし、危機察知能力ぐらいあるだろ。それに、ポータルの存在を感知するのにはそこそこ自信があるような言い方もしていた」
「でもあの娘はコウモリ男を察知できていなかったわ。私は出来た! つまり、その手の能力に関しては特化している私の方が上!」
「その自信に満ち溢れた物言いにはなんとなく反感を覚えるが……うーん」
昨日の時点でリコは悪魔を察知できていなかった。それは多分事実だ。
大荷物のお年寄りや迷子の少年を見過ごせないリコが、最大の迷惑の原因になりえるコウモリ男を放置するとは考えにくい。
と言うことは恐らく、リコはコウモリ男の存在に関して、どこかにいると言うことはわかっていてもどこにいるのか、今活動しているのかなどと言うことに関してはわかっていなかったのだろう。
それに対して、愛菜は居場所まで当てて見せた。
この能力に関しては愛菜の方が一枚上である、と言う仮説は立つ。
「お前の話が信用に足るとして、だ。結論としてはお前がリコにくっついていくのが一番手っ取り早いと言う事になるわけだが?」
「馬鹿ね。リコは残りの一匹を探し出して倒す仕事があるわ。その間に私とアンタでポータルを探し出して、可能なら確保をしておけばこれからの仕事がスムーズに済むと思わない?」
「お前がリコの手伝いをして、残りの一匹を倒すのを手伝った方が……いや」
そうなるとまた愛菜が危険な目に遭う可能性があるのか。
残りの一匹もコウモリ男と同じような強さだと言う確証はない。
もしめっちゃ強い悪魔が残っていたのだとしたら、むしろ俺がリコに付き合った方が良いのかもしれない。
リコはあのままの状態だと全力を発揮出来ないような事を言っていたし、強力な悪魔がいるのだとしたら俺が手伝った方が……
「鉄太!」
「うぉ!? 急に声かけてくるんじゃねぇ!」
「アンタが変な顔してボーっとしてるからでしょうが! 弁当食え!」
忘れてた。
ベンチに座ったタイミングで無言で渡されてそのままだったわ。
「うむ、私の事ながら料理上手いなぁ。天才かよぉ」
「自画自賛も甚だしいな……まぁ、別に否定はしないけど」
ポチポチと食べてみるが、すごく美味い。
たまご焼きやから揚げなんかも冷凍食品ではなく、朝早く起きたのだろう手間が窺える。
コイツ、今回の作戦会議のためにこんな手間を……。
「愛菜……昼寝したかったら言えよな」
「えっ? か、かか、肩とか貸してくれるの?」
「いや、話が終わったと思って、そっと帰るから」
「死ね」
から揚げを一つ没収されてしまった。チクショウ。
「とーにーかーく、よ」
弁当を粗方食べ終わった愛菜が、急に口を開く。
「今日の放課後、また町に行ってみましょう」
「なんだよ、急に」
「急じゃない! 話覚えてないの!? 鳥でも三歩歩くまで忘れないわよ!?」
「霊長を鳥類と比較するなど、貴様、俺を侮辱しているのか」
「悔しかったらもっと記憶力を働かせなさいよ。私の危機察知能力の話!」
「ああ、ポータルを探すとか何とかか……マジでやるのかよ。仮に見つけたとしてどうするんだよ」
「出来れば確保するのが望ましいわね。無力化できればなお良し。最悪、場所だけでも知っておきたいわ」
「仮にポータルを見つけられたとしてもだぞ。最初の件を思い出してみろよ」
最初に悪魔が現れた時、あの時は狼男が俺の目の前に現れたが他の悪魔は見当たらなかった。コウモリ男にいたっては大分離れた街中での発見となったわけだ。
「もしかしたら、だけど、ポータルから現れた瞬間、悪魔どもはめっちゃ瞬間移動するんじゃねーの? だとしたらポータルを手元に置いておく意味なくない?」
「……あれさ。私、実はチラッと見えてたのよ」
「なにを?」
「あの悪魔、めっちゃすごい勢いで家の外に出てったと思う」
「そんなバカな」
めっちゃすごい勢いってなんだよ……。
ってか、家のどこにも穴なんか開いてなかったぞ。律儀に窓なりドアなりを開けて出てったって言うのかよ。
「私もちゃんと見えたわけじゃないのよ。影が追えたぐらいのもんなんだけど。多分、壁すり抜けてた」
「お前、適当言ってるんじゃねーだろうな」
「見間違いだって言われたらちょっと自信ないわ」
くっ、素直に負けを認める感じが逆に真実味を増してるじゃねーか。
「まぁ、お前の言葉が真実だったとしよう。そんな超スピードで出現するやつをどうやって捕らえるんだよ」
「現れた瞬間にリコに倒してもらえばいいんじゃない?」
「アイツにそんなスペックあんの?」
「アンタが使えば本気出るんでしょ? 試してみれば良いじゃん」
「簡単に言うな、お前」
俺がリコのマスターだ、と言われてもいまいち良くわかってないんだよな。
アイツを使うって言っても、剣状態のリコをあまり見た事ないし、未だに眉唾だわ。
「何にしてもよ! とにかくポータル探しは今日、決行するわ! 異論は認めない!」
「えー、お前だけでやれよー」
「あからさまにやる気ないわね……私一人で危ない目にあったらどうするのよ!」
「危ない目ねぇ……」
「やめて! 昨日の事をほじくり返すのはやめて!」
「お前こそ、勝手に自爆するのやめてくれる? 面倒くさい事この上ないんだけど」
まぁ、そんなこんなで放課後の予定が埋まってしまった。
特にやる事もなかったから別にいいけどさ。