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Path to idea  作者: シトール
8/19

3-2

 そんなわけで、俺はリコのマスターとなり、晴れて英雄化とやらを成し遂げたらしい。

 とは言っても現状で何か変わったような感じはしない。

 リコは筋力や体力が増えたと言っていたが、別にそんな事は……。

 適当に腕を回したりしてみても、それだけで突風が発生する! みたいな能力を得ているわけでもなさそうだし、いたって普通だ。

「何かわかりやすい印とかあれば良いんだけどな」

 なんか、力むと額に紋章が浮かぶとか。……ないか。

 それに、仮に紋章が浮かぶのだとしても、こんな平和な道で急に『うおおおおお!』とかやりたくないしな。

 ……そう、平和だ。

 今日は平和なのである。通学路で愛菜とリコが俺のことを待ち伏せしているような事もない。

 見えるのは俺と同じように学校へ向かう学生ばかり。いたって普通だ。

 昨日の話では、先に召喚された三匹の悪魔の内、残りの一匹を探し出すために、昨日のように町を散策する予定もあったのだが、リコの曰くに

『なんか、悪魔の魔力が感じられないんですよねー。昨日まではボンヤリと町の中にいることが感じられたんですけど……。もしかしたら潜伏力が高すぎるのかもしれません。私がそれとなく町を歩き回って見ますから、お二人はどうぞ、学校に行ってください』

 との事。

 あいつ一人で大丈夫か、とは思うが、まぁ迷子にはならんだろう。変に困ってる人に絡んで変な人扱いはされるかもしれんが。

「おーい、バスが出るぞぉ」

 回想に浸っていると、バス停から聞こえてくる声によって現実に引き戻された。

 数十メートル先のバス停には既にバスが停車しており、心優しい乗客の一人がその辺を歩いている学生に声をかけてくれているようだった。

「やっば!」

 アレを逃すと遅刻ギリギリを争うことになる。

 しかし、俺がこの数十メートルを走る間、バスは待ってくれるだろうか?

 バスにも運行ダイヤと言うモノがある。それを守るから、人はバスの時間を読んで行動予定を立てられる。

 たかが乗客一人のために、正確なダイヤを崩すだろうか……!?

 いや、ここは一縷の望みを賭けて、全力ダッシュをするべきだ。待ってくれるのだとしても、悠々と歩いている学生の姿を見ればアクセルを吹かしたくなる気持ちは理解できる。

 とにかく急いであのバスの入り口へ――

 と思った瞬間には、そこにやってきていた。

「……あれ?」

「な、なんだぁ?」

「おい、アイツ今……」

 俺自身が呆気に取られているのに、周りの人間が驚かないわけがない。

 俺が後ろを振り返ると、今まで目前に広がっていた風景が俺の後方にあるのがわかる。

 端的に言おう。俺はめっちゃ早く走ったらしい。数十メートルあった距離を瞬く間に。

「前言を撤回せねばなるまい」

 一人、小さく呟く。

 俺、めっちゃ変わってるわ。


ザワつくバス車内。異常なまでの視線をバシバシ感じる。

 この俺様が超イケメンで衆目を集めてしまうのは仕方ないとしても、今日は確かに異常だ。

 いや、さっきの超絶ダッシュが原因なんだが。

 確かに俺からしても異常なスピードだった。あれならあらゆるスピード競技で世界記録を出せるだろう。

 ならばこそ、俺はこの力をどうにかセーブせねばなるまい。

 変に目立ってしまい、どこぞの研究機関の研究材料候補にリストアップされるのは勘弁だ。

 俺の隠密術を持ってすれば、今までどおり目立たない事も可能だろうが……いやー、困っちゃうなー。俺、注目されちゃうなー。

 いや、いつもが陰キャラだったわけではないぞ、決して。

「な、なあ」

「……ん?」

 吊り輪に手をかけながら考え事をしていると、見た事のない男子が俺に声をかけてきた。

「君、二年生か? さっきのダッシュ……」

「あ、いや、その……」

 ヤバい、まさかこれほど早くに声をかけられるとは思ってなかった!

 言い訳とか全然考えてない! どうしよう!

「俺は陸上部三年の藤堂って言うんだけど、ちょっと話を聞かせてくれないか。いや、むしろ俺の話を聞いてくれないか」

「え? 陸上部? なに?」

 あれ、これもしかして怪しまれていると言うより……

「もし良かったら、陸上部に入らないか!? さっきのダッシュ力があれば、二年生からでもすぐに活躍できるぞ!」

「す、スカウト!?」

 人生初! 人生初ですよ! スカウト!

 これまで際立ってどこが良いって言う、わかりやすい長所などなかった俺が! スカウト!

「いや、二年生とは言え、まだ四月だ。これから練習を積めば、きっと今年のインハイにも間に合うはずだ!」

「え、えっと……」

 グイグイ来るな、この先輩……。

 で、でも悪くはない。

 誰かに必要とされるこの感じ、スゲェ優越感がある。

「君さえ良ければ放課後に詳しい話でも――」

「ちょっと待てぃ!」

 陸上部の藤堂先輩が話を進めようとしている時、別の男子が話に割って入る。

「さっきから黙って聞いていれば、陸上部ごときが抜け駆けしやがって!」

「何をぅ! 誰だ、貴様!」

「俺の名は加賀美! 野球部の主将だ! その男の駿足は我が野球部にてこそ輝くはずだ!」

「なんだと……ッ!?」

 まさかのダブルスカウト。

 え、急に俺の株が急上昇しすぎじゃない?

「野球部で代走として……いや、ミートや打力を考慮すれば一番バッターとしても活躍できるだろう! 野球において一番槍の誉れの一番打者! これは君にこそ相応しい称号だろう!」

「待て! 野球はチームスポーツだろ! 急に入った部員がチームワークを乱しては、勝てる勝負も勝てなくなるぞ! その点、陸上は個人競技目白押しだ! 君が活躍できる場は陸上部しかない!」

「待て待てぃ! 貴様らが抜け駆けするのなら、このアメフト部が!」

「なんのサッカー部も!」

「あいやテニス部が!」

「しからば登山部にて!」

『車内ではお静かにお願いしまーす』

 運転手からのアナウンスもなんのその、各部員の喧々囂々の紛糾は続いた。


 学校に最寄のバス停にたどり着き、止まぬ論争の中、俺はそそくさと下車する。

 結論の出ない言い合いを大声でやり取りしている各部員たちは、俺がいなくなったのにも気付かなかったらしく、話題の中心を失ったまま皮算用のような新入部員獲得口プロレスを続けていた。

 良かった、名乗らなくて。名前やクラスなどを割り出されていたら、休み時間なんかなくなるところだった。

 無事に昇降口を通る事が出来た俺は、あまり時間をかけずに教室までやってきた。

 教室の前には、何故か愛菜がいる。

「おや、愛菜。お前のクラスは他所だぞ」

「知ってるわよ。何、朝からケンカ売ってるの?」

「え!? いや、あれ!? 何でそんな好戦的!?」

 機嫌が悪いのかなんなのか、第一声がそれである。

「寝不足か? それとも風邪か? ……あ、いや、お前はいつもそんな感じか」

「よーし、一発グーで殴るわ」

「待て待て! 別に煽ってるわけじゃない! 心配してやってるんだ!」

「……そ、そう」

 ふぅ、何とか収まったか。適当な嘘も役に立つものだな。

 しかし、いつもトゲのある愛菜だが、あの程度のジョークで突っかかってくるとは、今日は特別棘が鋭い気がするな。

 何か原因が……

「あ、生理? うぐぅッ!」

 無言の鉄拳が俺の顔に深々と突き刺さった。

「用件だけ伝えるわ」

 うずくまる俺を見下して、愛菜は言葉だけを降りかけてくる。

「昼休み、どうせ弁当なんて持ってきてないだろうから、適当に買わずに待ってなさい」

「は、はぁ? お前、何を言って――」

「その状態から見上げんな、ボケぇ!」

 急な憤りが奔り、愛菜の蹴りが思い切り俺の顎を打った。

「テメェ! 全く痛くないけど、暴力的過ぎるぞ!」

「うるさい! スカート覗こうとする方が悪い!」

「言いがかり! テメェのパンツ見たところで嬉しくもなんともねーよ!」

「見せパンだから別に見せても良いんだけどッ!」

「待て待て! おかしい事言ってる! お前、ホント大丈夫か!?」

「とにかく! 昼休みは自分の席で待機している事! 良いわねッ!」

 有無を言わせぬ圧力をかけられ、俺はなんとなく頷くしかなかった。

 俺の返事を受け、フンと鼻息荒く一息ついてから、愛菜は自分のクラスへと帰っていった。

「な、なんなんだ、アイツ……」

 終始顔赤いし……ホントに風邪か。

 しかし、愛菜が非力だったとしても、顔面に二発、グーパンチと蹴りを食らったわけだが、全く痛みがない。

 反射的にうずくまったりしてしまったが、針で突かれたぐらいの痛みもないのだ。

 これも英雄化の特徴と言うことなのだろうか。

「良いのやら悪いのやら……」

 ぼやきながら愛菜を見送り、俺は自分の席へと向かった。

 余談だが、教室へと入ると、愛菜から受けた暴行の容赦のなさに、クラスメイトから心配されてしまった。

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