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Path to idea  作者: シトール
5/19

2-1


 あれは夢だったのか、いやそんなわけないだろ。

 目覚めてからずっと、そんなことを考えている。


 俺が目覚めたのは何故かベッドの上だった。

 自室のベッドで、あの時の恰好のまま眠らされていた。

 時刻は夜中二時。変に寝てしまったため変な時間に起きてしまったのだろう。

 俺はとりあえず居間とダイニングを確認した。

 綺麗に片付けられてはいたが、しかし事件の跡をすべて消し去るにはいたっていなかった。

 少し汚れている床には、例のゴタゴタでひっくり返った野菜炒めの油の跡が残っている。

 台所には食器が洗われて放置されているし、愛菜がここに来て夕食を作ったのは間違いないし、それが何らかの原因によってひっくり返ったのも恐らく間違いない。

 では、その原因とは何か。俺の脳裏に狼男とそれを屠った女性が浮かぶ。

「夢じゃ……ないのか」

 頭痛がするようだった。


****


 翌日。寝不足の頭で通学路を歩く。

 変な時間に寝たり起きたりしたせいで、頭がボンヤリしていた。

「チクショウ、なんだって俺がこんな目に」

 しゃっきりした思考の戻らない頭を小突きつつ、俺は自分のスマホを見る。

 そこには昨日届いていた愛菜からのメールが表示された。

『明日の朝、通学路にて待つ』

 短い文だ。果たし状かよ……。

 いつもは一緒に登校なんて言い出すような感じじゃないし、おそらくは昨日の件で話しがあると言う事なのだろう。

 俺はどちらかと言うと説明を受けるよりは放っておいて欲しい。

 俺なんかが変な事件に巻き込まれてどうにかなるわけがないのだ。

 子供じみた英雄志望もないし、平和な毎日が送れる事に至上のすばらしさすら覚えている。愛菜の奇行に巻き込まれるのは勘弁なのだが……。

「まぁ、逃げられないだろうな」

「おはよ」

 俺の行動が筒抜けになっているかのように、目の前に愛菜が現れた。

 一応、今日の通学路は道を変えているのだが……何故バレた。

「おはようございます! 今日は良い天気ですね」

「アンタもいるのか」

 愛菜の隣には昨日現れた痴女もいた。

 今はしっかり服を着ているが、今でもあの時の姿は……

「うっ」

「どうしましたぁ?」

「なんでもない」

 思い出して変な気持ちになるのをすんでの所で止める。止められた……かな?

 やめろ、その綺麗な顔で俺を見るな……。

「鉄太!」

「うお! なんだよ、愛菜、急に大声で呼ぶな」

「アンタが変な顔してるからでしょ」

 くっ、幼馴染スキルが恨めしい。コイツ、俺の思考をある程度読めるな、テレパシストめ。

 だがお陰で妙な気分からは解放された気がする。

「それよりも、よ。今日はこの人に色々話を聞くわ」

「そりゃ結構。だが俺は関係ないだろ。お前らだけで勝手に話してくれ」

「そうはいかないわ。アンタだってもう関係者なんだからね」

「どこが! 俺は巻き込まれただけだぞ!」

「出発点がどうあれ、巻き込まれたからには関係者に違いないわ。まぁ、不幸だと思って諦めなさいな」

 くっ、好き勝手言いやがる……!

 元はといえば愛菜が妙な預言書なんてもんを持ってきたからだろうが。愛菜が何もしなければこんな事にはならなかった。

「アンタだって今のまま、何もわからないままは気持ち悪いんじゃない?」

「そうでもない。このまま変な事件に巻き込まれるぐらいなら、いっそ何も知らないまま穴倉に篭ってた方がマシだぜ」

「なによそれ。意気地を見せなさいよ」

「がむしゃらに前に進むだけが勇気ってワケじゃない。そもそもお前の進む先が前方だとどうして言い切れる」

「動かないよりはマシよ。停滞は緩やかな死って聞いた事ない?」

「まぁまぁ、お二人とも!」

 俺と愛菜の口論に、例の女性が割って入る。

「お熱くなりなさんな、お二人さん。痴話ゲンカは犬も食べないって言いますよ」

「なにが!」「痴話ゲンカよ!」

「ほら、ホントは仲が良い」

 ニヤニヤと笑われてしまった。

 チクショウ、居心地が悪い。

「とにかく場所を移しましょう。お話はそれからです」

「お話って、俺は聞くつもりはないと……」

「いいから、黙って付き合いなさい。どうせ学校なんか行ってもまともに授業を受けるつもりもないんでしょ」

「そんなわけあるか!」

 確かにちょっとサボれるなら良いなとは思うけど。

「ついて来なさいよ。……と言ってもその恰好じゃ目立つから一度着替えて……いや、良い事思いついたわ」

 ヤバい、愛菜が悪い顔をしてやがる。


****


「なぁ、なんだこれ」

「うーん、いまいちか」

 何故俺は服屋に連れて来られて、強引に試着させられているのだろうか。

「もっとカジュアルな方が良いんじゃないですか?」

「そうね、春だし、もっとラフにしても良いかもね」

「おい、お前ら」

「何よ。着せ替え人形が口を聞かない」

「人をおもちゃ扱いするんじゃねえ」

 黙って従っている俺も俺だが、何故俺はこんな所で簡易ファッションショーをやらねばならないのか。

 そこの痴女から話を聞くって感じじゃなかったのか。

「仕方ないでしょ。アンタは学生服で外に出て来るんだもん。このまま日中にお店に入ったらアンタだけ目立っちゃうもの。警察に止められたりしたら面倒だしね」

「だからってこんなところで服を新調しなくても……」

「お金の事なら心配ないって言ってるでしょ。私が払うんだし」

「そうじゃなくて……」

「あ、愛菜さ~ん、これなんか良くないですかぁ?」

 あの痴女もめっちゃ乗り気だし。ホントに着せ替え人形になった気分だぜ。

「制服がダメなのはわかったが、だったら服なんてどうでも良いだろ。なんで服選びだけで小一時間も経過してるんだよ」

「うるさいわね。服選びはセンスの勝負よ。これでアンタを外に出歩かせて、誰かに笑われでもしたら、私の名折れだわ」

「テメェの名声なんかあってないようなもんだろ」

「少なく見積もっても、アンタよりはマシなつもりだけどね」

 ……確かに愛菜はツラも良いし成績も良い。

 凡百を体現したような俺より名声は高かろう。

「あ、愛菜さん、この帽子なんかどうです?」

「ほうほう」

「俺を無視するなよ、おい!」


 結局五万円を越える衣服を購入し、俺はそれに着せられている。

 なんなんだよ、俺なんか服に金をかけたことなんかないぞ……五万円の買い物なんてそもそも一度としてない。

 それをポンと払っちゃうんだから、金持ちの娘ってのは……。しかも自分にかける金じゃなく、他人である俺だぞ……。

「おい、愛菜。言っとくけど、俺はこの金、返すアテはないからな」

「わかってるわよ。私がそんなみみっちい女に見える?」

 ホント、金持ちって……。

 まぁ、そんな事はさておき。現在、俺たちがやって来たのは近くの喫茶店。

 大通りからは外れた場所にあり、隠れ家的な趣のある店であった。

 この店を選んだのも愛菜だ。こんな店、どうやって見つけてきたのか。

 時刻も昼が近くなってきたので、軽食を摂りながら話そうということだったのだが、さて。

「で、お話を聞かせてくれる?」

「ええ、こちらも事情を話したくて仕方がないんです」

 愛菜の言葉に痴女は笑顔で答える。

「まず、あなたの名前を聞かせてもらえる?」

「はい。……と言っても私には明確な名前がないんです」

「名前が……ない?」

「強いて言えば、私は英雄の証です」

 その言葉を聞いて目を丸くしたのは俺だった。

 英雄の証……聞いた事がある。いや、読んだ覚えがある。

 あの預言に書かれてあった呪文。『来たれ、英雄の証』。

 俺が読んだ後、愛菜が読んだ時にはその呪文が変わっていた。その時には異世界の扉になっていた。

 あれは俺の読み間違いだったはず。いや、そもそもあんな英文読めるはずもなかった。

 俺の勘違いだったんじゃないのか……。

「英雄の証だなんて、女の子の名前じゃないわね」

「そうかもしれませんけど、私のこの姿、性格も本当の物ではありません。私の本当の姿は剣なんですから」

「剣……? 昨日、あなたが振るっていたもの?」

「そうです。アレは私の本体です」

「って事は……」

 預言書の一文が頭の中に浮かぶ。

 世界の危機に瀕した時、武器を遺す。

 あの一文が示した武器というのが、剣なのだとしたら。

「つまり、アンタが預言書に書かれていた――」

「つまり、あなたはどこからか召喚された剣、セイバーってことね!」

「おい、やめろ。俺はそういう事が言いたいんじゃない」

 急に何言い始めてるのこの女。確かに剣が本体って事はセイバーかもしれないけど、見た目が全く違うからね。この痴女は金髪でもないし、青い服を着てるわけでもないしね。

「えー、コホン……と、問おう、あなたが私のマス……」

「やめろっつってんだろ! ボケに乗っからなくて良い!」

 急に立ち上がって何を言い始めるかと思えば、まさかのボケ重ねですよ。

 コイツ、異世界から来たって割りに、この世界の事にやたら詳しいじゃねぇか。

「俺が言いたいのは、この痴女が預言書に書かれていた例の遺された武器ってやつなんじゃないかってことだよ」

「あー、そう言えばそんなことも書かれてたわね。世界を救う神の道具とも」

 預言書に書かれていた遺された武器と、神の道具とやらが同一のモノであるなら、それがこの女である可能性は高い。

 何せ預言が本当ならもうすぐ世界を脅かす悪魔が現れるかもしれないのだ。そのタイミングで現れた剣となれば、いかに鈍い人間でもすぐに察しがつくだろう。

「鉄太さんのお察しの通り、世界の危機を救う予定の武器とは、私のことです」

「す、スゲェな……自分で自分の事救世主とか言っちゃうのか」

「や、やめてくださいよ! そこそこ恥ずかしいんですから!」

 剣と名乗った痴女は名に似つかわしくなく、頬を染めて照れた。

 コイツホントに無機物なのか。いや、見た目はどこからどう見ても人間なんだけど。

「話を戻しますよ」

 コホン、と小さく咳払いをし、痴女は話を仕切りなおす。

「本来、私に人格や肉体はありません。今、お二人の前にいる私の姿や性格は私を呼び出した人間の願望によるものです。ですから、恐らくこの姿は愛菜さんの要望によるものだと思うんですが」

「私の願望? 嘘でしょ。私だったらもっと扱いやすい姿にするはずだわ」

 確かに、愛菜ならばもっと簡単な人間にするはずだ。そういう打算が出来るヤツである。

「でもそういう風にできているはずなんです、私。多分、愛菜さんが召喚者ですよね?」

「誓いの言葉を読んだのは私だわ。それによって召喚ができたのなら、私が召喚者のはず」

「愛菜さんの願望でないのだとしたら……鉄太さんの願望ですかね?」

「鉄太の……?」

 じっと、二人の視線がこちらに向く。

「待て待て。そこでどうして俺が出てくる」

「鉄太さんは召喚の場に居合わせました。その事が原因して、私の召喚に際し思考が影響したのかもしれません」

「って事は、鉄太の好みはこういう女って事?」

「そうなんじゃないですかぁ? 鉄太さん、私を見る時ちょっと赤い顔しますし」

「やめろ! 勝手に人の好みを推し量るのはやめろ!」

 なんなんだ急に! 勝手に人の好みがどうとか言い始めやがって!

 そうじゃないだろ。今は何の話をしていた!?

「俺の好みなんかどうでも良いだろ。まずはその女の名前と、あとは状況の確認だろうが」

「それもそうね。保留にしておきましょう。……あなたにも名前がないのは不便だわ。いちいち英雄の証、なんて呼ぶのは手間だしね」

「私の事はどう呼んで下さってもかまいませんよ。なんなら適当に名付けていただいても。鉄太さんならどう呼びます?」

 うっ、この女、俺を試してやがるのか! 挑発的な表情をしやがって、立派な男児で遊ぼうなどと思いあがったことを考えやがる!

 良いだろう、ここは全力で……ボケる!

「そうだな。花子ってのはどうだ」

「センス皆無ね。ボケにしてももうちょっとあるでしょ」

 まさか愛菜からダメだしを食らうとは思わなかった。

 そこでお前が突っ込んでしまったらボケとツッコミのコミュニケーションが成り立たないだろうが。

 しかし良かろう。貴様がそうするならばこちらにも考えがあるぞ。

「ならばリコリス・ライエンドルフ・フォン・エーゲルバッハと言うのはどうだ。何か高貴そうだろう。適当に音だけで考えた」

「呼びやすいようにするっつってんでしょ。そんな長い名前覚えられるわけないわ」

「縮めてリコでどうですか?」

「それで良いわ、もう」

 うわ、俺の案がほとんど活かされてない。

 何のために俺に案を求めたのかわからんではないか。

「じゃあリコ。改めて色々話を聞きたいんだけど、まずは……異世界の扉について知っていることを聞かせて」

「異世界の扉、ですか」

 預言書にも書かれていた『異世界の扉』。本来ならば愛菜はそれを呼び出そうとしていたらしい。昔からコイツはそういう関連に興味が深かったように思う。

 何がそれほどコイツを駆り立てるのかは知らんが。

「預言書にも書かれてあるわ。誓いの言葉にも世界を繋ぐ扉と書いてある。これは異世界に繋がる扉の事じゃないの?」

「確かにその通りです。ですが、私も実物を見た事はありませんし、きっとあなたたちの手に負えるような代物ではありません」

「どういう意味?」

「その預言書に書かれている異世界への扉、ポータルと呼ばれるのですが、それは異世界から富や英知を呼び出すものではありません。むしろ逆、人々に災いをもたらす者を呼び出すための通過点です」

「って事は、私が異世界に召喚されてそこで勇者的、英雄的な立ち回りをする事は……」

「ないですね」

 キッパリとした痴女、リコの否定に愛菜は幾分か肩を落としたように見えた。

 残念だったな、夢が叶わなくて。

「あ、あの、愛菜さん?」

「大丈夫よ。それよりも話を続けましょう」

 どう見ても大丈夫そうではない。だが、愛菜はそれを無視して話を続けるつもりらしい。

「災いをもたらす者、と言ったけど、それは昨日見た毛むくじゃらのアイツみたいなもの?」

「そうですね。あれもその一体です。預言書にも書かれていたと思いますが、ポータルからは複数体の悪魔が現れると預言されています」

 愛菜が持ってきていた預言書を改めて確認してみれば、確かにそのような文章が書かれている。……らしい。もちろん俺は読めない。

「初めに三体、次に三体、最後の一体がとても強い力を持つ……って書いてあるわね」

「では、初めの三体の内の一体があの毛むくじゃらだったんでしょうね。他にも二体の悪魔が既にこちらの世界に現れているでしょう」

「って事はなにか? 愛菜が読んじまった誓いの言葉が原因で、この世に災いを成しえるヤバい存在がこっちに来てしまったって事か?」

「いいえ、それは直接の原因ではありません。悪魔は預言の通り、いつかは現れていたでしょう。愛菜さんが読んだ誓いの言葉は悪魔に対抗するための力――つまり私を呼び出すためのアクセスパスワードだったんです」

「それがなければ、リコは今ここにいなかった……?」

「鉄太さんを助ける事も出来なかったでしょうね」

 危ねぇ……リコがいなければ俺はあの時、顔面を狼男の爪で貫かれてたわけか。

 少し想像してしまって血の気が引く。

「あの毛むくじゃらは預言書が光った時に現れたわ。だとしたら、預言書がポータルになってるって可能性はない?」

「否定は出来ませんが、今はポータルの気配を感じません」

「それは、わかるの?」

「ええ、私もポータルを通ってこちらに現れたわけですから、ポータルの存在を感知する事はできます。ですが、広範囲で気配を探っても近くにポータルがないとしか……」

「ポータル自体が気配を消してるってのはありえるの?」

「起動していなければ魔力を発していない、と言う可能性はあります。ですから、またポータルが開けば、その所在を知る事が出来るでしょう」

「次に開くのは……」

 次の三体の悪魔が現れる時、か。

 その悪魔とやらがどの程度ヤバいのかはわからない。

 俺は狼男を目の前にし、ソイツに殺されかけたわけだが、実際にその動きを見たわけではない。

 預言書が発した光によって目がくらみ、その間に不意打ちを受けたわけだ。狼男の正確な力量を推し量るには情報が足りていない。

 だが、悪魔と言う大仰な名前を冠するからにはすごい力を持っているのだろう。それこそ俺みたいな一般ピープルには逆立ちしたって太刀打ちできないくらいに。

「警察に届けた方が良いんじゃないか?」

「アンタ、馬鹿ね。仮に私たちが警察に駆け込んだ所で、一般的な感覚を持つ人間がどの程度信じてくれるかしらね?」

「リコが魔法とやらを見せればある程度信じてもらえるんじゃないか?」

「私がモルモットにされるのがオチって感じがします……」

 確かに、種も仕掛けもない手品を見せられれば、そこかしこの研究機関がリコを解剖したがるだろうか。

 その間に悪魔が現れたりしたら完全に後手だろう。下手をしたら俺や愛菜に被害が及び、最悪命を落とす。

 そうでなくても、今現在、どうやら二体の悪魔が潜んでいるらしい。それらをどうにかするためには警察に頼るよりもリコに頼った方が迅速であろう。

「そんなわけで、預言書に書かれた悪魔は私たちでどうにかするしかないわ。鉄太も腹を決めなさい」

「……仮にそうだとしても、俺は別に関係ないよな? ってか、俺がいたところで状況に大差はないだろ」

「あー……うん?」

「むしろ、俺がいることで足手まといになるまである。つまり、俺が巻き込まれる理由はないわけだな」

「でも待って。アンタは昨日、毛むくじゃらに襲われたわ。もしかしたらアンタに狙われるような原因があるのかもしれない」

「だとしたらなおさら、俺は関わりたくないんだが?」

「アンタを囮にしたら、悪魔をおびき出せる可能性がある」

「お前、サラッととんでもない事言ってるんじゃねぇよ」

「そうですよ、愛菜さん。英雄たるもの、誰かの犠牲を前提に使命の達成を考えてはいけません! ……とは言え、私も鉄太さんに同行して欲しいのですが」

「はぁ? アンタまでなに言ってるんだ」

 助け舟を出してくれたと思った瞬間に掌を返された。

 この女、一体何を考えてやがる。

「さっきも申し上げたとおり、私の本体はあの剣です。私が顕現して剣を振るう事も可能ではありますが、この状態では能力に制限がつきます」

「あなた一人では全力で戦えないって事?」

「そうです。私は私を扱う英雄さまがいてこそ、その真価を発揮できるのです。……ですが現状、英雄が誰なのか、わかっていません」

「英雄は誓いの言葉を読んだ私って話じゃなかったの?」

「そうとは限りません。何故なら、私の姿と性格が愛菜さんの願望ではなかったからです」

 そう言えばさっきそんな事を言っていたな。

 確か、今のリコの姿や性格は俺の願望を反映した可能性が高い、とかなんとか。

 ……いや、リコが俺の好みか否かで言えば、かなり高得点でストライクゾーンを攻めてきているのだが、だが、だからと言ってそれを理由に俺を巻き込むようであれば、ここは全力で否定しておくべきか?

「ふむ、確かに鉄太が持ってるエロ本は年上系お姉さんが多いわ」

「ちょっと待て! テメェ、何で俺のエロ本の嗜好を把握してやがる!?」

「つまり、鉄太さんはお姉さん属性!」

「その通り!」

「ちょいちょい俺を放って話を進めないでくれる!?」

 なにこれ、新手のイジメ?

「まぁ鉄太さんのエロ嗜好はともかく、私が鉄太さんの影響を受けている以上、鉄太さんが英雄の可能性も完全に否定できません」

「だから、鉄太にもついてきて欲しい、と。これはもう言い逃れできないわね」

「……いや待て。リコだけでも充分戦えるんだろ? 実際、あの狼男は瞬殺だったじゃないか。だったらやはり俺は必要ないだろ」

「これから戦う二体の悪魔が、あの毛むくじゃらと同格であると言う確証はないわ。もしかしたらかなり格上が待機している可能性もある」

 くっ、確かに我ながら苦しい言い逃れだった。

 俺たちが悪魔の何たるかを把握していない以上、この場ではどんな可能性だってありえる。

 グレーターデーモン的なヤツがその辺を闊歩している可能性だって完全には否定できない。

「あらゆる可能性を考慮して、今後も鉄太には手伝ってもらうわ」

「ぐっ……しかしだな……」

「アンタがついて来ない事によって、私がどうなっても良いの?」

「それは割りとどうでも良いが」

「よーし、一発殴る」

「まぁまぁ、お二人とも」

 なんやかんやで、俺も巻き込まれるハメになりそうだった。

 しかし、まぁなんと言うか……少し日常から外れてしまったこの事態にワクワクしないでもない。

 リコがいれば悪魔とやらもどうにか出来そうだし、危険は少なかろう。ついていくのもやぶさかではない。

「でもよぉ、これからどうするんだよ? 広い町の中から悪魔を一匹ずつ探し出すのか? 何の手がかりもなしじゃ、三人で悪魔を探し出すのなんか無理だぞ」

「……それもそうね」

 神妙な顔をして愛菜が頷く。いや、考えてなかったのかよ。

「リコは何か妙案を持ってないの?」

「そうですねぇ。通常なら悪魔の発する魔力を辿って居場所を割り出すんですけど……どうやら今のところ潜伏しているらしいですね。凡そでこの町の中にいることはわかるんですけど、詳細な位置まではちょっと……」

「潜伏って……まさか俺たちの隙を突いて、不意打ちをしてくるつもりじゃねぇだろうな!?」

「そうではないと思いますよ。悪魔の狙いは『最後の一匹になる事』ですから」

「最後の一匹……? 世界に災いをもたらすって言う……?」

 愛菜が預言書を手にとって中身を確かめる。

 確かに、そんなことが書いてあったな。最初に三匹、次に三匹の悪魔が現れるけど、その六匹の中で最後に残った一匹が世界を脅かすほどの力を得てヤバい事になるとか何とかだったっけか。

 その一文を見つけたのを確認した後、リコが情報を補足する。

「悪魔たちはそもそも人知を超えた力を持っていますが、それでも私でも対処できる程度のモノです。しかし、預言に書かれていることは概ね実現します。どんな手段であれ、最後の一匹となった悪魔は相応の力を手に入れるでしょう」

「悪魔の目的は、その最後の一匹になる事ってワケか。そのために身を隠すなんて、なんか意外と大人しいんだな。他のヤツらが自滅するまで待つって事だろ?」

「そうでもありませんよ。悪魔が現世に存在するためには魔力が足りなかったりしますから、それを補うために普通にその辺の人を襲ったりしますしね」

「サラッと怖い事を抜かすな」

「じゃあ、昨日から今日にかけて殺人事件ないしは傷害事件が起こった場所付近に悪魔が潜んでるって事じゃない? 手がかり見つけたり!」

「その発言もかなり不謹慎だからな!?」

 何なのこの女性陣。もっと穏便な事喋れないの?

「なに言ってるのよ、鉄太。確かに、今は不謹慎な発言に聞こえるかもしれないわ。でも私たちの行動は犯人である悪魔を倒す……いいえ、最終的には世界の危機を取り除くために動いているのよ。褒められこそすれ、咎められる謂れはないわ」

「お前のそういうふてぶてしさはちょっと褒めてやるわ」

「……っ」

「おい、ガチで照れてるんじゃねぇ。皮肉だ」

 コイツ、たまに頭の回転の仕方がおかしくなるな。

 地頭は悪くないはずなのに、たまに突拍子もなくボケる所が、また学内の男子を惑わす要素と言うことか。

「と言うか、悪魔を見つけ出すのは良いとして、その後どうするんだよ? 倒しちまったら、最終的にめっちゃ強い一匹が現れるんだろ?」

「だからと言って、悪魔たちを放置しては置けません。言った通り、悪魔は人を襲います」

「どうにか無力化だけできないのかよ? 縛り付けておくとか」

「私にそういう魔法は使えませんし、現実的な拘束具では心許ありませんし……」

 確かに、人知を超える力を持った悪魔なんてご大層な名前の存在を、ちょっと丈夫な縄とかで拘束できる気がしない。

 俺を殺そうとした狼男だって、あの爪があればちょっとした縄くらい刃物がなくても切断できそうだ。

「だとしたら、見つけ次第数を減らしていって、最後の二匹になった所でいっぺんに倒すってのが理想って事か」

「そのために、今現れているはずの残り二匹を倒す必要があります」

「ってワケで、早速外に繰り出すわよ」

 なんとなく決まった方針に乗っかり、俺たちは喫茶店を出る事にした。

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