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Path to idea  作者: シトール
4/19

1-3

 キッチンで有り物料理を作っている愛菜を眺めながら、俺はダイニングテーブルに置かれた例の預言書を見る。

 改めてみても古臭いし、内容もトンチキと来たもんだ。正直信用に足る要素など微塵もない。

 しかし、料理を作りに来てくれた愛菜の手前、頭から否定するのも憚られる。

 そう思って俺は自主的にその本を開いてみたのだ。

 ページに並んでいるのはアルファベット。単語の一つも読めない。いや、簡単な言葉ならわかるけど文意を拾うことは不可能なレベルだ。自分の英語能力の無さが恨めしい。

 しかし、こうして見るとやはり英語なのか。見覚えのある単語は幾つも散見できる。

 中学生で習うbe動詞などは簡単にわかってしまうし、他にも辞書を持ち出さなくてもわかる単語は幾つかある。

「ええと……私は、世界……ウェポンって書いてあるな。武器か? 私は、武器を……遺すかな? ええと、なんちゃらオブザワールド……」

 読めない。世界がどーのこーので、私は武器を遺す……? 全然意味がわからん。

 このなんちゃらかんちゃらオブザワールドってところがわかれば良いんだけど、く、クリ……シス? あ、クライシス? クライシスってなんだ……?

 あーもーわからん。次だ。次の文に移ろう。

 えーと……

「もし、あなたがそれを望むのならば、誓いの言葉を読め」

 ……声が聞こえた気がした。

 俺は顔を上げ、愛菜を見る。料理に集中している愛菜は今、鍋を振って野菜炒めを作っているようであった。

「愛菜、何か言ったか?」

「え? 何も?」

 そうだ、そんなはずはない。

 聞こえた声は男の声であった。それも、とても聞きなれたものだ。


 いや……そうだ。あの声は俺の声だ。


「まさか……俺が、この英文を読んだのか……?」

 声が漏れる。

 今、英文を読んでみても意味を理解できる。しかし、幾つか単語の発音法はわからない。

 気味が悪かった。

 急に英語が読めるようになるなんて……何のきっかけもなしに急に頭が良くなるなら持って来いの教材だが、恐らくそうではない。

 得体の知れない不安と恐怖が俺にジワリと這い寄る。

 本を閉じなければ。そう思った。

 しかし、俺の手は動かず、目は次の英文を追う。

 俺の意志とは反し、身体が勝手に動く感覚。

 自分の身体が自分の物でなくなったような錯覚。

 これに恐怖を覚えずに、何を恐れようか。

 そして喉が震える。

 声を発するように。次の文を読み上げるように。

「来たれ、英雄の証――」

 静かに、声が染み渡るように、ゆっくりと時間が流れる。


 ジャカジャカと鍋をかき回す音が聞こえてきて、ようやく感覚が元に戻ってきた。

「はぁ……はぁ……」

 気付くと、俺の息が上がっている。

 未だに愛菜が野菜炒めを作っている所を見ると、それほど時間は経っていない。

 当然だ。俺は英文を一つ読み上げただけである。

 それなのに、途方もない時間が経過し、俺は既に老化したような感覚まである。

 自分の手を窺う。

 自由に動く自分の身体。それはまだ十代半ばの姿をしている。

 重ねて言おう。当然だ。

「さーて、愛菜ちゃん特製野菜炒めソース味出来上がり」

 顔に浮いた汗を拭いながら、キッチンにいる愛菜を見る。

「あ、愛菜」

「なによ、さっきから。……アンタ、急にどうしたの? 顔色悪いわよ」

「あ、いや……」

 何を言って良いのか、迷った。

 俺が今経験した事を話してしまったら、こいつは嬉々として話に飛びついてくるだろう。そういう話題が好きなヤツだ。

 それはそれで面倒だし、それ以上に自分で話してしまえば、さっきの出来事が本当であったと認めるような気がして、不安が煽られてしまう。

 出来れば俺の気のせいと言うことで終わらせておきたい。

「俺の分、肉多めにしてくれ」

「はいはい。ハム多め一丁」

 適当に誤魔化しながら、作り笑いを浮かべる。

 上手く笑えただろうか。


「確か、証拠を見せるって話だったわね」

 大皿に盛り付けられた野菜炒めを突きながら、愛菜がそう言う。

 ダイニングテーブルに並べられたのは白飯、インスタントの味噌汁、そして大皿の野菜炒めのみ。大口叩いて『料理できます』なんて言ってた割には、手の込んだ献立は野菜炒めだけであった。これだって俺でも作れそうなもんだ。

 まぁでも、作ってくれた事は素直にありがたいので、ここは文句を言わずに食べておこう。

「証拠って、ホントにそんなもんあるのかよ?」

「あるわよ。預言書に書かれたこの部分」

 そう言うと愛菜は預言書を開く。

 書かれてあったのは、偶然か、俺が先ほど見たページだった。

「ここにはこう書かれてあるわ。世界の危機に瀕した時、私は武器を遺す。それを望むのならば誓いの言葉を読め」

 ガタン、と音を立てて立ち上がってしまった。

「どしたのよ?」

「あ、いや……」

 さっき、俺が読んだ文と内容が一致している。

 細かい所は若干違っているが、恐らく愛菜が意訳して俺に伝わりやすいようにしてくれたのだろう。

 だとしたら、俺は本当にあの英文を理解したってのか。

 怪訝そうな顔をしながら、愛菜は次の文を指差す。

「これが恐らく、誓いの言葉ね」

「よ、読めるのか……?」

「まぁ一応ね。訳すと『世界を繋ぐ扉をここに』って感じかしらね」

「……ん?」

 大きな齟齬があった。

 俺は預言書を覗き込み、愛菜の読んだらしい誓いの言葉を視線でなぞる。

 文が……変わっている。

 俺が見た時はこんな文字じゃなかった。全てを丸暗記しているわけではないが、確実に言葉が違っている。

「ど、どういう……」

「さっきから何よ。話の腰をバッキバキ折ってきて」

「あ、いや……これってめっちゃ曲解したら、英雄の証をここにって読めたりしないか?」

「はぁ? どこにも『英雄』も『証』も書いてないわよ。何言ってんの? 頭おかしいんじゃないの? 英語力足りないんじゃないの?」

 辛辣に罵られたが、それに反感を覚えるより疑問が先立つ。

 どうして文章が変わった? もしかして似たような別ページなのか?

 そう思って俺は預言書を手に取り、パラパラとページをめくる。

 五百ページはありそうな分厚い預言書を、一枚一枚確認しながら目を通したが、俺の拙い英語力で斜め読みしても同じような文章があるページはなかった。

 ……俺の、気のせい? 白昼夢か何かか?

「ちょっと。アンタ、ホントに大丈夫?」

「あ、ああ……」

 愛菜に本気で心配されてしまった。

 確かに、今日の俺はおかしい。この預言書を読んでから変なことばかりだ。

「疲れてるのかな……二年生に上がってすぐだしな」

「そんなナイーブな性格じゃないでしょ、アンタ」

「うるせぇ。普段の俺はタフなハードボイルドだが、その実は繊細な芸術家肌なのだ」

「はいはい。まぁアンタの体調なんてどうでも良いわ。それより証拠の話よ」

 愛菜は俺から預言書を奪い取り、元のページを開きなおす。

「ここに書かれている世界を繋ぐ扉と言うのは即ち、異世界へと繋がっているものだと思われるわ。きっとあっちの世界とこっちの世界を行き来するための通路になるのよ。つまり、これで私も異世界召喚者の一員よ! きっと異世界には神に祝福された道具があるに違いないわ! いや、もしかしたらその扉そのものが神の道具なのかもしれない!」

「そう簡単にいくか……?」

 そんな摩訶不思議な扉があるのだとしたら、呪文の一つでも唱えればパッと現れてもおかしくはない。だが悲しいかなその前提がおかしい。

「まぁ、お前の気が済むんなら、この夕飯が終わって帰ってからにでも試してみな。きっとお前の望むような展開にはならないと思うけどな」

「なに言ってんのよ。帰ってから試したらアンタに証拠を見せる事にならないでしょ」

「……お前、ここで試すつもりか?」

「当然」

 不敵な笑みにグーパンをねじ込んでやりたかった。

「バカヤロウ! 奇怪な魔術実験なんてテメェの領分でやれ! 俺ン家を巻き込むな!」

「ふふん、そうやってマジになるって事は、アンタもちょっとは信用してるってことね」

「ナチュラルに話をそらすな! いや、お前が考え直すなら信じてる体でも良い! ウチでやるんじゃねぇ!」

「ククク、私の偉大なる覇業への第一歩を拝めるのだ。ありがたく思うが良い」

「急に変なキャラ作りしてるんじゃねぇ!」

 俺が立ち上がり、無理にでも預言書を奪おうと手を伸ばすと、愛菜はそれから逃げるために大きく腕を伸ばす。

 元々身長に差がある俺と愛菜だが、テーブルを挟んでしまうとその距離はかなり遠くなってしまう。あとちょっとの所で指先が届かなかった。

「くっそ……!」

「ふふーん、悔しかったら取ってみな……って、きゃああ!」

 だがアホな事に、愛菜は大きく反った身体が災いし、そのまま椅子ごと後ろに倒れてしまった。

 大きな音を立てて視界から愛菜が消える。

「馬鹿が……」

 ため息をつきながら席を立ち、テーブルを回り込む。

 床に倒れている愛菜から預言書を奪い取りつつ、顔を覗き込む。

「大丈夫かよ? 頭とか打ってないだろうな?」

「う、痛い……我ながら恥ずかしい失敗だわ……」

「そうだろうよ。小学生みたいなコケかたしやがって。これに懲りたらこんなモンは……」

 言葉の途中で預言書の異変に気付く。

 カタカタと独りでに震えているのだ。断じて俺の腕が震えているわけではない。

「なんだ、これ……!?」

「お! 来たわね、異世界への扉!」

「マジか! いつ、誓いの言葉とやらを!?」

「さっき、既に読み上げていたのよ! 内容さえあっていれば、それは英語だろうとヘブライ語だろうと日本語だろうと構わないと言うことね!」

 バカな! そんな適当な誓いがあってたまるものか!

 しかし、そんな俺の想いを、いや願いもむなしく、預言書は突然輝き始める。

 どこかに電球がついてるわけではない。勝手に、本が光っているのだ。

 これは、怪現象と言っても遜色はない。

「う、うわ!」

 驚いて預言書を落っことしてしまった。

 カツン、と音を立てて床にぶつかり、跳ね返る預言書。その衝撃でパラリとページが開く。

 見間違いでなければ、あのページ……誓いの言葉が書かれたページが開かれている。

「本当に……異世界の扉が開くのか!?」

「来るわよ、来るわよ! 夢の扉が!」

 愛菜が痛みも忘れたのか、俺を押しのけて身を乗り出す。

 その時、バチッと火花が走って音を立てる。

 更に光の中から何かが顔を出してきたのだ。

「ほ、本を閉じなきゃ……!」

「馬鹿ね! これからが良いところでしょ!」

 本をどうにかしようとする俺に対し、愛菜はこんな状況でもポジティブだ。

 この異常な事態を見届けようというのだ。コイツは本当にアホが極まってるな!

「変なもんが出てきたらどうするんだよ!?」

「それはそれで面白いわ!」

「面白いわけあるか!」

 もし、巨大で危険なバケモノでも出てくるような事があればどうなってしまうのか。想像に難くない。

「離せ、このっ!」

「離さないっての!」

 俺と愛菜がもんどりうっている間に、預言書の輝きが一層増す。

 そして、それが姿を現す。


 一際強い閃光に視界を奪われた俺。

 光が走り終わった後、恐る恐る目を開けてみるとそこには――

「……ふぅ、」

「……え!?」

 預言書を踏みつけにして立っているのは、女の人だった。

 俺や愛菜よりも年上っぽく見える。身長もスラッと高く、身体つきも細いかと思えば肉付きの良いところは良い。

 長い黒髪、柔和そうな垂れ目、白い肌にうっすら朱の乗った頬、瑞々しい唇。

 美しい首筋、鎖骨……そしておっぱい。

「う、うおおおおおお!?」

「どうも、こんにちわ……あ、こんばんわ?」

「な、ななな、なんで!? なんで、マッパ!?」

 そこには全裸の女性がいたのだ。

 巨大で危険な魔物なんてとんでもない。いや、ある意味それよりもヤバいものがあった。

「ちょ、ちょっと! どういうこと!?」

 俺が慌てている横で、愛菜が声を荒げて立ち上がる。

 そうだ、何か文句の一つでも言ってやれ。

「どうして扉じゃないの!? 扉が出てくるんじゃないの!?」

「なんか文句の付け所が違わない!?」

 ヤバい、コイツ、この状況に順応しているのか!? 飲み込み早すぎない!?

「扉、ですか? うーん……私は扉じゃないんですけど」

「そうでしょうね! どう見ても痴女だわ!」

「痴女って……あ、そうですね。服を着ないと」

 そう言って、マッパの女性は指を鳴らす。

 すると瞬く間に女性が服をまとう。それはふんわりシックな幅広ネックのニットとその下に白いブラウス、フレアスカートに黒いストッキングと、なるほど普通の恰好だ。

 変な登場の仕方からは考えられないほど、普通な服装である。

 いや、でもその服の着方はおかしい。

「ど、どんな手品!?」

「手品じゃありませんよぅ。これは一種の魔法です」

「魔法!? あなた、魔法が使えるの!?」

「食いつくところが若干ズレてる!」

 あーもう、愛菜がいると色々こんがらがる!

「と、とりあえず一度落ち着いて話を……」

 そう言って俺が一区切りつけようか、とした時だ。

 もう一度、預言書が輝き始める。

「今度はなんだよ!?」

「今度こそ扉!?」

 困惑する俺。目を輝かせる愛菜。

 今度は何が起こってしまうのか、と身構えていると、また強い閃光が部屋を埋める。

 反射的に顔を背け目を瞑る俺と愛菜。だが、それが生死を分けるラインだった。

 俺は知らなかったことだが、その時、凶刃が俺の目の前に迫っていたのである。

「危なかったですね」

 痴女の声が聞こえ、俺はうっすら目を開ける。

 またマッパの女性が現れたら俺の思考が吹っ飛んでしまう可能性もあった。

 だが、そこにあったのは鋭利な、何か。

「う、うわ!」

 驚いて尻餅をつく。

 鋭利な何かとは、爪であった。

 爪は俺の顔面を捉えようと迫っており、今はその動きを止めている。

 何故なら、その爪の持ち主、大元が剣によって貫かれていたからだ。

 瞬時には理解できない状況であった。

 まず、俺の目の前には毛むくじゃらで、四肢と頭を有している――ありていに言うなら狼男のようなヤツがいた。

 狼男は鋭い爪を剥き、俺に襲い掛かっていたのである。

 しかし、それを止めるかのように、痴女がいつの間にか持っていた剣で、狼男を貫いていたのである。

「な、なな……何が……!?」

「大丈夫ですよ。悪魔は動きを止めました。しかし、もう一匹は逃しましたね……失態です」

 痴女の言葉が染み渡るように響くと、狼男は砂のようになって床に溜まる。

 ちょっとした砂山を築いた狼男の残骸は、元々何事もなかったかのように消えていってしまった。

 理解が、追いつかない……。

「あ、鉄太!?」

「あらあら」

 視界が暗転する。

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