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Path to idea  作者: シトール
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エピローグ

エピローグ


 あれから数日が経過した。

 死ぬような目にあって、殺すような目にあって。

 今もここでこうしていられるのは、軽い奇跡に近いのではないかと思う。


 世界の片隅で起きた、世界の行く末を左右する超重大事件は、その重大さに反比例するようにひっそりと終わりを告げていた。

 結果、俺は五体満足でこの地を踏んでいる。

 見上げるといつものバス停が丘の上に見える。

 周りには運動部の連中がお互いを牽制しあっていた。俺の勧誘に対して抜け駆けをさせないようにしているらしい。ご苦労な事だ。

 平和な日常が今日も送れている事に、小さな安堵を覚える。

 ここへ帰ってこられた事に、無上の感謝を覚える。

「あ、ようやく来たわね」

「おはようございます、鉄太さん」

 俺が日々の安寧に感謝の意を抱いていると、前方から声をかけられる。

 声のほうを見ると、そこには女性が二人。

 見慣れた顔だ。愛菜とリコである。

「よぉ、お二人さん」

「遅いわよ。私まで遅刻させる気?」

「俺を待つ必要がないだろ。勝手に先に行ってろよ」

「アンタが遅刻しないように見張ってやってるんじゃない。感謝しなさいよね」

「頼んでねぇし……」

「まぁまぁ、お二人とも! 朝からケンカなんて仲のよさアピールにしては特殊すぎますよ」

「そういうんじゃ」「ねーよ、バカ」

「ほら、仲が良い」

 くそっ、微妙に言い返せない。愛菜も同じ思いなのか、赤い顔をして唇を噛んでいる。

「さぁさ、本当に遅刻しちゃいますよ。さっさとバス停まで行ってください」

「はいはい。じゃあ、ここで」

「はい、また」

 軽く会釈したリコはそのまま来た道を引き返していった。

 なんとなく俺と顔を見合わせた愛菜。二人でバス停へと向かう事になった。


 あの事件で、愛菜は無事に助かった。

 俺の目論見は現実となり、聖剣の力を持ったリコはポータルだけを切除したのである。

 結果、愛菜はポータルと共に高次元への概念化が避けられ、礎を失ったポータルは霧散。

 愛菜は今もこうして普通に生きている。

 しかし、それでリコが聖剣の模倣品から本物の聖剣となった、というわけではなく、一瞬でも聖剣と同等、もしくはそれを凌駕できた、というだけらしい。

 詳しい所はわからないが、リコ自身がそう言っているのだから、多分そうなのだろう。

 そうなると問題は預言書による預言。

『最後の一匹が世界を滅ぼすほどの力を持ち、現世に大いなる災いをもたらすだろう』

 この世界に残った悪魔、いやさ召喚物は世界に災厄をもたらすはずだ。

 ではリコがそれに当たるのではないか。そう危惧していたのだが、現在、そのような凶悪な悪魔がいないというのには、もちろん理由がある。


 バスを降り、俺は愛菜と連れ立って昇降口へといたる。

「やぁ、二人とも!」

 そこで待っていたのは浅黒い肌の男子。

 何を隠そう、有島エルである。

「お前のそういう、無邪気な感じはやっぱり慣れないな」

「そう言ってくれるなよ。ボクは生まれ変わったんだから。君の力によってね!」

 コイツが今もここにいる事が、先ほどの危惧に対する答えだ。

 有島もまた、召喚物の一人である。つまり、リコと有島が存在しているために、預言の実現はなされていないわけである。

 では何故、有島がまだ生きているのか。あの時、確かにリコでもって斬りつけたはずである。

 かなり深い踏み込みからの斬撃を受けて、まともに生きているのは有島が特殊なのではない。

 俺だって、何の事前実験もなしに本番を行えるほど肝っ玉がでかいわけではない、と言うことだ。

「有島くんも、毒気が抜かれちゃって……大分キャラが変わったわよね」

「その節は渡会さんにも大変なご迷惑をおかけしまして」

 深々とお辞儀をする有島。その様子に愛菜も変な顔をしていた。

 ヤツを斬った時、あの時もリコはあの能力を発揮していたのである。

 つまり『物理干渉が出来ないものでも斬る』能力。愛菜のポータルを斬った時のように、俺は有島の『俺たちに対する悪意』を切り取ったのだ。

 出来るかどうかはわからなかったが、斬った後の有島が血の一滴も垂らしていなかったのを見て、俺もリコの能力を確信したのだ。

 故に、愛菜の時も半信半疑よりも信用する気持ちの方が強かったわけだ。

 分の悪い賭けに見えて、事前にある程度実験を行っていたわけだから、勝てる確率の方が高かった。とは言え、自分に、愛菜に刃を向けるのに緊張しないわけがなかったけどな。

「さぁ、友人たちよ。教室に向かおうじゃないか」

「俺とお前らは別の教室だし……」

「あ、鉄太だけ逃げるつもりね!」

「逃げるなんてとんでもない。事実を述べたまでだ」

 そそくさと二人から離れ、俺は自分の教室へと向かった。

 今の有島なら、愛菜に変なちょっかいをかけるような事はあるまい。


 世界は多少の変化を見せながら、それでも今までどおりの平和な日常を送っている。

 この事に何の不満もないが、一つだけ不安がある。

 あの預言書が見当たらないのだ。

 事件のあった時、蔵の床に転がっていたはずの預言書。全て事が終わってみると、蔵の中には転がっておらず、当然、置いてきたと思った学校にもなかった。

 愛菜に聞いても有島に聞いても、リコに聞いてもその行方は全くわからず、まるであれが夢であったかのように消えうせてしまったのである。

 あれはとても危険なものだと、リコが言っていた。出来れば聖剣の力で危険な力でも切り取っておきたかったのだが、それも叶わなくなってしまったと言うことだ。

『鉄太さん、気になりますか?』

 授業中、板書もそっちのけで考え事に耽っていると、リコから念話が飛んでくる。

 今日はペーパーナイフとして隠し持っているわけでもないので、かなり遠距離の念話である。こう言う芸当も身につけた。

『人の頭の中を勝手に読むなって何度言わせるんだ』

『すみません。でも……』

『……気にならないわけがない。今回の一連の事件だってあの本がきっかけを作ったようなモンだしな』

『じゃあ、どうします?』

 リコには一度、相談した事があった。

 それを実行するかどうか。俺はカレンダーを確認しながら考える。

 もうすぐ、ゴールデンウィーク。長い連休がやってくる。

『……行ける範囲まで行ってみる。それが、お前の……聖剣のマスターになった俺の使命って感じがする』

 俺は、あの預言書を探す、プチ旅行に出る事にしていた。

 そのための軍資金も親から得られた。いずれバイトでもして返そう。

 十日弱くらいの日程では大して足を伸ばせないし、入念な調査も出来やしないが、俺の英雄力だって伸びているらしい。きっとリコと同程度の索敵能力は手に入るはずだ。

『本当は愛菜さんがいると心強いんですけどね』

『アイツにはもう、危険な目にはあって欲しくない』

『はいはい。わかってますよ。……私も同じ気持ちですし』

 リコの賛同も得られた。

 善は急げである。


****


 ゴールデンウィーク本番まではまだ少し日数があるが、俺は翌日から旅に出ることを決意した。

 新年度から学校が始まって間もないが、ちょっとぐらいズル休みするのだって学生気分で誤魔化せるだろう。

「つっても、一週間以上の旅なんてした事ないしな。どんな準備したら良いんだ」

「食べ物は現地調達で良いですよね」

 家にリコを呼びつけて、何とか荷造りをしはじめるも、早々に壁にぶち当たった。

 リビングでカバンと数着の衣類を持ってきて、着替え用に幾つかカバンに詰め込みはしたが、一週間以上の日程となると、それだけで大荷物である。

 キャスターつきの旅行カバンを持ち歩くにしても、結構でかいんだ、これが。

「まぁ、最悪、下着とかもコンビニで買える時代だしな」

「そうなると出費がかさみますね」

「うっ……貰った金で大丈夫かな……」

「そんな事もあろうかと!」

 バン! と玄関のドアが開く。

 何事か、と思って振り返ると、鍵をかけたはずのドアを堂々と開け広げて、愛菜が立っているではないか。

「て、テメェ! 何で入ってこられる!」

「合鍵、返すの忘れてたわ」

「嘘だ! 返す気なんかなかっただろ!」

 そう言えば忘れてた。愛名は俺の母から合鍵を手に入れていたのだ。それを回収するのを忘れいていた。

「そんなことより、鉄太。アンタは見通しが悪いわ。食べ物や衣類ばかりがお金のかかる案件ではないわよ」

「どういう意味だ……」

「泊まる場所、移動費、情報を集める時に使うチップ! 色々な事にお金は必要!」

「ぐっ、確かにそうだが、それなりの金は親から得ているぞ!」

「不測の事態に、そのお金で対応できるかしら?」

 くっ、実を言うとちょっと心許ない。

 親にはちょっとプチ旅行としか説明していないため、それほど金のかかる旅なりの軍資金は得られなかったのである。

 移動しながら宿を変えるとなると、流石に金が足りないだろう。

「そんな時にこの私の財布が便利!」

「な、なにぃ……!」

「物心ついてから得ていたお小遣いはほとんど手をつけずに貯金してあるのよ。何故なら興味の向く方向が蔵の中の不思議な物品で充分だったから!」

 確かに、愛菜の趣味を考えれば、あの蔵の中は宝の山であっただろう。自宅のブツならば金はかからないし、外に向けて金を使う事がなければ貯金でもしていたはずだ。

 だからコイツは俺に服を買ってくれたりなんだりしても懐が痛まなかったのだろう。

「い、いや、しかし……貴様、俺たちの計画をどこから知った……はっ! まさか、リコ! 貴様が間者か!」

「い、いえいえ! そんなことしてませんよぅ!」

 それもそうか。リコが積極的に危険な事柄に第三者を巻き込もうとはしないだろう。

「ならば、何故!」

「私を甘く見ないで。アンタの考える事なんかお見通しよ」

「そうか……幼馴染読心術!」

 くそぅ、付き合いの長さが恨めしい……。

 俺が苦悶に身を捩じらせていると、グイ、と服をつままれる。

 遠慮がちに俺の服の裾を引っ張ったのは、愛菜。

「……連れてって。邪魔にはならないわ」

 愛菜を連れて行くメリットをこれでもか、と挙げられて、さらに上目遣いでそんなことを言われて、どう断れようか。

「危険なんだぞ」

「百も承知よ」

「また、死ぬ目に遭うかもしれない」

「今度は私がアンタを守ってやるわ」

「本当に良いんだな?」

「くどい!」

 どうやら、愛菜の決意は固いらしい。

 これは、どうしようもないな。

「リコ」

「ええ、わかってます」

「はぁ……しゃーねーな! その代わり、金銭面に関しては全面的に頼りにするからな!」

 俺の返事を受けて、愛菜はパッと表情を明るくする。

「任せなさい! ジャンジャン経済を回してやるわ!」

「それほど張り切る必要はない。最低限で良いんだ」

「そういうわけには行かないわ! アンタが良くても女の子はお金がかかるの! 安宿に止まって虫に刺されでもしたら大変よ! 出来るだけ良いホテルを取って、なんならルームサービスにエステもつけるわ!」

「良いですねぇ、それ! エステって私も受けてみたかったんですよぅ!」

「気が合うわね、リコ!」

 あー、コイツらまた意気投合してる……。

 やめろやめろ、首を傾げながら『ねー?』とか言うな、うっとうしい。

 遊びに行くんじゃないんだぞ、全く……。


 これまた、大変な一週間になりそうだ。

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