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Path to idea  作者: シトール
15/19

5-1


 夢を見ていた。

 それは全くの幻ではなく、過去の記憶の再現。

 俺はあの時――幼稚園に通っていた頃、異次元の門を見ていた。


 それは愛菜の家で遊んでいた時の事。

 幼馴染であった俺たちは昔から仲良く遊んでいた。

 その日も、広い愛菜の家で探検をしていた。当時の体躯ではあの家が城のように大きかったと認識していたのだ。

 子供の感性であの家を歩き回っていると、何度も見たはずの部屋の風景が訪れるたびに違って見え、本当に城の中を探索しているように思っていた。

 そんないつものある日。

「ねぇ、今日はあそこに行ってみない?」

 そんな事を言いながら、庭に建っている蔵を指差す少年。

 俺はまだ見ぬ地に心を躍らせ、その提案に乗っかる。

「いいぜー。愛菜も行くよな?」

「え、でも……」

 この頃、あまり冒険心がなかった愛菜は提案に対して渋った。

「あそこは色々モノがあるから、危ないってお母さんが……」

「バレなきゃヘーキだって! 行ってみようぜ!」

「そうだよ。なにかお宝があるかもしれないよ!」

 男子二人に引っ張られ、背中を押され、三人で庭の蔵へと侵入した。

 侵入自体は難しくなかった。

 かなり重たい扉を開けるのは骨が折れたが、それでも三人で力を合わせて何とか開ける事が出来た。鍵がかかっていなかったのは、幸か不幸か。

 そうして蔵の中に侵入した俺たち三人は、薄暗い蔵の中を存分に探検する。

 棚に置かれている怪しげな物品を漁ったり、壁によじ登って高所を窺ってみたり。

 公園のアスレチックよろしく暴れまわったのだが、それであの蔵ある物品を一つも壊さなかったのは奇跡的だと言えるだろう。

 そんな中である。

「あ、これ!」

「なに?」

「なんか、綺麗な石!」

 少年が見つけたのは棚の奥の方に隠れていた小箱に入っていた、綺麗な石。

 暗がりにあっても蒼い輝きを放つその石は、不思議な存在感を放っていた。

「えー、良いな。俺も見つけたい!」

「これ……愛菜ちゃんにプレゼントしよう!」

「え!?」

 そう宣言した少年は石を持って、蔵の隅に隠れていた愛菜へと走っていく。

 少年の様子に、俺も何か焦りを覚えたのか、棚の奥の方に目を凝らす。

 俺も何か、愛菜にプレゼントできるものを探そうと思ったのだろう。

 それに必死になっていたからか、その瞬間を見逃した。

「うわ!」「きゃあ!」

 少年の声と愛菜の声が同時に聞こえる。

 驚いて振り返ると同時に、俺は棚の上から落っこちてしまった。

「痛ぇ! ……どうしたんだ、二人とも!?」

 ケツを打ちつけながら、俺は二人を窺う。

 異常な光がそちらから溢れており、一目で異常である事がわかった。

「な、なんだぁ……!?」

 灯りのひとつもなかった蔵の中で、突然太陽のように現れた光。

 子供の目で見ても異常すぎる異常に、俺は正直竦んだ。

 光が収まり始めると、そこにあったのは大人一人分よりも一回り大きい、石で出来た扉のようなものだった。

 何の脈絡もなく現れた扉。それは壁にくっついているわけではなく、部屋の真ん中辺に突っ立っている。まるで無骨などこでもドアの様ですらあった。

 二人はその前で倒れていた。

「て、鉄太くん……」

「鉄太! 愛菜ちゃんを!」

 少年は愛菜を立たせ、俺の元へと走らせる。

 半泣きになりながらこちらに駆けてきた愛菜を受け止め、俺は少年を見据える。

「お前もこっちに!」

 俺が声をかけるが、少年は動かない。ただただ石の扉を見つめるばかりだ。

 その内、扉はゴゴ、と重たい音をさせて動き始める。

 煙のようなものが開いた扉からあふれ出し、蔵の床を舐めた。

「鉄太! 危険だから、愛菜ちゃんを連れて外へ出て!」

「お前も来い! 危ないぞ!」

 危機感が煽られる。煙から漂う嫌な臭いが警報を鳴らしているようだった。

 俺が手を伸ばして少年を呼びつけるが、ソイツは頑として動こうとしなかった。

「なにやってる! 危ないぞ!」

「ボクは……!」

 俺にはわかった。ソイツは扉の奥を見ていた。

 その視線が遠くを見ているように見えたのは、扉の奥の景色を見ていたのだ。

 また、その感情が期待に満ちているのも手に取るようにわかった。

 少年の足が、扉にむけて一歩、踏み出した。

「やめろっ!」

「鉄太……ボクは――」

 扉が思い切り開く。

 それは内側から蹴り飛ばされたように、乱暴に、勢い良く。

 途端に爆発的に煙が噴出し、蔵の内部を全て白く埋め尽くすほどであった。

 異臭が鼻腔に充満するようで、吐き気がする。

「――ボクは向こうへ行く!」

「なに言ってんだ、バカ! 早くこっちに来い!」

 問答をしている間にも嫌な予感がとてつもなく膨れ上がる。

 しかし、少年はこちらへ来るどころか、もう一歩、扉へと近付いた。

「やめろ、――っ!」

 俺は確かに、その時少年の名前を呼んだ。

 今までそれを忘れていたのは何故だったのか、それが不思議なくらいだ。

 間違いなく名前を呼ばれた少年は、しかしそれを聞かずにまた一歩。

 少年の歩みに呼応するように扉が鳴動する。

 腹に響くような低い音が蔵を震わせる。

 そして、その音と共に『それ』が現れた。

 それは扉と言う口から伸ばされる舌の様でもあった。

 影を大量に含んだような闇色をしたそれは最初、高く高く天井を舐めるようにそり立つ。

 そして……思い切り振り下ろされる。

 轟音が響き、蔵に溜まっていた埃が舞う。

 扉から吹き出す煙と舞う埃が合わさって、視界はほとんど白灰色に埋め尽くされた。

「――、愛菜っ!」

 俺は手近にいた愛菜を引き寄せ、庇うように抱きしめる。

 しかし、短い腕は少年にまでは届かなかった。

「――っ!」

 名前を呼んでも返事はなく、帰ってくるのは扉から現れた何かがのたうち、暴れまわり、周りの物を破壊しまくる音ばかりであった。

「くそっ! なにがどうなって……ッ!」

 泣きそうになる思いをグッとこらえ、俺は煙の中に目を凝らす。

 それが見えたのは、煙の切れ目が偶然通ったからだろう。

 扉から現れた何かがある形を取る。

 それは人間の腕のような形であった。

 巨大な掌から生える八本の指が、それぞれ独自の生物であるかのようにうごめき、何かを捜し求めるようにバタつく。

 指の一本一本が大型犬のように大きく、それが乱暴に暴れるたびに床を、壁を、棚を、物品を壊す。

 その度に響く轟音が心の中の恐怖心を焚き付け、心を根元から折ろうとしてくる。

 幼稚園児の俺が、この場でまだ立っていることが、俺自身が信じられなかった。

 普通ならば泣き喚いて、もしくは逃げ出してしまっていてもおかしくはない。

 そうしなかったのは、何故だろうか。

 愛菜がいたからか。少年を助けるためか。

 最早その時の記憶は思い出せない。

「――っ!」

 もう一度、名前を叫ぶ。

 しかし、少年はもうこちらを振り返りもしない。

 そして最後にもう一歩踏み出した時、扉から現れた何かが少年を見つけたように反応を示したのだった。

 次の瞬間にはそれは少年を握りつぶすかのような勢いで掴み、瞬く間に扉の中へと引っ張り込んでいった。

 同時に扉は閉まり始め、煙や埃を吸い込み始める。

 俺と愛菜はそれに引っ張り込まれないように、床にしがみつくので精一杯だった。

 少年を助けるだなんて、出来ようはずもなかったのだ。

 間もなくして、扉が音を立てて閉まる。

 蔵の扉よりも重そうな扉がその口を閉じた時、今までの騒音や煙が嘘だったかのように消えていた。

「……な、なんなんだよ……っ! どこに行ったんだよ!?」

 目を開けると、そこには既に扉はなく、騒動の跡だけが残っていた。

 しかしその中に少年の姿はない。

「ね、ねえ、鉄太くん」

 床にうずくまっていた愛菜が顔を上げる。

 その視線をグルグルと動かして、蔵の中を見回していた。

「どこに行ったの? ねぇ」

「愛菜……」

「お兄ちゃんはどこへ行ったの!?」

 消えてしまった少年、渡会翔馬は愛菜の双子の兄であった。


****


 パッと目が覚める。

 部屋の蛍光灯の光が眩しい……が、俺の視界にはその光を阻むようなふくよかな物体が覆いかぶさるようにして入り込んできていた。

 気がつけば、後頭部が温かく、柔らかい。ソファのモノとは全く別の感触だ。

「あ、起きましたか?」

「リコ……」

 端的に言おう、俺はリコに膝枕されていた。

 こんな甘酸っぱいイベントが唐突に起きてしまうのは、正直ありがたかったり貴重であると涙を流したい所ではあるが、今まで見ていたフラッシュバックの内容を考えると、手放しで狂喜も出来ない。

 俺は俺の視界の半分を覆うほどの、リコの乳房を押しのけ

「あん! ちょっと、人のおっぱいになんて事を!」

 ゆっくりと起き上がる。

「リコ……現状の確認をしたい」

「鉄太さんが私へのセクハラで逮捕五秒前です!」

「そうじゃない。俺は有島のことを……いや、正確に言えば有島に良く似ているやつの事を思い出した」

「え、それって……」

「十年位前の話だ。――」

 それから俺が話した『思い出したこと』に関して、リコは黙って耳を傾けてくれた。

 自分でも荒唐無稽だと思うが、リコ自身が荒唐無稽な存在だ。俺の話を疑う余地もなかったのだろう。

 全てを聞き終わった後、リコは静かに頷いた。

「なるほど」

 そう呟いた後、リコはほんの数秒、思案したように顎を押さえた。

「鉄太さん、その愛菜さんのお兄さんである翔馬さんの事を忘れていたのは、あなたの精神的な防衛機能……つまり超短期的な記憶喪失、と言うわけではないんですね?」

「わからん。でも多分、その事件のあと、翔馬の事は綺麗サッパリ忘れていたと思う。変に記憶の齟齬がなかったのも不思議な事だ」

 何度思い出してみても、翔馬の事を思い出した今となっては不思議なことである。

 愛菜のことは覚えているのに、翔馬の事だけ綺麗に抜け落ちているのだ。愛菜と翔馬は双子であった。俺とも仲が良かったので、その三人で遊ぶ事は多かったはずだ。

 それなのに、翔馬の事だけである。あの事件の以前や以後、その間に整合性が取れるように、都合よく編集された映像のようだ。誰かが俺の記憶を改竄したような気味の悪さだけが残っている。

「それはもしかしたら、世界の整合性を保つための影響ではないかと」

「世界の、整合性? なんだ、急に視点が広くなったな」

「そりゃ広くもなりますよ。人が一人消えるなんてのは、結構な大事です。それが誰かに利益をもたらしたり、不都合を隠すための誘拐や人為的な神隠しなどではなく、本当に世界から一人の人間が切り取られるんです。世界を構成する元素の数だって変わってくる大事ですよ」

「い、言われてみれば確かに」

 人が異世界へ飛ぶ、なんてのはフィクション作品でも多くある事だが、そうして事実を問題ばかり取り上げて語られると、スゲェ大事に聞こえる。

 いや、確かに大事なのだが、改めて理解させられた、と言うべきか。

「鉄太さんは宇宙意志と言うモノを知っていますか?」

「宇宙……? なんだそりゃ?」

「ザックリ言っちゃえば、宇宙は事柄がこう言う風に落ち着くように、世界の行く末をいじくっているって考え方です。この考え方から言えば、タイムパラドックスは起こりえず、どれだけ歴史改変を起こそうと思っても、ある程度歴史は同じ道を辿ります」

「良くわからんが……例えば、どれだけ頑張って第二次大戦に関与し、日本を勝利させようと思っても結局何らかの力が働いて負けるって事か?」

「そういう事です。その時働く力が宇宙意志と言うモノです」

「またそんなオカルトな……」

「私や悪魔のような超常が存在している時点で、オカルトを笑い飛ばせる地点は通り過ぎたと思うんですけど」

 まぁ、それは確かに。

 リコを始めとし、ポータルや悪魔などの存在を見てしまった以上、オカルトなんてありえませんよ、と言うことは出来まい。

 今や俺の身体能力ですらそのオカルトの一環ですらある。

「鉄太さんの場合にも、同じような力が働いて、記憶が変化したんだと思います」

「……つまり?」

「翔馬さんと言う方がいた事は事実です。ですが、それが世界の思わぬ力によって消去されてしまった。その不都合を埋めるために鉄太さんや愛菜さん、その周りの人物に関して記憶の改竄が行われたのではないでしょうか」

「でも、そんな大層なご意志とやらが働いてるなら、翔馬の事件だってなかった事になるんじゃないのか? 俺たちはあの蔵が荒らされた事で大目玉を食らったし……愛菜が預言書に挟んできた写真だって残ってる」

 記憶の改竄や事実の変更が行われているのだとしたら、翔馬が消えてしまうに至った蔵の事件そのものがなくなりそうなものだし、写真だって消えてなくなりそうなものだ。

「宇宙意志が行うのは整合性を保つ事だけです。実世界に強い影響は出来ません。既に残ってしまった現象や事物などに関して、それを消失させたりは出来ないんです」

「なんかまた面倒な……」

 よくはわからないが、そういう事なのだろう、と納得しなきゃならんか。

 宇宙の意志とやらも案外適当なんだな。

「じゃあ話を戻すけど、愛菜も有島に会ってからその記憶を思い出した、と?」

「タイミングはわかりません。もしかしたら有島さんと出会うより大分前に記憶を取り戻していた可能性もあります。鉄太さんの時もそうだったように、案外と些細なきっかけでその記憶は取り戻せてしまうようですから」

 俺の場合、有島の顔を見た事、そして預言書に挟まっていたポラロイド写真を見た事によって記憶が呼び起こされた。確かに些細と言っては些細である。

 こんなことがきっかけで記憶を取り戻すのなら、翔馬が消え去った門が召喚された蔵があり、蔵の中にはまだまだ色んなものがある事が予想される愛菜の家ならば、その記憶を喚起するきっかけなんてゴマンとあるだろう。

「だが、記憶の話はそれほど重要じゃない。有島のヤツが、翔馬に似ている原因だ。アイツはポータルを通ってきた異世界の人間だろ? 他人の空似にしては随分な話じゃないか? もしかしたら、パラレルワールドの同一人物ってレベルじゃないのか?」

「鉄太さんの話によれば、翔馬さんは石の門を通ってどこかへ消えたと言う話でしたが……その石の門って、もしかしてポータルなんじゃないですか?」

「……ん? あ、そう言えば確かに!」

 ポータルと言う言葉を聞いてから、それとなくネットで調べた事があったのだが、ポータルとは港を意味する『ポート』から転じて、門や入り口と言う意味にも使われるらしい。

 門といえば、あの石の門はまさにだ。

 門の向こうが異世界なのだとしたら、翔馬は異世界へと消えてしまったのではなかろうか。

 門から現れたあの奇妙な何か。あれも悪魔の一部であると言われればなんとなく納得してしまう。俺の中で色々な事が合致し、あの石の門がポータルであるという結論が良いところに落ち着いた。

「で、でもあの石の門がポータルなんだとしたら、あれが今更になって開いたって事なのか? なんで突然?」

「何かきっかけがあったんでしょう。それは恐らく……あの預言書」

 有島がデモニックプロフェシーと呼んでいた古い本。

 今は俺の机の上で単なる本と片付けるには強い存在感を放っている。

「あの本は強い力を持っているようです。アレが封印から解かれた事で、一度閉じたはずのポータルが再び刺激され、門戸を開いたのではないかと」

「やっぱあの本、どうにか処分した方が良いんじゃ……」

「いえ、これ以上預言書を刺激すると何が起きるかわかりません。アレは出来るだけ静かにしておいて、頃合いを見て封印に長けた術者に再度封印してもらうのが良いと思います。それより、話を戻しましょう」

「えっと……有島の顔の話だったか」

「ええ、彼がもし……異世界の悪魔の一種だとしたなら、翔馬さんは有島さんと融合し、その外見をコピーしたのではないでしょうか」

「そんな事が出来るのかよ……」

 もう既に頭から否定する気も起きない。ここまで来ればもう何でもアリだ。有島が翔馬を食って、その記憶やら外見をコピーしてもなんらおかしくはない。

「有島さんはボイスレコーダーで『記憶も少し残っている』と言っていました。それは翔馬さんの記憶の事なのでは?」

「愛菜や俺のことを知っているかもって事か。あの跳ねっ返りの愛菜が有島の前では大人しくしていたのにも理由があったわけだな」

 ボイスレコーダーでは『見殺しにした負い目』についても話していた。

 愛菜にも俺にも、どうしようもなかったのは確かであるが、そこに負い目を感じるなと言うのは難しいだろう。そこを突かれれば愛菜だって黙るしかない。

 たった一人の双子の兄を見殺しにした記憶は、アイツにとってもキツいトラウマのはずだ。

「って事は、恐らく有島は預言書に書かれた悪魔ってことで半ば間違いないな。今後はヤツを倒して、そのあとポータルをどうにかするか――」

「待ってください」

 俺が今後の展望を話すと、途中でリコが口を挟んでくる。

 その顔を見ると、なにやら悲壮な決意が感じられた。

「ど、どうした」

「さっきの、ボイスレコーダーの中で話してたでしょう。……私が悪魔である可能性です」

 そうか、それを失念していた。

 あの話を聞いたあと、俺も預言書を確認してみたら、最初の預言が変わっていた。

「リコも召喚物の一人である、って話だな」

「そうです。そして、あの預言が本当だとしたら……最後に残った悪魔は世界を滅ぼすほどの力を持ち、現世に大いなる災いをもたらすだろう、と」

 そうか、何か忘れていると思ったら、それだ。

 悪魔が現れる事ばかりに注目していたが、最後の一匹が超ヤバいんだった。

「で、でもリコが最後の一人になれば、そんなことないんじゃないか? お前に、世界をどうにかしようなんて気はないんだろ?」

「そりゃそうです。ですが……その預言書は強力な魔術書でもあります。そこに書かれた預言は大まかに実現します。その本こそが宇宙意思をやんわり表現していると言えましょう」

「……つまり、どんなにリコが世界に危害を加えない、と思っていても、預言はそのとおりになっちまうって思ってるのか?」

「……可能性は、高いかと」

深刻な表情で俯くリコ。いつも朗らかなコイツからはちょっと想像できなかった。

 いや、だがリコもこれで聖剣だ。俺よりも異世界関連の事柄に関して造詣が深いだろう。早々に自分の事に関して察しがつく可能性もある。

 もしかしたら一人で町を歩いている途中に、薄々気がついていたのかもしれない。

 見つからない悪魔、自分の境遇、預言の言葉。リコが気がつく要素はあっただろう。

 ここで俺が簡単にフォローすることは出来る。

『そんな事ない』『考えすぎだ』『逆の可能性もある』

 幾つかの言葉が浮かんで、しかしそれがどれもリコに届かない薄っぺらな言葉だと言う事も同時に気がつく。

 深く悩んでいるリコがそんな言葉で立ち直るはずもない。

「……鉄太さんに頼みがあります。私を振るい、有島さんを倒したあと、すぐに私を叩き折ってください」

「リコ……それは――」

「あなたは私のマスターであり、高い英雄力を持っています。あなたなら私を破壊する事も可能のはずです」

「わかってるのか、お前。死ぬってことだぞ」

「わかってます」

「俺にお前を……殺させるってことだぞ」

「私は剣です。人殺しに数える必要はありません!」

「本当にそう思ってるのかよ! 俺が、そんな風に割り切れると思ってるのか!」

 リコを折るとしたら、そのタイミングは有島を倒した直後。

 その時にはリコは剣の状態だろうし、見た目は剣を叩き折るだけだろう。だが、俺がそこでリコの事を考慮しないわけがない。剣を折ることでリコが死ぬのだとしたら、それは周りがどう思おうと、俺にとっては人殺しだ。

 俺にはそんな覚悟はない。

「ですが、鉄太さん……」

「いや、わかってる。お前が言いたい事は、わかってるつもりだ」

 有島が死んだ瞬間、リコが世界に災いをもたらす悪魔と化す可能性はある。

 それを危惧したなら聖剣を叩き折るのが善策だと言えるだろう。

 だが、そんな簡単に割り切れるものではない。

「まだ時間はあるだろ。……もしかしたら他の手段があるかもしれない」

「他の手段……?」

「預言書を全て読み込んだわけじゃない。もしかしたら、アレに何か、他の解決策があるかも知れないじゃないか!」

「鉄太さん……」

 あの預言書が胡散臭いものだというのはわかる。

 何せ急に文面が変わったりするのだ。英雄力によって内容が変わるらしいが、『悪魔』って単語が『召喚物』に変わったりする、不安定な書物である。

 しかし内容については実現している。

 あの預言に書いてあった合計六匹の悪魔は、どうやら出現しているらしい。

 預言は着実に現実になっているのだから、きっと情報の根っこの部分は正しいのだ。

 そして預言書、魔術書と呼ばれるぐらいなら、俺の知りえない情報だってあるはず。

 その中に現状を打開するような妙案もあるかも知れないじゃないか。

「有島もすぐには動かないような事を言っていたし、まだ時間はあるはずだ。それまで決断は待ってくれ」

「……後手に回るのは不利になります。それでも待ちますか」

 有島は何かを企んでいるのだろう。

 その策が成るより前に叩き潰せれば、そりゃ色々と楽になるはずだ。

 そうした場合、俺はリコを叩き折る以外の選択肢を見つけられずに状況に流される事になる。

 葛藤がないわけではない。

 しかし、俺は搾り出すように声を出す。

「頼む……」

「……わかりました」

 そんな俺に対し、リコは努めて柔らかな声音で答えてくれた。

 俺は、コイツを殺したくはない。

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