4-3
その後のホームルームで行われた、学校生活でもトップクラスの目玉イベントである席替えを、俺はのらりくらりと過ごしてしまった。
結果は廊下側の中間あたり。なんとも評価のしづらい場所だ。周りの人間もクラスのマドンナがいるとか、ゴリゴリのヤンキーがいるわけでもない。そもそもそんな濃いキャラをした生徒は俺のクラスにはいない。よって、テンションの上げ下げもない。
目玉イベントとは言え、ぬるーっと過ごしてしまうのも仕方ないだろう。
それに加えて、俺には重たい案件が一つある。
有島の関連の事だが、それは物理的に重たかった。
放課後になり、早足で帰ってきた俺は自室に駆け込む。
『ど、どうしたんですか、鉄太さん?』
不安げな声をかけてくるリコ(ペーパーナイフ)をベッドに放り投げ、俺はカバンの中身を机の上にひっくり返した。
「もぉ、乱暴に扱わないでください! 外見や性格は鉄太さん好みの女の子ですよ!」
「うるせぇ、俺好みの女の子は自分からそういう事言わない」
人間の姿に戻ったリコは、安心してください、服をちゃんと着てますよ。
そんなリコを無視して、俺はカバンの中にあった異物を手に取った。
「鉄太さん、それって……」
「ああ、愛菜の持っていた預言書だ」
いつの間にかカバンに入っていた……というより、恐らくは昼休みの内に愛菜が俺のカバンの中に突っ込んだのだろう。待ち合わせに微妙に遅れたのはそういう事だ。
更に加えてボイスレコーダーまで入っている。
「それが、愛菜さんのくれた手がかりなんでしょうか?」
「わからん。ボイスレコーダーには何か入ってるかもしれんが……預言書を渡してきた意味ってなんだ……?」
「今のところ、その預言書からポータルの気配はありません」
「それは前からわかってた事だろ。愛菜も気付いていないわけはない」
「とりあえず、ボイスレコーダーから聞いてみません?」
ここでリコと問答をしてても愛菜の真意は知れないだろう。だとしたらわかりやすいものから紐解いていくのが早道か。
そう思い、ボイスレコーダーの再生ボタンを押す。
『――じゃあ、なに? アンタは魔法使いってこと?』
『そう言ったはずだよ』
「これは……!」
「愛菜さんと、有島って人の声ですね」
『まぁ、魔法使いと言っても、この世界の人間ではないがね』
「この世界の人間じゃない……?」
有島の声は確かにハッキリとそう言った。
リコと顔を見合わせてみたが、コイツもしっかり聞き取ったらしい。
異世界からの人間……って事はリコと同じく、ポータルを通ってやってきた存在と言うことだろう。
『じゃあ、アンタは悪魔の内の一匹ってこと?』
『その預言書――デモニックプロフェシーに書かれていた預言の悪魔か……そう名乗るのも悪くはないけれど、ボクを悪魔と定義するのならば、幾つか注意しておく事がある』
『注意……?』
『今回、ポータルから現れた個体はボクを含めて三体。内二体はボクが召喚された瞬間に殺してしまったわけだけど――』
有島が、既に悪魔を殺した!?
いや、だが同じポータルから現れたのだとしたら、それも考えられない事ではない。
リコだってポータルから現れた瞬間に狼男を殺して見せたのだ。同じ異世界人である有島が悪魔を殺す程度の芸当を身につけていてもおかしくはない。
それも有島が最後の一匹――世界に災厄をもたらす強力な悪魔になるためなのか。
『――ポータルから召喚されたボクらを悪魔と定義づけるのならば、君の知り合いはどうなる?』
『私の……知り合い?』
『ボクはこの顔の通り、この世界と馴染み深い。だからこの世界のことを窺うのは至極簡単なことなのだよ。……だから君たちの事もある程度は知っている』
愛菜の息を呑む音が聞こえるようだった。
明らかに有島の口走った『この顔』に対して、大きな動揺を見せたのだ。
やはり、愛菜は有島を知っている。……いや、だとしたら言い回しがおかしいか?
有島に良く似た誰かを知っている、ってところか。
『君と仲の良い男の子、そしてその傍らにある剣……その剣が悪魔でないという保証がどこにある?』
「……っ!」
『いいや、言い直そうか。君の読んだデモニックプロフェシーには『悪魔』と書かれていた存在、それは本当に悪魔だったのかな?』
『どういう意味よ?』
『今、預言書を開いてみたまえ。君の英雄力も上がっているようだし、読み方も変わるんじゃないかな?』
『本が内容を変えるって言うの? そんなバカな事……』
ボイスレコーダーの近くにあったらしい預言書が開かれた音がする。
俺もそれを聞いて、机の上の預言書を開いた。
「ど、どういうことだ、おい……」
『なんてこと……』
俺の声とボイスレコーダーから聞こえる愛菜の声がダブる。
驚くべき事に、最初の預言の文字が変わっていることを確認したのだ。
最早、難解な英語で書かれているはずの文字を俺が読めることすら瑣末な事に感じられた。
そこに書かれてあったのは最初に三匹、後に三匹、合計六匹の悪魔が召喚されるという内容だったはず。だが、今確認してみると、そこに書いてあったのは
「悪魔じゃない……召喚物って書いてある」
『どういう事なのよ、これは!?』
『君の持っている預言書は単なる本ではないと言うことだよ。デモニックプロフェシーは読む人間の英雄力によってその内容を変える』
言われてみれば、最初の最初、俺の読んだ契約の言葉と愛菜の読んだ契約の言葉が違っていた。あの時は俺の読み間違いだと思っていたが、本当は違ったのだ。
アレは俺と愛菜の英雄力の違いから来ていたのだ。
『そんな……私は本なんかに騙されたって言うの……!?』
『預言書は嘘をついているわけではないさ。実質、悪魔である事も変わりないかもしれない』
『な、なに言ってるのよ! リコは聖剣だって……英雄の証だ、って!」
『それは彼女が言った言葉だろう? それを鵜呑みにするほど、君は頭の弱い人間なのかい? だとしたら、ボクも君を過大評価していたようだね』
『だって……でも、預言書には悪魔は六匹しか現れないって――』
『最初に現れた三匹のうち、一匹だけ見つかっていないんだってね? それはどうしてだと思う?』
『そ、それは……』
流石に俺も察する。
有島が言っているのは、最後の一匹がリコ本人ではないのか、と言うことだ。
リコが必死になって最後の一匹を探しても、俺と愛菜が町を練り歩いても、一向に見つからない最後の悪魔。
それがリコだったとしたら、話は通る。
俺はもう一度リコを見るが、しかしリコはこちらを見ていなかった。
リコは視線を泳がせ、頭を押さえている。
「おい、リコ……」
「大丈夫、大丈夫です……」
全然大丈夫じゃなさそうな表情をしながら、リコは頭を振った。
その間にもボイスレコーダーは会話を続ける。
『アンタの言う事が正しいって証拠もないわ!』
『どう考えてもいいよ。これ以上は水掛け論だ。……ただし、気をつけるといい。仮にボクを悪魔と定義し、ボクを討ち果たした時、何が起こるか。そこまで考えて動く事だ』
「有島を殺した後に起こること……?」
俺は有島の言葉に少しだけ寒気を覚える。
なんだ……大切な事を見落としているのか?
『アンタ……』
『ふふ、まぁ、しばらくは仲良くやろう。ボクも君の記憶を少しだけ持っているからね。ボクを見殺しにした罪の意識を持っているなら、少しは優しくしてくれよ、愛菜?』
『……ッ!』
なんだ? なんて言った? 愛菜が有島を見殺しにした……?
わからないことだらけだ。これがヒントなのだとしたら、どういう答えにたどり着けって言うんだ……?
『おや、来客かな』
ボイスレコーダーは屋根の上のゴトゴトという音を捉えている。
恐らくは俺とリコが愛菜の家に着地した時の音だ。
そして、カーテンが開く音と共にボイスレコーダーは再生を終了した。
「なんだって言うんだ、くそ」
理解が追いつかない。
有島の正体、有島を倒した時に起こること、リコの正体……。
わからない事が多すぎる……ん?
「なんだ、預言書に何か挟まってる……?」
ページの途中に何か紙らしきものが挟まっている。
何事か、と思って抜き出してみると、それはポラロイド写真であった。
懐かしい事に、それは十数年前の風景だ。俺にも記憶がある。
幼稚園に通っていた頃、遠足か何かの時に撮った写真だったはず。
そこに写っていたのは俺と愛菜、そして……
「有島!?」
幼い顔立ちではあるが、間違いない。
俺と愛菜に挟まれて写っているのは、間違いなく有島だった。
そう言えば、愛菜も言っていた。
幼稚園の時の事を思い出せ、と。
そんな昔に何があった? こんな風に写真に撮られているなら、俺が有島を知らないわけがない。
「う……ぐ!」
「て、鉄太さん!?」
唐突に激しい頭痛に襲われ、リコの声が遠くなる。
声が音としてすら判断できなくなり、俺の意識はブラックアウトするのに瞬くほどの時間も必要としなかった。




