4-2
そしてやってきた昼休み。しばらく時間を置けば、リコも落ち着いたようで、今はペーパーナイフに変身しなおして俺のポケットの中に入っている。
訪れたのはグラウンド脇にあるベンチ。たしか今朝方、愛菜がここで落ち合おうと言っていたような気がする。
だが……遅い。愛菜が来ない。
「なにやってんだ、アイツ……」
『女の子には準備が必要なんです。それを待つのは男の甲斐性ですよ』
「ちっ、面倒くさい……」
そんなことをリコと話しながら待つ事十五分、ようやっと愛菜が姿を現した。
「随分遅かったな。何かやってたのか?」
「アンタこそ、どこに行ってたのよ」
「先に待ち合わせ場所に来てたんだろうが」
「にしても早すぎるでしょ。まさか、四時間目サボったの?」
「……まぁ、色々と止むを得ない事情があってな」
「ふぅん……」
こちらを訝るような視線を投げてくる愛菜だが、訝るのはこっちだ。
「お前こそ、俺に説明する事があるんだろうが。あの男は誰だよ」
「有島くんは……」
「有島っていうのか。そういや名前も知らなかったな」
「……有島エルって言うらしいわ。アンタも薄々察してるかもしれないけど、普通の人間じゃないらしいの」
「まさか、本当に悪魔なのか!?」
「それは……わからない」
いつも割りと歯に布着せない愛菜だが、そこで言葉を濁らせる。
本人も本当に迷っているらしく、珍しく視線すら泳いでいた。
「昔は普通の人だったはずなのよ……」
「昔って、お前、元々知り合いだったのか?」
「アンタこそ、あの顔に見覚えはないの?」
質問に質問で返されてしまった。
だが、愛菜の言う通り、俺にもあの有島とか言う野郎の顔には、極々僅かながら見覚えらしきものを感じている。
しかしそれがいつ、どこで、どのような状況で見た顔なのか、それが思いだせない。
「愛菜……アイツとどこで会った? 俺もそこにいたのか?」
「本当に覚えてないの? いや、でも……」
「教えてくれ。アイツは誰なんだ!?」
俺の記憶にこびりついた何か。その手がかりとなる有島と言う男。
愛菜はおそらく、そのどちらの真実も持っている。
俺が愛菜に詰め寄ろうか、としたその時。
「やぁやぁ、神聖なる学び舎で不純な行為は見過ごせないなぁ」
静かだったベンチ付近に俺でも愛菜でもなく、当然リコのモノでもない声が響く。
その声に弾かれるようにそちらを振り返ると、そこにいたのは話題の野郎であった。
「有島……!」
「おや、名乗った覚えはないが、ボクの名前を知っていてくれたのかな」
「出来ればテメェの人となりから自己紹介して欲しいもんだがな」
「ふふふ、面白い事を言う」
不敵な笑みを浮かべる有島。
その真意が測りきれず、俺も否応なく警戒してしまう。
「ボクの名前はご存知の通り、有島エルだ。昨日も言った通り、愛菜の恋人だよ」
「なっ!?」
うわ、愛菜がすごい顔したぞ。
「なに言ってんのよ、アンタ!?」
「ふふ、恥ずかしがる事はないだろ。ボクらは浅からぬ因縁もあるわけだし」
「……ッ!」
うおお、スゲェ、愛菜がすごい顔のまま黙った。
有島は愛菜を封殺できるだけの何かを持ってるって事か。
「さて、ボクが自己紹介をしたのだから、君も返してくれるんだろう?」
「ああ、俺は東間鉄太。特に何の変哲もない男子高校生だよ」
「何の変哲もない、とは謙遜だね。それだけの英雄力を持ちながら」
「……ッ! テメェ……」
コイツ、英雄力のことを知ってるのか!?
やはり、只者ではないって事か。
「何も知らないと思ったかい? 君だってボクの事を怪しく思っていたんだろう?」
「確かにな。ポータルの開いた位置、タイミング、そしてテメェが現れた状況が一致していて、何も関係がないとは思えない」
「まぁ、君がボクの正体についてアレコレと勝手に想像しようと、ボクから答えをあげる事はないけどね」
「俺に知られたらマズいことでもあるのかよ?」
「そもそも君に正解を教えるメリットがボクにはないんだよ。それとも、君は正解に見合うものをボクにくれるのかい?」
「今ここでテメェを切り捨てるかどうか、考慮してやる」
ピリリと空気が張り詰める。
春の陽気を含んだ風が急に冷えたようであった。
俺はポケットの中にあるリコに手を添え、いつでも抜けるように準備をする。
有島が少しでも不穏な動きをしたなら、その場で斬る。
コイツが預言書やポータルに関係している事は明白だ。悪魔である可能性すらある。
それをこの場で斬り捨てて、何の問題があろうか。
『待ってください! 鉄太さん! あの人が一般人の可能性も捨てきれませんよ!?』
『本当にそう思ってるのか、リコ』
『どれだけ怪しくても、確信が持てない限りはシロです! いわゆる推定無罪です!』
『関係ないね。俺はやると言ったらやる男だ!』
『ダメですって!』
そんな俺とリコの念話による問答をしていると、俺と有島の間に愛菜が立つ。
「アンタたち、その辺にしておきなさい」
「おや、愛菜。ボクと彼のケンカを止めるのかい?」
「当たり前よ。こんな所で殴り合い、ないしは殺し合いなんか始めたら、退学どころの話じゃなくなるでしょ。鉄太も、ここは退いて」
「それは有島次第だな」
「ふふ、血の気の多い人だ。……でも、ここは愛菜の顔を立てましょう」
思いの外簡単に有島が踵を返した。
その反応に一瞬肩透かしを食らってしまう。もっと突っかかってくるもんかと思ってたが……いや、しかしここで挑発するのもどうかと思うな。
愛菜の言う通り、学校の敷地内で暴れたら、と言うか真剣を抜き放って人間に襲い掛かったとなれば退学どころか警察沙汰だ。
『すまん、リコ。ちょっと冷静さを失っていた』
『い、いえ、ですが……あの有島って子、やはり気になりますね』
『何か感じたか?』
『ええ、先ほど鉄太さんと睨みあった時、そこはかとない魔力を感じました。やはり只者ではないでしょう』
『一般人でも魔力とやらを発することはあるのか?』
『ありえない話ではありません。この世にも魔術師が隠れ住んでいる事もありましょう』
魔術師、か。なるほど。
英雄力なんて摩訶不思議な力もありえるのだから、魔法使いの一人や二人いてもおかしくはないか。
やはり警戒は強めでいった方が良さそうだな。
『鉄太さん、すぐに刃傷沙汰はダメですよ』
『わかってるよ』
俺だってまだ捕まりたくはない。
「では、東間鉄太くん、ボクはこれで失礼しますが……愛菜にボクの事を聞こうとしても無駄だと思いますよ」
「どういう意味だ」
「ふふ、それは愛菜が良くわかっているのでは?」
それだけ言うと、有島は高笑いでもしそうなぐらい意気揚々と校舎の方へと戻っていった。
それを適当に見送った後、俺は愛菜に向き直る。
「おい、愛菜、アイツは一体……」
「ごめん、話せない」
「……アイツを庇うのかよ?」
「そうじゃない……けど、話せない」
歯切れの悪い愛菜。しかし、その唇を噛む様子が、コイツも本意ではない事が窺える。
それほどの弱味を握られていると言うことか。一体何があったんだよ、マジで。
「ごめん、鉄太。でも……帰ってから、良く思い出して」
「帰ってから?」
「そう、幼稚園ぐらいの時の事」
それ以上のヒントはくれず、愛菜も有島を追うように校舎へと帰っていってしまった。
幼稚園ぐらいの時の事……? その時に一体何があったんだ?
『鉄太さんが忘れてるだけで、幼稚園のご同輩って事ですかね?』
『そんな単純な事なのか……?』
疑念が渦巻くも、俺の中に答えは見当たらなかった。




