3-5
その後も適当に歩き回る愛菜に付き合って繁華街をブラつき、結局何の成果も得られず帰ってきたわけだ。
近所で愛菜と別れ、俺は家に向かって歩いていたのだが……我が家の前に人影を見つけた。
既に時刻は夜。
街灯も灯り、空には星が瞬いているような時間帯であるのに、あんな所で待ち伏せされたら平時でも身構えてしまう。
「まさか、悪魔が……ッ!」
リコが『悪魔も英雄力を感知できる』と言っていた。もしかしたら俺の英雄力を感知して待ち伏せし、後の英雄の芽を摘み取りにきたのでは!?
……と、思ったのだが。
「あっ、鉄太さん! 遅い!」
「……リコ、か?」
家の前で待機していたのはリコだった。
街灯の下まで出てきたリコは俺に詰め寄ってくる。
「どこに行ってたんですか、こんな時間まで!」
「どこって……愛菜に付き合ってちょっとブラついてただけだけど……」
「私が何時間待ったと思ってるんですか! そんな遊んでる暇があったら、連絡の一つでも入れてくださいよ!」
「連絡って……お前のケータイ番号とか知らねーし、ってかお前がケータイ持ってるかどうかも知らねーし……」
「携帯電話は持ってませんけど、ほら、念話的な?」
「出来るわけねーだろ……ってかそもそも、何で俺の家の前で待ってるんだよ」
「そりゃそうでしょ。私のマスターは鉄太さんなんですから」
「わかったから、適当に飯でも食ったら愛菜ンとこに帰れよ」
「……え、いや、愛菜さんのところには行きませんよ?」
「は? じゃあどこに行くんだよ」
「鉄太さんの家です」
「……は?」
ヤバい、コイツ何言ってんの……?
「なんで俺の家に……昨日は愛菜のトコにいただろ」
「いや、だから鉄太さんがマスターだからですって。あなたの持ち物があなたの傍にいるのは当然の事でしょ?」
「ものならね?」
「私、剣ですし」
「どう見ても人間だけど?」
「あ、剣の姿に戻りましょうか?」
「いや……いい。とにかく中に入れ」
なんか話しているのも疲れてきた。とりあえず飯でも食って一息つけよう。
「鉄太さんは私の手作り料理がご不満ですか」
「レンチンするだけの冷凍食品なら誰が作ったって同じだろうが」
ダイニングでブーたれているリコを封殺し、俺は適当に冷凍食品を電子レンジに突っ込む。
今日のところはこの大盛りピラフだけで良いだろう。これからどこかに行くわけでもなし。
「栄養偏りますよぉ」
「うっせ。栄養配分は追い追い考えていけば良いんだよ」
「というか、私の分が見当たりません」
「お前、剣なんだろ。剣が食べ物を摂取するとかおかしいだろ」
「いえいえ、剣であっても私は特別な剣です! 外から魔力を手に入れることで更なるポテンシャルを発揮しますよ」
「……その魔力とやらを食べ物で補うのか?」
「そうする事も可能です。マスターから直接受け渡してもらう事も出来ますけど」
「どうやって?」
「なんかこう……波動を送って」
なんだそのふんわりした説明は。
やめろやめろ、手をふにゃふにゃさせて波動のジェスチャーをするな、鬱陶しい。
「リコの分は俺がなんか適当に作ってやるよ。一緒に解凍は出来ないしな」
「えっ!? 鉄太さん、料理とか出来るんですか!?」
「基本は出来ねぇよ。男の料理なめんな。だからどんなもんでも無理して食え」
「え、罰ゲーム!?」
「食えないモンは出さないつもりだから、そこは安心しろ。愛菜みたいに上手くは出来ないけどな」
幸い、冷蔵庫の中にはまだ品物が残っている。
今度こそ適当なものを買い足しておかないと、すぐに食料が尽きるな。
それはともかく、だ。
「リコに一つ聞きたいんだが……俺たち、こんな余裕かましてて良いのか?」
「どういう意味です?」
「悪魔の話だよ。……実際に無関係の人間が被害に遭ってる。ああ言うのを食い止めるのが英雄の――俺とお前の役目なんじゃないのかよ」
「ふむ、確かに」
俺の言葉を聞いて、リコは深く頷いた。
「私も出来るだけ無関係の方々に被害が及ばないように、全力で事に当たるつもりです。今日もそのためにパトロールをしまくったわけですからね」
「じゃあ、こんなゆっくりしてる暇なんかないんじゃないのか?」
「ですが、人間には限界があります。それは英雄だろうと例外ではありません」
「だからって……」
「サガに謳われる英雄たちですら決して完璧超人ではありません。ましてや鉄太さんは英雄に覚醒したてのひよっこですから。無理なんかしなくて良いんです」
気付くとすぐ近くに寄ってきていたリコが、俺の手を握っていた。
突然、暖かい手に包まれて驚いたように心臓が跳ねたが、なんとか平静を装う。
「出来る事を一つ一つ、こなしていくしかないんです。それを積み重ねた上で、いつか誰をも救える大英雄となりましょう」
「気休めにしか聞こえねぇ……」
「無理して気張っても裏目るだけですって。……そりゃ、本当なら私も全ての人を助けたいと思ってますよ。困ってる人は放っておけませんし」
そう言えば、コイツは町行く見知らぬ人間にまで声をかけてしまうようなヤツだったか。
それはもう『英雄の証』としての本能の行動なのだろう。
そんなリコが一番、誰彼構わず助けたいはずなのだ。俺を宥めるためだとは言え、信条に反する事を口に出すのは、さぞ辛かろう。
「すまん、リコ。弱音った」
「いいえ、このぐらいどうって事ないですよ、マスター」
このままではいかん。俺も成長しなければならん。
でなければ、無関係の人を巻き込むだけでなく、大切な人だって守れない。
俺はきっと、英雄らしい英雄になる。
そんな風に決意を新たにした
――その時である。
「これは……っ!」
「り、リコ!」
二人同時に、ある一定の方向へと首を向ける。
何かとてつもない違和感。不安や焦燥に似た感覚が強烈に襲い掛かってきたのだ。
理屈ではなく、本能的に理解してしまう。
これは……
「ポータルが開いたのか!?」
「まだ見つけていない悪魔が一匹残っているのに……ッ!」
間違いない。ポータルが解放され、次の三匹の悪魔が召喚されてしまったのだ。
しかし、それだけではない。
「今の感覚……はっきりと位置がわかった。方角や距離を感知できた! これが、英雄力ってヤツなのか……!?」
最早何でもアリだな、英雄力。
不思議な事があれば英雄力って言っておけば解決できそうだ。
「鉄太さん! 行きますよ!」
「お、おう!」
既に外出する準備の出来ているリコを追いかけ、俺も玄関へと直行する。
解凍しているピラフは……まぁこの際放置しておこう。
「だが、嫌な予感がする……リコ、あの方向、距離ってもしかして……」
「ええ、私もそんな予感がします」
どうやら俺の勘違いと言うわけではないらしい。
あの位置はドンピシャ愛菜の家だ。
「確か、今もアイツが預言書を持ってたはずだ。って事は、やっぱりあの預言書がポータルだったのか」
「そうとは限りません。決め付けて視野を狭めるのは命取りです。どんな可能性も考えていきましょう」
「どんな可能性もって……他に何かあるのかよ?」
「ないとも限らないと言う話です。断定が出来るまでは気を抜かない方がいいです!」
それもそうか。もしかしたら愛菜が拾ってきた厄介なものからポータルが開いている可能性も無きにしも非ず。いや、その『拾ってきた厄介なもの』ってのが何なのかは具体的にわからないけども。
ともかく、今は愛菜の家に向かおう。
愛菜の家は俺の家から二百メートル圏内にある。
そこそこ大きな家で、敷地の周りを塀で囲ってあるような立派な屋敷と言って良いだろう。当然金持ちの家であり、預言書もその蔵にあったと聞いている。
「あれだ! 見えた!」
俺とリコは、そこ目掛けて空から降る。
俺の思った以上に強化されていた身体能力。今朝、バス停の前で見せた駿足だけでなく、少しジャンプをしてみようと思えば、そこいらの家の屋根を飛び越えるぐらいの脚力を持っていたのだ。
それを生かして、直線的に愛菜の家を目指せば、通常回り道をして十分ほどはかかる路程を数十秒で到着する事が出来たのである。
「で、でもチャイムとか鳴らさなくて良いんでしょうか!?」
「緊急事態だぞ、そんな悠長な事を言ってる場合か!」
とは言え、愛菜以外の家人にバレると厄介か。
俺たちは屋根の上に着地することにした。
「愛菜の部屋は……向こうか」
「ポータルの気配もそちらからですね」
やはり、と言うべきか。愛菜は預言書を手元に置いていたのだろう。
だとしたら愛菜が危険である。
悪魔が三匹も飛び出してきていたのだとしたら、丸腰の愛菜は瞬く間に……。
「くそっ! 急ぐぞ、リコ!」
「は、はい!」
駆け出す俺に従い、リコもついてくる。
俺は愛菜の部屋の窓に近付き、中の様子を窺う。
部屋の電気はついておらず、また、カーテンも閉まっている。ここからでは中の様子が良くわからない。
「おい、愛菜! いるのか!?」
窓ガラスを叩き、愛菜に呼びかけると、部屋の電気がついた。
そして、カーテンがシャッと開かれ……。
「だ、誰だお前!」
現れたのは見知らぬ男。
年恰好は俺と同じくらいだろうか。
浅黒い肌の色ではあるが、外国人っぽい顔立ちではない。あれが日焼けならハマ育ちで納得できるが、どうにもそんな印象ではない。
そんな誰かもわからない謎の男が悠々と口を開く。
「君こそ誰だい? 人の家、人の部屋の窓の外に突然現れるだなんて、不審者極まれりだよ」
「ぐっ、それについては全く反論できないが……今は詳しく説明している暇はない! 愛菜はどこだ!?」
「愛菜……なるほど、君は愛菜の知り合いか」
「お前は……!?」
「ボクは……そうだな。愛菜の恋人、かな」
「…………は?」
しばらく思考停止してしまった。
「ボクがこの部屋にいる意味を考えていないのかい?」
「は? いや、ど、な、なにが……」
「動揺しているようだね。だがまぁ、不審者に容赦する必要はないよね」
そう言って、浅黒男は懐から携帯電話を取り出していた。
ヤバい、通報される!
「くそっ、一つだけ教えろ!」
「なにか?」
「愛菜は無事なんだな!?」
「……無事、ね。まぁ、傷一つないということについては保証しよう」
この男が嘘をついている可能性はある。
だが、今はそれを信用するしかあるまい。
「鉄太さん!」
「おう!」
未だ屋根の上に待機していたリコに引っ張り上げられ、俺たちはその場から離脱する。
愛菜の姿は確認できなかったが……。
「おや」
俺の携帯電話が鳴る。
確認すると愛菜からメールが来ていた。
『今は大丈夫。明日、話す』
短いメールであったが、これも信用するしかあるまい。




