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そんなわけで放課後。
俺のクラスの方が先に放課となったらしく、俺は愛菜のクラスの前で律儀にも待っていることにした。
早く終わったと言ってもそれほど差はあるまい。きっと数分もすれば出てくるはずだ。
とか考えてる内に、ガラリとドアが開く。
最初に出てきた見知らぬ女子と目があってしまったが……なんだ、コイツ。
やたら俺のことをニヤニヤ笑いながらジロジロ見やがって……さては俺のイケメンオーラに絆されたか。
「何か用かね、お嬢さん?」
「え? いや、えっと、愛菜ー」
何かを察されたらしい。すぐに愛菜が呼び出され、早足で愛菜がやってくる。
「おぅ、遅かったな。俺様を待たせるとは偉くなったものだ」
「……良いから、早く行くわよ」
「あ? ちょっとした茶番に付き合いもしないのか!」
「うるさい! 良いから!」
有無を言わせぬ圧力を発している愛菜に腕を引っ張られ、愛菜のクラスの連中に見送られながらその場を後にした。
昇降口までやってきて、ようやく腕を放される。
「おい愛菜、どういう――」
「どういうつもりよ! 私のクラスの前で待ち伏せるとか!」
「えぇ!? お前がキレるの!?」
「当たり前よ! 友達に噂とかされたら恥ずかしいでしょ!」
「俺のクラスには堂々と顔出すのに!?」
もうコイツの価値観がいまいち良くわからん。
俺のクラスに顔出しても普通に噂されるでしょ? ってか、多分もうされてるよ? 一年の時からやたら絡んで来るんだもん、コイツ。
それどころか中学生の頃から、なんなら小学生の頃からやいのやいの言われてきたのに、今更それを嫌がるってのもなんか……。
「ちょっと本気感が垣間見えてイヤだわ……」
「何がイヤなのよ! ってか、本気感って何よ!」
「お前、まさか俺のこと好きなの……」
「ふ、ふざ、ふざっけんな!」
あー、割りと重いグーパン戴きました。
重いとは言っても、俺の英雄力の現れの所為で全く痛くもかゆくもないんだけど。
「私が! アンタを、すっ、好きになるとか! ありえないしッ!!」
「あー、わかったわかった。ちょっとしたジョークだからそんな顔真っ赤にして怒るなよ」
「真っ赤じゃないし! 真っ赤じゃないし!」
「鏡でも見てみろよ……いや、いいや。それより、繁華街まで出かけるんだろ?」
「そ、そうよ! どうでも良い話をしてないで、さっさと行くわよ!」
ズカズカと大股で歩いていってしまう愛菜。ヤツはいつも足音高く歩いているのだが、今日のところは調子が出ないのか、いつもの高い音が出ていなかった。
革靴の靴底が可哀想になるぐらい、思い切り地面を蹴りつけてやがる。
そんな様子で歩く愛菜を見て、その辺を歩いている生徒がぎょっとした目で愛菜を見ていた。
そりゃ、そこそこの美少女が憤怒の形相で歩いているのを目撃したらそうなるよな。
それからと言うモノ、しばらくの間は俺が少し近寄っただけで牙を剥くようになった愛菜。
ほんのちょっと、一歩といわず半歩でも近寄ろうものなら、傷だらけの野良猫のように牙を見せてこちらを威嚇するのだ。
まさかコイツ、体の周囲数メートルの範囲にオーラの結界を張って、その中に入るものの存在を全て感知できる能力を開花させたのではなかろうか。
それはともかく、酷かったのはバス内だった。
学校から繁華街に行くまで、ちょっとの間、バスでの移動となるのだが、当然、同行している俺たちは離れて乗車するわけもないわけだ。
加えてこの時間、下校するついでに遊びに行こうぜ! ってノリの学生も多く乗車するため、バス内にはかなりの乗客がごった返している。
人口密度が極限まで高まったバス内で椅子に座る事など能わず、俺と愛菜は二人ならんで吊り輪に掴む形で乗り込んだのだが、まぁ、乗車前の愛菜の様子からお察しいただければ、と。
「ちょ、ちょっと、あんまり近寄らないでよ!」
「うるさいな、バス車内では静かにしろ」
「だから周りに気を使って声を落としてるでしょ! それより、狭いのよ! もう少し向こうに行ってよ!」
「いけるわけないだろ。この乗車率で変に余裕を持ったスペースを確保しようとしたら、四方八方から殺意を向けられるぞ」
「今現在、私から致死量の殺意を向けてやるわよ!」
「わがまま言うんじゃありません」
頭をポコリと殴ってやると、不貞腐れて頬を膨らしたが、愛菜はようやく黙った。
しかし、コイツ、ほっぺた膨らませるとかそういう仕草を何の打算もなしにやるんだからすごいわ。お前、あざといって言われて女子から嫌われるぞ。
そんなわけで繁華街のバス停で降りる。
「で、どうだ、愛菜。何か妙な気配を感じるか?」
「えー? そんなすぐには……」
愛菜は首を傾げたり、耳を済ませたり、鼻をすんすんさせたりしているが、どうやら妙な気配は感じられないらしい。
「結局、お前の勘違いなんじゃねーの?」
「何を言うか、私の英雄力をなめるなよ」
「英雄力って言葉自体、つい最近覚えたくせに偉そうな……」
「うるさいうるさい。ちょっと歩くわよ。きっとレーダーの範囲に入ってないのよ」
自分の力に絶対の自信を抱いているらしい愛菜は、俺に振り返りもせずそのまま町の中を歩いて行ってしまった。
このままこっそり帰ってもバレなさそう……
「おらー、どこに行こうとしてるんだぁ!」
「バレてる……」
まさか、ヤツのレーダーは俺の英雄力すら感知するのか。
「さっさと来なさい。この店に入ってみるわよ!」
「お前、もしかして本当は買い物しに来ただけなんじゃ……」
「馬鹿ね。買い物するなら休みの日にアンタを連れまわすわよ」
「連れまわすのは確定かよ」
離れろと言ったり連れまわすと言ったり、忙しいヤツだなぁ。
まぁ、あんまり反抗的にしていると後々面倒なので、ついて行くだけで済むならその通りにしよう。その方が省エネだ。
「あっ! このロングカーデ可愛い!」
「ホントに買い物に来たんじゃないんだよな?」
「ちょっとだけ! ちょっとだけだから!」
そんな事を言いつつ、そのテナントの奥へ奥へと進んでいってしまう愛菜。
俺はその手前で立ち止まり、一つため息をつく。
こうなっては小一時間は止まるまい。適当に時間を潰す手段を考えねばならんな。
と言っても、離れすぎるとそれはそれで騒ぎ出すので、適度な距離を保ちつつ、それでいていい感じに時間を潰せる手段……こう言う時にスマホって便利だわ。
文明の利器のありがたみを噛み締めつつ、俺は適当にアプリを立ち上げる。
開いたのはニュースアプリ。地域のニュースも取り扱っているため、地味な話題集めにも役立つ便利なアプリだ。
俺は何気なくそれを開いたのだが、すぐにとある記事タイトルに目を奪われる。
市内にて変死事件。OLが街中で謎の死亡。
タイトルを見ただけで俺の心臓が強く打つ。
これは、もしかして……。
浅くなる呼吸を抑えつつ、俺はその記事をタップする。
中の記事は、この繁華街で起こった変死事件のことを書いてあった。
路地の片隅に転がっていた血まみれの死体。写真は流石に掲載されていなかったが、死体のあった場所、状況、日時などがある程度詳しく書かれてある。
「これって……」
コウモリ男に殺された女性、だよな……。
日常から急に非日常に引っ張り込まれた感覚。
そうだ……人が、死んでいるのだ。
こんな風に遊んでいていいのか? この凶事を止められるのは俺たちだけなのではないか。
だとしたら、本気で悪魔を探さなきゃならないんじゃないのか?
漠然とした焦りが俺の中に募る。
こんな事してていいのか……?
「鉄太、この服……どうしたの、変な顔して」
「お、おぅ!」
急に戻ってきた愛菜に不意をつかれ、俺は慌ててスマホをしまいこむ。
コイツは昨日の件でかなり精神的ダメージを食らっていたし、今、このニュースの事を教えるのはやめよう。
「んー? なんか隠した?」
「いや、別に。母親からメールが来てたから確認しただけだ」
「ん? んん?」
うっ、マジマジと顔を覗くんじゃない。
こやつの読心術は俺の顔に出る微々たる差異を見つけ出して、その本心を探ると言うモノ。これ以上顔を見られれば、ボロが出そうだ……ならば。
「……何変な顔してんの」
「改めて変な顔とか言うなよ。俺様の顔にケチをつけるのか、貴様」
「いや、だって……」
取っておきの変顔をしてやったら、どうやら愛菜も呆れ顔だ。
ふっふっふ、これで俺の本心を推し量る事は出来まい。
「俺様はさるお方から『輝く顔の』と言う二つ名を戴いた男だぞ。その俺の顔が変などと、貴様の美的感覚を疑うな」
「私はその『さるお方』が実在するんだとしたら、多分皮肉か何かだったんだろうなとしか思えないよ」
「そんなわけなかろう! お前は俺の顔のどこを見てそんなヒドい事を言うのだ!」
「どこってアンタ……鏡は見た方がいいわよ」
辛辣な言葉で俺のグラスハートは傷つけられてしまったが、とりあえずヤツの詮索からは逃げる事が出来たようだ。
なんだろうこの試合に負けて勝負に勝った感じ。
俺はやってやったぞ!




