プロローグ
プロローグ
思い返してみれば、小学生の時にも中学生の時にも、こんなプリントを配られた。
俺は目の前にある『進路希望調査』と書かれた紙を、シャーペンの頭で小突く。
小学生の時には『将来の夢』、中学生の時には『なりたい職業』。名前を変えてはいるが、これらは全て同じものだ。
幼い頃は無邪気にバカげた夢を掲げる事にも、大人たちは寛容だった。
中学生になれば自分も現実を見始め、恥ずかしい夢を語る事もなくなり、大人たちもそのように扱う。
ならば高校生になった今、それはどういう意味を持つのだろう。
「……明確な意思、か」
進路希望調査のプリントの他に、教師から配られた『書き方』との紙が添付されている。
それには教師からのメッセージであろう、『明確な意思を持って自分の進路を決めてください』との文言が書かれてある。
つまり、ここに書いたことにはそれなりの責任を持て、と言う意味だ。
大学進学を選べば、その様に努力し、実現するだけの学力を付けろ。
就職を選べば、確かなビジョンを持って将来設計をし、ちゃんとした社会人として生きられるようにしろ。
他の道を選ぼうとも、誰をも説き伏せるだけの説得力を持て。
そういう事なのだ。
ならば、高校二年生となった春。俺はどのようなビジョンを持っているのだろう。
俺のなりたいものってなんだ。
その時、ふと脳裏に浮かんだのは幼馴染の顔であった。
「アイツは……こう書くかな」
サラッと筆を走らせてみる。
異次元の勇者。特異能力者。世界を操る魔術師。
何でも良い。そんな突飛な事を書きそうだ。高校生にもなって、だ。
それがどの程度アホな事であるか、それはアイツ自身もわかっているはずだ。
……多分。わかってるよな?
いつも飄々とした態度のクセにそういったボケのような事を平気で挟んでくるから、そのギャップが良いなどと世迷言を口走るヤツも現れてしまうのが可哀想だと思う。
ツラも良いんだから、何か色々間違ってるよなぁ……。
「そろそろ回収するぞー」
「えー」
時を告げる教師の声が教室に響き、逆に生徒諸君からは不満満点の返事が合唱される。
かく言う俺も、まだ書けていない。
お遊びで書いてしまった文字を消しゴムで消し去り、適当に大学進学と書く。志望校は俺の学力に見合った近場の大学だ。
これである程度、騙し騙しやっていくしかない。
俺の本当のなりたいものを見つけるまで。
****
そんなホームルームの時間を終え、今日の学校は放課となる。
クラスメイトたちが雑談をしながら帰る準備をし始めている中、俺もノロノロとカバンに荷物を詰め込んでいた時だ。
「鉄太」
ガラと教室のドアが開き、俺を呼ぶ声がする。
そちらを見なくてもわかる。ヤツが来たのだろう。
俺が聞こえなかった振りをしながらヤツの到来を無視していると、ツカツカと高い足音と共にこちらに誰かが近付いてくる。
頑なに顔を上げない俺に対し、ヤツは俺の机を強か叩いた。
「鉄太!」
「……なんだよ」
ここまでされて無視をしているわけにもいかず、渋々と顔を上げる。
そこには見慣れた顔――加えていうなら顔面偏差値が割りと高めの顔がそこにある。
女子だ。幼馴染だ。前述の『進路希望調査の用紙に奇抜な事を書くアイツ』の事でもある。
名を渡会愛菜という。
「どうしたんですか、渡会さん。あなたのクラスは他所ですよ」
「ちょっと生徒指導室まで行くから、待ってて。帰り、アイス食べてく」
「……俺がお前の帰りを待つ必要性が一個も見当たらないんだが」
「良いから。勝手に帰ったら……酷い事する」
酷い事ってなんだよ……ぼかすなよ、逆に怖ぇよ。
「っつーか、なんで生徒指導室なんかに呼ばれて……あ、いや、いい。やっぱ良い。聞かなくても大体わかった」
他所のクラスでも俺たちと同じように進路調査が行われたはずだ。
だとしたらコイツは恐らく、俺が想像したとおりの事を進路希望調査に書いたのだろう。
それもクソ真面目な顔して。
そりゃ指導室送りにされるわ。
「こらぁ、渡会ぃ! どこに逃げたぁ!」
「う、ヤバい……良いわね! 待ってないと酷いからね!」
廊下から聞こえてきた教師の怒声。コイツ、教師から逃げてきたのかよ……。
外から聞こえる尋常ではない声にヤバさを感じたらしい愛菜は、慌てて教室を出て行った。
恐らく、あのブチ切れ教師からたっぷりお怒りを食らった愛菜は、俺にグチグチと愚痴を零すに違いない。
何故、俺が。
それはこの十余年間、ずっと抱いてきた疑問ではあったが、それでも抗えない強さがあった。
幼馴染としての縁。それが俺をずっと縛っているのだ。
「一つ決めた」
誰にも聞かれず、俺は一人で呟く。
「アイツの言いなりにならない自分。それが俺のなりたい最初の一歩だ」
俺の心の進路調査に、そう強く書き込む事にした。