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石導師の掟  作者: 月宵烏
プロローグ
9/10

1.9

「ユーサーにーぃー!あーさーだーよー!」



言葉を一つ一つ強調させ、大声で名前を呼ぶ幼い声に、ユサは頭からシーツを被る事で抵抗した。

しかし赤髪を揺らすその少女は、そんな事は関係ないと言わんばかりに、シーツごとユサの体を両手で揺らし、「起きてー!」とまとわりつく。



「マヤ…うるさい…あと5分でいいから…」

「それもう3回目ー!朝ごはんだよー!冷めちゃうよー!!」



口を尖らせ不服の声をあげるマヤに、ユサは申し訳ないと思いつつも、睡魔は目を閉じさせようと脳に命令を下す。

再び眠りに入っていく彼を見下ろし、困ったな…と呟くマヤは、部屋の扉が開く音に気がつき振り返った。



「まだ起きねーのか、そのアホ」

「お兄ちゃんっ!どうにかしてよー!」



アルはなかなか降りてこない2人の様子を見に来た様で、「私じゃ起こせないー」と泣きついてくる妹の姿に、予想通りだと溜息をついた。

頬を膨らませながら怒る彼女の頭を軽く撫でてやりつつ、問題のベッドへ歩み寄ると、涎を垂らし気持ち良さそうに目を閉じているユサの顔面に、容赦無く枕を叩きつける。

羽毛が詰まった柔らかい枕とはいえ、それだけ勢いよく叩きつけられれば、それなりに痛い様で、思わず飛び起きたユサを、アルはそのままベッドから蹴り落とした。



「ユサくーん、朝ですよー起きてくださーい」



強制的に眠りから叩き出され、突然激痛の走る腰に呆然としているユサを見下ろしながら、アルはバサバサとシーツを広げ、丁寧に畳んでいく。

数秒が経ち、やっと自分の身に何が起こったのか理解したユサは、勢いよく起き上がり大きな声で叫んだ。





「てめぇ今日こそぶっ飛ばす!!」

「うわっ」



ユサの大声に反応したのは、食ってかかるアルでも、いつも仲裁役をしているマヤでもなく、1人の青年だった。

焦げ茶色の乱れた髪の間から、宝石の様に光る紫色の瞳が、驚きに見開かれこちらを凝視する。



「びっくりした…目が覚めたんだね、良かった。体調はどうだい?」

「は…え、誰?」



今さっきまでベッドで寝てて、アルに叩き起こされていた筈だったのが、突然景色が変わり混乱するばかりだった。

目を左右に揺らすユサに、青年は困った様に少し笑う。

どうも自分は木で出来た長椅子に寝かされていた様で、辺りを見回すと同じ椅子と、机が綺麗に並べられていて、真ん中の通路には薄汚れた赤いカーペットが、真っ直ぐひかれていた。

そうしている内に、ふと光が目を掠め、眩しさに視界を細めながら光の方を見やると、色とりどりに輝く大きな窓が見えた。

赤や青、黄、白といった色のガラスがカットされ、何かを見上げる金色の髪の女性を描き、太陽の光を受けキラキラと床を照らしている。

ユサはその窓に見覚えがあった。いつか姉と一緒に見た本に、同じ物が写真で載っていたはず。



『そんで、その途中に色とりどりの窓が綺麗な教会があってなぁ』

『スタンドガラスのこと?』

『そう、それ。ユウはよく知ってるなぁ』



豪雨が地面を叩きつける音と共に、その会話を思い出す。洞窟の中、外は真っ暗で雨の音だけが聞こえ、そして怪我を負ったノエルと、ヨシノと、姉のユウ。



(そうだ、俺は姉ちゃん達と施設から逃げて、それで変な化け物に襲われて…)



記憶を辿り、最後に血まみれのユウの顔と濁流に身体が飲まれた所で、ユサは慌てて身体を起こした。

しかし、立ち上がろうとした瞬間、足に激痛が走り、固い床に顎を打ち付けた。



「いっ……!!」

「大丈夫かい?」



先程の青年がユサに手を伸ばすと、ビクッと身体を震わせ、その手を弾いた。



「お、お前誰だよ…!ここどこだ!?」

「えっと…」

「教会ですよ、迷える天使様」



錯乱するユサに語りかけたのは、初老の男だった。黒い服を纏い、首には銀色の十字架がついたネックレスをかけている。

優しそうな黒い瞳がジッとユサを見つめ、にっこりと笑った。



「その青年は、貴方が川のほとりで倒れていたのを、助けて連れてきてくれたのですよ」



そう言われ自身の身体を見ると、新しい服に着替えさせられ、あの化け物に噛まれた左足に包帯が巻かれていた。

ハッとした表情で青年の顔を見ると、青年は首をだらんと垂れさせ、へらっと軽い笑みを浮かべる。



「僕はクリスっていうんだ。勝手に連れてきちゃってごめんね」



クリスと名乗った青年の頭の上で、使い古されたゴーグルが光った。


その後、初老の男の手を借り、椅子に座り直したユサは、ここが何処なのか質問した。どうもあの化け物達がうようよしていた場所から、かなりの距離を流されてきたらしく、男は「生きているのが奇跡」だと頻りに頷いていた。

なんでもあの場所は化け物達が大量にいる事で有名で、自分が暮らしていた施設があるどころか、ひとっこ1人近づかない場所だそうだ。

ユサは咄嗟に、その場所で育った事を言えば、面倒な話になりそうだと思い、黙っておく事にした。

ユサが流れ着いたのは川のかなり下流辺りで、水汲みに行っていたクリスが見つけて、連れ帰ってきたそうだ。

そもそもここは寂れてしまった教会。最近は流されてくる化け物達や殺された人間の死体を供養していたそうで、最初はユサの事も死体だと思って回収し、生きている事に気がついて慌てて手当してくれたらしい。

取り乱してしまった事を謝罪しつつお礼を言えば、手入れされていないだろう髪を掻き、更に乱れさせつつ「いいんだよ~」とヘラヘラ笑った。

その余りにもボサボサに乱れた髪を、今すぐ切って爽快にしてやりたいと思いつつ、ユサは初老の男へ目線を戻し、続けてこの教会の周りの話を聞く。

この辺りは砂漠化の影響がそこまで来ておらず、植物もよく育つ恵まれた土地だそうだ。ただ、やはり「国」の手が回っており、税金を払うので精一杯と言う。

そこまで聞いてユサは、慌てて初老の男の話を中断させた。



「ま、待って、えっと」

「私の事は神父とお呼びください天使様」



先程から何度か繰り返される「天使様」という言葉にも引っかかるが、それよりもまず気になる事があるとユサは口を開く。



「砂漠化…ってどういう意味だ?本には森があったり街があったり、とても賑わってるって…」



その言葉にクリスと神父は、呆然とした表情で顔を見合わせた。

眉を潜めクリスが「君、囚われの姫かなんかだったのかい?」と真剣な顔で言うため、思わず睨みつけたが冗談ではなさそうだ。

詳しく聞くと約20年程前から、突然作物が育たなかったり水が枯れてしまう土地が多発し、あっという間に緑のない、砂の景色が広がっていったそうだ。

森も水も豊かな街も、今ではほんの1部にしか残っていないという。

今まで施設で習ってきた話と全く違う情報に、ユサの頭は酷く混乱した。

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