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石導師の掟  作者: 月宵烏
プロローグ
7/10

1.7

アルに手を引かれるがまま暗い廊下を抜け、階段を駆け上がり裏口を飛び出す。既に外に着いていたユウが飛び出してきた2人に駆け寄り抱きしめた。

裏庭を見ると裏口の門は開かれ、ヨシノが車を出そうとエンジンをかけようとしている所だった。その車は大人達が買い出しに使うもので、山を走る為かかなり大きなタイヤが着いている。大量の荷物を乗せる為に荷台もかなり広いものだった。



「ヨシノ、運転出来んの!?」

「任せろ!先生に教えてもらってたんだ!」

「ていうか鍵は!?」

「リビングから取ってきた!」



先生という言葉に楽しかった日々を思い出し、ヨシノは眉を潜める。丁度その時エンジンが音を立ててかかり、荷台に乗るように全員に指示を出した。

荷台のストッパーしっかりと閉じ、ノエルが運転席のヨシノに声をかけると、車は揺れながら動き出す。

門を出て、ゆっくりと坂道を降りていく。段々と木々に囲まれ遠くなっていく施設にユサは目を細めた。

施設から出るのは初めてだ。こんな形で、逃げる様に出ることになるとは思ってもみなかったが。

思い出すのは楽しかった日々だ。先生達に怒られ、子供達にまとわりつかれ、眠たくなるような授業を受け、暖かいご飯を食べて眠った事。鼻の奥がツンと詰まるのを感じ唇を噛み締めた。


施設が見えなくなった頃、ずっと黙っていたアルが大きく息を吐き出し、まだ眠り続けているマヤを抱きしめる。その手はガタガタと震えていた。



「アル、君は、一体何をされたんですか

?」

「……」

「ヤバイのが来る、と言っていましたよね。何を見たんですか?」



ノエルの問い掛けに、ギュッと目を閉じるアル。先程までの光景を思い出している様だった。

少しの間を起き、もう一度大きく息を吐き出すと、顔を上げた。お世辞にもいい顔色とは言えず、涼しい夏の夜だと言うのに汗がダラダラと流れている。



「マヤが、あそこでリディの声を聞いたって言ってたんだ」



ユサは夕方の出来事を思い出す。あの時、彼女にもあの微かな声が聞こえていたのだ。

アルは緊張しているのか、少したどたどしく言葉を続けた。

キャシーのお別れ会が終わり、部屋に戻り寝ようとした時にマヤがリディの声を聞いたと言い出したらしい。

あまりにも気になると言い続けるので、2人であの地下に向かい、扉を通りあのカーテンの向こうを見て呆然としている所に後ろから殴りつけられ、気づくと更に奥の部屋で大人達に囲まれていた。いつも一緒に生活をしている先生達の他にも見た事がない白衣の大人達も居て、ニヤニヤと笑うドルアバが大人達に指示を出していたという。



「あの部屋にも檻が沢山あって、見た事がない動物がうじゃうじゃ居たんだ。気づいたらマヤがベッドに寝かされてて、先生達がマヤに何かしようとしてて、スキを見て逃げまくって、ノエル達に会ったんだよ」



その時に、マヤに手を出そうとしていた奴の中にあいつがいたんだ。

そう続けようとしたその時、ドンッと大きな音を立て車が大きく左右に揺れ、慌てて落ないように車にしがみついた。何かを振り払うかの様に揺れる車体に何事かと思っていると、運転席からヨシノの悲鳴が聞こえた。



「何だこいつら!!やめろ!どけ!!!」

「ヨシノ!?どうしたの!?」



運転席に繋がる窓を覗き、ユウはヒュッと喉を引き攣らせた。窓に見た事がない動物が張り付いていたのだ。

一見は犬の様な姿をしていたが、体中の毛が無くピンク色のブヨブヨとした肌に、赤い血管が浮き上がっている。

目は完全に動向が開き切り血走り、ヨダレをダラダラと垂らしながら、ハンドルを握るヨシノに食いつこうとガラスに向かって頭突きをしている。その姿はまるで“化け物”の様だった。

それを見てアルが「地下にもいた奴だ!!」と叫ぶ。前が見えず焦ったヨシノは大きくハンドルを切り、車を停止させた。

キャンッと悲鳴を上げその化け物は地面に叩きつけられる。再び車を出そうとしたその時、草むらから何匹もの同じ化け物が飛び出し、荷台のノエル達に襲いかかった。

慌てたユサが荷台につんであった小ぶりの木材を振り回すと、運良く化け物にぶつかり同じように地面に叩きつけられ、ユウやノエルも自身の力を使い化け物どもを吹き飛ばした。

勢いよくノエルの手から飛び出した水が化け物を切り裂き、振り払うように出したユウの電撃が1度に数匹の化け物を一網打尽にする。アルはマヤを守るように抱きかかえ蹲っていた。



「ヨシノ!出して!!山の中を突っ切って振り払いましょう!!」

「了解!全員どっかに捕まってろ!!」



ズンッとエンジンの音が響き、車は道を外れ木々の間に飛び込んだ。ガタガタと激しく揺れ、元いた道から大きく離れ始める。だが、化け物達は物凄いスピードで走り車に追いついてきた。判断を間違えたかとノエルは奥歯を噛み締める。

何度かユウが電撃を放ち振り払うが、すぐにまた追いついてくる。運が悪く雨も降り注ぎ始め、視界も悪くなって来た。



「お兄ちゃん…?」

「まだ寝てろ」



雨に打たれ目を覚ましたマヤがぼんやりと、自分を抱きかかえる兄の姿を見る。アルはその頭を撫でてやると、上着を被せ周りの様子が見えない様に抱え直した。

ユウは何度も自身の着ているポンチョで目を拭うが視界の悪さは変わらず、疲労からか電撃もかなり弱まってきた。これ以上はもう無理だ、次追いつかれたら終わる。



「くそ!ダメだ!!ハンドルが……!」



雨に濡れ始めた地面にハンドルを取られ、ズルズルと下に向かって車が落ち始め、ヨシノが叫ぶ。その先には崖があり、このままでは全員揃ってお陀仏だ。



「お前ら降りろ!飛べ!!」



考える間もなく、走り続ける車の荷台から飛び降りた。

ゴロゴロと転がるように全身を打ち付けるが、ユサは幸い飛び降りた先にあった草むらがクッションになり怪我は無かったようだ。ユウもノエルに庇われ大きな怪我はない様だが、代わりにノエルがどこか大きく負傷したらしくユウが悲鳴をあげる。最後に飛び降りたヨシノは元々あった身体能力のおかげか無傷の様だ。

背後で大きな爆発音が響き突然空気が暖かくなる。振り向くとかなりのスピードで突っ込んだ車は木に衝突し、爆発し引火していて、飛び降りて正解だったとヒヤリと背筋が凍るのを感じる。



「っ、アル!マヤ!!」



姿が見えない2人を探し、痛む体を起こす。2人は5メートル程先に飛ばされており直ぐに姿を確認出来たが、2人とも気絶していた。マヤを庇ったであろうアルが頭から血を流しているのが見える。

このままではあの化け物どもに襲われてしまう、早く起こして逃げなければ。痛みに悲鳴を上げる体を必死に動かし腕を伸ばす。


早く、早く、助けないと、間に合わない、早く、逃げないと、早く!!!


ブチッと。肉が引きちぎられる音が響いた。続きざまに雨音と共に血が吹き出す音と血肉を食べる音。

ユサは目を見開き固まった。化け物が食べている。人間を食べている。腕を引きちぎり、噛み付き、貪り食う。

ついさっきまで、喋って動いていた。ついさっきまで、一緒に日々を過ごしていた友人を。アルとマヤを食べていた。

堪え難い感情が胃を押し上げるようにして込み上げてくる。

呆然としていると体が宙に浮き、2人が遠ざかっていった。



「待って…。降ろして…ヨシノ!2人がまだ、まだ…!!」



伸ばされた腕は虚しくも2人には届かない。化け物は2人に夢中で食らいついていた。

ヨシノは何も言わなかった。ただ、唇を血が出るほどほど噛み締めて、動けないノエルを脇に抱え、ユウを背負い、ユサを抱きかかえ、車よりも速いのではないかというスピードで雨の日を走り続けた。

もうダメだと、手遅れだと。そう言っている様だった。

堪え難い感情は胃と食道を押し上げ、口から吐き出される。おぇっとえずきながら、ユサは熱いものが目から溢れているのを感じていた。



どれほど走り続けただろう。たどり着いたのは岩で出来た洞穴だった。流石に手負いの3人を抱え走るのは身体に堪えたらしく、ヨシノは洞穴に着くと苦しそうに息を切らしていた。

沈黙が流れる4人の頭には、先ほどの光景がありありと思い出させられる。出るものもなくなったユサを、ユウは抱き寄せてやる事しか出来なかった。



「ここも、すぐに足がつくでしょうね」



しばらく続いた沈黙を破ったのはノエルだった。



「あの化け物に知能があるとは思えませんが…、嗅覚が発達している可能性があります。雨でかなりマシにはなっているでしょうけど、この血じゃすぐ嗅ぎ分けられます」



犬の様な容姿から予想を立てる。あくまでも予想だが、可能性が無いわけでない。それに奴ら以外にも同じ様な化け物がいたとしたら、今度こそ無事では終わらないだろう。

そう言うノエルの右の足首は熱を持ち腫れ始めていた。捻ってしまったのか、最悪は骨を折ってしまったか。他にも腕から出血しており、ユウが自分のポンチョを裂き、止血をしていた。



「何なんだよあのピンクの化け物…あんな動物が居るなんて聞いたことも見たこともないぞ」



ヨシノは車の中でだが、奴らの気が狂った様な恐ろしさを間近に見ている。まだ恐怖が残っているのか、震える自分の手を握っていた。



「外の世界はどうなっているのでしょう…流石にこんな化け物がうじゃうじゃしているとは考え難いですが…」

「人間も襲うって言われてる熊やライオンだって、山の中や南の大陸に居るんだろ?」

「ええ…。先ほど、アルが“地下室にいた奴ら”だと言ってました。あの化け物達の事も先生達が関わっているんでしょうね…。山から出たらこの事も警察に言いましょう」



しとしと雨は降り続けている。この場所も長くは持たないだろう。

ノエルの止血を終えたユウは、自身の膝に顔を埋め「早く逃げたい」と震える声で呟いた。彼女も成人したとはいえ、まだ18になったばかりの女だ。施設の事や、化け物の事や、あの2人の事でヨシノとノエルでさえ堪え難い。相当のストレスになっているだろう。

それでも気を確かに持っているのは、隣にいる弟の存在のおかげだろう。

守らなければ、と彼の手をしっかりと握っている手はガタガタと震えていた。



「そうだな…ここにいても何も変わらない。ここからは二つに別れて行動するぞ」



そう言ってヨシノは大きな手に力を込める。その手には白い毛が生え、骨格が変わり、爪が尖り、まるで獣のような手に変わった。

その様子を見て特に驚く様子もない3人には、見慣れた光景だった。

ユウとユサが雷を使い、ノエルが水を生み出すなら、彼の力は“剛力”だった。車を軽々と持ち上げ、殴るだけで木をへし折り、その上野生動物さながらの足の早さだ。

しかし、その力を使うとき、彼の姿は大きく変貌する。

先ほど3人を抱え走っていた時もそうだ。全身に毛が生え走る姿は、絵本に出てくるような“狼男”そのものだ。絵本と少し違うのは、茶色の毛ではなく、輝くような真っ白な毛だということくらいだろう。

ヨシノは尖った爪でガリガリと地面に絵を書き始める。



「俺さ、あの施設に行く前の記憶が無いっつったろ?実はあれ少しだけ嘘なんだ」



橋の絵と、川の絵と、その下流の方には十字架が描かれた家と、その倍の大きさはあるだろう木、それとひまわりがあった。



「あそこに行く前に先生と立ち寄った場所があんだ。さっき見かけた崖の下には川があって、その川の下流のずーっと先から俺はやって来た。そんで、その途中に色とりどりの窓が綺麗な教会があってなぁ」

「スタンドガラスのこと?」

「そう、それ。ユウはよく知ってるなぁ」



ユサはその隣に描かれたひまわりの絵を眺めていた。アルが施設の裏庭で大事に育てていたひまわり畑。そのひまわり畑を嬉しそうに眺めていたマヤ。もうあの畑を世話する人も、幸せそうに眺める人も居ないのだ。

いつも喧嘩ばかりだったアルに、リディの前で呆然としていた時に怒鳴りつけてくれた彼に、もう会えないのだ。もう彼は肉の塊になってしまったのだから。

ひまわり畑だけではない、このまま山を降りて、警察に駆け込んで、あんな事が暴露されればあの施設もただでは済まないだろう。

今まで傍に当たり前のようにあったものが、いとも簡単にガラガラと崩れていった。



「丁度俺がそこに居た時も今頃でな。あの時見たひまわり畑は忘れられねぇんだ」



そう言って目を細める。その記憶には1面を覆う輝くような金色の景色が映っていた。

さんさんと降り注ぐ痛いくらいの太陽の光に、透き通る様な真っ青な空に、今にも手に取って食べられそうなもこもことした入道雲。そしてキラキラと輝く金色の絨毯。10年以上たった今でも忘れられない絶景だったと呟く。



「その隣にな、俺でも腕を回すことが出来ないだろうなってくらい、でっけぇ木があるんだ。教会の人が言うには、春になれば1面桃色になるらしい」

「木が桃色ですか?」

「本当だって。教会の人はその木の事を、確か“サクラ”って言ってた」



そのひまわり畑が一望できる“サクラの木”の下で、落ち合おう。


ガリッと木の絵を円で囲み、そう言った。川の下流に向かえば、向こう岸にはっきりとひまわり畑が見えるし、大木も見えるからすぐ分かると。

話を聞き、ユサはひまわり畑を見てみたいと強く感じた。脳裏にはひまわり畑でアルとマヤが笑っている姿がある。

ひと通り説明が終わりヨシノは立ち上がり、服についた土を払い、ぐっと体を伸ばした。



「俺がノエルを背負ってあいつらの気を引き付ける。その間にユウとユサは2人で先に下流へ目指せ。ひと通り走った後、俺達もすぐに向かう」

「そんな、そんなことしたら2人が危ないじゃない…!」



それは駄目だと引き止めるユウの頭を撫で、ヨシノは笑った。



「俺の足の早さ舐めんなよ?木登りだってお手の物だ。ちゃんと逃げ切ってやるよ」

「ちょ、ちょっと待ってください」



困惑した様子でノエルが2人の会話に割り込む。ノエルはここに残るつもりだった。足を負傷し走るどころか歩く事さえままならない、この状況で自分も助かろうとは思っていなかった。ただの足手まといになるだろう。

3人が、そして何よりも愛しいユウが助かればそれでいい。

ヨシノはこめかみが引き攣るのを感じた。首を振る彼の頭をガツンと拳で殴ればユウの「うわっ…」という引いた声が漏れた。いい音だった。

調子に乗るな。4人全員で脱出するんだ。死ぬまで諦めるな。

もう、失いたくないのだと、切実な願いが怒る言葉から汲み取れた。

ユウも力強く彼の服を握り締め、力強く見つめる。それ以上は何も言えず、ノエルは一言「すみません」と震える声で言い、黙ってヨシノの背中に体を預けた。

ユウもユサの手を引き立ち上がる。その足は震えていた。



「大丈夫だ。少なくともお前らは絶対に助かれ。そんで警察に行くんだ」



ノエルを背負い立ち上がったヨシノが、2人の頭を撫で微笑んだ。



「サクラは春になれば咲いて、夏になるにつれて散っていくらしい。それまでに俺達が来なかったら2人で生きていくんだ。分かったな」



次に拳を振るったのはユサだった。アルとの日々の喧嘩から鍛えられていたのか、その細い体からは考えられない強さの、腰の入った拳がヨシノの鳩尾に入る。

「ごふっ」と声を漏らしつつ、背負ったノエルを落とさないように必死に支えながらも、堪えられないと蹲る。

ずっと黙って呆然としていたユサの突然の暴挙に、ユウとノエルは驚く。

その緑色の目は光を取り戻し、ヨシノを強く睨みつけた。



「“4人で”!ヨシノさっき言っただろ、約束守れよ!死ぬまでじゃない、死んでも諦めんな!!」



死んでも諦めるな。鳩尾を抑え蹲っていたヨシノは、あまりの無茶ぶりに笑いが込み上げてきた。

「あーダメだ。ユサにはかなわねーわ」と耐え切れないというように肩を震わせると、また軽く肩を殴られた。

その様子に少しだが気が紛れたユウとノエルも、固かった表情が少しだけ和らぐ。



「ユサ、ユウ、ノエル。約束だ。4人で必ず、ひまわり畑で会おう」

「絶対だぞ!破んなよ!」

「分かりましたってば。ユサもしっかりユウを守ってくださいよ?」

「私だって強いよ。大丈夫」



4人はそれぞれ洞穴から飛び出し、小振りになった雨の中を走り出した。

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