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石導師の掟  作者: 月宵烏
プロローグ
2/10

1.2

やってしまったと、ノエルは頭を抱えた。彼が大人達に反抗する理由も分かっていた筈なのに配慮が出来ていなかった事を悔やむ。

こういう時に冷静に人を観察して気を回せる彼女はこの施設にとって居なくてはならない存在だった。



「すみません…」

「大丈夫だよ。多分いつもの所に居るから、マヤと行ってくるね」

「お願いします」

「悪いなユウ」



先程の電気の影響で少し浮いてしまった髪を撫で付けつつユウは立ち上がる。焦っていない様子を見ると本当に頼もしく思うのだ。

申し訳なさそうにするノエルとヨシノに笑いかけ、バツが悪そうに俯くユサの額に指を弾かせた。



「少し反省しな。馬鹿ユサ」



タオルを頭に掛けてやり、ユウは救急箱を白衣を着た大人から受け取り一言二言話して中庭を後にした。

短い言葉で叱る彼女は長い説教はせず、自分自身で考えさせ行動させる様にいつも誘導していた。そんな彼女のおかげで少々スレてはいるものの、ユサは根はとても素直で優しい子に育ったと言っても過言ではないだろう。

姉の後ろ姿を見ながら貰ったタオルで頭を乱暴に混ぜると、冷たい手がそのタオルを奪い取り心地よいリズムで髪の水分を取り始めた。



「すみません、夏とはいえ冷えてきた時間帯にこれじゃ風邪ひきますね」

「いいよ別に…喧嘩した俺らが悪いんだし」



頭上で動く手に大人しくされるがままでいる彼の隣で白衣を着た女が手当をする為、救急箱を開ける。

アルに遠慮なく爪で引っかかれた頬にアルコールがたっぷり染み込んだガーゼを押し付けられ、苦虫をかみつぶしたような表情をし「ニーナ先生、痛い痛い」と顔を背ける彼の顔を、女はガーゼごとしっかり抑えた。



「嫌なら怪我をしないことよ」

「ニーナ先生の言う通りだぜ。“喧嘩するほど仲がいい”とは言うけど、流石に仲良すぎだわお前ら」



ヨシノの言葉に笑い出す先生達に羞恥で顔を染めつつ、それより走り去ったアルのことはいいのかと、そう言った彼にニーナは大丈夫よ、と使い終わったガーゼを袋の中に捨てた。



「あいつにはユウとマヤだけの方がいいのよ。むしろユウ1人の方がいいかしら?」

「やめてください先生。ユウは渡せませんよ」

「ノエル、年下に嫉妬はみっともねーぞ」



意地悪っぽく笑いからかうように言うニーナに、ムッとした顔で反論するノエルにヨシノや大人達は笑っていたが、いまいち理解出来ずユサは首を傾げた。





日はすっかり落ち、カナカナとひぐらしの鳴く声が近い場所から聞こえた。山の中にあるこの施設では色々な虫の声が聞こえてくる為、季節の変わり目がよく分かった。

施設を囲んでいる塀の影は、施設の先生達にもなかなか見つからない、アルのお気に入りの場所だった。

膝を抱えるように蹲り、塀に背を預ける彼の隣に、2つの影が差す。



「やっぱりここにいた」

「お兄ちゃん、大丈夫?」



ユウと手を繋いでやって来た少女がアルに駆け寄る。疲れた表情で顔を上げたアルは「マヤ」と名前を呼び、少女とユウを見やった。

「手当しないとしばらく畑仕事禁止」とユウに脅され言い返せず、手当の準備をするマヤに無言で怪我をした手を差し出した。

消毒液のアルコールの香りが鼻にツンと刺激を与える。丁寧に手当される様子を見ながらユウはアルの隣に座った。



「いつもユサがごめんね。本当は素直でいい子なんだよ」

「…知ってるよそんなこと」

「そっか」



不貞腐れた返事に穏やかに笑う。彼が何故いつもユサを目の敵にしているか、理由は大体分かっていた。妹のマヤを守らなければいけないという兄としての姿の一方で、まだ赤子の頃からここにいて可愛がられるユサに腹立たしく、嫉妬心もあるのだろう。

いつもは真面目でしっかりした所がある分、大人に頼るという事がうまくいかなくて、心では相手がいい奴だと分かっていながらも、つい楯突いてしまう。そしてそんな自分に嫌気が差し疲れた時は、いつも彼はこの塀の影にいた。



「ユウ姉」

「ん?」

「…ごめん、あんなこと言って」



先程の“化け物”という発言を後悔していた。ユサもそうだが、その姉であるユウも同じ不思議な力を持っているのだ。間接的に彼女の事も罵ったことになる。

叱られる覚悟で目を閉じていたら、それとは裏腹に優しく「いいよ」と言う声が聞こえた。

見ると、彼女は手を広げそこから電気を迸らせ遊んでいた。



「ユサもね、別に傷ついた訳じゃないのよ。ただあの子優しいから、“私達”の事を思って怒ってくれただけなの、きっと」



だから気にしないで、と笑う彼女に胸がしめつけられる思いだった。

この施設の子供達はそれぞれ皆同じような境遇でここに来ている。親に捨てられたり親戚にたらい回しにされたり。アル自身もそうだった。

その中でも特殊な事情を持つ彼女やその弟のユサや、いつも優しく世話をしてくれる兄貴分のノエルやヨシノ達の苦労は計り知れないだろう。

アルの表情に気づいたユウは困ったように笑い、電気を出すのをやめその手を彼の頭に優しく乗せ、赤い髪を流れるように撫でた。

彼女の2つに結われ肩に流れる金色の長い髪が夕日に照らされキラキラと輝き、まるで花が咲いた様なその笑顔さえも光って見えた。

ゆっくり頭を撫でてくる手に顔が赤くなるのが分かり、膝に顔を埋めると手当がまだ終わっていないとマヤに叱られ、肩を叩かれた。怪我した腕がヒリヒリと痛む。

三つ編みにされたマヤの髪の毛は夕日の色と同じだった。自分の髪もこんな感じに見えてるのかとぼんやりと思う。



「ユサ兄はいい人だよ?この間マヤにデザートのプリンくれたもん」

「だから分かってるって…腹立つものは仕方ねーだろーが」

「そりゃお兄ちゃんには顔も中身も負けるし、マヤが結婚するならお兄ちゃんみたいな人がいいけどさ」

「話聞けブラコン」



自分と同じ赤毛をガシガシと掻き回すと、邪魔しないでと怒りながらも、嬉しそうに笑っていた。

ふとひぐらしの鳴く声が止み空を見上げると、茜色に段々と影が差していた。虫の声がやみ静かに暗くなっていくこの時間がとても切なく、アルは好きだった。

ユウは立ち上がり服についた土を払うと、彼に手を差し出す。



「帰ろ。今日はシチューだよ」



そう言って笑う彼女に少しだけ顔を赤らめ、アルはその手を取り笑顔を見せた。





今日の晩御飯は野菜がたっぷり入ったシチューとパン、そしてトマトサラダだった。食事係がヨシノだった為かシチューには雑に切られた大き目の野菜がゴロゴロ入っており、幼い子達はその小さな口でいっぱい頬張りながら食べていた。

食事係がヨシノということは、今日のデザートは彼の大好物のはずだ。そしてその大好物は自分の大好物でもある。幼い子らの食器を片してやり、うきうきとデザートの乗った皿を持って席についた時、もうひと皿同じものが目の前に置かれた。

何かと皿を凝視し、それを置いた手の主を見てユサはギョッとする。



「アル…?なんのつもりだ?」



困惑した様子で見上げてくる目にいたたまれない気持ちで顔を逸らしつつ、アルは向かい側の席に座った。手で口元を隠すように頬杖をし、小さく「悪かった」と呟いた。

謝罪にしてはぶっきらぼうだが、彼にとっては素直すぎる言葉だった。

ユサは今度こそ本当に困ってしまった。それどころか冷や汗も出てくる。つい何と言って良いか分からず「それなら俺もトマトあげたのに…」と自分でも良く分からない返事をしてしまった。

すると何故か彼はキレ気味に机を殴り、鳩が豆鉄砲食らった様な顔をしているユサに大声で怒鳴った。



「るっせーな!俺が悪いんだから黙って食え!これで貸しなしだ!」

「何お前素直すぎて怖い」

「ぶっ飛ばすぞ!」



怒る彼に身を引きつつ皿を受け取り、怒鳴るくせに顔を真っ赤にする様子におかしくなり少しだけ笑った。

彼の様子に不思議と自分も、背後から突然背中を蹴った事を謝ることが出来たと思っていると、突然大きな手がアルの頭をめちゃくちゃに撫で回し始めた。



「なんだよアル、反抗期抜けたのか。めでてぇな!」

「ヨシノ兄うるさい!!」



自分の分のデザートを持ってきたヨシノが2人の様子を見て、抱腹絶倒しながらアルをからかっていると、後からやってきたノエルが茶々を入れるなと彼の頭を叩いた。

ノエルはユサの隣に席を取り座ると、自分の皿をアルの前に置く。訳がわからずアルがその皿とノエルの顔を往復して見てると、彼が突然膝に手をつき机に額がつきそうな程頭を下げた為、驚いて肩を飛び上がらせた。



「アル、僕も君に謝らなければいけません。さっきは一方的に責めてしまいすみませんでした」

「えっ」



これは僅かながらの謝罪の気持ちです、と申し訳なさそうに頭を下げる彼にアルは驚き、そんなことないと慌てて返そうとすると、また皿は自分の元に戻り、押し問答が始まってしまう。

すると隣で見ていたヨシノか横から皿ごと奪い、その上に乗っていたシュークリームをアルの口に無理矢理捩じ込んだ。驚いて固まる彼の口にグイグイと詰め込む。



「アル、ノエル兄さんはカッコつけたいんだよ」

「うるさいです。大事な家族を傷つけたんだから当然の事でしょう」

「そうだなー俺らみんな家族だもんなー」



「そうだよなー?」と言って近くに座っていた幼い子の頭と、アルの頭を撫でるヨシノ。アルはその大きな手で撫でられ幼い子と同じように、くすぐったそうに顔を綻ばせた。

それを見つつ、ユサも大好物であるシュークリームを手にとり頬張る。

お礼を言いつつ美味しそうに食べ嬉しそうに笑う彼にいつもは腹が立つのに、今日は言い返す気にもならず、無言でそっぽを向く。するとニコニコと笑顔を作るノエルと目が合った。

そう、“笑顔を作って”いた。勘が良いアルは嫌な予感がして急いで口の中のシュークリームを飲み込み立ち上がろうとしたが、先手をとられそっと腕を掴まれた。



「どこへ行くんですアルバート?」

「あっと…えと」

「お話しましょうよ。先程は如何でした?ハーレムはさぞかし楽しかったでしょう。いやまさか僕の大切な恋人のユウに手は出してないですよね?まぁアルバートがそんな浅はかな事はしないでしょうが、どんな風にどんなお話をしていたのかお兄さん気になるなぁ」

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

「ノエル!顔っ!ガチ過ぎてこええ!」



蛇に睨まれたネズミの様に怯える姿に、またゲラゲラと笑い出したヨシノにつられ子供達や大人達も笑い出し、食堂は暖かい笑いに包まれた。ノエルも冗談ですよと笑い、心底ホッとしたアルは胸を撫で下ろし、ユサは2個目のシュークリームを頬張っていた。

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