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石導師の掟  作者: 月宵烏
プロローグ
10/10

1.10

クリスの手を借りながら教会を出ると、少し離れた場所にある、小高い丘に続く緩い坂を、ユサは痛む足に気を使いながら、ゆっくりと登る。

丘の上には青々と生い茂る大木があり、遠くからでも、その途方のない大きさがよく分かった。

乾いた土が風に吹かれ、サラサラと川の中の石のように流れる。辺りを見ると確かに木々などの自然がほぼ無く、茫漠とした砂の海が続いていた。本で見た外の世界との違いに混乱しながらも、ユサは坂を登ることに集中する。

坂の終わりが見え、大木に手をつく。ブワッと風が頬を掠めるのと同時に、ユサは目をこれでもかと言うほど見開いた。

丘の下では、太陽に向かって強く咲き誇る無数の向日葵が、光に照らされキラキラと輝き、穏やかな風に吹かれ揺れていた。



「僕が二年前に来た時はねぇ、もう少し広かったんだよ〜」



鷹揚な口調でクリスが話す。

この砂漠化が続く世界で、神父が何年もこの向日葵畑を守り続けてきたらしい。理由を問うと、神父はくしゃっと笑い「ある種の願掛けですよ」と答えた。

「金色の絨毯」。ヨシノが言っていた言葉を思い出す。本当にその言葉通りの光景に、不思議とユサの目から涙が溢れた。彼が言っていた待ち合わせの場所はここで間違いないだろう。あれからどれほど時間が過ぎたか分からないが、少なくとも自分だけが、この場所にたどり着いた事は理解した。3人が無事かどうかも確認する事が出来ない。

神父が気を使い教会に戻るのを横目に、クリスはくたびれた黒い作業着の、ズボンのポケットを漁り、その中身を、呆然とした表情で涙を流すユサに差し出した。

その手には施設の地下で見つけた、白い石があった。



「君が着てた服のポケットにあった。見つけたのが僕で良かったねぇ」



こんな大事なもの、ポケットなんかに入れてちゃダメだよ。と石をユサに手渡す。この石がどんな物なのか、彼は知らない。

しかし、その石から出る白い光を見ていると、暗い空を白い朝日で照らされていくように、安心が胸に満たされていく。



「俺、約束したんだ」



嗚咽に混じって掠れた声で呟く。



「サクラが、咲いてっ…散るまでに…ここで、会うって…姉ちゃんと…みんなと…」



俯いたエメラルドグリーンの瞳から、ボロボロと涙が乾いた地面に散らばっていく。白い石の光は、苦しそうにしゃくりあげるユサを慰めるように、穏やかに輝きを繰り返していた。



「うん、じゃあそれまで待つといいよ」



何事もないような軽い物言いに、ユサは思わず顔を上げる。タレ気味の紫色の瞳が、まっすぐユサを見る。



「どうせその怪我じゃどこにも行けないだろうし。神父さんもお人好しだからいつまででも居たらいいよ〜」



「でも」と不安げに眉を下げるユサの頭を、クリスはそっと撫でてやる。



「この桜の木が来年散る時まで、君の大切な人達が来なかったら。その時は探しに行けばいいよ」



ハッと目を見開く。絶望で満たされていた思考が、少しだけ明るくなったのをユサは感じていたが、それでも目の前で血塗れの家族を見た記憶が、その思考をまた暗く染めていく。

そんな彼の表情を見たクリスは、少しだけ笑うと彼の手から石を取り、その石を縛る紐に手をかけた。施設で手に入れた時はなかったその紐は、クリスが首にかけられるようにと、即興で作ってくれたらしい。



「シュレディンガーの猫って知ってる?」

「…箱の中に猫を入れて、実験するやつ」

「へぇ、よく知ってるね」

「本で読んだ…」

「君、字も読めるんだ。やっぱり本当に囚われの姫かなんかだったのかな」



ケラケラと笑うクリスを、ユサは軽く睨んだ。飄々としている彼の表情は、何を考えているか読み取る事が困難だ。

釈然としないユサを気にすることなく、クリスは話を続ける。



「僕は字が読めないからね、これは祖母に聞いた話。箱の中に猫と、ある条件で発動する毒ガスがはいった機械を入れる。一定時間後、その猫が生きてるかどうかっていう実験ね」


まぁ簡単に言えばなんだけど、と笑いながら続ける。


「その猫が生きてるかどうかは、誰がどうやって計算して予想したって、箱を開けて見るまで誰にも分からないんだよ」



箱を開けて確認するまで、その猫が生きている確率と死んでいる確率は50パーセントずつ。両方の可能性がその箱の中に共存しているのだ。

ふと、クリスの目が暗くなる。それは一瞬だけで、向日葵畑を見ていたユサは気づかなかった。



「僕はね、目の前で家族を亡くしたんだ。だから、この先世界中どこを探し続けても、2度と見つける事はできない」



でも、君の家族は違うだろう?と、ユサの首に白い石をかけてやりながら、はっきりとした言葉で言う。

光が差し込む彼の少年特有の大きな目を見ながら、ハッと我に返ったクリスは自虐的な笑みを浮かべると、ガシガシと頭を掻いた。



「あー…ごめんね、お節介」

「いや…えっと、ありがとう…」

「……どういたしまして」



眉を下げながら、クリスは少し嬉しそうに頬を染めながらはにかんだ。

そしてユサの首にかけられた石がキラキラと輝くのを見て、その石をそっとユサの服の中にしまった。

誰にも見られてはいけないよ、と低い声で忠告しながら。

何故彼がそんなことを言うのか、その時のユサには分からなかった。

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