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石導師の掟  作者: 月宵烏
プロローグ
1/10

1.1

湿った土のにおいがする。起こった事に頭がついて行けず、少年は倒れた体制のまま状況を確認していた。

昼に妙に塩辛かったミートソースのパスタをミートボールの味で誤魔化しつつ食べて、その後幼い子達の遊びに付き合い縄跳びを回してやり、それでその後子供達は昼寝をしたり各自で遊び始めたので、気分転換に姉のユウと外庭に散歩に出て、夏もそろそろ終わりだねなんて話しながらひまわりを見に行こうと畑に向かった。

ここまでは普通だった。じゃあ今の状況は何なのだろう。

上を見上げると穴がある。穴の向こうには夏らしい、しつこいくらいの青い空が広がっていて。



「ユサ!大丈夫?」



その狭い空を遮るように、姉の顔が穴をのぞき込んだ。スカイブルーの目が慌てたように見開かれ、自分と同じ金色の髪は低い位置で2つに結われ、太陽に照らされキラキラと輝いている。名前を呼ばれたことでやっと混乱が解け状況を把握する事が出来た。自分は穴の中に落ちた。いや、落とされたのだと。

この道は毎日散歩をしている道だ。子供達は建物の裏の方にあるここにはなかなか来ない。またひまわりの花が一番好きな少年は必ずひと足早く畑に近づくのだ。

そこで、この大きな穴に足を取られ落ちた。ここまで自分を把握し汚いことをするのは、彼が知っている中で1人しかいない。

ユウに手を引いてもらい立ち上がると穴に手をかけよじ登り、打ち付けた頭をガシガシと掻いた。そこまで深くない落とし穴とはいえ、不安定な体制で落ちたため体の節々が痛み、普段着である黒いシャツは泥だらけだった。掻いた金色の髪からボロボロと砂が地面に落ちる。

ユウは怪我がないか弟であるユサの身を心配し、その泥を払ってやった。髪にも昨日の雨で水を吸った泥が被り、これはシャワーに連れていかないと完全には落とせないと判断し彼の手を引こうとしたが、動こうとしない様子に首を傾げる。



「あのチビもう許さねぇ!!」

「ちょっと、ユサ待って!」



ユウの手を振り切りユサは建物の中に走っていき、開いたままだった青い扉の中に駆け込んだ。


山奥にひっそりと建つその白い施設には、親を失くした多くの子供達が引き取られ生活をしていた。

今その施設の中を全力疾走で駆け抜ける彼もその内の1人だ。彼はまだ2歳になる頃に姉のユウと共にこの施設に捨てられ、子供達と世話をしてくれる大人達に囲まれながら、ここで10年間生きてきた。

親の顔を覚えていないユサにとって、物心ついた頃から過ごしているこの施設に暮らす人々が家族なのである。

時にすれ違う大人とぶつかりそうになりつつ、彼はある人物を探し一目散にある場所に向かっていた。



「ユサー廊下を走るなーまたお仕置きだぞー!誰かノエルかヨシノ連れてこい!」



鬼の形相をして廊下を疾走するユサを、子供達は何事かと目で追った。近くにいた大人は彼が向かう先に気づき、またかと声をかけ止めようとするも、声が彼に届くとは端から思ってはいなかったので、唯一の解決法である青年二人を呼びに階段を駆け登った。

疾走するユサは建物の中央にある中庭に出ると、そこの小さな畑でクワを振り下ろす赤毛の少年を見つけ、走り寄り地面を蹴って大きくその場を飛んだ。



「見つけたぞこらああああああ!」



不意を突かれた赤毛の少年は飛んできたユサに気づかず、その背中に飛び蹴りを喰らい土の上に頭から突っ込んだ。

丁度耕していた途中なのだろう土が下敷きになり赤毛の少年の身体が綺麗に埋まる。

怒りのまま飛び蹴りを仕掛けたユサは柔らかい地面に着地し、転んだ少年を冷ややかな目で見下ろしツバを吐いた。



「湿った土のお味は美味しいですかぁー?アルくーん」

「ユサてめぇ……!!」



身を起こした彼は憎々しげに睨み、口に入った土を地面に吐き捨て顔を拭うと、土がついたジャージや赤毛もそのままに、ユサに飛びかかった。



「殺す気か!!」

「はぁ!?先にやってきたのそっちだろ!!」

「うるせぇ!折角耕したのにまたやり直しじゃねーか!!!」

「大好きな土が食えて良かったんじゃねーの!!?」



お互い胸ぐらを掴み、まるで卓球やテニスのラリーの様に罵り合いを続ける。

彼の名はアルバート。施設の人達にはアルと呼ばれている。彼はユサと同じ年で5歳の頃にここにやって来た。

プライドが高く血の気が多い2人が意見をぶつけ合う様になるのも早く、かつて玩具の取り合いで喧嘩をしてからというもの、彼らが衝突する事は珍しくないことになってしまった。

とうとう怒りが爆発した2人は目に角を立て、拳を振りおろした。



「ふざけんなこの女顔!!」

「こっちのセリフだクソチビ!!今日という今日は土下座させてやる!!」



髪の毛を引っ張り、拳で殴り、足で突き飛ばし、歯で噛み付き取っ組み合う2人を、子供達に止めるなど出来るはずもなく、又子供とは思えない程の力強さに大人達も四苦八苦していた。

罵り合いながら殴る2人の光景にその場は騒然とし、子供達は泣き出し、他の大人は子供達を慰め避難させる。

どうしたものかと頭を抱える男の肩に冷たい手が触れた。振り向くと深い海の様な、澄んだ色の瞳をした青年が微笑んでいた。青年の頬は魚の様な鱗が覆い、人間離れした白い肌は冷水のようにひんやりと冷たく、流れるような髪の毛までも真っ白だ。

肩を叩かれた男は安心の笑みを浮かべ、彼を「ノエル」と呼んだ。



「良かったお前が来てくれて。すまん、こいつら止めてくれ」

「うん。大丈夫、もう慣れっこですよ」



そう言ってノエルは取っ組み合いを続ける2人の前に立ち、その頭上に手をかざした。すぅっと息を吸い集中する。次の瞬間、ザバァ!と大量の水が2人の頭に降り注いだ。

それは一瞬だった。何もないはずのノエルの冷たい手から、何処からともなく多量の水が現れたのだ。突然の冷たい水が頭を冷やし2人はピタリと動きを止めノエルを見ると、青い瞳が2人を見下ろしていた。



「ほら2人とも、いい加減にしなさい」

「の、ノエル…」



彼は生まれつき、身体の半分以上が魚の鱗で覆われており、不思議なことに手から自由自在に水を出すことが出来るのだ。ポタリ、と彼の指先から水滴が落ち、アルの鼻の先で飛び散った。

ノエルの呼び掛けで一旦は殴り合いを止めるも、取っ組み合いの体制はそのままに2人は睨み合った。

威嚇しあっている獣のようで、今にもまた殴り合いを始めそうな雰囲気の中に間延びした声が加わり、2人の身体が中に浮かんだ。



「ストップだガキ共。また派手にやらかしやがって」



2m以上はあるだろう体格と褐色の肌を持つ男が2人の襟首を掴み軽々と持ち上げていた。驚いたアルが「ヨシノ」と彼の名を呼ぶ。

いくら小柄な2人とはいえ合わせれば相当な重さになるはずだが、彼には関係ないようで顔色ひとつ変えず2人の手が届かない位置まで、宙に浮かせた状態のまま引き離していた。

この施設で力強さで彼の右に出るものは居ない。それもそう、彼が本気を出せば木の根っこごと引き抜き、振り回す事が出来るのだから。

そんな力強く大柄な奴だが、気さくな性格で人懐っこい顔をしている為、体格差の威圧以外の恐怖は一切感じない男である。

彼の手から何とか逃れようのもがきながらユサは口を開いた。



「ヨシノ!降ろせよ!このチビ一回泣かせないと気が済まない!!」

「自分が泣き虫だからって俺まで巻き込もうとしてんじゃねーよクソユサ!!」

「誰が泣き虫だ!!」

「ちょっと前までべそかきながら、ユウ姉に守ってもらってたじゃねーか!」

「いつの話してんだよ!このオネショ野郎!」

「おめーこそいつの話してんだ!このべそかき泣き虫女顔!!」


「2人ともやかましい!!」



ガツン。あまりのいい音に近くにいたノエルが眉間にシワを寄せ目をつむった。彼の手によってお互いの頭をぶつけたユサとアルは、声にならないうめき声をあげ、降ろされたその場に崩れ落ちる。

とりあえず落ち着いた空気にその場に居た全員が胸を撫で下ろしたが、当の2人は引き離されながらもまだ睨み合ったまま牙を向いていた。



「今月入ったばっかなのに、もう3度目。どれだけ喧嘩したら気が済むんです?先生達も暇じゃないんですよ」

「前の原因はなんだっけか?ユサがエビフライの尻尾残してるのを、アルが馬鹿にしたんだったか」

「ヨシノ、それ先月です。前回はユサがアルの畑にイタズラしたんですよ」



本当に飽きませんね。というノエルの嫌味にユサは耳が痛い気持ちになった。

親に捨てられ、物心ついた頃から暮らしているこの施設にアルがやって来てからというもの、月に数えられてしまう程には彼と喧嘩を繰り返している。

理由は馬鹿にされた、好きなおかずを盗られた、イタズラをした、挙句の果てには顔を合わせるだけで口論を始めてしまう始末。

取っ組み合いの激しい喧嘩も、施設に暮らしている全員にとって珍しい物でもない。

が、口論ならまだしも、手を出してしまうとそれを見た幼い子供達は泣いてしまうし、施設の普通の大人達にもなかなか止めることが出来ない為、施設で2人はほとほと困らされる問題児だった。



「あーそうだったな!ユサがアレキサンダーのウンコを畑に撒き散らして肥やし!とか言ったんだった!」

「ヨシノ。言葉を慎みなさい」

「うんち?」

「君ね…」

「ごめんって!で?今回の原因はなんだったんだ?お兄さんに言ってみ?」



下品な事を嫌うノエルが怒り軽く頭を叩こうとするのを笑いながら諌め、座り込む2人の前にしゃがみこみ目線を合わせた。

大きな手でガシガシと頭を撫でられながら、不機嫌に曲げていた口を開き、ユサはアルを横目で見つつ、原因の落とし穴の事を話した。

「落とし穴!すげぇ!」と腹を抱えて笑うヨシノの黒い髪を、ノエルは今度こそ叩いた。それでも笑いを抑えられない彼に呆れたため息をつきつつ、アルに目をやる。



「アル、流石に落とし穴なんて危ないです。どんな落とし穴か知りませんが、落ちた時に打ちどころが悪くて大怪我したらどうするんです?」

「………」

「アル?」



静かに言い聞かせる言葉にアルはそっぽを向き、小さく何かを呟くが聞き取れず、もう一度訪ねる為に目線を合わし肩にやろうとしたノエルの手を、アルは片手で弾き立ち上がり鋭くユサを睨みつけた。



「んだよ!そうやっていつも、ノエル兄さんやヨシノ兄さんの影て守ってもらいやがって!弱虫!」

「なんだと…!!」

「お前らもうやめろって」

「この化け物!!」



“化け物”という言葉に、言い返そうとするユサの喉がヒュッと鳴った。アルは咄嗟に言ってしまった言葉を後悔したが、既に彼の怒りに触れてしまっていては手遅れだった。

バチッと電気が走る音がする。それは静電気というには大きすぎる音で、しかもユサの身体中に(ほとばし)る紫色の電流が、その場に居る全員に見えていた。喧嘩を諌めようとしたヨシノの表情も焦りに変わる。

こうなってしまっては流石のヨシノとノエルも手が出せない、どうにか声をかけて落ち着かせようにも彼の目はアルだけを捉えていて誰の声も届かないようだ。

彼は何故か、生まれつき体から電気を自由自在に出し操れる。それが原因で彼は、同じ力を持つ姉と共に両親に捨てられ、この施設にやってきた。普通の人間とは違うその特徴は、彼にとって地雷以外の何物でもないのだ。



「ユサ、駄目よ」

「…姉ちゃん」



今にも破裂し弾け飛びそうな一発触発の空気を打ち破ったのは姉の優しい声だった。困ったように笑いながら弟の頭を撫でると彼にまとわりついていた重い空気が消え、電気も収まる。

それを見届けたユウはアルと向き合いその場に膝をつき優しく彼を見つめた。



「アル、貴方も落ち着いて」

「…っ」



彼女の声と優しい目に真っ赤になった顔を泣きそうに表情を歪め、アルは踵を返し周りの声を振り切り走り去っていった。

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