曇桜
深く青い夜だった。
満月が光を伸ばす青の夜空では、薄い雲が足早に流れていく。
その下で煌々と輝く月の光を浴びた石垣が、くっきりとモノクロのコントラストを画いていた。
曇桜
延々と続くコントラスト以外は、何もない。
…二人の影を除いて。
「…明るい夜だ。」
「ああ。」
「僕はどうも慣れない。」
「…。」
ひたすら闇を被ったようにマントで全身を覆った長身の男が、あなたはどうかと問いかけるように視線を向けた。
しかし静かに問い掛けられたはずの男は黙って反応すらしない。
束ねた長い髪を強い風に靡かせながら、その眼でずっと、鋭く月を見上げたままだ。
こうして時々彼が何かに集中すると、返答を求めても無駄であった。
しかし彼には特に返答を期待していたわけではない。
「月明かりは闇を惑わす。…僕はもう行く。」
「ああ。」
「“月冷え”…しないように、ナビキ。」
「…気をつけよう。
頼んだぞ、ヤミ。」
ヤミは横一線だった唇をわかりにくく弧にすると、ゆっくり融けて気配を消していく。
彼がいた辺りにはヤミ色の欠片が花びらのように舞った。
エナメル質の艶が月明かりを白く反射させながら渦巻き、花びらが月を撫でるようにして一瞬隠す。
そして霧となって消えた。
訪れを知らせる“桜”には変わりない。
しかし知らせるのは春ではなく、闇だったのだ。
20080428
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