憂鬱の男
「ゲーテ様、本日の御予定は」
「わかっている。」
「…わかっておいででしょうけれど、これもシャルロッテの仕事ですので。」
「…ロッテ…。」
「本日は、まずお車で」
「えぇい!お前は頭が堅すぎる!」
今はそのお車の中。
車とは言っても、馬車だ。
金の縁取りが施された漆黒の車体に、白い馬が二頭繋がれている。
今は休憩中らしい。
鞭を持った丸い鼻の男が草を食む馬の後ろで、ベンチのようになった椅子に腰をかけたまま眠っていた。
彼は鼻だけでなく、顔も体も丸い。
「そしてお次はお屋敷にお戻りになり」
「…ロッテ…わかった、もうわかった。」
「…お屋敷にお戻りになられたら、ヨハルス嬢との会食です。」
「ヨハ…ッ!?」
「はい。お相手されますのは、ベルヴェル=ヨハルス様でございます。」
「く…今度はヨハルス…!私は聞いておらんぞ…!」
「ウィル様の御意志です。当日まで黙っておけと。」
「父上…!」
「…ゲーテ様、お言葉ですが…。」
「なんだ?」
シャルロッテがまず視線を伏せ、次に俯き、伏せた視線を今度は上げて不安そうにゲーテを見つめた。
出し渋りのようなその仕草は、シャルロッテの癖だ。
ゲーテはその「悟れられよ」とも取れる仕草が好きではなかったが、シャルロッテは命じられたことをこなす以外は内気な奴だったし、なんとなく出てくる言葉がわかったので、そっと口を開いた。
「…そろそろ身を固めろ、と?」
「…はい。
ウィル様も、ネリス様も、それをお望みで御座います。」
「…。」
視線を逸らした先には、小さな窓に掛けられたバイオレット色のカーテン。
ゲーテはそれを開いた。
何でもない景色。
延々と広がる緑の芝に、白い石畳が何本か横切っている。
ここは誰の私有地でもない公園だが、石畳は貴族のみが使用する馬車の為に敷かれていた。
「ゲーテ様…」
人工的な白い線は緑とは相容れないようだ。
よく映えるが、互いが避けるようにしているようにも見える。
ゲーテは深い溜め息を吐くと、思い切り車内の床で足踏みをした。
「ゲーテ様!?」
「ふぁ?!」
「おい御者!いつまで休むつもりだ!馬を出せ!」
「っはい…ッ!ただいま!」
車体が大きく揺れると、丸い鼻の男が一瞬で目を覚ました。
馬も大きな音に驚いて暴れている。
男は声を裏返らせて返事をした後、噎せながら車体から飛び降りて暴れる馬を宥めた。
「早くしろ!」
車内から大声が響く。
神経質になった馬が、せっかく宥めたのにまた暴れ出してしまった。
こんなにも機嫌が悪いのは、本当に休みすぎたのか。
とにかく馬を宥め、ある程度落ち着いたことを確認すると、急いで車体の後ろにかけられた爪のようなストッパーを畳む。
彼なりに急いでまたベンチに駆け上ると、鞭を振り上げた。
鞭を受けた馬は駆け出す。
白い石畳の路を、真っ直ぐ走っていった。
20080406




