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メガロポリス未来警察戦機◆特攻装警グラウザー [GROUZER The Future Android Police SAGA]  作者: 美風慶伍
第2章サイドB『魔窟の洋上楼閣都市』第4部『集結編』
99/147

サイドB第1話『魔窟の洋上楼閣都市』Part19 『第1方面涙路署捜査課』

未曾有の事態が次々と起きる中、グラウザーを擁する涙路署では………


サイドB第1話『魔窟の洋上楼閣都市』Part19 『第1方面涙路署捜査課』


スタートです

本作品『特攻装警グラウザー』の著作権は美風慶伍にあります。著作者本人以外による転載の全てを禁じます

這部作品“特攻装警グラウザー”的版權在『美風慶伍』。我們禁止除作者本人之外的所有重印

The copyright of this work "Tokkou Soukei Growser" is in Misaze Keigo. We prohibit all reprints other than the author himself / herself

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 夕食時を過ぎた頃の東京――

 その銀座から品川へと一台のセダンが走っている。レンジエクステンダーEV仕様のエコカー、濃紺メタリックのボディの中には2人の親子が乗っている。助手席の子供の方は外出着の今井かなえ。運転席はロングパンツスタイルの女性用ビジネススーツ姿の今井槙子課長。普段なら気軽に談笑しながらのドライブだろうが、今はそれどころでは無いと言うのが実情だった。

 運転席でハンドルを握りながら今井課長は電話回線越しに通話をしている。その口調が荒いことから事態が切迫しているのが伝わってくる。

 

「それで現場の朝君からは直接の連絡はまだなのね?」

〔はい、アイツ、潜入エリアの治安状況から携帯のたぐいは持っていません。そこまで深い所までの調査にはならないはずでしたから。ですが今回はグラウザーとも連絡が取れていません〕


 今井と会話をしている相手は、涙路署の機動捜査係の捜査員の一人である宝田と言う男だった。階級は巡査部長で年齢は30過ぎ、朝の先輩に当たる人物だ。ちょうど当直で待機していたところだったのだ。

 

「グラウザーとも? 考えられる原因は?」

〔そりゃぁ、妨害でしょう。あのエリアには凄腕の犯罪性ハッカーがうようよしています。通信妨害、回線略取、パケット消去ミーム、ありとあらゆる方法で外界との連絡手段を制限している連中がいる。それがあるからこそ、東京アバディーンは日本史上最悪のスラムとまで言われてるんです。今、本庁でも情報機動隊をフル動員して事実調査を行ってますが、望遠映像で対岸から眺める程度が限界らしいです〕

「その望遠映像でグラウザーたちとベルトコーネがやりあってるのが見つかったんでしょう? あと2分で着くから詳細資料を用意しておいて」

〔了解です、関連しそうな部署への連絡はすでに済んでますからすぐに行動可能です〕

「呼び出し可能な人員にもコールしておいてね。それじゃ」


 今井は必要なやり取りを終えると回線を切る。そして助手席にて当惑気味に様子を眺めてくる愛娘のかなえに声をかけた。


「ごめんね。かなえ。夕食の約束がこんなことになっちゃって。家に帰っている余裕が無いからこのまま署に行くわね」


 仕事柄、娘との約束が反故になる事は珍しくない。だが、大抵はリカバリーが可能な程度で収まる。だが今回ばかりはそうも行かない。事実がどうなっているのか全く想定がつかないためだ。かなえも母のその焦りを察していた。そしてわりとあっけらかんとしてこう答えた。

 

「大丈夫だよ。お仕事終わるの待ってるから」

「待ってるって――、何時になるかわからないわよ?」

「いいよ。暇つぶしは慣れてるし、それにたまにはお母さんの仕事の様子とかも見てみたいし」

「こら、警察署は遊び場じゃないのよ?」

「わかってるよ。でも家に帰ってる暇もないんでしょ? 大丈夫、おとなしくしてるから」


 物分りの良さをアピールしてくる娘に対してため息しか出ない。諦めるよりほかはない。


「仕方ないわね。本当は手の開いてる事務員さんに送ってもらおうと思ってたんだけど――、それじゃ休憩室があるからそこで待っていらっしゃい」

「ほんと?」


 母の予想外の快諾にかなえも内心手を叩いて喜んでいる。だがその前提として予想外の事件が発生している事をかなえもちゃんと分かっていた。

 

「それじゃ署についたら他の人に案内させるからおとなしくしててね」

「うん!」


 そんなやり取りをする間にセダンは品川駅東側にある涙路署の地下駐車場へと滑り込んでいった。ここから今井課長の長い夜が始まるのだ。

 

 

 @     @     @

 

 

「それじゃお願いね」

「はい、おまかせください」


 今井が声をかけたのは生活安全課の職員だった。今井が娘を連れているのに気づいた署員が気を利かせて話を通してくれたのだ。もとより生活安全課では迷子預かりも珍しくない。その手の対応に慣れた女子職員がかなえの相手を引き受けてくれたのだ。

 

「それじゃ言ってくるわね」

「うん、気をつけてね」


 膝をかがめて目線を落として今井課長はかなえに声をかけた。そんな母に娘はねぎらいの声をかける。そして今井はかなえの頭を撫でると踵を返して歩きだしていた。向かう先は捜査課のある3階フロアだ。

 そして今井がエレベーターへと向かおうとすると階段から複数の刑事たちが降りてくる。涙路署捜査課の捜査員たちである。今井を取り囲むように待ち受けると早速のやり取りを始める。


「課長! お待ちしてました。あれから動きがありました! 本庁筋で動きがあったようです」

「簡潔に話しなさい」

「す、すいません」

「必要な情報のみを伝えなさい。無駄は禁物です」

「はい」


 慌てて話そうとする部下に対して、今井は凛とした強さで窘めている。それを受けて部下は落ち着きを取り戻して話し始めていた。

 かなえは母のその後姿をじっと眺めていた。いつも穏やかで優しい母。怒るときも理路整然としていて母を怖いと思ったことは一度もなかった。

 

「あれが仕事の時のお母さん――」


 だが今は違う。背筋を正し毅然として歩き、大の大人の男性を相手に怖いくらいの勢いで堂々と指示を出して会話をしている。ある種の怖さを感じずには居られなかった。だが――

 

「えぇ。そうよ。この警察署の捜査課で指示を出す役目をしているの。とても大切な役目なの」


――かなえの背中から声をかけてきたのは年齢20代後半くらいの私服婦警であった。名前は米倉麻沙美と言い階級は巡査。生活安全課で捜査員をしている女性警察官だ。そしてかなえを励まし、その恐れを取り除くかのように優しく語りかけたのだ。


「男の人にも、悪い人たちにも負けないように精一杯頑張ってるのよ」


 警察と言う職場は基本的に男性社会である。その中で女性が一定以上の地位を得て指揮官として動くには男性にも負けないだけの〝強さ〟が求められる。今井にはそれがあった。米倉の言葉はその事を暗に匂わせているのだ。その言葉がかなえにも腑に落ちたのだろう。無言のまま頷くと視線で母を追っていた。そして母はエレベーターの中へと姿を消した。

 そして米倉がかなえに右手を差し出していた。かなえは頷きながらその手を握り返すがその右手から伝わってくるものがある。

 

 強い力――

 温かい力――

 包み込む力――

 何者にも折られる事の無い〝護る〟力――

 

 警察と言う社会の守り手だけが持ちうる包容力に満ちた力がそこには有った。それはかなえがいつも母の背中に感じていた物だった。

 

「さ、行きましょう」


 米倉の言葉にかなえはうなづいていた。母は仕事へと向かった。それは誰も邪魔してはいけない大切な役目だ。ならば自分の役目はその仕事を〝待つ〟事だ。

 

「はい――」

 

 かなえは米倉に手をひかれながら署内の休憩室へと向かった。

 かなえにとっても長い夜の始まりであった。

 

 

 @     @     @

 

 

 一人の男性捜査員が今井に促されて状況を簡潔に伝える。


「武装警官部隊・盤古から4小隊が救援に向かったそうです」

「4小隊? そんなに?」

「はい、第2科警研の新谷所長が本庁の特攻装警運営委員会に打診してそこから動いたそうです」


 こう言うケースの場合、回収役と支援戦闘役とで2小隊くらいが妥当なはずだ。予想を超える人数に今井も驚かざるを得ない。

 

「そうなの。でもグラウザーとセンチュリーの回収に2小隊と考えても、残りは?」


 今井はエレベーターに乗り込みながら再び問いかける。今井と一緒にエレベーターに乗り込んだ彼は更に言葉を続けた。

 

「そこから先は機密事項扱いのため、詳細な説明は開示されていません。グラウザーのラインで警備部の近衛課長にも問い合わせましたが、警備部サイドでもまだ事実関係は掌握しかねて居るようです。例の刑事部公安部合同のベルトコーネ追跡のチームの管轄となって部外秘扱いになるそうです」

「なんてこと――、これでは混乱する一方ね」


 事実が最悪のまま推移し続ける現状に今井も溜息を吐かざるをえない。だが、それでも今井が育て上げてきた部下たちは優秀だった。ギリギリの状況の中でも諦めては居なかった。もう一人が声をかけてくる。

 

「課長、よろしいでしょうか?」


 今井は声の主の方を振り向く。機動捜査班の一人で増沢と言う男だ。


「これは俺達の勝手な推測となりますがアトラスの追跡探索のためかと思われます」

「え? どう言う事? アトラスたちがなぜこの件に絡んでくるの?」

「これは本庁筋ではなく湾岸の水上署の職員から漏れてきた情報なのですが、数日前にアトラスが水上署の偽装船舶の使用のための協力を打診していたそうなんです」

「アトラスが水上署に?」


 それは想定外の情報だった。今井も驚いた風だ。ちょうどその時にエレベーターが止まり扉が開いた。

 

「それで?」

「おそらくは以前に発生したベルトコーネの逃走のその後の追跡作戦の一環だと思うんです。そして偽装船舶を使ってまで行うことがあるとすれば――」

 

 そこまで話を聞いて今井にもピンとくる物があった。捜査課の執務室に向かいながら言葉を続ける。

 

「東京アバディーンへの上陸工作ね?」

「はい、それで8割9割間違いないと思います。グラウザーは外部協力者のツテを辿って陸路から潜入しましたが、アトラスたちは洋上から上陸したのでしょう。そして上陸後において何らかのトラブルに見舞われた」

「なるほど、それでアトラスの探索のために2小隊を向かわせるって訳ね」


 完全に情報不足に陥っている情報での推測だったが、今井としては今後の方針を考えるための指針にするには必要十分だった。部下の言葉に対してハッキリと頷いた。

 

「よくやったわね。おかげでこれからの指針について決められるわ」


 圧倒的に足りない情報、本庁でなく所轄であるがゆえの情報遮断。不利な状況下でも諦めずに僅かな情報をかき集めて積み上げるその姿は、警察の捜査課に身を置く者として最も大切な物だ。精一杯のねぎらいの言葉をかける。それはさらなるやる気と勢いを部下たちに対してもたらすだろう。

 

「それでどれだけ集まってる?」

「全員集合しています。警ら係の協力も取り付けてあります。他の捜査係からも協力してくれるそうです」

「わかったわ。みんなを集めてちょうだい」

「はい!」


 部下からのその言葉を耳にしながら捜査課の部屋へと入っていく。するとそこにはすでに複数の捜査課職員たちが待機していた。機動捜査課の朝を除く9名。捜査1係から5名、捜査2係からも3名ほどが協力してくれる事となった。彼らを目の当たりにして席につかずに歩きながら今井は声を発した。

 

「ミーティングをはじめます! みんな集まって!」


 多数の刑事たちが一斉に集まってくる。いずれも今井を信じて付き従ってくれている優秀な部下たちである。若きから老いた者まで数多くが揃っている。すでにいつでも行動できるように意識は高まっていた。

 

「有明沖埋立地帯の湾岸特別スラムに潜入調査に着任していた朝刑事とグラウザーに緊急事態が発生しています。2人の所在確認と救出を行います。宝田君状況説明を」

「はい!」


 今井に求められて宝田は説明を始めた。

 

「本日、夕方5時過ぎより開始されていた朝・グラウザーの両名による東京アバディーン潜入調査においてグラウザーと同行していた特攻装警3号センチュリーが、現在手配中の容疑アンドロイド体・個称ベルトコーネと遭遇。洋上からの望遠映像により交戦状態にある事が情報機動隊からの提供映像により判明しました。その際、同行していたはずの朝巡査部長刑事の姿は確認できず現在消息不明となっています。これに対し武装警官部隊・盤古より4小隊が救援及び回収のために出動することが確認されています。なお、確認済み情報として現場のグラウザーより特攻装警4号ディアリオを経由して第2科警研に、追加2次武装の装着の支援要請がなされたことが分かっています」


 宝田のその言葉に飛島が問いかける。

 

「例の開発途中の〝鎧〟だろう? 非常戦闘用の」

「はい。ベルトコーネとの戦闘の緊急事態打開のためにグラウザーから強い要請がなされたそうです」

「まだあれは未承認だろうに? よく許可が出たなぁ」


 飛島が驚き混じりに推測を述べれば今井が否定する。

 

「いえ、承認はまだ出ていないでしょうね。おそらく現場のグラウザー自身の判断によるものよ」

「アイツ自身の?」

「えぇ」


 今井の推測に皆が驚きを見せる。それを代表したように飛島が問いかえすが、それを今井はシンプルに肯定した。

 

「それだけ彼の現場判断能力が成長したと言う事よ。それに相手はあのベルトコーネよ? それ以外に選択肢は無いわ。私が指示を仰がれたとしてもゴーサインを出すでしょうね」

「じゃあなんで、こっちに連絡しなかったんでしょうね」

「そうですね。管理監督の責任は我々に有ります。開発元経由で直接お偉方の所と言うのも困りますね」


 飛島の疑問を宝田が補足する。当然の疑問だった。本来の業務上の流れから行けば直属の管理責任者である今井の所へと連絡が来るべきだ。その点は今井も合点がいかない。だが優先順位は他にある。

 

「気持ちは分からないでもないわ。あとで新谷所長に事情を聞くことにします。でも今は話を進めて」

「はい」

 

 皆が抱きつつある疑問を今井が矛先をそらしたその時である。

 

「今井課長! 涙路署の皆さん! お忙しいところ失礼します!」


 捜査課の課室に明朗な声をかけながら入ってくる人影がある。皆の視線が一斉に集まるがその人物の名を今井も驚きを持って口にしていた。

 

「新谷所長?! どうしてここに?」


 涙路署捜査課に姿を表した人物。それは第2科警研の所長である新谷だった。警視庁での話し合いを終えてすぐに来たのだろう。その手には書類入れの大判の封筒に入れられた資料を抱えている。

 

「いやぁ、グラウザーが自分の判断で2次装甲の遠隔装着をうちの大久保の所に支援要請をしてきたんですよ。それで私は本庁の特攻装警運営委員会に直行して承諾をとってきたんです。ですが、話の順序が前後しまいましたが今井課長や皆さんのところにも事情説明がてら顔を出したほうが良いと思いましてね」

「本庁に?」

「えぇ、委員会のお偉方にお墨付きをもらわないと何か有った時に問題になりますから」

 

 何かとはすなわち2次装甲装着の失敗、そしてグラウザーの敗北による破壊の事だ。絶対にあってはならないが、現在状態だとグラウザーの戦闘力不足を補う事が最優先だということは誰の目にも明らかだ。新谷の説明に飛島が問いかける。

 

「それで〝鬼の巣〟の連中はなんと?」


 鬼の巣――特攻装警運営委員会の事を揶揄する隠語だ。特攻装警を預かる者にとってはあの会議室は下手な査問委員会よりも背筋が凍るとは共通した意見なのだ。

 

「今回に関しては仔細あってもお咎め無し。思う存分やってくれと言うことです。副警視総監殿も即断即決で決めてくれました。いやぁ、今度の新副総監は話が早くてわかりやすいですなぁ」

「そうですか。良かった、これで後々の事を思い悩まずに済みます」


 新谷から副総監の決断の弁を聞いて、今井は安堵の気持ちを漏らした。警察は縦社会であり、責任所在が重視される組織だ。その責任について現場判断の最上部がお墨付きを出してくれたのだ、今井としても思い切り動ける事になるのだ。今井は更に尋ねた。

 

「それで装備装着の結果は?」

「それなんですが――、まだ作業をしている大久保から報告が来とらんのですわ」


 新谷の口から出た聞きなれぬ人名に飛島は尋ね返す。

 

「大久保?」

「あ、これは失敬。ウチの主任技術者です。人工頭脳学が専門でして、グラウザーの開発担当をしとる奴です」

「そうですか。それで成功の可能性は?」


 今井から可能性という言葉が出てくる。すなわちグラウザーの2次装甲装備の装着成功の可能性についてだ。それは今井のみならずこの場に集まる刑事たち全員が案じていることであった。それは同じ現場でグラウザーと轡を並べて難事件に立ち向かい続ける同胞として、抱いて当然の不安ごとだった。それに明確な答えを返すのは新谷の当然の役割である。

 

「ハードウェアレベルでは100%確実です」

「100%――」


 思わず追いかけるような声が漏れてくる。そして広がるのは安堵、だが新谷は続ける。

 

「ですが、もう一つのソフトウェア、すなわちグラウザーの〝心〟の問題がこれまでの装着試験の成功を阻んできました」

「心の問題?」

「はい」


 今井の問いかけに新谷は落ち着いた口調で答えた。

 

「アイツの戦闘プログラムは、これまでの特攻装警たちとは異なり、グラウザー自身の心と価値観に根深くつながっています。彼自身が『戦闘』と言う行為の本質を理解し、その必要性を彼自身が認める必要があるんです」


 飛島が新谷に問いかける。

 

「なんでそんな面倒くさい仕組みが?」

「おっしゃることはわかります。命令コマンド一つで武器が使えるようにする。それなら開発も運用もとても簡単です。育成だってこんなに時間も手間もかからんかったでしょう」


 それは今井も、他の捜査課の者たちも理解していることだ。グラウザーの育成がどれだけ大変なものだったかは身をもって知っている。だがその理由と必然性を新谷は告げた。

 

「ですが、その方式を採用したエリオットとフィールには重篤な欠点が生じました」


 新谷の言葉に今井は答えに気づいていた。

 

「〝二重人格問題〟ですね?」


 今井の言葉にさざなみのように広がる疑問に今井自身が説明する。

 

「警備部のエリオットは、戦闘プログラムが起動中と待機中では、別人みたいに性格が変わるのよ。戦闘プログラム起動中はバリバリの軍人肌。待機中はお坊さんみたいに無口で物静か。あまりに違いすぎるんで警備部の職員がどう接していいか戸惑うほどなの。フィールもエリオットほどではないけど、戦闘活動時は好戦的で性格が豪胆になるって言うわ」

「そういやそう言う話を聞いたことがあるな」


 飛島が記憶を掘り起こすようにつぶやいていた。そして新谷が告げた。

 

「ですが、警察が市民との対応を念頭に置いた時、やはり人として、そして人間の隣人として立ち振舞は人としてごく自然な方がいい。機械として装備として、性能を求めるあまり、人間という存在からかけ離れてはならない、と言うのが我々開発者としての結論だったんです。だからグラウザーには人間が当たり前に持つ闘争本能と言う形で、戦闘プログラムを内包させたんです。そうする事で二重人格問題を回避できる見通しとなった。ですがこれが仇になった」


 その説明に強く頷いていたのは飛島だった。現場での逮捕経験も豊富であるが故に新谷の説明の本質が痛いほど理解できるのだ。


「そりゃそうでしょう。我々だってのべつ幕なしに犯人制圧のためにキレるわけにはいきまんせんよ。それなりの動機と理由が必要ですよ。自らを奮い立たせ、そして他人を攻撃することを気持ちと理性が同時に納得している必要がある。理由なく怒り出すやつは単なるバカです。組織人としても、一般人としても失格です。だからこそ我々警察は証拠と事実とプロセスを重視する。それができない警察は単なる暴力装置でしかない」

「おっしゃるとおりです。アイツ自身が戦うと言う事の本質と意味を理解して体得できなければ、人としての〝闘争本能〟は目覚めません。そして闘争本能が必然性を持って行使できることが、アイツの『戦闘プログラム』が動くための必要条件なんです」


 飛島の言葉と新谷の言葉が繋がった時、場の全員が納得できるような空気が広がりつつ有った。そしてそれを追認するように新谷の言葉が続いたのだ。

 

「今までは研究室や実験施設の中で仮想的にしかグラウザーの闘争本能を引き出せなかった。ですが今回は違う。戦うべき〝敵〟が居て、戦わねばならない理由がある。そして護るべき存在も居る。あのエリアは貧しいスラム民が多数居るといいます。グラウザーにしてみればスラムの人々も護るべき大切な存在のはず。アイツの今置かれている状況から考えれば、失敗する要素の方が見つけにくいほどだ。ワシは今度こそ成功すると信じています」


 新谷の言葉に安堵の空気が広がる。そして今井が言葉を発した。

 

「所長の口からそうおっしゃっていただけると私達も安心できます」


 今井の言葉に新谷が頷きながら告げる。


「成功の可否に関わらず大久保から連絡が入ることになっています。入り次第お伝えします。それとワシがここに来たのはもう2つの要件があるんです。それの説明をさせてください」

「お願いします」

「一つ目はこれをお届けに来たんです」


 そう告げながら新谷は小脇に抱えていた書類入れの大判封筒を今井に差し出した。今井も受け取り次第、開封すると中を確かめ始める。

 

「所長、これは?」

「本庁の委員会に顔を出したあとに公安4課の大戸島課長から預かったんですわ。これを内密に今井課長に届けてほしいと」


 内密と言いながらあっさりと人前で今井に手渡す姿に飛島も苦笑せざるを得ない。

 

「俺達にも見せたら内密も無いでしょうに」

「いやいや、大戸島君にとって内緒にしたいのは別にいるんですよ」


 その言葉に反応したのは今井だった。

 

「本庁の刑事部の人たちですね?」

「はい、くれぐれもバレないようにと念押しされました。あくまでも個人的な提供資料としてほしいそうです」


 新谷のその言葉を耳にしながら今井は資料に目を通していた。すると資料の内容に今井の表情が変わっていくのがすぐに分かる。その変化に飛島も思わず問いかけていた。

 

「課長?」


 飛島が声をかけてから数十秒後、今井は驚くようにつぶやいていた。資料の中身が驚きに値するものだったからである。

 

「はじめ君ったら相変わらずね。人が悪いわ」


 驚き半分溜息半分、そして感謝の気持ちも入り混じっていた。飛島が今井の言葉に疑問を抱いたらしい。

 

「課長、公安4課長がなんで〝君付け〟なんです?」

「ああそれ? 別に大したことじゃないわ。公安4課の大戸島課長って私の大学時代の同窓なのよ」

「公安4課長が同期――ですか?」


 あっさり言い切る今井だったが、その言葉の中身にさすがの飛島も驚かざるを得なかった。


「彼と私は警察には同期にキャリア入りしたけど、アタシは所轄に入って、彼は公安部へと進んで行ったのよ。今でもたまーに連絡くれるのよね。ただ表向きは接触が無いようにしているの。彼自身に迷惑かかるし」


 そして今井は大戸島が送ってきた資料に目を通しながら言葉を続けた。


「一見、とっつきにくくて冷酷そうに見えるけど、彼あれでけっこう気配りできるのよ? 困った人がいると黙って手助けするの。相手がお礼を言おうとしても知らんぷりだけどね。お礼を言ってもしらを切るし、そもそも事が公になるとお互いに困ったことになるから皆もこの件は黙っていてちょうだい」

「なるほど、そういうことならわかりました。お前らもこの事は内密にしておけ。いいな?」

「はい!」


 今井の説明に飛島が同意する。そして飛島は部署内の捜査員たちに対して今回持ち込まれた資料が秘匿事項である事を促していた。そののちに今井は驚きの言葉を漏らす。公安の大戸島がリークしてきた情報の中身に驚きを感じているのだ。

 

「それにしてもすごいわね。やっぱりあの噂はほんとうだったのね」

「噂?」


 今井のもとに飛島が歩み寄り、資料を手にする。資料はA4サイズのレポート用紙が数十枚。そしてデータが記録されたメモリーカードが同封されていた。それらに目を通すが飛島も驚きの声を上げざるを得なかった。

 

「あの東京アバディーンの内情に対して、公安が独自に調査を続けていてそれもかなり詳細なところまで把握している、って噂よ。今回のベルトコーネがらみの合同調査でも、公安部が刑事部に対して未開示の情報があったんじゃないか? って疑う声が出ていたのよ」

「それがこれって訳ですか」

「えぇ、地理的情報や街区の内情、さらには主要な犯罪勢力の構成分布に至るまで、調べ上げているわ。これによるとあの東京アバディーンにて活動している主要犯罪勢力は〝6つ〟ね」


 今井が発したその言葉は何よりも重要な情報であることは誰の目にも明らかであった。皆が沈黙し、視線は一斉に今井の方を向く。誰もが今井の言葉にじっと耳を傾けていたのだ。

 

「一つがあの土地で最大の経済力を持っている外資系の貿易会社で『白翁グループ』、中華系の多国籍企業。事実上、あの中央防波堤特別市街区を経済的に掌握している連中と言っていいわね。次が現在、首都圏で最大の勢力と影響力を持っているステルスヤクザの『緋色会』」


 緋色会と聞いて飛島が呟く。


「腐ってもヤクザ、暴対法という時代の変化に即座に対応した連中だけあって目ざといですね。あそこに活動拠点を置いているわけではないでしょうが、影響力を有していていつでも動ける状況って事でしょう」

 

 今井はさらに続けた。

 

「それから外国人系のマフィア組織が3つ――

 一つがロシア系で『ゼラム・ブリトヤ』、大地の兄弟って意味の生粋のロシアンマフィア。軍人崩れの戦闘員や軍から流出した違法武器の密売がメインね。

 次が黒人系のカラードマフィアの流れをくむ『ブラック・ブラッド』、主要商品は麻薬と管理売春、戦闘員に違法サイボーグを多く抱えている上に、ドロップ・アウトした元軍人が多いのも特徴ね」

 

 ブラック・ブラッドの件に言葉を挟んだのは2係で知能犯を相手にしている捜査員で実年の岩明と言う男性刑事だ。

 

「その組織は山手線沿線の繁華街を中心に急速に勢力を拡大しているといいます。首領は〝モンスター〟って呼ばれている男でえらく頭が切れるって話です。ここ数年足らずで小規模な外国人マフィアを平らげてあっと言う間に大組織にした強者ですよ」

「ただ白人は徹底して嫌っているんで他組織と抗争が多いのも特徴らしいな」

「飛島さん、その通りです。しばらく前までロシア系マフィアなどとも小競り合いを続けていたといいます。米国本土のプリズンギャングとも連携しているとの噂です」

「そうか」


 今井がさらに続ける。

 

「そして3つ目がメキシコ・南米系のラテン系組織の『ファミリアデラサングレ』、血の家族と意味ね。南米の麻薬カルテルや中央アメリカのマフィア組織のMS13ともつながりがあり、サイボーグ技術の取り込みに非常に熱心。戦闘力も極めて高いとあるわ」


 そこで言葉を発したのは1係のベテランで床井と言う男だ。

 

「その組織はそこいらでは『サングレ』って呼ばれますよ。首領の趣味なのか美人のネーチャンが多くていずれもサイボーグ。外見に騙されて非常に高い戦闘力にやられたやつは多いと聞きます。ゼラム・ブリトヤとならんで活動拠点が曖昧だったんですが、やっぱりあそこに拠点が有ったんですね」

「そうだな。ならず者の楽園ってキャッチフレーズは伊達じゃなかったってわけだ」

「そうね、でももう一つあるの。これが一番問題になるでしょうね」

「どんな組織なんです?」

 

 飛島が問えば今井に変わって新谷が口を開いた。

 

「それは私が説明しましょう。第6の組織の名前は『サイレント・デルタ』、メカ系の組織で構成員は全員が匿名のアバター組織。生身の人間の存在は今に至るまでただの一度も確認されていません。私ら技術者・科学者界隈でも、とうとうこう言うのが出てきたかと腹を立ててる奴は相当居ますよ。とにかく、前例のない組織なんです」


 新谷の言葉に飛島が問うた。

 

「たとえば?」

「現在わかっているのは、すべての組織としての行動はネット上やロボット体による接触によって行われているって事です。つまりネットによる遠隔操作でダミーを動かして、それによりマフィア組織としての行動をこなしているんです。サイバーマフィアと言ってもいい。アバターである。遠隔操作のロボット体を捕らえても元を手繰れなければ意味がありません。それにロボット体は使い捨てが原則で、たとえ警察に回収されても組織実態につながらないと言う自信があるんでしょうな。不要となれば自爆や発火処理となり、迂闊に追いかけることもできないそうです。当然、ネット犯罪能力はトップクラス。おそらくあの東京アバディーンの土地で違法ネットセキュリティを仕掛けているのはこの連中だと思われます。一番厄介ですよ」


 そして新谷の言葉を受けて締めるように今井が告げた。

 

「そしてこれらの6組織を統括する組織名があって『セブン・カウンシル』と呼ばれているそうね」

「闇の評議会ってところでしょうかね」

「飛島さん、それで間違いないと思うわ」


 そこに宝田が問いかけた。

 

「でも変ですね。組織数は6、それなのにセブンって一つ足りませんよね?」

「それもそうだな。てことはまだ未確認の組織がもう一つあるって事か」

「そうね、それで間違いないわね。今後、あのエリアを調査する上で残り1つの組織についても追々調べることにしましょう」

 

 今井の言葉に皆が頷いた。重要情報の共有である。そして飛島が愚痴混じりに呟く。


「しかし――、こいつぁまいったな」


 飛島が頭を掻きむしる。

 

「この事が本庁の刑事部の連中に知られたら、相当嫉妬されるんじゃないですか?」

 

 飛島の言うことにも一理ある。本庁をすっ飛ばして一所轄にこれだけの重要書類がもたらされたとすれば、この事を面白く思わない者が現れたとしても不思議ではなかった。思わぬ嫌がらせを受ける可能性だって考えられるだろう。だが、その疑念に答えたのは新谷だった。


「それならご心配なくと、大戸島課長が言っておられました。同じ特攻装警を所有する者同士のラインで、警備一課の近衛課長にも同じ物を渡しておられるそうです。近衛課長は過去に機捜や暴対に居られたことがあるそうですから仲介役もそつなくこなせるでしょう」


 新谷の言葉に飛島たちが頷いている。


「それに、公安部が刑事部に直接接触するのは今までの長い因縁があるから容易では無いが、警備部や特攻装警開発元の私などがクッションとして間に入れば、情報の流れもスムーズになります。むしろこのやり方が定着するほうが望ましいとまで言っておられましたが、それについては私も同感です」


 そして飛島が納得した風に言葉を続けた。

 

「なるほど〝どちらでもない〟第3者を経由すれば、気まずい思いも減らせると言うことですか。考えましたね」

「でしょ? はじめ君ってそう言う所は昔から頭の回る人だったのよ。そう言う意味でも彼はいい意味で公安向きなのよ」


 そして今井が資料にざっと目を通し終える頃に新谷が告げた。

 

「それで公安が調べ上げた東京アバディーンの関する情報なんですが、特に今回のグラウザーと朝くんの救出に関して必要なところを大戸島君から聞いた話を元にかいつまみましょう」


 新谷が何時になく冷静な口調で説明を始める。普段、仲介役的な管理職に徹しているとは言え彼もれっきとした技術者である。情報と技術について説明するのは専門である。おちついた語り口が始まると居合わせた捜査課の捜査員たちは冷静に聞き入り始めた。

 

「市街地の地理的情報ですが、大別して2つに分かれるそうです。街区の真ん中を東西にメインストリートがカーブしながら伸びています。そしてストリートの南側を扇状に広がっているのが違法居住外国人があふれるスラム街です。そしてストリートの北側が高層ビルや高級マンションなどが立ち並ぶビジネス街区。スラムに住む人間が、ビジネス街区に巣食う違法組織の構成員に搾取される。これがあの街の基本的なスタイルだと言われています」


 新谷は大戸島がもたらした資料の中から東京アバディーンの空撮写真を取り出して皆に回し始める。

 

「その写真を見てください。高さの低い雑居ビルやバラックが並ぶ辺りが扇状周辺街区と呼ばれるスラムです。それに対して高さのある高層ビルがひしめくのが中央ビジネス街区。その中でも最も高さがある高層ビルが『ゴールデンセントラル200』これがあの街の中心部だそうです」


 その写真を目にして増沢が言葉を漏らす。

 

「わかりやすいですね。財力と権力を持つ者がより高い所へと位置してあの街を掌握しているということですか」

「仰る通りです。事実、あの中央防波堤特別市街区の土地の大半を所有しているのはゴールデンセントラル200のオーナーである白翁グループだと言います。さらに埋立地の南東の方向には開けた埋立地が未開発のまま残ってるそうです。今回、グラウザーたちの戦闘が目撃されたのは、扇状のスラム街区と未開発地域の境目の辺りらしいです。武装警官部隊では、ここへのアプローチを何とかして行おうとしています」

「グラウザーたちの救出のためね」

「はい。そのために2小隊を派遣しています」

「私達の所では4小隊が派遣されると聞きましたが?」

「あぁ、その件ですか。それは情報機動隊経由での出動です。表向きはアトラスとエリオットの救出、本当のところはディアリオを最深部に直接投入するそうです。情報機動隊としてではなく公安部としてね」

「公安部として?」

「さよう」


 想像以上に深刻な話を新谷はあっさりと言葉にした。怪訝そうに問い直す今井たちの言葉を新谷は肯定する。

 

「どうやら公安部では、あの埋立地の問題は末端の組織犯罪の取締では太刀打ち不可能と読んでいる様です。組織犯罪対策部や捜査部の論理で末端から攻めていては追い込みきれない。内部から違法組織が増殖と拡張を繰り返してやがては埋立地の外へと手を伸ばしてくる。そうなれば東京の治安回復はより困難になる。今回の特攻装警がらみのトラブルは公安の連中にしてみればむしろチャンスなんです。救出にかこつけて捜査と制圧の手を一気に伸ばすためのね」


 淡々と低い声で語る新谷の言葉は何時になく捜査課の人間たちの心に危機感を抱かせていた。今井たちがその危機感を具体的に口にしていた。

 

「とすると、残り2小隊って云うのは――」

「あれか! 情報戦特化小隊!」


 飛島が吐き出した言葉は恐れと嫌悪を帯びていた。けっしてその存在に対して好意も賞賛も寄せられては居なかった。


「そのとおりです。今井さん。飛島さん。ディアリオと情報機動隊よりも前に組織された情報犯罪対策と対機械戦闘の専門部隊です。そもそも情報機動隊が公安隷下に組織されたのは、この武装警官部隊に設けられた情報戦特化小隊の成功例が有ったからなんです。今回はディアリオとともにこの特化小隊が中央ビジネス街区へと突入するそうです」

「なんてこった――」


 重く苦しそうに呟く飛島に宝田が問いかけた。

 

「飛島さん。その情報戦特化小隊ってなんなんです? 盤古であることには変わりないんでしょう?」


 仔細事情を知らない宝田が口にした疑問は当然のものだった。だがその疑問を飛島は真っ向から否定した。


「宝田。あれは盤古の中に有りながら盤古ではない連中だ。情報戦と対機械戦闘に特化するために人間を辞めた連中だ。昨年の有明1000mビルのサミット警備でも問題を起こしかねないと言う理由で現場から外された程なんだ」

「なにしろ――」


 言葉を繋いだのは新谷だった。

 

「――通常の戦闘任務での負傷で障害を抱えてしまった盤古隊員を、サイボーグ技術の応用で現場復帰させることを建前に戦闘サイボーグ部隊をテストしようとして産み出された連中ですからな。警察としての倫理が連中にはどこか欠けている。犯罪者と犯罪技術への憎悪を内包している。それをあのならず者の楽園へと投入しようと言うんです。どれだけの被害者が出るか私にも想像つきません」


 新谷の言葉に重い空気が広がる。沈黙の中、口を開いたのは今井だった。

 

「はじめ君――そう言う事だったのね」


 不安と諦念が垣間見える憂い気な表情のまま今井は語る。

 

「この資料は警告なのよ。これほどの危険な街だから刑事警察の論理は諦めろと言う――、そう言う方針で公安が動いているから、くれぐれも気をつけろという警告メッセージ、対立関係に陥れば同じ警察が私たちにも牙をむく。だからこそ自分たちの身を守る事に徹しろという大戸島君のギリギリのメッセージなのよ」


 衝撃が皆の口から言葉を奪った。戸惑いと沈黙が広がりそうになる。だが、それを断ち切るように声を発したのは誰であろう。今井本人だった。

 

「だとしてもです、我々にも警察としての矜持があります。だまって指を咥えて見ているわけには行きません。皆も給料泥棒にはなりたくないでしょう?」


 今井は部下である捜査員たちの顔をじっと見ていた。それは組織を率いる者として行動と決意を促すために必要な力ある視線だったのだ。最初に声を発したのは宝田だった。

 

「当たり前じゃないですか! ここで黙って公安のやり口を見ていたら、俺達はなんて風に朝に話しかければいいんですか?! 体張って戦っているグラウザーにどう顔向けすれば良いんですか!? あいつらを胸を張って迎えるためにも今動かなくてどうするんです?」

「そうです、宝田の言うとおりです」

「課長! 俺達は俺達の論理とルールで堂々とやりましょう!」


 宝田に触発されるように次々に声が上がっていく。そしてそれらの言葉を総括したのは飛島である。

 

「今井さん。皆の意見はまとまりました。黙って指をくわえる連中は居ません。それにです――」


 一息区切ると宝田は力を込めて告げる。警察としての決意を現すかのように。

 

「――そもそも、あの中央防波堤特別街区は、我々第1方面の管轄エリアです。俺達の縄張りを俺たちが取り締まらなくてどうするんです。胸を張って乗り込みましょう!」


 今井は頷いていた。発せられた言葉の一つ一つを聞き入りつつ、その言葉に込められた意思を真っ向から受け取っていた。そして彼女は部署を預かる指揮官として当然の言葉を発したのだ。

 

「それでは皆に指示します。本庁とは別に我々でも独自にグラウザーと朝刑事の動向把握の調査を開始します。さらに物理的にあのスラム街区へのアプローチ手段を検討します。もし我々涙路署内部で力不足であれば、可能な限り外部協力者を確保します。戦闘の影響が広がる前にグラウザーたちの救出と回収をなんとしても成功させます。いいわね?!」

「はい!!」


 勢いのある声が一斉に上がる。やる気とテンションは最高潮だった。そして行動を開始しようとしたその時である。

 

「なんだと?! そんな馬鹿な!」


 耳にスマートフォンをあてて叫んでいたのは新谷であった。

 

「突入する盤古小隊に同行して第2科警研のVTOLが飛ぶはずだっただろうが! 拒否されただと? ――わかった。お前たちも独自に動いてくれ、こうなったら我々も公安と一戦交える! グラウザーたちの回収は我々で独自に行う! 私も同行する、すぐに涙路署の屋上ヘリポートに来てくれ! 頼んだぞ!」

「どうしたんですか? 所長?」


 当惑して今井が問いかければ、返ってきたのは憮然とした表情の新谷の顔であった。いつも朗らかに笑みを崩さない彼が人前で珍しく浮かべた〝怒り〟の表情である。ゆっくりと捜査課の面々へと視線を向けながら淡々と語りだした。

 

「我々、第2科警研でも特攻装警たちの回収のためのVTOL機を飛ばす計画でした。盤古隊員の支援を受けてグラウザーの所へと向かう予定だったんです。ですがそれを――」


 新谷はぐっと右の拳を握りしめながら告げた。

 

「盤古側から断ってきたと言うんです。どう言う腹づもりで誰が動いているのかおおよその想像はつきますがね」

「それは、つまり?」


 飛島が問えば新谷は強い口調で言う。

 

「公安の中に特攻装警計画に根強く反対している勢力があるんです。武装警官部隊を強化し、ゆくゆくは警察官の武装サイボーグ化を合法化する。そしてすべての武装警官部隊に武装サイボーグを主力として配備し、特攻装警を廃止に追い込む。そう言う事を企んでいる連中が未だに居る! 警察の非人間化を当然と思っている連中だ! 特攻装警計画はそう言う輩との戦いの連続なんです!」


 新谷の語る言葉の裏側からは、グラウザーの完成に至るまでに起こってきたであろう困難やトラブルの数々がにじみ出ていた。皆、じっその言葉に聞き入っていたのだ。


「くそっ! アトラスとエリオットとグラウザーとセンチュリー! まとめて一気に葬り去る気か! そうはさせんぞ!」


 語気も強く言い放ったときだ。新谷に今井が声をかけた。

 

「新谷所長」


 今井の声に新谷が振り向けば、今井は意味ありげな笑みを浮かべながら語りかける。

 

「そのお話、我々にも協力させてください。ウチの捜査員を同行させます。あの埋立地に行くにはやはり空路で行くのが最短ですから」

「今井さん。たしかに警察職員の方に同行していただけるのならばそれに越したことはありませんが――本当によろしいのですか?」

「ええ、ぜひ同行させてください。それに公安の方針が警視庁の総意と言う訳ではありません。我々にはまだ切り札が残されています」

「切り札?」


 疑問の声を漏らす新谷に、今井は力強く告げたのだ。

 

「本庁の警備部の協力を仰ぎます。警視庁にはまだ〝機動隊〟と言う存在があります」


 機動隊――SATと並び、武装警官部隊成立以前に、犯罪制圧の最後の砦として活躍していた日本警察の主戦力の一つだ。そしてその機動隊を掌握し運用する立場にある人物がいる。

 

「そうか! 近衛君に協力を仰げば!」

「彼の所にも今回の資料は行っているのでしょう? でしたら話は早いはずです。まさか大戸島君がそこまで計算していた訳ではないでしょうけど」


 今井は口ではそう言っていたが、内心では大戸島の配慮の深さを知っているだけにその可能性を感じずには居られなかった。大戸島とはそう言う男なのだ。

 そして今井は飛島に声をかけた。

 

「飛島さん。体力に自身のある者を何人か選んでください。新谷所長に同行させます。その際に防弾装備を支給してください。万一のことも考えられますので。私は近衛警備1課課長に連絡を取ります。第2科警研のVTOL機に機動隊のヘリを同行させる様に依頼します」

「わかりました。すぐに人選を行います」


 飛島も今井の弁を受けて指示を発した。

 

「おい! 俺の所に4人来い! グラウザーたちの迎えに行く気概のあるやつだ!」


 今、捜査課のメンバーの意思はそれまでに無いくらいに高まっていた。飛島の言葉に即座に若い捜査員が集まる。その中には朝の先輩である宝田の姿も有った。

 

「よし、装備課から防弾チョッキを借り受ける。そののちに屋上で待機だ」


 準備は整った。今井が皆に向けて宣言する。

 

「それではグラウザーと朝の救出を開始します」


 その今井の声を受けて飛島の口から激が飛んだ。

 

「行動開始!」

「はいっ!!」


 大声が一斉に飛び交い、慌ただしく行動が開始される。情報収集のために電話をかけ始める者、覆面パトカーで街に繰り出す者、第2科警研のヘリに同行する者――多種多様に全員が動いていた。

 

「課長、俺は海上保安庁に行きます。洋上から接近できないか交渉してきます」

「わかったわ。くれぐれも気をつけてね」

「了解です。増沢! お前も来い!」

「はい!」


 そして今井の声が新谷に向けられた。

 

「所長」

「はい」

「グラウザーは必ず助け出します。彼は私達が手塩にかけて育て上げた〝息子〟ですから」


 今井の母性を秘めた言葉に新谷は思わず頷いていた。そしてこう答えたのだ。

 

「無論です。こんな事で未来を捨ててはなりませんから」


 誰かがかつてこう言った。

 

――正義は死なない――


 今まさにそのための戦いが始まったのである。



 @     @     @

 

 

――一方、涙路署の休憩室。そこでは丸テーブルにノートパソコンを広げ、プラスティック製の椅子に腰掛けてネットを楽しんでいるかなえの姿があった。奇しくもその席は、新型リニア試乗会の話をネット越しに母親の槙子がかなえと会話をした時の席だった。席の後ろ側が壁になるので画面を盗み見られる心配が無いからである。


 テーブルの上にはペットボトルの清涼飲料水。サイダー系がかなえの好みだった。

 そして薄型のタブレットスタイルのノートパソコンを広げて、その上で両手でキータイプをしていた。普段から慣れているのかキータイプ速度は恐ろしく早い。時折通りかかる婦警たちが驚きの風でその様子を眺めている。

 

「あの子、だれ?」

「あぁ、捜査課の今井課長の娘さんよ。仕事が終わるまで待ってるんだって」

「へぇ、でもまだ小学生でしょ? すごくない?」

 

 大人のプロ並みの速度でのキータイプが信じられないらしい。

 

「当然よ。だってかなえちゃんホビーロボットのいろんな大会で大人に混じって活躍しているそうよ」

「へえ、すごいわね。才女の資質って遺伝するのかしらね」


 婦警がそんな事を会話しながら通り過ぎる。その言葉はかなえには聞こえていない風だった。そしてかなえがネットでアクセスしているのはあるサイトだった。

 

 

【 極秘会員制サイト            】

【  DocterUncle’s Lab. 】


 それは母である槙子ですら知らないサイトだった。そしてかなえのホビーロボットエンジニアとしての才能を伸ばしてくれた秘密の学びの場だったのだ。

 

【 Entry               】

【 ――Eyelis ID:Check―― 】

 

 ノート端末に備わっている小型カメラを接写モードにすると自分の目の虹彩を写し取る。そしてそこから得られたデータを元にIDチェックを行う。このサイトはかなえにしかアクセスする事ができないのだ。

 

【 Check OK            】

【 ――Please Come’in――  】


 入室が許されてかなえはサイトへと入っていく。するとその中は旧時代的なテキストベースのサイトではなく、3DVR空間を基本としたアバターサイトだった。かなえのアバターはふしぎの国のアリス。水色のエプロンドレスを身につけたおなじみのあのキャラクターだ。

 アリスのキャラクターは中世ヨーロッパの町並みのようなところの噴水広場に居た。周囲に建物やバザーが立ち並ぶ場所だ。行き交う人々はアバターであり、建物や設備はこのサイトのサブページだ。当然、それらのアバターのすべてが人間とは限らない。ネットシステムやコンピュータプログラムによる自動キャラの場合もある。するとそこに近寄ってきたのは長靴をはいたネコである。

 

【アリス:おひさしー            】

【ペロ :やぁ、久しぶり          】


 かなえが演じるアリスが声をかければ、長靴猫のペロも声をかけてくる。メッセージは音声オフで画面上に吹き出しで表示される。

 

【ペロ :しばらく来なかったね元気だった? 】

【アリス:元気は元気だよ。詰めの作業で忙しく】

【    てなかなか来れなくってさ。    】

【ペロ :今度の大会の準備?        】

【アリス:ノーコメ             】


 このサイトではオープンスペースでは個人特定に関わる話題はタブーである。ペロのコメントに赤いチェックが付いた。

 

【ペロ :あ、やべっ!           】

【アリス:ほらー! 出てきた赤ランプ!   】

【    ドクターに怒られるよ!      】

【ペロ :^^; ゴメンゴメン         】


 どうやらペロは少しうっかり者らしい。

 

【アリス:ここじゃなんだし個室移動する?  】

【ペロ :おK               】

【アリス:じゃ、いつものとこで       】


 そしてかなえは直接移動コマンドを展開するとショートカットアイコンをタッチする。そしてテレポートするかのように別な場所へと移動した。

 

 移動した先はファンタジーRPGの中に出てきそうな個室付きの旅籠だった。その中の個室の一室が2人の定番の場所らしい。アリスが先についてペロがあとから入ってくる。

 

【ペロ :おまたー             】

【アリス:はいな              】

【ペロ :それでどうなの次の大会の見通し  】

【アリス:機体は問題なし。故障もしなかったし】

【    ただ、プログラムが――      】

【    どうも判断処理が速度向上しなくてさ】

【ペロ :あ、考えてるうちに敵に先越されるっ】

【    ってアレ?            】

【アリス:そそ               】

【ペロ :ソースちょっと見してみ      】

【アリス:はーい              】


 そしてかなえは別窓でプログラムソースを画面展開する。するとそこには膨大な量のプログラム文章がリストアップされる。それはネットの向こうのペロの方にも表示されている。別窓展開は双方でリンクしており、ペロが操作したものがアリスの側でもシンクロして表示されるのだ。

 表示されたプログラムをペロがチェックしている。そのスクロール速度は恐ろしく早く、一般人には目にとめることも困難だ。それはペロがプログラム関連のスキルを持っている人間であることを暗に示していた。

 そして2分ほど経ってリストの動きが止まる。

 

【ペロ :ホラここ。見える?        】


 画面にマウスアイコンが浮かんでリストのある場所を示している。

 

【ペロ :ここの分岐構文間違ってる。これだと】

【    どっちも条件分岐しないでループする】

【    よ? ここが無限ループしてて他のプ】

【    ログラムの割り込みでループアウトし】

【    てる。それで時間がかかるんだよ。 】

【アリス:あー、(@_@;) ほんとだー    】

【ペロ :これをこうすれば         】


 ペロが即座に修正する。そしてサイトに備わった機能であるシュミレーターで仮想実行する。

 

【ペロ :ほら動いた。これだと判断早くなる 】

【アリス:ホントだー! ペロありがとう!  】

【ペロ :(⌒▽⌒) どういたしまして    】

【アリス:これわかんなくてさ。       】

【    ここ一ヶ月ずっとこん詰めてたんだよ】

【ペロ :あまり無理したらアカンよ?    】

【アリス:わかってる!           】

【    でも今度こそ優勝したくてさ    】

【ペロ :大丈夫だって。          】

【    アリスはソフトもハードも基本優秀だ】

【    から、ケアレスミス無くせばOKだよ】

【アリス:そう?              】

【ペロ :大丈夫だって。こないだの試合映像、】

【    NetTubeで見させてもらったし】

【アリス:え? なんでわかってるの?    】

【ペロ :(;^ω^)会話の内容で大体わかる】

【アリス:がーーん (+_+)          】

【ペロ :大丈夫、他のやつには話してない  】

【アリス:ほんと?             】

【ペロ :僕もこのサイト、強制退会になりたく】

【    ないし              】

【アリス:そういうのはドクターってすごいうる】

【    さいんだよね。(ーー;)       】

【    そうだお礼何が良い?       】

【ペロ :え? お礼? いいの?      】

【アリス:うん、バグ取り成功助かったし   】

【ペロ :そっか。じゃあ          】

【    今度RPGに付き合ってくれる?  】


 RPG、3D仕様のネットRPGだ。


【アリス:いいよー             】

【ペロ :おK、じゃあとで連絡する     】

【アリス:わかったー、(^_^)/        】


 2人がそんな会話をこなしていると、ペロが一区切り置いて言葉を続ける。


【ペロ :そういえば、聞いた?       】

【アリス:え? なにを?          】

【ペロ :〝クラウン〟の噂         】

【アリス:クラウン? あーあれ? 正体不明の】

【    謎のアバター           】

【ペロ :そうそれ。見かけると不幸になるとか】

【    死ぬとか言われてるやつ。     】

【アリス:それって都市伝説だよね? ^^;   】

【ペロ :僕もそう思ってた。でもそうでもない】

【    らしいんだ。           】

【アリス:どう言う事?           】

【ペロ :こことは別の秘密サイトで現れて  】

【    データ根こそぎやられた上にアバター】

【    壊されたやつがたくさん居るんだって】

【    皆言ってるよ。〝死の道化師〟って 】

【    実言うと俺の友達もやられた。   】

【    PCまで侵食されてアウト     】

【アリス:うわマジ?            】

【ペロ :ホント。だからアリスも見かけたら 】

【    気をつけな。           】

【アリス:らじゃ、十分気をつける。     】

【ペロ :本当ならその事でドクターに相談した】

【    かったんだけど。ここんとこ来ないん】

【    だよね。ドクターが。       】

【アリス:そうだね。姿見かけないね。    】

【    忙しいのかな。          】

【ペロ :だろうね。本業とかあるだろうし。 】

【アリス:でもさ。ドクターってさ何やってる人】

【    なんだろね。           】

【ペロ :ちょっとアリスそれヤバ      】

【アリス:え?               】


 サイト管理者であるドクター・アンクル。その素性を手繰ることは禁則事項である。アリスのアバターにも赤いチェックが付く。

 

【ペロ :ほら。赤ランプ。         】

【アリス:うわーん。(´Д⊂ヽ        】


 どうやらこのサイトでは赤いチェックは赤ランプと呼ばれて蓄積するとペナルティ対象らしい。

 

【アリス:赤ランプ無しでやってたのにー   】

【ペロ :付いちゃった以上、しゃーないよ  】

【アリス:うん、気をつける。        】

【ペロ :お互いにね。それじゃ僕はそろそろ 】

【アリス:うん、じゃーね。(・ω・)ノシ   】

【ペロ :BYE^2            】

【ペロ <LOGOUT           】


 そしてかなえも会話を終えてログアウトする。そして一人つぶやいていた。

 

「それにしてもほんと、ドクターって何してる人なんだろう?」


 ドクター・アンクル――精密にして広大な領域を持つサイトを有し、完璧なセキュリティを展開する。そして選ばれた才能を持つものに人知れず支援の手を差し伸べてくれる人。だがその素性は全くの謎の中だ。だが詮索は一切許されず、知ろうとする者には重いペナルティが課される。

 考えても詮無いことだ。かなえは再びネットへとつながると暇つぶしに別サイトへとアクセスし始めた。母が戻ってくるのはまだまだ掛かるはずだ。すると米倉から声がする。夕食を持ってきたらしい。

 かけられてくる声にかなえが返事をした。

 

「はーい。今行きまーす」

 

 長い夜が開けるのはまだまだ先である。


魔窟の洋上楼閣都市Part20『悪魔と悪夢』


挿絵(By みてみん)


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