サイドB第1話『魔窟の洋上楼閣都市』Part14『GUILTY ――断罪――』
神の雷現る……
第二章サイドB第1話『魔窟の洋上楼閣都市』⑭【GUILTY ――鉄槌――】
スタートです
本作品『特攻装警グラウザー』の著作権は美風慶伍にあります。著作者本人以外による転載の全てを禁じます
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そこは東京アバディーンの場末の辺縁エリアだ。
メインストリートから離れ、雑多な人種が集まる外周タウンエリアからも離れた倉庫街エリアである。そこから更に南方に行けば未開発の荒れ地が広がっている。その倉庫街エリアを貫く舗装道路の真っ只中、対峙しているのは二体の特攻装警と、テロアンドロイドのベルトコーネだ。
センチュリーのとっさの機転により視界を奪われたベルトコーネにグラウザーたちが立ちはだかっている。その姿を遠くから眺めているのは〝神の雷〟ことシェン・レイである。
彼の視界の中で特攻装警が時間稼ぎのための戦闘を開始していた。ベルトコーネに悟られれぬようにするために無言のままで体内回線を通じて会話を試みる。それはまさにアンドロイドならではのコミニュケーション手段である。
センチュリーがグラウザーに向けて命じる。
〔グラウザー! お前の単分子ワイヤーはベルトコーネの超音波視覚には映らない! 俺がアクセルケーブルでフェイントをかける! その隙に徹底的に縛り上げろ!〕
〔はい!〕
そしてさらに万全を期すためにセンチュリーはグラウザーに命じた。
〔それと俺の視覚とお前の視覚を同時共有する〕
センチュリーの秘した意図。それをグラウザーは即座に察知する。
〔双方の位置を正確に把握して、ベルトコーネの裏をかくためですね?〕
〔そう言うこった! やっこさんの目潰しもそう長くは効かねぇ! チャンスは一回こっきりだ! しくじるな!〕
〔はいっ!!〕
センチュリーの気迫の篭った叫びにグラウザーも俄然集中力が増した。敵が全ての手の内を一切隠さずに全力で全ての能力を開放してくるのだ、今の機会を逃したら次のチャンスはないだろう。ならば逃げも隠れもせずに持てる力を全開にするまでである。
二人はこの1分間を乗り切るための乾坤一擲の企みのためのシークエンスを作動させた。
【 特攻装警・体内基幹通信回線システム 】
【 同時相互共有シークエンス 】
【 】
【 AUTHER1:2号センチュリー 】
【 AUTHER2:7号グラウザー 】
【 共有回線ID№: 】
【 XBC00232993339 】
【 回線優先度レベル:S+ 】
【 】
【 AUTHER1/AUTHER2 】
【 >体内付加機能固有ID相互交換 】
【 >双方向回線確保 】
【 】
【 AUTHER1/AUTHER2 】
【 >各自視界情報を相互交換発信 】
【 受信情報の通常視界内での 】
【 スーパーインポーズ再生を開始 】
双方の情報を共有し、センチュリー主導で受け取った情報を自分の視界エリアの片隅にて即座に再生を完了する。センチュリーの視界の片隅にグラウザーの見ている映像が映り込む。同時にグラウザーの視界の片隅にもセンチュリーから見た映像が表示される。
【 3次元空間座標精密数値測位開始 】
【 ①:AUTHER1 】
【 ②:AUTHER2 】
【 ③:ENEMY>ベルトコーネ 】
【 】
【 相互位置測位3次元シュミレーション 】
【 >ホログラフ表示 】
【 ⇒ START 】
【 >高機能ボディバランスセンスシステム 】
【 相互位置を脳機能感覚野へ反映 】
【 ⇒ START 】
さらに講じた手段はそれぞれの座標位置と、視覚共有から推察したベルトコーネの位置情報を、特攻装警の二人の中枢頭脳の位置感覚やインスピレーションに作用する領域へと反映させることだった。脳機能への負担はやむを得ないが、敵を裏をかくには最高の奥の手だった。
それは単独で行動しているベルトコーネにはなし得ない、兄弟機として作られ同様の体構造を持つセンチュリーとグラウザーだからこそできる芸当だったのだ。
〔行くぞ!〕
〔はい!〕
センチュリーの掛け声にグラウザーが答える。そして、センチュリーが意図した位置イメージへとそれぞれは駆け出していく。
ベルトコーネの正面に位置したのはセンチュリーだ。負傷している身であることを隠さずに、あえて正面から立ちはだかった。残された左腕を腰の裏に回すとアクセルケーブルのグリップを取り出す。そしてそれをあえて敵の前で意味ありげに構えてみせる。センチュリーの放った電磁波閃光弾の目潰しで光を奪われたベルトコーネは正確にセンチュリーの位置を捉えてみせる。それはベルトコーネが光学視界以外の視力を持っていることの証拠でもあった。
そしてその証拠をセンチュリーは受信していた。聴覚系のセンサーが強いシグナルを捉えている。
【 聴覚系情報 】
【 >強レベル音波信号受信 】
【 >超高周波/知覚範囲外周波数 】
【 >超音波定常信号 】
それは声ではない。
それはましてや機械的な作動音でもない。
それは超音波と呼ばれる可聴範囲外の音波信号だ。それがレーダーの様に周期的に周囲をトレースしている。それを発してるのは誰であろうベルトコーネ自身でありその体内からである。
「よう、どこ見てんだよウスラデカ」
センチュリーの挑発の言葉はベルトコーネへと確実に届いていた。その顔が振り向きセンチュリーを怒れる形相で睨みつけている。しかし、その瞳はセンチュリーを正確には捉えていない。目で追っているのではないことは明らかだ。
「おー、おー、怒髪天をつくってやつだな。そんなに悔しいか。だが――」
センチュリーは左手を頭上へと上げると斜め下へと一閃させる。その手に握られたアクセルケーブルからマイクロアクチュエーターケーブルが勢い良く振り出される。
「ここで完全に終わりにさせてもらうぜ! ベルトコーネ!」
センチュリーは左腕を振り回し、アクセルケーブルのケーブルを自分の周囲を旋回させるように翻すと、ベルトコーネに向けて一路駆け出した。その姿をベルトコーネも捉えていたのだろう。すでに腕部末端の組織が劣化疲労の限界に達しているにも関わらず、両の拳をしっかりと握りしめ打撃の構えを取る。彼が狙うはセンチュリーの頭部である。
「俺を侮ったな! この程度で威力を失うような拳だと思ったか!」
そのベルトコーネの直前、敵の拳を警戒してステップを踏む。センチュリーは両かかとのダッシュローラーを駆使して体軸を右方向へとずらしながら左手を振るう。アクセルケーブルのワイヤーはそれまで描いていた円の形を崩すとベルトコーネの身体を下方向から上へと狙ってマイクロアクチュエーターケーブルを解き放つ。
その最中にセンチュリーが一人つぶやく。
「侮っちゃいねえよ」
ケーブルの動きを察知してベルトコーネが後方へと退く。動き回るケーブルで再び捉えられることを警戒しての動きだ。それを追ってセンチュリーが進み出しつつ左手を後方へと振ってケーブルを戻す。ケーブルはコイル状に巻き取られて次の攻撃にスタンバイする。
「お前はこの程度で止まるようなタマじゃねえからな」
進み出てきたセンチュリーにタイミングを合わせるかの様に、ベルトコーネは後方へと退く動きを止める。それはフェイントであり敵を手元へと引き込むための奸計だった。反転して踏み出すと、二人の距離は必然的に一気に縮まることとなった。
未だ、ベルトコーネの滅びかけの魔拳は完全に潰えてはいない。今なお常識はずれの威力を宿しており、後のダメージを省みることがないのなら、グラウザーやセンチュリーを相手にする事など造作も無いのだ。
左手を後方へと引き絞る。右手は眼前へと構え二撃目のモーションに備えている。
引き絞った左の拳はまだまだ健在だ。たとえ一撃でもセンチュリーの急所にヒットさせれば今度こそ再起不能にできるはずだ。そう認識しているベルトコーネは、絶好のチャンスを得てさらなる攻撃を加えようとしていたのだ。
ベルトコーネが言う。
「無論だ」
左足を前方へと震脚すると体軸の回転を加えて拳へと勢いを加える。そして、ベルトコーネはセンチュリーに言い放つ。
「この街の全てを破壊し尽くすまで止まらんぞぉ!!」
ベルトコーネの超音波視覚が正確にセンチュリーを捕える中、逃げることは不可能に思えるほどに絶妙なタイミングと位置関係で、ベルトコーネの左拳は放たれようとしていた。
「死ねぇ!」
懐に構えた拳を発射される弾丸のように一気に解き放つ。その魔拳がセンチュリーの頭部にヒットしたならそれは間違いなく悲惨な結果をもたらすだろう。絶望がこの街に襲いかかり、最悪の悪夢でこの戦いを締めくくることになるのだ。
「そいつぁ御免こうむる」
その言葉がベルトコーネの抱いた邪悪な確信を敢然と拒絶する。そして次の瞬間、ベルトコーネが自らの背後に感じたのは予想外の位置から姿を現したグラウザーである。
「まだ終わっちゃいない!」
グラウザーが両腕を構えている。右腕のブレードは収納され、その構えはボクシングのジャブを思わせるシルエット。肉眼ではない超音波視覚であるがゆえに後方への視界を確保する事は容易いことだった。
それは思い切り離れた位置からの踏み込みであり、ベルトコーネが光学視界で無いが故に可能だったあまりにダイレクトなフェイント攻撃である。
「背後か!」
ベルトコーネの身体が不意にしゃがみ込む。そして右足を軸にして左足を振り出すと、グラウザーの足元目がけて低空の回し蹴りを見舞う。地面すれすれの地を這うような見事な水月蹴りである。
それを警戒したのか踏みとどまったのはグラウザーだ。それを追ってベルトコーネがさらなる攻撃を見舞う。蹴り技を得意とするグラウザーのお株を奪う見事なまでの低空から上方へと蹴り上がる回し蹴りである。
水月蹴りを繰り出して後方へと完全に向き直ると、今度は左足を軸に重心を移動しつつ、強引な力技でしゃがんでいた体勢から立ち上がりつつ、恐るべき速度で右足の廻し蹴りを繰り出したのだ。それはまさに一撃必殺の威力を秘めた重爆蹴りであった。
「喰らえぃ!」
ベルトコーネは確信していた。攻撃の成否についての結果を。
センチュリーが放ったケーブル型兵器のシルエットは知覚しているが、それはヤツの手の中でいまだ放たれてはいない。攻撃が加えられたとしても、周囲360度への正確な知覚能力を持つ超音波視覚なら、回避のタイミングを正確に捕えることは容易いこと。
ましてやこの位置関係でのグラウザーとの格闘戦なら、万に一つも遅れを取ることはあり得なかった。拳は劣化したが蹴り技には今なお威力に衰えはない。
一撃でいい。攻撃がヒットしたのなら、この囲みを抜け出して逃走することは可能だ。そして自己修復能力で必ずや戦力を取り戻し、再びこの地に舞い戻ってこれるはずだ。
戦いは終わらない。復讐は終わらない。
かつての主人が残した理念を達成する戦いの旅路はこれからも続く。
ベルトコーネはそう確信していたのだ。
「俺はまだ終わらんぞぉ!」
グラウザーの頭部への痛烈な一撃を確信しつつベルトコーネは叫んでいた。確信が勝利の実感となるはずだった。だがそれに対して返された言葉は、誇りある拒絶である。
「そうは行くか!」
グラウザーの叫びがこだまする。それと同時にベルトコーネを襲ったのは強烈な力で引き止められた蹴り足だった。ベルトコーネの右足を何かが捉えてその動きを否定している。それは見間違いでも錯誤でもない。ベルトコーネを捕縛していたの物――
それはベルトコーネの周囲からくまなく張り巡らされた、超微細で視認の困難な単分子ワイヤーの群れである。
単分子ワイヤーは周囲の建築物の構造を巧みに利用し、まるで獲物を捉える蜘蛛の巣のようにインビジブルな罠を張り巡らせていたのだ。そのワイヤーの元を辿っていけば、そこにあったのはグラウザーのアーマーギアの両指であった。センチュリーが自ら囮になりながら、この瞬間のためにベルトコーネの攻撃を引き込みつつ、単分子ワイヤーの群れに敵を捉えることを画策したのである。
そしてその企みは今まさに成功したのだ。
「ベルトコーネ! お前はここで終わりだ!」
グラウザーの怒りの叫びが轟く中で、漸くに晴れてきたベルトコーネの光学視界は、彼にもたらされた現実は残酷に伝えていた。縛り上げられていたのは右足だけではない。左足、左腕、右腕、頭部、胴体――その全身は余すところなく目に見えないほどの単分子ワイヤーによって固定されていたのだ。
「アーマーギア特殊装備、超高強度単分子ワイヤー『タランチュラⅡ』――トラップ展開成功、治安維持抵抗対象拘束完了!」
そして、拘束の完了を確信して、ワイヤーを指先から切り離す。
「さぁ、裁きの時だ。ベルトコーネ!」
そしてそれは断罪の権利を有した法的執行者だけが宣言することのできるキーワードである。
だがそれに対してベルトコーネが抵抗を試みるのは当然の行動であった。
「こんなワイヤーなんぞ!」
そうだ、この程度の単分子ワイヤーなどこれまでに何度も引きちぎってきた。慣性質量制御を駆使して何度も断ち切ってきた。今度もそうだ。少しづつ着実に千切ってしまえばいい。俺にはそれができる――
――ベルトコーネは内心でそう確信を抱いていた。ワイヤーを引きちぎろうと全身に力を込めて慣性質量制御を局所的に何度も発動させる。対象範囲を極小化して〝力〟を加えることで、慣性質量制御の威力を〝切断力〟にする事も可能なのだ。
アラブ系住民の襲撃部隊の鋼材攻撃――
ラフマニの単分子ワイヤー――
それらから逃れたのは全てこの慣性質量制御を駆使しての事である。
それらの再現とばかりに能力を講師する。だが、ベルトコーネはすぐに異変に気づくことになる。
「無駄だ」
グラウザーの声が聞こえる。
「お前の能力で簡単に千切れるような単分子ワイヤーじゃない!」
冷静に、冷酷に、グラウザーは告げていた。腰の裏に備えていた銃型ツール【MFバスター】を展開するとその銃口をベルトコーネに向けて突きつける。
【 特攻装警第7号機・武器管制システム 】
【 銃型多機能兵装 《MFバスター》 】
【 機能#3:カーボンフレシェット 】
【 >モード起動 】
【 >超高強度カーボンフレシェット弾体 】
【 高速生成 】
【 >同完了、電磁カタパルトスタンバイ 】
【 >射出トリガー信号〝待機〟 】
MFバスターの銃口がベルトコーネの頭部を正確に狙い定めていた。
「それは僕達の体を作り上げた技術者たちが、治安の回復と平和への願いを込めて、丹精込めて作り上げた世界で最高強度の単分子ワイヤーだ。熱・電磁波・超音波・酸・アルカリ、あらゆる外的要因に耐えうるように何度も何度も失敗を重ねながら作り上げた物だ! 暴力の行使と蔓延を望むキサマの汚れた力で断ち切れる代物じゃないんだ! おとなしく観念してスクラップになれ! ベルトコーネ!」
このテロアンドロイドがこの地に至るまでに何度も何度も繰り返された暴力とテロと殺戮、それは止まること無くさらなる犠牲者を望むのだ。ならば今度こそ断罪して全て葬り去るべきだ。そうグラウザーは確信していたのだ。
「おっ、おのれぇ! グラウザー! キサマぁ!!」
ベルトコーネの口から怒りの言葉が解き放たれる。そして諦めること無く全身を駆使しての抵抗がなおも続けられていた。終わらない。戦いはなおも終わらない。まさに不毛としか言いようのない結末である。
グラウザーはその状況に、内心忸怩たる思いを抱かずにはいられない。何時になったらこの世界は平和と安息に満ちるのだろう? と――
だがその時、センチュリーから体内回線経由のメッセージが入感する。
〔グラウザー、気をつけろ!〕
〔兄さん?〕
グラウザーが問い返せばセンチュリーが深刻そうな声で告げてくる。センチュリーは自らの視覚センサーで得られる情報の全てからその答えを導き出していた。
〔単分子ワイヤーにダメージが発生している。何本か切れそうになってる。時間の問題だ〕
〔まさか?〕
〔そのまさかだ、コイツ、ワイヤーが外部衝撃を分散する構造になっている可能性を考慮して、極小化された慣性質量制御を2つ――いや4つの異なる方向へと同時に発生させて確実な切断を行おうとしている。俺の高機能視覚センサーで得られたデータを分析した結果だ。間違いない。いずれは切断される! 同じことの繰り返しになる!〕
〔なんてやつだ!〕
〔あぁ、ここまで厄介な特殊能力にお目にかかったのは俺も初めてだぜ! こんなもんどうやってお終いにしたらいいのか――キリがねぇ!〕
吐き捨てるような口調でセンチュリーが告げている。如何にして終結させればいいのか、如何にして終わらせればいいのか、まさに決定打を欠く状況だった。
二人の特攻装警たちが途方にくれていた。
まさにその時――、二人の会話に割り込んできた声がある。
〔心配ない。これで終わらせられる〕
それはあの〝神の雷〟だった。それはまさに待ちに待った知らせだった。
〔ここからは私がやる〕
そう告げる言葉は何よりも力強さと気高さに満ちていた。センチュリーはシェン・レイに思いを込めて告げる。
〔頼んだぜ――神の雷〕
その言葉に込められた思いを耳にして、シェン・レイは無言のままセンチュリーやグラウザーに視線を送る。それと同じタイミングで振り向いた二人に、シェン・レイははっきりと頷いて答えたのである。
@ @ @
〔1分ですね?〕
〔わかった。やってみるぜ〕
若い男性の声が二人分帰ってくる。それを耳にしているのは神の雷ことシェン・レイだ。
闇夜の薄暗がりに沈む荒れた街路の上、その視線の先に捕らえているのは2体のアンドロイド警官と1体のテロアンドロイド――、特攻装警の二人とベルトコーネである。
シェン・レイは両足を広めにスタンスをとって佇むと、自らが全身にまとっているウェアラブル装備のコンディションをチェックしつつ音声メッセージを返す。無線回線のその先の特攻装警の二人に向けた返答である。
何時になく意識がクリアになるほどに冷静にクールに思考が冴えている。シェン・レイは抑揚の押さえられた落ち着いた声で答えていた。
〔頼むぞ。こちらも作業を開始する〕
その声に対して返ってくるのは、未来の可能性を秘めた若い力を象徴するような声だ。
〔はい!〕
シンプルな返事だが、そこに込められた思いはストレートだ。作業を開始するシェン・レイの口元には自然に笑みが漏れていた。無線音声回線を切ると思考操作で自らのウェアラブル電脳装備の全機能を立ち上げる。そして、シェン・レイの周囲の空間に3Dホログラム映像による仮想ディスプレイが立ち上がっていく。さらに3Dホログラムのヴァーチャルキーボードも浮かび上がる。
シェン・レイが闇社会において最強の電脳犯罪者の名を得ている理由の一端。
それは、何時いかなる時でも自由自在にネットアクセス、電子システム介入を可能にする、超高機能のウェアラブルコンピューターシステムを有しているが故である。
【インナースーツ】――身体の上に直にまとっており、装着者のシェン・レイの体温や発汗などのケアと、全システムの通信信号のバイパス回線を成している。
【ジャケットスーツ】――インナースーツの上に着ているのがダークメタリックの人造レザー風の全身スーツで、繊維自体が蓄電性能を持った一種の〝電池〟である電源繊維で出来ており、ウェアラブルコンピュータの電源を賄う機能を持つ。
【ウェアラブルサーバージャケット】――さらにその上の胸部に装着しているチョッキタイプの肉厚ジャケット。防弾チョッキの外見と機能を有するが、その中に収められているのは超高機能なコンピュータープロセッサーユニット。12のサブユニットから構成されるマルチプロセッサータイプのコンピューターだ。
【ソーラーコート】――最も外にまとっている漆黒のロングコートで、太陽電池パネルの機能を有し自家発電を可能にしており、周囲の空間に仮想ディスプレイやヴァーチャルキーボードを投影する3Dホログラム装置を多数内蔵している。
【サイバネティックス・インターフェース・グローブ】――両腕にはめており、微細な人工筋肉繊維が内部に仕込まれている。バーチャルリアリティとしての人工的な触感を再現可能なデーターグローブであり、メカニカルな外装は非常戦闘用のナックルとしても使用可能。
【ディスプレイゴーグル】――多重液晶スクリーン構造の大型ゴーグルでヘッドマウントディスプレイとして機能する。脳波誘導のインターフェイス回路も備わっておりシェン・レイの思考で様々な操作を行うことが可能。
自己開発したそれらのアイテム群を身にまとい、日進月歩で変化を続ける電脳犯罪の世界に身を投じて日夜戦い続けているのが彼――シェン・レイなのである。
「全システム起動、フルスペック開放」
思考誘導にみちびかれて起動を始めたコンピュータープロセッサー群に向けて、シェン・レイは音声コマンドを送った。それまで準起動状態のアイドリングモードであったものが、120%のレベルで全機能を開放する。
「ウェアラブルシステム、ブートアップ」
さらなる音声コマンドを送り、ウェアラブルシステムの基幹OSを立ち上げる。周囲の空間に投影されている3Dホログラム映像の仮想ディスプレイに起動メッセージが瞬時に表示された。
【 Southern Cross Operating System
【 Version 12.7
【 Boot-up sequence
【 > Check start
【 #0001: > #0002: > #0003: > #0004: > #0005: > #0006: >
【 #0007: > #0008: > #0009: > #0010: > #0011: > #0012:
【 All sub processor unit
【 > Check OK
【 Spatial multiplex communication network
【 > Access standby
【 > Connection ID: Main line: # XXX00004398743
【 > Connection ID: Sub Line: # XXX00002729835
【 > Real time variable password:Checking clear
【 [Connection requirements are satisfied]
【 > Main / Sub Connection OK
【 > Line priority setting: highest degree
【 Confirmation of all storage device status
【 > Unit # 0001 # 0002 ............... # 0047
【 [Check Okay No Error]
【 Visualized interfaces system
【 > Operation start
起動メッセージが一瞬にして流れされば、各種ツールプログラムが実動作可能なヴァーチャルインターフェースシステムが作動を開始する。
【STAND BY】の表示がされて使用できなかったヴァーチャルキーボードも作動可能状態であることを示す。全ての準備は完了した。あとは対象攻略のために必要なツールプログラムを行使するまでだ。
空間に浮遊するヴァーチャルキーボードを展開してツールプログラムを選択し即座に起動する。
【 High function Android Deep system 】
【 maintenance program 】
【 ――Daedalus―― 】
そしてさらに操作対象を指定する。
【 Operation target select ―― 】
【 > Target NAME:BELTCOUNE 】
当然ターゲットはベルトコーネにほかならない。さらに進める作業はベルトコーネの体内システムへの侵入である。
【 Access mode 】
【 > High cracking 】
【 Variable unique ID 】
【 [designation OK] 】
【 Realtime variable password 】
【 Cracking logic Specified 】
【 > Patching by external file 】
【 External file specification 】
【 File name:Marionet-Lola-Alteration 】
【 Cracking sequence START 】
操作過程を示すメッセージの中にはある人物の名が記されている。
マリオネットのローラ。ベルトコーネと創造者を同一とするアンドロイドである。
そこから採取した固有IDファイルを改変・拡張したものがそこに含まれていた。ベルトコーネのセキュリティシステムの一部データに強制上書きする事で、セキュリティシステムの一部をこじ開け、そこから深部システムのIDチェックをクラッキングする。その行為にはシェン・レイがローラに対して秘して抱いていたもう一つの狙いが示されていた。
【 Higher internal system security 】
【 > Variable unique ID 】
【 > Realtime variable password 】
【 [ Overwrite "COMPLETE" ] 】
【 Cracking sequence SUCCESSED 】
SUCCESSED―― すなわち〝成功〟の文字が画面を踊った。
「鍵は開けられた――」
静かなつぶやきを持ってしてシェン・レイは冷たく微笑んだ。
「さぁ、ベルトコーネ――、キサマの狂える魔拳を封滅させてもらうぞ」
シェン・レイの視線は彼方で特攻装警たちと拳を交えているベルトコーネへと向いていた。その視界の中では特攻装警の二人が持てる力の全てを込めて最大にして唯一の奸計をベルトコーネへと仕掛けようとしていた所であった。
肉眼では視認の困難な漆黒の単分子ワイヤー――、それが空間を縦横無尽に駆け回り、瞬く間に不可視のトラップを形成している。肉眼では見えないが、シェン・レイの光学処理されたゴーグル越しの視界であるならそれは十分に視認可能である。
目潰しを仕掛けられ通常光学視界を奪われたベルトコーネが、超音波視覚の特性を逆手に取られてまんまと単分子ワイヤーの蜘蛛の巣へと捕らえられたところである。ベルトコーネは必殺の蹴りを空中で固定されたような姿勢で全身を拘束されていた。脱出は明らかに困難であり、たとえ脱出できたとしても相当な時間がかかるであろう。
「流石だな。日本警察の名を冠しているのは伊達ではないというわけだな」
ならば彼らの役目はひとまず終わりだ。その事を彼らに知らせなければならない。その時二人の会話が聞こえてきた。
〔なんてやつだ!〕
〔あぁ、ここまで厄介な特殊能力にお目にかかったのは俺も初めてだぜ! こんなもんどうやってお終いにしたらいいのか――キリがねぇ!〕
ベルトコーネの脱出の可能性を知った特攻装警の二人はさらなる焦りを見せている。
いや。ここまで仕掛けてくれたのならばもう十分だ。後はこちらに任せてもらおうではないか。シェン・レイは無線回線を通じて二人に呼びかけた。
〔心配ない。これで終わらせられる〕
驚く顔が垣間見える。シェン・レイはさらに告げた。
〔ここからは私がやる〕
それはねぎらいであり賞賛の言葉である。求められた仕事を完ぺきにこなしたが故に、シェン・レイがその後を引き継げるのだから。その言葉の賞賛のニュアンスを彼らも察したのだろう。センチュリーの声で返事が返されてきた。
〔頼んだぜ――神の雷〕
それもまた感謝と賞賛を含んだメッセージだ。互いが互いを視線で確認し合い頷きあう。そしてそれはなすべき作業がバトンタッチされたことを意図していた。
――ならば渡された役目を私もこなそう――
シェン・レイは自らの胸中にそんな思いを抱いたのである。
@ @ @
ここからヤツに下す物――
それは『鉄槌』にほかならない。
どれほど殺しただろう?
どれほど壊しただろう?
どれほど不幸に陥れただろう?
どれほど恐れさせただろう?
どれほど絶望を味あわせただろう?
どれほど失わせただろう。
どれほどの人々を苦しめただろう?
罪悪感も持たず、
罪を理解もせず、
償いもせず、
詫びもせず、
疑いもせず、
妄執し、
狂信し、
服従し、
崇拝し、
襲い、
壊し、
殺し、
消し去り、
暴走して、暴走して、暴走して、暴走して――
そしてヤツはいつしか〝狂える拳魔〟の名を冠するようになった。
それは彼が自らの意志で始めたものではない。
創造主によってそうなるべく造られたのだ。その意味においては同情すべき部分はあるだろう。だが選択ができなかったわけではない、自由がなかったわけではない。
歩みを変えることはできたはずだ。
罪を認め、過ちを認め、償うことはできたはずだ。
おのれの手首に課せられた鎖を受け入れ、咎を受け入れることは可能だったはずだ。
しかし、彼はそれを拒否した。
彼の〝妹〟は罪を認識した。おのれの咎を受け入れた。救いを求める者たちの声を聞き、過ちの歩みを止め生き方を根底から変えた。そして創造主に課せられた宿命という名の見えない鎖を断ち切り、最果ての地において何も持たざる乳飲み子たちのために命をかけて彼らを救い償いの生涯を生きると心に決めた。
そう、たとえアンドロイドだとしても自ら罪は認められるのだ。
だがヤツはそれを拒絶した。
鎖と軛を断ち切り、檻を抜け出し、罪もない人々を殺め、逃亡の道を選び――
逃げて、逃げて、逃げて、逃げて――
夜の闇に潜み、潜み、潜み――
かつての仲間を追い求め、その償いの日々の姿を侮辱し、
その終局にはついに、何の罪もない小さな命を無碍に刈り取ろうとした。
それはただ、かつての殺戮の日々へとかつての仲間を引きずり戻そうとしたいがためであった。
愚かである。
ただひたすら愚かである。
有害である。害悪である。この世界には存在を許されない。
狂える拳魔――その者の名は〝ベルトコーネ〟
マリオネット・ディンキーと呼ばれた老テロリストが残した、悪夢の残骸である。
そしてもうひとり、
その者は人々から〝神の雷〟と呼び称されていた。
真の名はシェン・レイ、あえて社会の法に背を向けて闇社会に潜み、その持てる力のすべてを注いでこの世界の片隅にうずくまるようにして生きている〝持たざる者たち〟のたちを救い護るために生きると誓った者である。
その彼が最も心を砕いて護っていた者たち――、それがハイヘイズと呼ばれる混血の無戸籍孤児たちであった。
あらゆる社会から、あらゆるソサエティから、あらゆる民族コミニュティから、排除され、無視され、黙殺され、いずれは飢えて路上で息絶えるはずの子たちであった。彼はそのハイヘイズの子らに生きるチャンスをもたらすために全力を注いできた。あらゆる社会へ立ち向かい、あらゆるソサエティと対立し、あらゆる民族コミニュティと対話し、常にその小さな合われた子たちが胸を張って生きていける道を作り上げるために戦い続けてきた男だ。
その彼が心血を注いで庇護して来た命――、それにベルトコーネは手をかけた。
拳を振るい、小さな命を刈り取ろうとした。
失われては居ない。だが、まだその命がどうなるかは油断を許さない。
そしてシェン・レイはある事実に気づいていた。
この不幸をもたらしたベルトコーネと言う狂える拳魔を再び解き放てば、何処かの地にてまた同じような悪夢と惨劇をもたらすであろうという事だ。
あの拳魔を生み出し、育て上げ、そして妄執の如きドグマを与えた老テロリストはすでに息絶えた。誰もかの老テロリストを認めるものは居ない。その遺志を受け継ぐ者も居ない。ただ狂える拳魔と呼ばれるアンドロイドをおいては――
ならばそうだ――
「もう、終わりだ。ベルトコーネ」
――終わらせねばならないのだ。
今、全ての準備は整った。シェンレイは自らの周囲に展開した仮想ディスプレイ群をそのままにして歩みを進めた。そして、ベルトコーネの背後10mほどの位置に立つと静かに語りかけたのだ。
――ザリッ!――
シェン・レイが足元の砂利混じりの砂を踏みしめる。そして心持ち足を開いて静かに佇む。その眼前には拘束されているベルトコーネ。そして、その周囲には二人の特攻装警。今まさに彼らの邂逅は始まったのだ。
先に口を開いたのはシェン・レイだ。
「初めてお目にかかるな。ベルトコーネ――貴殿の名は嫌というほど耳にしている」
その声を聞きベルトコーネは身を捩り後方へと視線を向ける。そしてその先に居るものの姿を目の当たりにする。
「貴様――シェン・レイ? まさか神の雷か?」
そこに立つ者の姿を目にしてベルトコーネは驚きに目をむいた。
「ほう? 貴殿ごときでも私の字名を知っているらしいな。だが光栄に感じるわけにはいかんな。狂える拳魔よ」
ベルトコーネは己に課せられている別名を呼ばれて怒りの視線を投げかける。
「貴様にその名を呼ばれる言われる筋合いはない!」
怒りを全身で発露させる。そして、グラウザーに仕掛けられた単分子ワイヤーの蜘蛛の巣の如きトラップを引きちぎるべく全ての力を解き放とうとする。その時、グラウザーが放った単分子ワイヤーの群れは不気味な軋み音を立てていた。
――キリッ、キリリッ――
その音が事さらに不安を掻き立てる。最悪の事態を警戒してグラウザーは右手からパルサーブレードを展開させると、シェン・レイを背中の方に庇い護ろうとする。だがその動きをシェン・レイは諭した。
「グラウザーと言ったね。気遣いありがとう。だが私には不要だ。今はこのトラップを守る方を優先してくれたまえ」
その言葉にグラウザーは素直に頷く。そしてそこから離れてベルトコーネに仕掛けられた〝戒め〟の成り行きをじっと見守る。そんな遣り取りをするシェン・レイをセンチュリーが横目で見ている。シェン・レイはセンチュリーにも声を駆けた。
「こうして直接に会うのは初めてかもしれんな。〝ハイウェイの狩人〟」
それは闇社会の住人たちがセンチュリーに対して付けた別名であった。今のセンチュリーはそれなりに変装をしている。頭部だけに限っていうのならばセンチュリーもフィール同様にヒューマノイドタイプとしての外見には自身があった。ヘルメットを外しちょっと手を加えれば外見的印象がガラリと変わる。特にヘルメットをオフした姿はいざという時のために外部には一般には非公表となっているはずだった。にも関わらずあっさりと見抜かれたことに驚きを感じずにはいられない。
「おいおい、なんで解っちまうんだよ?」
その焦りにもにた問いかけにシェン・レイは笑みを浮かべつつ答える。
「グリズリーとデルタエリートを同時に下げたやつなんて、そうそうは居ないからな」
シェン・レイのもっとな指摘にセンチュリーも苦笑いせずにはいられない。シェン・レイに思わず憎まれ口を叩いてしまう。
「手なばせればいいんだが、コイツは俺のこだわりでね」
「警察らしくない言い草だな」
「そうかい? ここは褒め言葉として受け取っておくよ」
手短に言葉を交わすと、シェン・レイは改めてベルトコーネへと告げる。
「さて余興は終わりだ。今度こそキサマのテロリストとしての存在証明を全て消し去るとしよう」
「なんだと? どう言う意味だ!」
「なにも――言ったとおりの言葉だ。お前がお前として存在できる〝力〟――それを無かったコトにしてやるって言っているのさ」
シェン・レイはそう語りながら右手を掲げると自らの周囲で一旋させる。するとあのヴァーチャルキーボードも3Dホログラムで映し出されていた。それを右手だけで操作すると、とあるツールプログラムが画面上に映し出されていた。
【 アンドロイド深部システム 】
【 メンテナンスツールプログラム 】
【 ―― Ring of King Solomon ―― 】
【 <START> 】
そしてそのツールプログラムを操作しつつシェン・レイは語り始める。誰もがじっとその言葉に耳を傾けずには居られなかった。
「そもそもだ――、私がマリオネットの〝ローラ〟を手元に置いておいたのはなぜだと思う?」
唐突な言葉に意表を突かれてセンチュリーは驚きを浮かべずには居られなかった。口をつぐんで沈黙したままのベルトコーネもシェン・レイの言葉の先をじっと聞いていた。
「私はね、あのローラをただ子どもたちのお守り兼警護役とするために招き入れたわけでは無いんだよ」
そう語るシェン・レイの両手がヴァーチャルキーボードの腕で踊っている。そのツールプログラムが操作対象として指定しているのは同然ながら――
【 メンテナンス対象 】
【 個体名:ベルトコーネ 】
【 >メンテナンスアクセスルート確保済み 】
【 >回線安定度:良好 】
【 >優先度:最上級、緊急性有り 】
――眼前の彼の人物、ベルトコーネであった。
センチュリーもグラウザーも、シェン・レイの言葉の先をじっと耳を傾けて聞き入っていた。
「そもそも――アンドロイドと言うのはクリエイターが同じ場合、どんなに構造や機能性を変えていったとしても、どんなに高機能な頭脳にヴァージョンアップして行ったとしても、根本的に変わらない――いや、変えようがない部分があるんだ」
シェン・レイが語る意外な言葉にグラウザーも思わず言葉をもらさずには居られなかった。
「えっ?」
その声に軽く視線を向けるがすぐに画面へと視線を戻して言葉を続ける。
「それはだね――〝体内システムの制御プロトコル〟だよ」
明朗な声で発せられた言葉は埋立地の片隅のこの場所では薄暗がりの夜空の下でよく響いていた。
「パソコンがどんなにOSを高機能な物に変えても、基本的なロジック構造やデータ設計思想が変わらないように、アンドロイドもまた作り上げた際の技術的バックボーンやクリエイター個人が同一であるなら、その体内システムを駆け巡る〝制御情報〟は基本的な文法や構造や概念は殆ど変わらない。最も一番基本となり、根幹となる部分であるが故に、早々簡単には変えることができないんだ。例えるなら――」
シェン・レイの視線は特攻装警の二人へと向かう。
「――彼ら特攻装警の技術的バックボーンが、英国のとあるアンドロイド技術者にたどり着くようにね」
英国のとあるアンドロイド技術者――それがガドニック教授のことを意図しているのは明らかだ。その言葉にグラウザーもセンチュリーも戦慄を覚えずには居られなかった。
「ベルトコーネ、君のクリエイターはかのディンキー・アンカーソンだが、当然ながら彼が作ったものはディンキー自身が持つ技術や知識の枠内で創られている。それ故にどんなに機能性を変えても、どんなに構造を変えても、その限界は変わることがない。
モデルノスフェラトスであったジュリアや、分散意識体が実態であったガルディノを除けば、他はディンキーのお手製による物だ。特に頭脳部分周辺はディンキー自身が使い慣れていた技術が投入されている公算は極めて高い。これはどんなアンドロイド技術者においても共通して見られる傾向だからだ。故にだ――」
シェン・レイが展開していたツールプログラムが甲高い発信音をたてる。それと同時にあるメッセージがディスプレイに表示された。
【 対象アンドロイド深部システム 】
【 [ 接続完了 ] 】
その表示を確認しつつシェン・レイは告げた。
「君とローラに用いられている内部制御プロトコルや技術的ロジック――特に〝セキュリティコード〟はほぼ同等であるだろう――私はそう推察したんだ」
シェン・レイはさらに操作を続ける。
【 メンテナンスメニュー 】
【 > 追加機能制御ドライバー関連 】
【 > 制御ドライバー《削除コマンド》 】
【 ⇒ 削除対象機能指定 】
【 対象機能名 】
【 〔慣性質量制御システム統括ユニット〕 】
ディスプレイにはいよいよ本命となる部分が表示されていた。シェン・レイの操作はいよいよ核心へと到達しようとしていた。その核心へと手を加えるのと同時に、彼はローラに対して秘していた狙いを口にしたのである。
「ベルトコーネ――、
君が咎人であり逃走者であるなら、この無法の街である東京アバディーンに潜り込むことは容易に予想できていた。ならば君がこの地に辿り着く前に対策を打たねばならない。そしてその事に関して私が思いついたのが同型機であるローラの存在だった。
彼女を私の手の内に保護し、日常メンテの際に深部体内システムのセキュリティについてハッキングしてセキュリティデータを解明しておく。そうすることで、ベルトコーネ――君がこの地にたどり着いた際に君を対する重要な切り札になる。――私はそう判断した」
一気に語り終えるとシェン・レイはグラウザーやセンチュリーにも視線を投げつつ、ベルトコーネへとさらに語った。
「さて、そろそろ君にもわかっただろう? 私は今、君の体内システムの最深部へと手を伸ばしている。君が君であり、君のテロアンドロイドとしてのアイデンティティの核を成す部分――、それが私の掌の中にある。それがどんな意味を持つのか? さすがの君にも分かるはずだ。そうだろう?」
意味ありげに問いかけられるその言葉はベルトコーネにもしっかりと届いていた。シェン・レイが語ることの真意――そしてこれからもたらされるであろう結末。それを理解できぬようなベルトコーネではない。
「き――きさま?! まさか?!」
驚きが襲う。恐怖が押し寄せる。それは今まで彼の戦闘力を支えてきた根源であり、彼が彼として、テロリストとして生きる上での精神的自我の根幹を成す部分であった。それが今、彼の中から消し去られようとしているのだ。
ベルトコーネの視線の先にはシェン・レイが空間に投影している仮想ディスプレイがあった。そして彼はそこに映されているメッセージを睨みつけつつ叫んだのだ。
それは世界最悪のテロアンドロイドが放つ〝断末魔〟である。
「やめろぉぉぉお!!」
メッセージは告げる。シェン・レイがもたらした冷酷な結末を。
【 ⇒ 削除コマンド実行 】
【 > 当該機能、一時機能停止 】
【 > 制御ドライバープログラム[削除] 】
【 > 制御用データ群[削除] 】
【 > 辺縁系サブプログラム群[削除] 】
【 > 機能制御I/Oポート[封印] 】
【 当該機能制御ドライバープログラム 】
【 削除完了 】
【 当該機能 ――使用不可―― 】
それはあまりにもあっけない結末だった。
どんなに強力な能力を持っていたとしても、
どんなに破壊力のある装備を有していたとしても、
それを統括制御するプログラムやドライバーやデーターが無いのなら、無用の長物以外の何物でもない。
もはやベルトコーネを支えていた、最強最悪の〝力〟は完全に失われたのである。
その瞬間――ベルトコーネの意識を襲ったのは、底知れぬほどの恐怖心であった。
喪失――それがもたらす虚無感。彼の全身を襲う無力感。彼の中から永遠に失われた物――、その正体をベルトコーネ自身が即座に理解していた。
「う、うぉぉぉぉぉおおおおお!!! うがぁああああああっ!!!」
吠えるような狂わんばかりの断末魔の叫びが轟いた。
その叫びと同時に彼を戒めている単分子ワイヤーを引きちぎろうとするが、今まさに、ただのアンドロイドと化したベルトコーネには引きちぎることは絶対に不可能である。壊れた操り人形のごとく単分子ワイヤーで空間上に展翅されたベルトコーネは、彼に残された純粋な腕力でなおも逃れようともがいていた。
だが、もはや脱出することは〝不可能である〟
【 メンテナンスツールプログラム 】
【 > 終了 】
【 】
【 セキュリティシステム接続解除 】
【 全作業工程、及び術式完了 】
【 】
【 ウェアラブルシステム 】
【 > スリープモードへ移行 】
【 】
【 ・仮想ディスプレイ 】
【 ・ヴァーチャルキーボード 】
【 > 空間投影停止 】
必要な作業を完了して、ウェアラブルシステムをスリープモードへと移行させる。同時に彼の周囲の空間に浮かんでいた仮想ディスプレイとヴァーチャルキーボードは掻き消えるように消えて行ったのだ。
そして、シェン・レイはグラウザーとセンチュリーへと労いの言葉をかけたのだ。
「ご協力感謝する。後は煮るなり焼くなり好きにまえ」
シェン・レイはその言葉への返答を効くこと無く。マントコートを翻しながら、踵を返してもと来た方へと歩いていく。
その背中を見つめつつ。センチュリーはある事実に気づいていた。
「こいつ――」
シェン・レイは彼ら特攻装警に最後の花を持たせてくれたのだ。
深部システムまで手を伸ばせるのなら、ベルトコーネの全データー・全プログラム・全人格を一気に消し去ることも可能なはずなのだ。だが彼はそうしなかった。制圧の邪魔となる特殊機能のみを封印し、残る部分をそのまま特攻装警の側へと引き渡してくれたのだ。警察としてもこれならメンツが立つと言うものだ。釈然とはしないが、シェン・レイが特攻装警の警察としての事情に配慮してくれていたという事実を、認めざるを得ないのだ。
沈黙で見送っていた二人だったが、ようやくその背中に声をかけたのはグラウザーである。
「あの――」
その声にシェン・レイの歩みが止まる。その背中にグラウザーは尋ねた。
「被害を受けた子供はどうなりますか?」
しかしシェン・レイは振り向かない。背中を向けたまま淡々と告げる。
「それはこちらで対処する。介入は不要だ。君のパートナーである朝刑事は私の手にあることを忘れるな。何事も無ければ無事に返却する」
それは拒絶の言葉だった。これ以上の協力も、これ以上の介入も拒否している。その意図は特攻装警の二人は十分に伝わってきている。
それだけ告げるとシェン・レイは足早に立ち去っていった。それに対して、グラウザーもセンチュリーもかけられる声を持ち合わせては居ない。
「これが――〝神の雷〟」
ただただ、あっけにとられたままで、断末魔の時を迎えたベルトコーネを静かに見守るしかできなかったのである。

















