サイドB第1話『魔窟の洋上楼閣都市』Part11『――変身――』
特攻装警グラウザー、第2章サイドB第1話『魔窟の養生楼閣都市』Part11『――変身――』
スタートです。
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――――――――――――――――――――――――――――――――――――
その日、第2科警研所長の新谷はすでに帰宅の途に付いていた。
中央高速を走り世田谷方面へと向かう。そもそも第2科警研の全職員は身辺警護の関係上から警視庁管内に居住する事を義務付けられている。新谷はもともとは千葉の方に住んでいたのだが警視庁に促されて夫人と一緒に第2科警研所長に就任する際に引っ越したのである。
今日はさしたる緊急の研究案件も無かったため夕方6時には帰宅準備ができた。久しぶりに自宅で飯が食えると安堵していた――そんな時である。胸ポケットの中のスマホが着信音を放つ。嫌な予感にかられながら新谷は電動動力仕立ての自家用車の電子コンソールに声をかける。
「電話」
その声を受けて無線経由で車のコンソールシステムが通話をつなげる。通話の相手も表示されている。
【 着信有り 】
【 発信者:第2科警研・大久保 】
新谷は電話の向こうに陽気に声をかけた。
〔どうした! 何があった? 大久保〕
〔所長、帰宅中すいません。東京アバディーンのグラウザーから緊急要請です。2次武装システムの遠隔装着を依頼されました。許可願います!〕
〔なんだとぉ?!〕
大久保から語られる言葉に新谷は驚愕する。
〔正気か? まだ自動装着も成功していないんだぞ?!〕
〔それは俺もアイツも解っています! ですが今、現場で〝あの〟ベルトコーネとやり合っているそうです! グラウザーが劣勢で、ベルトコーネを排除できなければ今度こそ終わりです!〕
〔やり合っている――ってグラウザー一人でか?〕
〔はい〕
新谷は状況の深刻さに肝が冷える思いだった。最大のピンチだが、それはチャンスでもあった。失敗続きだった2次装甲自動装着への緒がつかめるかもしれない。それを技術屋としての勘で悟ると大久保に告げる。
〔分かった! 責任はこっちで取る! なんとしても成功させろ! 警視庁本庁にはワシが話す!〕
〔ありがとうございます。早速開始します!〕
〔武運を祈っとるぞ!〕
通話は大久保の方から切れた。間髪置かずに新谷は呉川主幹に連絡をつなぐ。
「呉川に電話だ!」
車の電子コンソールシステムが音声を判断して電話を呉川技術総主幹へと繋いだ。電話はすぐに繋がる。
【 通話接続:第2科警研・呉川友康 】
〔俺だ! どうした? 新谷?〕
〔呉川、今どこだ?〕
〔研究所を出て帰宅途中で飯食ってるよ。ラボには大久保が残ってるぞ〕
〔食事中すまんが急いで戻ってくれ! グラウザーの2次武装システムを遠隔接続で装着する事になった〕
呉川も新谷から告げられた事実に驚いたのだろう。突拍子もない声を上げた。
〔はぁ!? 何を言っとるんだキサマ、正気か!〕
〔正気だ! 冗談でこんなこと言っとらん! グラウザーが東京アバディーンの現場であのベルトコーネとやり合ってるそうだ! 押され気味で劣勢だそうだ〕
〔そのための切り札ってわけか〕
〔そうだ。今から研究所にもどって大久保のやつをサポートしてくれ。俺はこのまま警視庁に向かって特攻装警運営委員会に説明してくる。なにしろ〝あの〟アーマーはまだ現場運用は未承認だからな!〕
〔わかった。こっちは任せろ。委員会の強面の相手は任せた〕
〔それが一番骨なんだがなぁ〕
〔何を言ってる! それができるのはお前しかおらんだろう!〕
新谷は、冗談を言い合いながら通話を切ると自家用車のハンドルを一路警視庁へと向けた。そして、車の電子コンソールへと語りかける。
「電話だ。警視庁の杉原副総監に繋いでくれ」
新しく特攻装警運営委員会メンバーに就任した警視庁副総監へとコールする。
「やれやれ、また帰宅が遅くなるな」
今夜もまた深夜までかかるだろう。眠れない夜は終わらないのである。
@ @ @
場所は第2科警研内のある部署。大久保率いるG班の専用研究室である。そこには大久保以下12名が配置されている。それぞれが以前の遠隔接続テスト作業の際の配置で持ち場を担当しており全員が緊張をもって事に当たっている。これはテストではない。失敗の許されない一発勝負なのだ。
そして、持ち場についた部下に対して大久保が宣言する。
「よし! 所長のOKが出た! これよりグラウザーの2次武装システムの遠隔装着を行う。全員所定配置についているか?」
「全員、配置付いてます」
「機材、立ち上げOKです」
部下から返される言葉に頷きながら更に指示を飛ばしていく。
「回線接続状況は?」
「4号ディアリオを経由して接続完了です。回線余裕率は遠隔接続作業中の平均データ量に対して270%を確保。ピークレベル予測もクリアです」
「グラウザーの体内機能モニタリングシステムから得られている現状情報は?」
「頭部を中心に外部衝撃によるエラー多数発生確認、いずれもリカバリー完了済みですが、人工脊椎システムと中枢頭脳部接続系統に自己回復不可能な故障が4%発生しています」
「当該箇所のバックアップ系統は?」
「グリーンです。順調に稼働中。バックアップ系統を含めた中枢頭脳部接続系統のシステム余裕率は137%を確保」
「137か――」
大久保が不安げな声を漏らす。
「できれば150%以上は欲しいところだが2次武装適用状態での稼働保証限界は115%だからまだ余裕はあるか。当該箇所のシステム余裕率が120%を切った段階で作業を打ち切る。接続セクションだけでなくメイン頭脳と人工脊椎やその辺縁系の負荷状況も確認を念入りに頼む」
「了解です」
「他、異常はないか?」
「メインリアクター部、プラズマハート本体部分、及び周辺系、異常ありません。稼働状況グリーンです」
「視聴覚系、外部通信回線制御系、全身皮膚感覚系、深部体内感覚系、いずれも正常範囲内!」
「先程確認された損傷部による痛覚フィードバックは?」
「発生していますが、リミッターにより通常範囲値内に収められてます。グラウザーのメンタルに支障は起こらないと思われます」
「それと骨格系統若干の歪みが発生していますが運動行動に支障はありません。正常誤差範囲内です。まぁ、作戦完了後に補正作業は必要でしょうがね」
「電動性人工筋肉、及び、簡易消化代謝機構異常なし。別部分への影響も発生なしです」
「その他、付加機能系の各デバイスごとのステータス、いずれもグリーン! 問題なし!」
部下からのそれらの回答を耳にすると、大久保はさらに語る。
「頭部を集中的にやられたようだが胴体部分に影響が少ないのは僥倖だったな。2次武装周辺系統は?」
「電磁レールガイド発生機構、分子分解再構成機構、分子間隙圧縮収納機構、いずれもOKです」
「拡張系感覚系統OKです!」
「中枢神経系体外接続ターミナル系統に一部異常確認、バックアップ系統に手動で切り替えて再チェックでクリアです」
「メイン動力外部バイパス、及び、外装動力同調機構、問題なし!」
「メイン戦闘プログラム、及び、BOシステム、全ルーチンチェックOK、遠隔強制起動いつでもOKです」
「よし全項目チェック完了。総合判断としてオールグリーンとする。グラウザーの全システムの動作状態のログレコードは記録されているか?」
「ログレコード記録すでに始まっています。頭脳系、人格系、身体信号系、装備系、すべてOKです」
「よし、2次武装の解除までログ記録は続行する。今後の研究開発の重要な資料となる。いかなる情報も漏れなく拾い集めろ」
「了解です」
今回の遠隔制御作業の記録情報は、グラウザーや他の特攻装警の開発研究を継続するためにも重要な情報資産となる。今後、似たような戦闘プログラム制御システムの開発をよりスムーズなものにしてくれるはずなのだ。
そして全員に気合を入れるべく、大久保はひときわ高く宣言した。
「それではこれより、特攻装警グラウザー専用2次武装装甲システム、装着プロセスの遠隔操作を開始する! 状況スタート!」
「了解!」
スタッフの意識はそれぞれが担当するモニターへと向いた。
今まさに乾坤一擲の賭けは始まったのである。
@ @ @
そして、時同じ頃、センチュリーは自らが作成した簡易担架へとカチュアを載せ終えると集まった人々に向けて告げた。
「それじゃ後のことは任せたぜ。朝、お前は要救助者について行ってくれ。俺もこっちの状況が片付き次第、追っかける。それで、その医者の場所は?」
センチュリーの問いに後から姿を表した者の一人が答える。
「李大夫と言う占術師の店です。ここいらではそこが唯一の病院なんです」
「占いの店――モグリの医者か?」
センチュリーが改めて問えば言いにくそうに誰もが沈黙してしまう。センチュリーは場の重さを振り切るように冗談交じりに言った。
「おいおい、そこで黙ったらまずいだろ?」
笑いながら話すセンチュリーにみな意外そうだ。
「そこで黙っちまったら〝はいそうです〟って言ってるようなもんなんだぜ? 心配すんな。軽はずみに上の方に知らせるような真似はしねえよ。なによりこの子の命のほうが優先だからな」
センチュリーは知っている。法を杓子定規にすべて適用しても犯罪はなくならないということを。犯罪に走ろうとする人間の心の方にこそ手を打たないと犯罪はまた必ず起きるのだ。その事をセンチュリーは毎日の多忙な任務の中で知り尽くしていた。枝葉末節の小さな違法案件を必要に応じて見過ごすことも時には必要なのだ。
後から現れた中国人の若者の中の一人が、センチュリーが発した言葉を耳にして思わず言葉を発した。
「わかりました。あなたを信じます」
「頼むぜ。そこに居る俺の連れが付いてく。何かあったらそいつ経由で俺に知らせてくれ」
「はい」
センチュリーの言葉に皆が頷いていた。それに続けて朝にも告げる。
「お前はこの子に付いていてくれ。病院搬送の宛てがつき次第移送する」
「分かりました」
彼らがそんな言葉のやり取りをしていたときだった。センチュリーの体内回線に通信が入り込む。回りにいる人々が受ける印象を考慮して背中を向けながら右手を耳に当てながら通話を接続する。無論、体内回線を通じて中枢頭脳が直接発話することになるので、周囲に聞こえるような発声は一切伴わない。口をつぐんで無言のまま会話を始める。
〔センチュリー兄さん!〕
〔ディアリオか? どうした!〕
発信元はディアリオである。突然の通信に驚きながらも通話を続ける。
〔急いでグラウザーのバックアップお願いします!〕
〔バックアップ? どう言う事だ?〕
〔第2科警研とグラウザーを通信回線で接続して遠隔操作で2次武装装備を強制装着させるそうです〕
ディアリオが告げる事実に、さすがのセンチュリーも驚きを隠せなかった。
〔遠隔操作――って、ここでか?〕
ここ――すなわち東京アバディーンの真っ只中でだ。その事実の剣呑さに冷や汗が湧いてくる思いがする。
〔はい。ベルトコーネに苦戦しているために、追加戦力として開発途中のオプショナルアーマーを緊急使用します。ですが今まで自動装着はただの一度も成功していません〕
〔――ってことは、ぶっつけ本番ってことかよ〕
〔はい、しかし装着プロセス自体にグラウザー自身が慣れていません。ベルトコーネの妨害を受けるでしょう〕
〔そこまで聞けば十分だ。今からアイツの所に行ってベルトコーネを牽制する〕
〔お願いします〕
〔まかせろ!〕
そこまで会話して二人は通信を切った。そして朝の方へと振り向くと一声告げる。
「朝、こっちは任せた。俺はグラウザーの方のバックアップに向かう」
バックアップ――、今グラウザーはベルトコーネと制圧戦闘中のはずだ。センチュリーがそっちに回るのは分かりきっていた事だ、だがその事を改めて声に出して告げる辺りに何かただならぬ事が起きていることを朝も感じずには居られなかった。
「分かりました。気をつけて」
そう一言、朝が答えるとセンチュリーはすぐさま走り去っていった。それを見送りつつ朝は集まった人々に告げる。
「それでは我々も行きましょう」
皆が頷き、カチュアを乗せた即席担架を数人がかりで持ち上げようとした瞬間――
――ガサッ――
物陰から足音がする、ふいに訪れた人影に皆が緊張を持って視線を向ければ、そこに現れたのはプラチナブロンドのオールバックヘアの男であった。サイバネティックス仕立ての全身スーツを身にまとい、漆黒のマントコートを羽織った彼、目元は180度を覆うサングラスゴーグルでカバーしている。両手にはめられたメカニカルなハンドグローブが特徴的なその人物の名を、皆がすでに知って居た。
「シェン・レイ!」
「シェンさん」
「兄貴!」
皆が銘々に呼びかける。それは皆が待ちわびた人物の名であった。シェン・レイもまた声を呼びかけられて頷くと急ぎ足早に駆けてくる。だが、こころなしかその足取りは心もとなかった。そのシェン・レイの姿を見てオジーがつぶやく。
「シェンの兄貴――、怪我してる?」
それはオジー以外の者も同意するところだった。全身に焼け焦げ跡を残したその姿に異変を感じずには居られなかったのである。そして、その姿を怪訝そうに眺めていたのは朝だ。
「何かあったらしいな」
一人遅れて朝はそうつぶやきながらじっとシェン・レイを見つめていたのである。
@ @ @
センチュリーが全力で駆け出す。向かう先は数百m離れたグラウザーのところだ。
スニーカーのヒールを再び展開してローラーダッシュをかける。そして、直線距離を一気に駆け抜けるとその視界の向こうに捕らえたのは今まさにベルトコーネと対峙して立ちはだかるグラウザーの姿である。
「あれか!」
今はまだベルトコーネは立ち上がるまでには至っていなかった。両腕を地面に突き身体をゆっくりと起こそうとしている。その体の各部には破損が見られる。先程、グラウザーがパーフェクト10から放った10ミリオート弾による物だ。
「やっこさん。撃たれたのか――」
視線をグラウザーの方へと向ければその右手には彼の愛銃である2011パーフェクト10が握られている。その銃口から立ち上る紫煙の残渣を感じつつセンチュリーはグラウザーに声をかけた。
「グラウザー!」
その声にグラウザーはかすかに顔を右に向けて横目でセンチュリーの姿を視認する。そののち、すぐにベルトコーネへと視線を戻すと兄たるセンチュリーに向けて声をかける。
「兄さん!?」
「ディアリオから詳細は聞いた! 時間稼ぎは引き受けた!」
今、彼らの前にはその巨体を再び立ち上がらせようとしているベルトコーネの姿がある。幾つかの破損はなおも見られるものの、それが彼を停止させる様な物ではないことは誰の目にも明らかである。
「アトラス兄貴もエリオットも当てにならねぇ今となっちゃお前だけが頼りだ!」
そう叫びつつセンチュリーはグラウザーのすぐ脇を駆け抜けると、まだ攻撃態勢には至っていなかったベルトコーネへと跳躍する。しかる後に彼が放ったのは走行運動のエネルギーをすべて叩き込んだローラーダッシュキックだ。
「必ず成功させろ!」
センチュリーはその蹴りをベルトコーネの胸ぐら目がけて叩き込んだ。立ち上がったはずのベルトコーネは今度は後方へと倒れ込んだのである。今、戦いの意識を眼前のテロアンドロイドへと集中させながらセンチュリーは思っていた。
――俺の格闘スキルとハードウェア性能でどれだけやれるか?! アトラス兄貴ですら手こずったんだ。でもヤルしかねぇ!!――
ベルトコーネの胸部を蹴り込んだ後に着地すると革製のブルゾンの内側へと右手を差し入れ、左手を腰の裏側へと回した。
「ありがとうございます!」
グラウザーからの感謝の声を耳にしながら右手でグリズリーを、左手でデルタエリートを抜放つ。そしてその2つの銃口を上体を起こそうとしているベルトコーネへと向ける。グラウザーとセンチュリーの間にそれ以上の会話は不要だった。今はただ眼前の狂える拳魔に集中するだけである。
@ @ @
自らの視界の脇を兄であるセンチュリーが駆け抜けるのをグラウザーははっきりと目にしていた。センチュリーの出現に驚き、彼からの助力に感謝しつつも今は自らがなすべきことに集中する。すなわち大久保に依頼した遠隔支援だ。
〔グラウザー! こっちは準備が完了した。そっちはいいか?〕
〔はい! いつでもOKです。センチュリー兄さんがベルトコーネを牽制してくれています。今がチャンスです!〕
〔分かった。すぐに装着プロセスを開始する。だがその前にひとつだけ知らせておく〕
大久保が告げる中、グラウザーの視界の中に浮かび上がったのはグラウザー自身の頭脳部分とそれに繋がる人工脊椎システムの模式図である。グリーンで浮き上がる頭脳と脊椎のその繋ぎ目の当たりが赤い光でマーキングされている。
〔こちらでお前の全システムをチェックしたところ、メイン頭脳と脊椎システムの接続セクションに自動回復不可能なトラブルが4%ほど存在することがわかった。これによりメイン頭脳と人工脊椎の総合的な連携動作の余裕率は最大で137%まで低下することがわかった。正常時の最大余裕率は約180%、これまでのテストで2次武装の装着には最低で115%が必要なことがわかっている。
そこでだ――、もしお前にさらなるトラブルが発生して余裕率が120%を切った時、こちらの判断で2次武装装甲システムの遠隔装着を強制的に打ち切る! 無理して続行すればお前自身に回復不能なダメージを残すことになるからな。その時は一刻も早くそこから脱出することだけを考えろ! 今回の遠隔支援で俺がお前に与える唯一の条件だ!〕
グラウザーは大久保が告げた事実を息を呑んでじっと聞いていた。完全にベストな状態ではない。致命的な不確定要素があるのだ。だがだからと言ってやらないわけには行かないのだ。
〔わかりました、このまま続行お願いします!〕
〔わかった。それから、こちらから中枢系に介入するさいに多少の影響がある。倒れたり気を失ったりしないように意識を集中させて気をしっかり持て!〕
〔了解です!〕
〔プロセススタート!〕
大久保の号令が飛ぶ。グラウザーの全身に緊張が走る。そして、今まさにグラウザーは――変身――しようとしていたのである。
@ @ @
遠隔回線越しにグラウザーの認識の中に聞こえてくるのは、第2科警研でグラウザーの遠隔支援のために集まっていたG班のスタッフの声だ。いずれもが2次武装装甲の遠隔装着にまつわるプロセス確認と状況確認報告の声である。先鞭を切って声を発したのは総合指揮を執るG班主任技術者である大久保の声だ。
「特攻装警第7号機グラウザー、2次武装装甲システム〝オプショナルアーマーギア〟自動装着遠隔操作プロセス、全状況開始!」
「了解、メインリアクター〝プラズマハート〟出力状況+20%!」
【 メインリアクター出力制御 】
【 パルス駆動マイクロ核融合炉心 】
【 出力コントロール ⇒ +20% 】
【 63% から 83% へ 】
グラウザーの体内の力の源である強化改良型のタンデムミラー型パルス駆動マイクロ核融合炉心。その出力が変動する。増強量は+20%、グラウザーは自らの体内で〝力〟が底上げされるのを強く感じていた。
「次、BOシステム、制御プログラム辺縁系遠隔操作強制接続」
【 Boosted Offense 】
【 戦闘制御プログラムシステム 】
【 同、辺縁系セクション外部回線遠隔制御系 】
【 外部コントロール回線強制接続 】
【 】
【 ――メイン人格連携遠隔制御準備―― 】
【 << STANDBY >> 】
次いで行われたのは、グラウザーの非常戦闘行動の中核をなす戦闘制御プログラムの起動準備である。
――Boosted Offense 戦闘制御プログラムシステム――
略してBOシステムと呼ばれるこのシステムはエリオット以降から導入されたもので、特攻装警本人に対して、後付式の戦闘装備を統合的にコントロールするための戦闘制御プログラムとして組み込まれたものだ。エリオットやフィールにも装備されており、エリオットの兵装システムや、フィールのオプショナルアーマーを統合制御するためのシステムプログラムとして高い実績を持つプログラムであった。
しかし、同システムは、戦闘プログラムが起動する際に、本来のメイン人格システムに対して性格や人格に〝好戦的な変化〟を与えるデメリットが存在していた。結果としてBOシステムの適用者に対して、二重人格的な性格傾向をもたらす欠点があったのだ。
グラウザーではこの欠点を克服するために、戦闘プログラムをメイン人格に対して予め根深くリンクさせておき、人格内の基底部において戦闘プログラムを準起動状態にしておき、BOシステム起動後の二重人格的な変化が発生する事を抑制する仕組みが施してあったのだ。
だが、それは新たなる問題をもたらすことにもなったのである。
「今までの戦闘訓練ではグラウザー自身の自覚が足りなかった。BOシステムの起動が発現するだけの〝必要性〟をグラウザー自身が認識できなければ、自己抑制がかかるのはむしろ当然のことだ。だが今なら! 戦闘行動の重要性を強く自覚している今ならスムーズな戦闘プログラムの覚醒と起動、そして〝動機づけ〟が可能なはずだ!!」
すなわち、グラウザー自身が〝戦い〟に対してどの様な意識を持つかが重要なファクターだったのである。大久保は今こそが最大のチャンスであることを強く認識していた。
大久保は呼びかける。グラウザーに対して、その眠れる闘争本能を覚醒させるために。
〔グラウザー!〕
大久保からの呼びかけにグラウザーが強く反応する。声こそ発しなかったが、その意識が反応したことは大久保川に存在するディスプレイに表示された頭脳内波形のインパルスシグナルによりすぐにわかった。
〔行くぞ! BOシステムをアイドリングモードからドライブモードへと移行させる。その際、お前の戦いへの意思がそのトリガーになる〕
〔はい!〕
大久保からの呼びかけにグラウザーの鋭い声が返ってくる。その声の響きに今までにないくらい確かな感触を掴んでいた。
〔強くイメージしろ。お前がなぜ戦いたいのか、なぜ力を求めるのか、答えろグラウザー!〕
大久保のひときわ強い問いかけがグラウザーのその脳裏にこだました時、グラウザーのその脳内イメージで弾けたのモノ――
「これは?!」
スタッフの一人が思わず声を漏らす。スタッフが見守るモニターの一つにグラウザーがその脳裏で描いているイメージを2D画像としてプロジェクションされていた。そこに浮かぶのは〝数多くの無垢なる子どもたちの姿〟である。乳飲み子から中高生まで、それは多彩であった。
笑っている。微笑んでいる。考えている。はしゃいでいる。すねている。怒っている。眠っている。甘えている――、そして〝泣いている〟
それはグラウザーが今日まで、その警察任務の中で向き合った様々な〝子供たち〟の姿であった。それは日々の生活の中で、トラブルに遭遇し、理不尽に巻き込まれ、そして、大人からの〝救い〟を必要としている者たちであった。
――成長途中の子どもたちは、大人たちの庇護を必要とする――
当然だ。生まれながらにして誰の手も借りずに生きれるような子供など存在しない。
――そして大人たちもまた、自分の力を超えたより大きな悪意の前には、誰かの〝助け〟を必要とする――
それがグラウザーが警察の役割の中で強く抱いた大きな価値観であった。
大久保はそれらをモニター越しにその事実を改めて確認するとグラウザーに向けて強く呼びかけたのだ。
〔そうだ、それがお前が戦う理由だ――、犯罪者の悪意に苦しむ子どもたちを、そして、違法な暴力に苦しむ人々を、救うためにお前の〝力〟は存在する。求めろ! グラウザー! お前に与えられたその唯一無二の比類なき〝力〟を!〕
それはグラウザーの生みの親たる者から与えられた意志の力であった。その問いかけの言葉に込められた強いメッセージはグラウザーのその人格認識の中に、さらなる強い意思の集中と発現をもたらしたのである。
【 マインドOSインフォメーションシステム 】
【 】
【 頭脳内神経インパルス・波形タイプ 】
【 ⇒ β波タイプシグナル確認 】
【 意識集中係数:+10.8、更に上昇 】
【 頭脳内神経インパルス・波形タイプ 】
【 ⇒ γ波到達 】
【 ⇒ 高次γ波:発現 】
人の頭脳は、リラックスした状態でα波を、意識が集中した状態でβ波を出すという。そしてさらに頭脳の活動が高次レベル化した際には、γ波へと移行すると言う。それは戦闘プログラムシステムを起動するに相応しい絶好の状態だ。そして、大久保はついに訪れた絶好の機会を捉えてスタッフへと叫んだのだ。
「これを待っていた――、高次レベルγ波の発現を確認! 行けるぞ! BOシステム起動トリガー準備!」
【 Boosted Offense 】
【 戦闘制御プログラムシステム 】
【 メインドライブモード起動トリガー 】
【 ――スタンバイ・OK―― 】
「起動トリガー準備よし!」
グラウザーの中のBOシステムがドライブモードで起動することで、グラウザーの2次武装装甲の自動装着プロセスが発現を開始する仕組みだ。
そしてさらに大久保はある操作を加えた。自分が座するデスクにはひときわ大型のA3版サイズのタブレットスタイルの超大型タッチパネルディスプレイが据えられている。そこに映し出されているのは人間の頭脳と同等の機能を有する世界最高の人工頭脳『クレア頭脳』と人格形成非ノイマンオペレーションシステム『マインドOS』の、内部動作状態を示す模式図が3Dグラフィック表示されている。それは細かなニューロリレーショナルベースでの詳細な情報ネットワークの流れが完全に示されている。
大久保はそのタッチパネルを両手の十指をフルに駆使しながら操作を開始した。
脳内イメージの情報ネットワークとニューロリレーショナルの細密な単位を直接に操作する――大久保が人工頭脳学の師であるガドニックから教えられた彼固有のハイスキルである。
大久保の両手がタッチパネルの上で踊る。そして、今、戦いに望んでいるグラウザーの頭脳状況の中から、〝戦いに臨むその意志〟〝戦う動機〟〝それに繋がる記憶〟〝戦わねばならないその必要性への認識〟をタッチしてマーキングしていく。
【 頭脳内非ノイマン系 】
【 情報リレーショナルネットワーク 】
【 ⇒ 特定情報イメージ 】
【 シンボリックマーキング完了 】
そしてさらに戦闘プログラム『BOシステム』のドライブモードの起動トリガーも表示させマーキングし、リレーショナルのネットワークを繋いでいく。
【 頭脳内非ノイマン系 】
【 情報リレーショナルネットワーク 】
【 ⇒ 特定ハードウェアアプリケーション 】
【 シンボリックリンク形成 】
【 >BOシステムドライブモード 】
【 起動トリガーマーキング 】
【 全マーキング表示 】
【 ⇒ 情報リレーショナルネットワーク 】
【 形成スタート 】
光の糸で蜘蛛の巣を編み上げていくかのように、未形成だった2次武装装甲の自動起動に必要な〝意味と情報の関連付け〟を細密に組み上げていく。それは大久保にしかできない高等スキルである。
そして、大久保は瞬く間に必要な準備作業を終えると、グラウザーへと告げたのである。
〔スタンバイOK! グラウザー! 〝キーワード〟をコール!〕
その声はグラウザーへと届いていた。BOシステムを発動させ、2次武装装甲の自動装着プロセスを開始させる音声キーワード。それが本当の意味を成すときが、ついに訪れたのだ。そして、グラウザーは叫んだ――〝変身〟――のためのキーワードを。
東京アバディーンの霞んだ空気の下、無法と暴力が交錯する街角。今まさにベルトコーネが際限なく悪意の力を発露させているこの地にて、グラウザーの意思は高まる。
「コール了解! BOシステム起動」
そして、彼の決意が込められたその声は轟いたのだ。
「プログラム! ブートアップ!!」
それは周囲の空間へも響き渡った。
【 Boosted Offense 】
【 戦闘制御プログラムシステム 】
【 】
【 音声キーワード発声 ⇒ 確認OK 】
【 頭脳内神経インパルスレベル 】
【 ⇒ 高次γ波:確認OK 】
【 全ハードウェアコンディション 】
【 ⇒ チェッククリア 】
【 】
【 メインドライブモード起動トリガー 】
【 ――トリガー発動―― 】
【 】
【 メインドライブモード移行完了 】
【 オプショナルアーマーギア装着プロセス 】
【 ――スタート―― 】
それはさらなるプロセスの始まりであった。
BOシステム・メインドライブモード――、今まさにグラウザーの〝変身〟が始まったのである。
@ @ @
右にグリズリーMkⅢ44マグナム
左にコルトデルタエリート10ミリオート
それはセンチュリーが己の任務に必ず携えていくもう一つの相棒である。44口径のマグナム弾と10ミリ口径弾、いずれもオートマチック拳銃用の弾種の中では比較的強力な種類に位置している。違法武装サイボーグや違法アンドロイドを相手にすることの多いセンチュリーにとって、対人用途を超えた拳銃は彼の任務には切っても切れない存在だった。
2丁の拳銃を両手に携えてセンチュリーは彼の眼前で再び立ち上がろうとするベルトコーネへむけて引き金を引いたのである。
先に発射されたのは右の44マグナム。その後を10ミリオートが追う。上体を起こしかけたベルトコーネの胸部へと2つの弾丸は食い込んでいく。弾種は対機械化戦闘を重視した高速徹甲弾。人間用にはオーバーキルとなるために絶対に使えない弾丸である。
だが、狙う敵はあのベルトコーネである。拳銃弾で牽制するには限界がある。胸部の防御力の高い部位だったのだろう。弾丸が体内に食い込んでいるにも関わらず、やつはダメージをものともせずにゆっくりと立ち上がろうとしていた。
「お前の相手は俺だ!」
センチュリーがひときわ高く叫んだのには理由があった。
「来いっ!!」
今この場で必要なのはダメージを与えて倒すことではない。敵の意識をそらしてグラウザーの方へと向かわないようにすることだ。それに加えて今は潜入調査用に防御用装備もほとんど外してしまっている。ガチで真っ向からやりあうわけには行かないのだ。
ベルトコーネの凶拳の直撃を食らったらどうなるか? その事を想像すると脳裏に冷たいものが走る。だが敵の気を引いて時間を稼ぐことくらいはできるはずだ。
センチュリーは両かかとのダッシュローラーを駆使しながら敵との距離を一気に縮める。その間にもベルトコーネはダメージを克服しながら完全に立ち上がっていく。その両足を大地に踏みしめると鋭い眼光とともに怒りの感情を吐き出したのである。
「キサマ、邪魔ダテするか」
怒りの感情の理由はあきらかだ。グラウザーとの戦いを妨害されたことだ。己の進む道を遮られ、あまつさえ戦いに割り込まれたとなれば戦いと破壊に存在意義を求めるベルトコーネとしては許しがたいはずなのだ。音声発生機構に障害がおきているのだろうか? ベルトコーネが発する声は所々がノイズ混じりになって乱れている。そんなベルトコーネをセンチュリーは冷やかし返す。
「おー、おー、怒髪天をつくってやつか? そんなに邪魔されたのが悔しいか?」
その言葉を無視するように、ベルトコーネは両手を一旦緩めて再び拳を強く固めて握りしめると苛立ちを爆発させるかのように左右の拳を互いに打ち付けあった。
――ガゴォオン!!――
まるで鋼鉄製のハンマーが打ち付けられるような耳障りな金属音が轟いたのである。
「キサマからプレスしてやる。スクラップにして東京湾の底に沈めてやろう!」
怒号を響かせながらベルトコーネが右足を踏みしめる、地響きをたてて一気にセンチュリー目がけて踏み込んでくる。そして、それはセンチュリーにとって絶好のチャンスであった。
「相変わらずだなてめぇは。有明からなんにも変わっちゃいねぇ」
そう挑発するように叫びながら、センチュリーは腰の後ろのヒップバッグの中のアイテムへと意識を集中させる。彼がその着衣の中に忍ばせてきた獲物はなにも拳銃とナイフだけではないのだ。
一気呵成に間合いを詰め、同時に右腕を振りかぶり拳打を放とうとするベルトコーネ。その挙動を冷静に注視しつつ両手の拳銃の銃口を狙い定める。その拳銃こそが主要武器であると印象づけるがごとくに――
「変わるつもりはない。この拳こそが俺の存在意義だ!」
引き絞った拳をライフルの弾丸を発射するがごとくにセンチュリー目がけて解き放つ。ベルトコーネのその攻撃の瞬間、センチュリーは誇らしげに笑みを浮かべたのである。
「だからオメェは――」
両手に掴んでいた拳銃を空中へと放り上げる。返す動きで、両手を腰の後ろへと回す。そして巧妙に作り変えたヒップバッグの両サイドの隠しポケットから2つのアイテムを素早く引きずり出した。
「バカだって言うんだよ!! このウスラデカ!!」
己の胸中に貯めていた苛立ちと怒りを吐き出すようにセンチュリーはひときわ高く叫ぶ。その叫びとともに彼はその両手にふた振りの愛用ツールを握りしめていたのだ。
――マイクロマシンアクチュエータ・ワイヤーツール『アクセルケーブル』――
超小型の超硬質マイクロマシンを一直線に連結しムチ型の特殊アイテムとした物だ。高速の体術を得意とするセンチュリーが最も得意とするアイテムツールである。両腕を腰の裏から両サイドへと降り出す動きでマイクロマシンワイヤーを一気に引きずり出す。そして、両かかとのダッシュホイールローダーで超信地旋回しながらベルトコーネの左脇をすり抜けるようにしてその背後へと回り込んだ。その瞬間、センチュリーが操るアクセルケーブルのマイクロマシンワイヤーは己の意思を持つか如くにベルトコーネの身体をにまとわりつき拘束を開始したのである。
「喰らえ!」
ワイヤーはグリップ内に巻き取られているが、最大で数十mほどの巻き取り量がある。そして、ワイヤーは小型の可動式アクチュエーターの連結体で構成されている。通常のワイヤーアイテムの常識を遥かに超えて、まるで敵の体の表面を這い回る毒蛇のようにベルトコーネの身体の表面を凄まじい勢い這い回って行き、その全身を拘束し始めたのである。
「なにっ?」
通常よくあるムチやワイヤー型のアイテムツールだと思っていたのだろう。予想外の動きをするその見慣れぬ武器にベルトコーネは戸惑いを見せていた。その間にもワイヤーはなおも動き続ける。ベルトコーネの胴体をしっかりと拘束した後に2本のワイヤーは這い回り続け、ベルトコーネの両腕おも巧みに拘束していく。そして、肩から肘、肘から手首へと縛り上げていくと、ワイヤーの先端はベルトコーネから離れて周囲の構造物へと一気に伸びていった。そして、手頃な大きさと強度のコンクリート柱へとベルトコーネを縛り付けていたのである。
しかる後にグリップの根本部分でワイヤーを切り離し、ヒップバッグの中へとグリップを収納しつつ、さらにダッシュホイールローラーで走行し、落ちてくる2つの拳銃をその両手で巧妙に受け取ったのだ。
「完成!」
意図したとおりに出来上がったことを視認すると、ベルトコーネの背後からその後頭部に向けて2つの銃口を突きつける。ベルトコーネは今、両足と胴体を縛り上げられ、さらに両腕を斜め左右上へと牽引されるように、Y字型のシルエットで吊るされたのだ。一瞬の隙きを突かれたとは言えまんまと裏をかかれる形となったのはベルトコーネである。
「ぐっ!」
逃れようとその身をよじる。まだ膝から下がフリーであるためその部位で暴れるが、さしたる効果はない。単なる単分子ワイヤーではないが故にその強度にもまだまだ余裕がある。ベルトコーネは完璧に拘束されたのだ。
この瞬間を逃すようなセンチュリーでは無い。間髪置かずに2つの銃でベルトコーネの頭部を破壊しようとする。今更ベルトコーネに与えられるような慈悲も余裕もない。チャンスとイニシアティブが得られたのなら、それを絶好の機会としてヤツを破壊するべきなのだ。それがベルトコーネとのこれまでの戦いから得た教訓であった。
センチュリーが構える銃口が狙い定めるのはベルトコーネの後頭部。それも、頭蓋と脊椎が繋がる部位で、人間型アーキテクチャの中で最も防御の困難な場所だ。頭部の動きの柔軟性を必要とするなら硬さと強度で守りきることが困難な場所である。
――あばよ――
センチュリーはココロの中でつぶやくと2つの引き金を連続して引き絞る。無数の44マグナム弾と10ミリオート弾がベルトコーネの後頭部で炸裂したのである。
@ @ @
センチュリーがベルトコーネの行動を必死の攻撃で阻止しようとしている傍らでは、グラウザーの2次武装装甲である『オプショナルアーマーギア』の装着プロセスが開始されようとしていた。
装着プロセス開始直前にG班が詰める研究室のモニターに、東京アバディーンからの街頭監視カメラからの映像が飛び込んで来たのだ。それは街頭施設に固定設置されているものではなく、警視庁が必要に応じて現場投入する非常用の望遠カメラドローンによるものである。洋上から数百メートルほどの距離を置いてグラウザーの姿を捉えているのである。
「これは?」
「グラウザーの現在映像ですよ」
「もしや? ディアリオか!」
大久保が問いかければ聞き慣れたディアリオの声が通信回線から届いてくる。
〔はい! 海上保安庁から緊急用の監視ドローンを1基拝借しました。東京アバディーンにあまり接近すると管理権限をハッキングされるのでこの辺がギリギリです〕
〔いや、望遠映像でも大助かりだ。このまま監視継続頼む!〕
〔了解です!〕
大久保がディアリオと言葉をかわしているその傍らで、G班研究室に駆け込んでくる人影が一つあった。長身の老齢の人物。その胸には第2科警研研究員主幹の肩書があった。
「大久保!」
その部屋に飛び込んできたのは呉川である。
「呉川さん?」
「新谷から連絡があってな。大急ぎで戻ってきたんだ。状況はどうなってる?」
大久保のすぐ背後に立つと多数並んだモニター・ディスプレイに映し出されるデータや映像に目を通して行く。
「はい、つい今しがたからディアリオの協力でグラウザーの現在映像を見ることができるようになりました。戦闘プログラムの自動起動の遠隔操作支援も成功、グラウザーの頭脳状況や自我意識をこちらからの支援で誘導することで、音声キーワードや幾つかの条件付けをリンクさせることに成功。これでいつでも自動装着プロセスに纏わる問題もクリアです」
自信ありげに満足そうに語る大久保には、成功への確信のほどが垣間見えていた。それを聞き、呉川も納得の表情で頷いていた。
「そうか! ついに成功したか!」
「はい、皮肉ですが、抜き差しならない状況を抱えた実戦に向かい合うことで、2次武装装着の必要性と戦闘プログラムであるBOシステム起動への強い動機が得られました。
それに加えて戦闘プログラムの起動トリガーをアイツの認識次第でいつでも起動可能な状態にまで引き上げることに成功しました。これでアイツの判断でいつでもBOシステムを作動させることができるようになります」
「よし! 最大の問題がまた一つ解決したな」
「はい、あとは――2次武装の自動装着プロセスが問題なく完了することを祈るのみです」
「うむ」
呉川も大久保の言葉にはっきりと頷いている。大久保は傍らの部下に問いかけた。
「懸案だった、人工脊椎システムと中枢頭脳部接続系統の余裕率はどうなってる?」
「余裕率は137%から落ちていません。負荷率も107%と安定します。このまま問題ないでしょう」
「よし、そのままモニタリングを継続してくれ」
「了解」
二人の会話に呉川が問いかける。
「余裕率? なにかあったのか?」
「どうやらグラウザーのやつ、ベルトコーネに相当強く頭部を打撃されたようです。自動回復は成功していますが、頭脳と脊髄の接続系統制御に若干の〝傷〟が残ってしまっているんです。バックアップ系統が問題なく作動しているんで今のところは問題ありませんが――」
「そいつぁまずいな――、この後の戦闘で問題が起きないといいが。脱出困難になる前に現状離脱と回収の方法を講じておこう。新谷に連絡して武装警官部隊の支援を取り付けさせよう」
「そうですね。私もそれがいいと思います」
「よし、そっちは任せろ」
「はい」
「――っと、なんだ? センチュリーも居るのか?」
「そのようですね」
モニター越しにセンチュリーの姿も映し出されている。だが、その時の彼の姿に呉川は驚きの声を上げたのだ。
「あの馬鹿! なんで戦闘用の防御装備を全部外してるんだ? ヘルメットも無しで丸裸じゃないか!?」
「たしか今夜のアイツの任務は潜入調査だったはずです。現地の人間に偽装するためでしょう」
「だからと言ってそんな状態でベルトコーネとやりあうなんぞ――いったい何考えてるんだ! 大久保ここは任せた、新谷に連絡してくるぞ」
「はい!」
センチュリーを手塩にかけて作り上げたのは呉川である。それ故にセンチュリーには日頃から何かと心を砕いてきた。それだけにモニター越しに見せられた綱渡りの状況に呉川も心穏やかというわけには行かないのだ。
足早にG班の部屋から出ると廊下でスマートフォンで新谷所長へと連絡を始める。大久保もその気配を感じながら、なおも中継映像とディスプレイされる各種データを注視し続けていた。いよいよグラウザーの変身プロセスが始まるのである。
@ @ @
東京アバディーンの荒れたアスファルトの路上――、グラウザーは両手を下げ、両足を心持ち開き気味にしながら立ちすくんでいた。
生みの親である大久保とネット回線を通じてつながりながらも、グラウザーはその意識の中に膨大なデータと力が注ぎ込まれてくるのを感じずには居られない。そして、周囲の状況を冷静に認識しつつも、ひどく高揚したトランス変移状態の意識へと自らが導かれていくのを強く感じた。
「来る――!」
始まる。自らの内に仕掛けられていた新たなる〝力〟が目覚めようとしている。今までは緒すらおぼろげにしか見えていなかったものが、今なら確かなイメージと感覚としてクリアに認識できているのだ。
プログラム名 ――Boosted Offense・戦闘制御プログラムシステム――
それがグラウザーの認識の中で作動を開始する。それをグラウザーは自らの五感の全てで強く感じていたのである。
【 Boosted Offense 】
【 戦闘制御プログラムシステム 】
【 】
【 2次武装装甲・オプショナルアーマーギア 】
【 ――自動装着プロセス・スタート―― 】
【 】
【 1:電磁レールガイド展開 】
今、グラウザー自身の体内と全身の数カ所から高密度の電磁波が放たれ始めた。
金色の光、白銀のハレーション、まるで土星の周りを周回する〝輪〟の如く、その光のレールはグラウザーの周りに幾重にも何段にも張り巡らされ始めた。電磁誘導性のナノマシンと高圧電磁パルス波で構成される『電磁レールガイド』である。
電磁レールガイドが頭部からつま先に至るまでグラウザーの全身をスキャンする。そして現在状況を正確に把握していく。
【 2:装着者現在状況スキャニング 】
【 ⇒ 収集状況により 】
【 電磁レールガイド作動プロセスを補正 】
【 ⇒ 装着品チェック 】
【 1:2次武装装甲再構成要素 】
【 2:分子間隙圧縮収納要素 】
【 3:非圧縮再装着要素 】
【 全識別完了 】
そしてグラウザーが身にまとっていたものは――
『2次武装装甲として再構成される物』
『2次武装装甲着用中に使用されず〝圧縮収納される物〟』
『2次武装装甲着用中にも使用され〝圧縮されない物〟』
――の3種に分けられることとなる。
2次武装装甲として再構成される物は、上半身に普段から着込んでいるアーマージャケットやレザーパンツなどで、それらは通常衣類に偽装されたマイクロマシン結合体であった。
次いで、戦闘中は必要とされない圧縮対象となる物、頭部に巻いていたバンダナや両手にはめていたグローブなどがこれにあたる。
そしてさらに、2次武装装甲装着後も必要装備・必要アイテムとして保存されるのが、愛銃である2011パーフェクト10や特攻装警専用の電子警察手帳などだ。
【 3:電磁レールガイドにより装着物を 】
【 超高速で分子クラスター単位に分解 】
【 ⇒ 3種要素別に識別して 】
【 装着者周囲のフィールドに一時退避 】
そして、それらの要素ごとのうち〝2次武装装甲再構成要素〟と〝分子間隙圧縮収納要素〟が分子数十個ほどの〝微小単位要素〟として超高速で分解・分離され始めた。
全身の各部が分解され識別されていき、電磁レールガイドに導かれてグラウザーの周囲を漂い始めた。
さらに銃などの〝非圧縮再装着要素〟が誘導されて一定距離を保って退避させられる。
グラウザーが普段から身にまとっていたすべてが瞬く間に目に見えぬほどの微細要素に分解されていったのである。
【 4:2次武装装甲再構成要素 】
【 再構成シークエンススタート 】
【 ⇒ アンダースーツ部全4層再構成 】
さらに間を置かずに1つめの2次武装装甲再構成要素による、オプショナルアーマーギアへの再構成が開始された。それらは大気中の窒素や二酸化炭素などを取り込み結合しながら重量と容積を増して強固なアーマーギアを構成する要素として組み上げられていくのだ。
まず、基礎構造となるのが『アンダースーツ部』であり4層からなる。
――グラウザー本人への衝撃到達を防止する〝衝撃吸収層〟――
――アーマーギア装着時の神経反応速度を拡張し加速させる〝バイパス神経回路層〟――
――アーマーギア装着時のパワー増強・スピード向上を行う〝身体能力増強層〟――
――防弾防塵防爆の機能を持ち、熱・毒物・酸・アルカリなど外部からの浸潤を防ぐ〝保護防御外皮〟――
これらが装着者の両手両足胴体などの表皮上に順次装着再構成されていく。
同時にグラウザーの周囲の空間上で多数の大型パーツとして予め再構成されているのがアンダースーツの上に装着することとなる『プロテクター部』だ。
【 ⇒ プロテクター部空間中にて再構成形成 】
――胸部や背面や脊髄部分を防御するための〝胸部・背部アーマー〟――
――内部に攻撃用武装の各種電子装置や動力装置を内蔵し、強力な防御性能をほこる大型の〝ショルダーシールドプロテクター〟――
――肘から先を完全に防御するガントレットスタイルのグローブプロテクター〝ハンドガントレット〟――
――防御力だけでなく跳躍力・走力を強化するロングブーツスタイルのレガートアーマー〝レッグレガートブーツ〟――
――視聴覚を強化する電子アイ/高精度音響センサー/鋭角的な角状の通信アンテナを持つ〝頭部ヘルメット〟――
それら5つのアーマーギアは、アンダースーツ部完成と同時に瞬く間アンダースーツの体表にて組みあがって行き、本来あるべき姿を再構成するだろう。5つのアーマーギアは順次組み上がって行き、攻撃的なそのシルエットを現出させていくのだ。
【 5:分子間隙圧縮収納要素、圧縮収納開始 】
【 ⇒ アーマーギア背部 】
【 専用収納チェンバーへ圧縮収納開始 】
2次武装装着時は不要とされたものが分解・分子間隙圧縮され、所定の収納部へと強制収容されていく。
【 6:非圧縮再装着要素、自動装着 】
最後に2次武装装甲使用時にも必要とされる装備が、所定の場所へと誘導され装着される。
右腰脇にSTI2011パーフェクト10、腰の後に来るのが特攻装警専用の電子警察手帳だ。
【 全自動装着プロセス作動完了 】
【 ⇒ 最終チェック開始 】
【 装着装備品、2次武装装甲構成要素 】
【 高速チェック完了:エラー確認無し 】
【 】
【 ――状況終了―― 】
【 】
【 2次武装装甲オプショナルアーマーギア 】
【 全装着プロセス『完成』 】
装着プロセスが完了しグラウザーの認識意識は急速にクリアになっていく。
そして今、グラウザーは己の身に纏った『新たなる力』の存在を強く認識していた。
確かな力が湧いてくる。いかなる困難も理不尽も跳ね返せる確かさがある。
押し寄せてくる巨大な〝悪意〟をも叩き潰せる勢いがあった。
白銀とブルーを基調としたそのシルエットは、時に鋭角的であり、時にスピード感に溢れていた。両肩にそびえる大型のショルダープロテクターアーマーはその威容を持って鉄壁の護りを見るものに感じさせるだろう。そのボディの至る所に、第2科警研が提供しうる最新鋭のハイテクノロジーが組み込まれている。それは両足を大地に突き立ててしっかりと立っていた。両拳に力が込められている。そして光り輝く2つの怒り目は、ベストなコンディションと法を犯し弱者を踏みにじる〝悪〟への清廉な怒りの発露そのものである。
その姿を見る者は彼に『正義』と言う言葉を感じずには居られないだろう。
大久保はディスプレイモニター越しに、その姿をはっきりと捉えていた。
そしてG班のスタッフから一斉に声が上がった。
「全プロセス問題なし。グラウザー・オプショナルアーマーギア自動装着完了!」
「システムオールグリーン!」
「装着時重篤トラブル発生無し!」
「自動装着完成しました!!」
矢継ぎ早にもたらされる報告を確かると、大久保はすべての思いを噛みしめるように強く頷いて空を仰いだ。夢ではない、幻でもない。今こそ乾坤一擲の賭けは成功したのだ。
成功を宣言するために大久保は大きく空気をその肺に吸い込んだ。
そして、両の拳を固めながら天高く突き上げる。
大久保は沸き起こる歓喜を隠さずに全身で炸裂させたのだ。
「よしっ! 成功だぁっ!!」
雄叫びの様な声が轟き渡り、それを耳にした彼らが一斉に歓声をあげたのだ。
技術者として長きに渡った苦闘は今まさに成功のもとに完成したのである。
その東京アバディーンの地にそのシルエットは力強く立っていた。全身を覆う装甲ボディの中でグラウザーは眼前の敵ベルトコーネをはっきりと認識していた。失敗ではない。確かに成功したのだ。
グラウザーの耳に飛び込んできたのは生みの親たる大久保からの強い言葉だ。
「グラウザー!」
「大久保さん?」
「賭けは成功した! 2次武装装甲・オプショナルアーマーギア、自動装着プロセス、オールクリアだ! 何も問題はない!」
「ありがとうございます! こちらでも問題は確認されません、成功です」
手塩にかけてきたグラウザーから力強い若い声が大久保へと返された。今、戦場にて宿命の敵へと立ち向かうグラウザーに大久保は高らかに告げたのだ。
「そうだ、問題は何もない。今度こそ思い切り暴れてこい!」
「はいっ!」
今まさに、この東京湾の退廃の街の片隅に、一体のヒーローがその勇姿を出現させた。
特攻装警グラウザー、2次武装装甲体『オプショナルアーマーギア』――完成である。

















