7:『来邦者』:深夜0時:海ほたる/東京タワー
東京湾の真ん中に浮かぶ人工島がある。
海ほたるパーキングエリア――、東京湾を横断する海底道路の中継休息地点となる人工島施設である。
施設としては24時間利用可能だが内部店舗は指定された時間のみである。それゆえにその時刻には既に人通りは無いに等しく、最上階の展望デッキに至っては誰もいないに等しかった。
だがその薄明かりなライトアップされた空間に佇む影が3つ有る。
1つは春向けのワンピースのスカートドレスを身にまとい、ホワイトブーケスタイルのヘッドドレスと、シルク製の純白のハーフマントコートを肩にかけた美少女で、耳にはパールの大粒のイヤリング。首には白いレザー調のチョーカー。足には編み上げのロングブーツを履いていた。歳の頃は少し年長で16くらいに見える。
肌は抜けるように白く、瞳は蒼く、光り輝くブロンドのロングヘア。体躯は非常に細くしなやかで、強く抱きしめると折れてしまいそうな、まるでガラス細工のような人間離れした印象すらある。
もう1人は男装の美少女。薄紫のショートヘアを革製のハンチング帽に押し込んでいる。シャツにネクタイ。スエード革のチョッキベスト、濃緑にチェック柄の半ズボン、白いタイツに編み上げブーツ。肩には防寒用にハーフマントをはおっている。その肩にかけられているのは狙撃用のライフル銃で軍用にも民生用にも広く使われているレミントンライフルである。右腰には護身用とは思えないショートバレルのリボルバーも下げられている。一見すると狩り仕様の英国のご令嬢とも見えるが、それにしてはあまりにも物々しい。その顔立ちは凛々しく。子供っぽさと凛々しさが中和して、独特の気高さを純粋さをかもしだしている。その視線は常にまっすぐである。
そして残る1人、肩出しで膝上丈の真紅のスカートドレス。腰から下はチェック模様とフリル付きで腰から上は光沢感のある生地で豊かな胸を包んでいる。ドレスの下には幾重にもピンク色のパニエが重ねられている。足は薄ピンクのストッキングタイツで両足は膝下までのロングの革ブーツ。赤色でそこかしこに女の子らしいリボンがあしらわれている。髪も深いピンク色のふわふわロングで髪の両サイドにはリボンアクセ。そのアクセのある辺りには奇妙なことに猫のような獣耳がついている。スカートの裾からは長い猫尻尾が覗いていて尻尾の先端が右に左にと楽しげに踊っている。
ホワイトブーケ、男装少女、猫耳――、特徴的な三人は洋上から大都会の街の明かりを長めながら感慨深げに語らい合っていた。
「とうとう来ちゃったねー」
鼻に抜ける甘ったるい声で語るのは猫耳をはやしたピンク色の少女。
「あぁ、もう引けないところにまで来てしまったからね」
上流階級の男子のような品のいい話し方をするのは男装少女。
「私たちは〝お父様〟の託してくれた思いを成し遂げるだけよ」
穏やかな語りの中に力強さと気高さを滲ませるのはホワイトブーケを頭に頂いたブロンドヘアの少女だ。そしてホワイトブーケの彼女はこう告げるのだ。
「賽は投げられたわ。もう後戻りはできない」
それは自らに課せられた運命に真正面から立ち向かうという覚悟である。そしてその彼女に問いかけたのは男装姿の少女だった。
「まずは活動拠点の確保だね。足がかりが無いと何も出来ない」
「それは私に任せて、いろいろな人とお話して交渉するのは得意だから」
「でも――君は時々後先を考えてないことが有るんだよな」
陽気に自信有り気な所を見せる猫耳の彼女に、男装の少女が疑念を口にする。だがそれにめげる猫耳の彼女ではない。
「あぁ! 大丈夫だって! そう言う時こそダウちゃんの出番だし!」
「敵わないなぁ君には――トリー」
「あはは、あたしダウちゃんみたいに頭良くないからさぁ。ちょっとだけ手助けしてもらわないとね」
「あぁ大丈夫、そこは任せてくれ。そのかわり交渉役はしっかりと頼むよ、トリー。僕が話すと相手はどうしても警戒するからね」
「それはしょうがないよ。ダウちゃん真面目すぎるし、あんまり笑わないんだもん。でもそれが良いとこなんだけどね」
「ありがとう、トリー」
「どういたしまして」
ハンチング帽の男装少女の名はダウ、ピンク色の猫耳少女の名はトリー、二人はまるで正反対のキャラクターだったが、その会話は絶妙に噛み合っていた。
そんな二人に歩み寄っていくのはホワイトブーケ姿のブロンドヘアの少女だ。彼女の気配を察してダウが問いかける。
「ウノ――、それで、これからどこへ行く?」
ダウが振り返ればそこにはホワイトブーケ姿の彼女が佇んでいた。その視線は東京湾の向こうのではなく海ほたるから見て外洋側になる方に向いている。その視線の先に有るのは『横浜』そして『横須賀』である。
ホワイトブーケ姿のブロンドヘアの少女の名はウノと言う。無駄口はほとんど口にしないが、その一言一言が確かであり重みを帯びていた。それはリーダーシップを持つ者特有の語り口であった。
「横須賀へ行くわ。ちょっとだけわたしの配下にできるものを借りてくる。その後に横浜を目指しましょう。交渉相手にできる人に心当たりがあるの」
「え? ほんと?」
ウノの語りに反応したのはトリーだ。
「えぇ本当よ、その時はあなたの力を借りるわね」
「うん! まかせて! ウノちゃん!」
ウノに求められてトリーは笑顔で引き受ける。
「そして、横須賀ではお願いね。ダウ」
「やっぱりそう来るか、仕方ないね。〝情報〟は任せてくれ」
ハンチング帽に手をあてかぶり直しながらダウも頷いていた。
「さ、行きましょう。一刻も無駄にしたくないわ」
「うん!」
「もちろんさ」
そして三人は静かに歩き出す。その姿は何処かへと消えていく。その足跡を知る者は誰もいない。
@ @ @
そしてもう一つ、別な場所――
それはかつて大都市東京を一望できる最大のシンボルであった。
総高333m、総鋼鉄製の電波塔として造られたそれは赤い色と相まって広く人々に親しまれてきた。
時代が変わり、他の高層構造物が乱立するようになっても、それは戦後日本の歴史を象徴するモニュメントとしてこれからも存在し続けるであろう。
だが、観光客すら登ってこない深夜に地上250mの位置にある〝トップデッキ〟――その屋上に佇む人影が居た。
それはピエロともいう、ジェスターともいう、アルルカンと呼ばれることもある。
赤い衣、黄色いブーツ、紫の手袋に、金色の角付き帽子、角の数は2つで角の先には柔らかい房状の球体がついていた。襟元には派手なオレンジ色のリボン――、派手な笑い顔の仮面をつけた道化者。
その彼の名を背後から問いかける者がいる。
「クラウン様!」
甘く幼い少女の声、その声に引かれるようにクラウンは背後を振り向く。
「おや? イオタじゃありませんか? お目覚めですか?」
それまで東京タワーの最上階にて東京都心の夜景を眺めていたクラウンであったが、かけられた声に振り向き視界にとらえた1人の少女を手招きする。
「おいでなさい、さ、イオタ」
「はい! クラウン様!」
物陰の暗がりから姿を表したのはマジックのステージショーでも始めそうな純白の三つ揃えのスーツに、シルクハットを頭にいただき、シルクハットに開けられた2つ穴から猫耳をはやした一人の少女だった。白い素肌に青い目と相まって、メルヘンチックな可愛らしさにあふれている。その猫耳少女、イオタはクラウンに呼ばれて笑顔をほころばせながら駆け寄っていく。
「えいっ!」
そして軽く跳躍するとクラウンの胸元へと飛びついていく。クラウンも手慣れたもので、片腕で彼女の小さな体を抱きとめると、父親が娘子にそうするように左腕に腰掛けさせるようにして抱きかかえる。イオタもクラウンの頭へとそっと手を添えている。
クラウンは数歩歩くと眼下に広がるネオンと灯りの海を指し示した。
「ご覧なさい、イオタ――、これが人間です」
そのつぶやきに街が呼応してさざなみを打つかのようだ。
「悠久の流れの中で、幾多も挫折し、滅び、さまよい、そして這い上がり、立ち上がり、何度でも蘇る。不屈の生命力と、飽くなき野心を宿した生き物――それが〝人間〟です。だが、その人間たちは今、過ちの岐路へと立たされている」
「うん、知ってる。たくさんの命が失われているよね」
「えぇ、そうですとも。過ちを犯す者が多すぎるのです、おのれの分をわきまえぬ者が多すぎるのです。隣人を愛さない者が多すぎるのです、そして――、怯えて何も語らない者が多すぎるのです。沈黙は罪なのです」
「罪――」
そっとこぼすイオタにクラウンは静かに頷いて肯定する。
「罪って悪いことでしょ?」
「えぇ、そうですよ」
「じゃぁ罰を与えないといけないね」
「その通りです。悪い子にはお仕置きをしないと」
クラウンのそのユーモラスな言い回しにイオタが笑い声を上げていた。
「じゃぁ、クラウン様とぼくたちで、いっぱいお仕置きをしないとね!」
「えぇ、そうですよイオタ、でもその前にちょっとだけやる事がありましてね。ある方たちに会いに行かないと」
「え? ある方たち? って――誰?」
イオタの声にクラウンは視線を向ける。その顔はシンプルなマスクであり白地にアカとイエローのカーブラインでシンプルながら親しげな笑みが浮かび上がっていた。
「人間の叡智により造られた、人間の護り手です」
「人間の護り手? じゃぁ僕たちの敵? 味方?」
その問いにクラウンは顔を左右に振りながら答える。
「それは今のところはわかりません。凡百な人間どもとどう違うのか? それが今の所わかりませんので。でも――」
クラウンはイオタを抱えたままトップデッキの屋上の縁へと歩み寄っていく。眼下に広がる夜景が月明かりをたたえた海原のようであった。
「御覧なさい! 今に大きなお祭りがはじまりますよ!! 我々は〝道化〟として精一杯盛り上げるのです! 正義を成す者と、悪しきを成す者の狭間で、精一杯踊るのです! この大都市をステージにして!」
クラウンは高らかに唱えていた。
それが、それこそが、この奇妙な怪人の求めるものであるのだ。
「そして彼らがそれにどう立ち向かうのか? それを見届けるのが我々の当初の役目です。そう――彼ら特攻装警たちの行く末と正体を見極めるのです。彼らが人間にとってどんな意味を持つのか――」
クラウンは再び歩きだす。徐々に加速しながら夜の光の海へと――
「さぁ、行きますよ! イオタ! 我々もショーをはじめるのです! 最高の道化のステージを!」
――クラウンはイオタを抱きかかえたままダイブしていったのだ。
二人のシルエットは光の微粒子へと変わりながら闇夜に霧散していく。あとには人気の途絶えたタワーのシルエットだけが残されていたのである。
――――――――――――――――――――――――――――
X7:X-CHANNEL・エントランスエリア
そこはX-CHANNELの入り口である。
――メインエントランスフロア――
ペロとベルが待ち合わせていたあのフロアである。
多くのアクセス者が希望する会議室へと直接向かってしまうので、そこに訪れるのは〝二つの人間〟しかいない。
すなわち――
〝待ち合わせる者たち〟と、
〝見送る者たち〟である。
ベルは今、ペロに見送られたようとしていたのである。
ほの明るい光に包まれたフロアの中でふたりは対峙していた。
ベルはペロに、感謝の言葉を述べたのである。
「本当にありがとうございました」
それは素直な、そして率直な、心からの感謝の言葉である。
ベルは感謝の理由を口にする。
「今までずっと、心の中でもやもやと絡んでいたものが取れたような気がします」
彼女の言葉を耳にしつつ、ペロはベルに問い返した。
「学校を辞めてからのことだね?」
「はい」
ベルは元気よく返事を返した。
「〝理不尽〟に踏みつけにされて、苛立って、後先も考えずに突っ走って、どうしていいかわからなかったけど、今日ここに来てこれからの自分がどう進んで行けばいいのか少しわかった気がします」
今日彼女が、この巨大サイトで垣間見たものは世の中のほんの一部でしかない。でも――
ペロはベルの言葉を肯定するように頷いた。
「そうだね〝知らない〟ということと〝知っている〟ということではあまりにも大きく違う。たとえほんの少しでも自分自身の目の前を遮っているものの正体を知ることができたのなら、人はそのためにどう抗えばいいのか考え、そして行動することができるんだ」
ベルは、ペロの語るその言葉を神妙な面持ちでじっと聞き入っていた。その視線を受け止めながらペロはさらに語った。
「僕がここで君にしたことは単なるおせっかいかもしれない。でも、君がそこから〝新たな可能性〟を掴むことができたなら僕はそれだけで十分だよ。だから――」
そう語りながらペロは両手を差し出しながらベルに歩み寄る。そして彼女のその手をそっと握りしめる。
「また道に迷ったら、いつでもおいで」
猫貴族のペロはあいも変わらず穏やかに微笑みながらそう告げたのである。
そこはネット上の仮想空間であり、ふたりは仮想的に作られたアバターでしかない。
どんなにその手を握りあっても温もりは伝わらず、ヴァーチャルグローブを通じてわずかに再現された接触圧力しか知ることはできない。でもベルを演じている倫子の心の中には〝ペロの中の人〟の心が発した温もりが確かに伝わっていたのである。
その時ベル=倫子は、ある事実に気付いたのである。
「ペロさん、私気づいたことがあります」
「なんだい?」
彼女の唐突な言葉に驚きをにじませながらペロは相槌を打つ。そこにベルは言葉を続けた。
「〝テクノロジー〟を介していても〝温もり〟と〝思い〟は伝わるんですね。そう多分――、だから〝あの人たち〟は人間の社会の中でも警察と言う難しく重い仕事をやっていけるんだと思います」
彼女が語る言葉が何を意味しているのか、ペロはすでに理解していた。
「〝特攻装警〟だね?」
特攻装警――アンドロイドの警察官、
誰もが一度は否定した存在であった。だが彼らは着実に社会の中に根を下ろしているのを二人は知っていた。
ぺろの言葉に、ベルははっきりと頷いた。
「正解だ。正しく向き合うのなら〝テクノロジー〟にも心は宿るんだ」
「はい」
おそらくそれがペロがベルに伝えたかったことの一つなのだろう。ベルもペロの手をしっかりと握り返していた。
「さあ、夜も遅い。家に帰る時間だよ」
「はい、それじゃ失礼いたします」
丁寧に別れの言葉を口にしながら、ベルはペロの手を放して、そこから歩き去っていったのである。
猫貴族のペロはそのシルエットをじっと見守っていたのである。
@ @ @
「ふぅーー」
頭部の上半分にすっぽりと被るフルカバースタイルのVRゴーグルをその男は脱ぎおろした。
彼がいるのは窓のない閉鎖された部屋である。外部の音も届かない地下空間、そこに2メートル半四方の灰色の分厚いマットが敷かれている。男はその上に立ちVRゴーグルとバーチャルグローブを装着していた。それらの装備を外しながら軽くつぶやいた。
「全く、猫のおっさんを演じるのも楽じゃねーなー」
軽くひょうきんな言い回し。一歩間違うと軽薄そうな印象を感じてしまうが、彼が語る言葉のニュアンスには軽薄さとは裏腹の相手の立場と心情を慮ることができる確かさがあった。
その彼に向けて電子音声が語りかけてくる。
〔全周型VRネットアクセスシステム、モーションシュミレーター、作動を終了します。これよりアイドリングモードへ移行します〕
それは固定型のVRシステムの中では最上級に位置づけられるものだ。VRゴーグルとバーチャルグローブ、さらには使用者の全身の動きと移動をモニタリングできるマット型のモーションアクティベーター。
全身をフルに使い全身の全感覚でネットの仮想現実へダイブできるシステムである。
その男は、システムの音声インターフェースへ告げた。
「OK! ご苦労さん! 今日はこれで終了だ。アイドリングをオフにしてスタンバイに移行してくれ」
〔了解しました。オーナー、お疲れ様でした〕
「おう! お疲れ!」
その男は機械の音声システムに対しても、相手が人間であるかのように愛想よく言葉を交わす。そこに彼の人間性の一端が垣間見えていた。
男は地下のVRシュミレーションルームから出て行く。短い廊下を過ぎ、急な階段を上る。するとそこはとあるデザイナーズマンションの一室であり二十畳ほどの広大な広さのリビングがあった。
そして、彼はそこに見知った人物の姿を見つけることになるのである。
地下から出てきた男は黒髪であり丁寧にオールバックに撫で付け整髪料で固めている。黒のスラックスに濃い灰色のハイネックのシャツ。一見地味であるが、黒系のカラーが彼自身の主張と心性を如実に表していた。
その細面ながら彫りの深い顔立ちには、人懐っこさと胸の奥に秘めた意志の強さが垣間見えていた。その彼に声がかけられる。
「ご苦労様、東作」
フード付きのロングの白いマントを身にまとい、その下には小奇麗な濃紺のシャツと端正なズボン姿がある。腰の周りに複数のポケットの付いたウエストベルトを巻いているのは装備品を収納してのことだろう。
そのシルエットがリビングの中の一人掛け用ソファーの一つに腰掛けている。東作と呼ばれた男は、その白いシルエットの人物にこう問いかけたのだ。
「よう、来てたのか。ランダムちゃんよ」
「ああ、一仕事終えて戻ってきたばかりだ」
「そいつはご苦労なことで。あれだろ? ベルお嬢様の古巣の学校の大掃除」
「まあ大掃除とまではいかなかったが、目的はちゃんと達したよ」
「へえ、さすがだね」
「だが――」
「あ?」
東作と呼ばれた男は、相手の微妙な言い回しに疑問の声を上げた。
「私が行動する前に、すでに特攻装警のセンチュリー様が怒鳴り込んだ後だったよ」
「怒鳴り込んだって、直接か?」
「あぁ、〝失踪者の事実認定のプロセスが雑すぎる〟ってまくしたてたらしい」
「どっちが雑なんだか」
いきなり直接怒鳴り込むやり方もさすがに考えものだった。だが――
「だが、さすがに彼が背負った特攻装警と言う肩書きは伊達ではなかったよ」
「あ? どういうこった」
「あの『特攻装警のセンチュリー』が直接抗議に行った――、その事実だけで都の教育委員会と文科省の関係部署が事実確認のための行動を開始したよ」
「――――」
さすがの東作もその事実だけで絶句する。
「今までにも彼は直接抗議を何度もやっている。その度に騒動となるが最後は結局、事実認定の間違いや不正行為、教師側のパワハラめいた思い込みなどが発覚し学校側が後手後手の対応をする羽目に陥っている」
「なるほど、そりゃ対応早くなるわ。でも、考えてみりゃそれもそうだわ。センチュリーが犯罪青少年と非行の専門家なのは間違いないからな」
「彼もまた実践を積んだエキスパートだからね」
「それじゃあ、お前出る幕なかったか」
「いいや、例の生徒指導の年配女性教諭がパワハラや不正行為をしていた証拠がいくつか発見されたので、複数箇所に匿名で通報しておいた。学校教育費の私的流用も確認されたのでいずれ逮捕されるだろう」
「そうか、そりゃいいや」
東作は簡潔な言葉で笑い飛ばした。彼らは、一つの事実が結末を見たのならそれ以上のこだわりは見せない。
そもそも彼らは自由と引き換えにリスクを背負うことを良しとした〝自由人〟なのだから。
細面で堀の深いサル顔の男の名は栗田東作、
白いローブマントを羽織った上品な物言いの男の名はメモランダム、
彼らが滞在しているのは東作が持つセーフハウスの中の一つであり、常に拠点を移動しながら暮らしていた。メモランダムに至っては特定の居住地は持たず、都会の様々なシーンにて自由気ままに流れ暮らしていた。
定住生活を必須とする企業人では無いのである。
メモランダムが東作に言う。
「まさか君のような人物が、ゆるキャラマスコットのような〝猫〟を演じているとはね」
「言ってろ! ダミーの偽装ロボットを扱うのは俺の十八番だ。ネット上のマスコットモドキを演じるくらいわけねえよ。それに、ベルのような若い子と一緒に行動するにはこの方がいいからな」
「そうだな――」
東作の言葉にメモランダムが苦笑しつつ同意する。
「素の君では通報されかねない」
「ひっでーな、おい!」
投げられたその言葉に東作は苦笑しつつも笑い飛ばしていた。
「時に、ベル嬢はどうしている?」
「あぁ、彼女か。おとなしく帰っていったぜ。色々と言い含めたからお友達探しはしてもいきなり乗り込むような無茶はしねえだろ」
「そうか、それならいいが、拉致被害者を奪回しようとして返り討ちにあうケースは珍しくないからね」
「あぁ、巻添えで何人も死ぬのはもうゴメンだからな。本当は全てを特攻装警のセンチュリーあたりに教えて乗り込んで貰えればいいんだろうが――」
「それは無理だ。特攻装警は現状、5人しか居ない。6人目もいつ物になるかわからない。過剰な期待やしないほうがいい」
「だな――、こっちでできる事は自分たちでやっておいたほうがいいからな」
東作は壁際のガラス棚からグラス2つとボトルを取り出す。アルコールではなく炭酸入りのミネラルウォーターだ。メモランダムが酒を飲まないのを知っているからだ。2つのグラスにそれを注ぎながら東作は言う。
「で、どうだ? 彼女?」
「そうだな。まだ未熟な所も多いが、伸びしろを考えれば期待できる。俺たちがしっかりと導けばかなりの人物になれるだろう」
「俺達みたいな、表の世界と、裏の世界の〝狭間の住人〟みたいなのか?」
東作がメモランダムにグラスを渡す。それを受け取りながらメモランダムも言う
「夜の世界と光の世界の〝橋渡し役〟と言ってほしいね」
「あぁ、そうだな」
東作も喉を潤すようにグラスを飲み干して言い放つ。
「これだけ滅茶苦茶になっちまった東京を、元の平和な大都市に戻すには生身の人間の力だけじゃ無理だ」
「あぁ、人ならざるモノたちの力を借りねば、暴走するハイテク世界を食い止める事はできない。だからこそだ――」
メモランダムが放つ言葉に東作も頷いた。
「アンドロイドである特攻装警たちには人間の〝良き隣人〟になってもらわねえとな」
「それを望み、見守るのが我々の役目だ」
二人はそう語り合い頷き合う。と――その時、部屋の片隅のサイドボードの上に置かれた大型のスマートタブレットが起動する。そして、新たな情報を流し始めたのだ。
「お? またなんかあったな?」
グラスを手近なテーブル上に置きスマートタブレットに近寄っていく。そしてそこに映し出されたメッセージを見つめていた。
「どうした、東作」
「見ろ、ランダム」
「ん――?」
そのスマートタブレットに表示された情報を目の当たりにして二人の表情は張り詰めていた。
【非常事態発生、首都高速湾岸線B号線、緊急封鎖】
そこには、横浜の湾岸付近にて発生したとある事件についての警察情報が流れていたのだ。苦々しく東作がつぶやく。
「やりやがったな? テロリストめ」
メモランダムも義憤を隠さずに言葉を吐く。
「どうやら誰かさんの〝目論見〟と〝思惑〟は外れたらしいな」
「そのようだな――行くぜ、ランダム。情報収集だ」
「あぁ――」
そう言葉をかわしながら二人は部屋から出ていく。彼らも大都会の闇の中へと潜っていったのである。