サイドB第1話『魔窟の洋上楼閣都市』Part9『覚悟』
第2章エクスプレス
サイドB第1話『魔窟の洋上楼閣都市』
Part9『覚悟』
スタートです。
彼は敗北というものを知らなかった。
教えてくれる人が居なかったわけではない。負けたことが無いわけではない。
ただ――、あまりに強靭であり、あまりに回復力が強かった。
あまりに防御力が高く、あまりに敵の攻撃を受け付けなかった。
それ故に彼は負けたという事がどう言うことなのか〝体感〟する事ができなかったのである。
その彼――ベルトコーネが全身で食らったのは、追い詰められたローラが、渾身の力を込めて放った最大級の光子塊である。
熱を一切出さず、純粋な光子反応のみを猛烈な密度で凝縮させたものだ。直線的に定常放射すれば、推進力を得てスペースシップのエンジンとする事も可能である。その純粋な光子の凝縮体を生成放出するのがローラの体内に組み込まれた『光子器官』である。
そこから生み出される光子塊をひたすら密度を濃く生成し、そして、その球体状の超高速の光子流の外殻を形成して光子塊を内部に封入固定する。それが解き放たれ目標物に接触した時、固定されていた光子塊は爆発的に開放され目標物を吹き飛ばすのである。
ローラが流れるように放った3連撃はベルトコーネの防御の隙をつき、確実に彼を捉えていた。そして一切の防御を許さず余すところなく全力を持ってしてベルトコーネを吹き飛ばす。
それは頑強無比な構造を持つベルトコーネのボディのその内部へと着実に浸潤している。純粋な光であり浸透力は極めて高い。攻撃対象物の構成分子の分子間隙に高確率で浸透し、そして物理的破壊をもたらすのだ。
それは今までベルトコーネが受けてきたいかなる攻撃とも異なる。彼は生まれて初めて体内にまで達する手傷を負わされた。それは皮肉にも、かつての仲間――彼の妹機によって与えられた。ベルトコーネと同じテクノロジーにより生み出された同型機によってダメージを負わされたのだ。
衝撃がベルトコーネを襲う。全身を凄まじい衝撃波が貫き、全ての骨格が軋みをあげる。
意識が瞬間的にホワイトアウトし、全身を駆け巡る神経網の制御信号が途絶えて混乱する。
運動機能がエラーメッセージを大量に吐き出し、受け身を取ることも防御体制を取ることもできなかった。
数十メートルの距離を吹き飛ばされ地面に到達すると、アスファルトの上をさらに何十mも転げ回っていく。そして、ベルトコーネは両手を広げた姿勢で仰向けに横たわる。その瞳は光を失い、全ての行動が不可能となる。今、ベルトコーネは完全に沈黙していたのである。
聞こえる――
かつての仲間の声が聞こえる。だが、まだその意味を理解することは出来ない。
【 General Organic 】
【 Circut 】
【 Master Inspection 】
【 Program 】
【 】
【 総体総括管理制御 】
【 損傷回復シークエンス:スタート 】
【 第1工程:フレーム構造体 】
【 ≫ 損傷軽微活動再開問題無し 】
叫んでいる。叫び声が聞こえる。
『子どもたちに近寄らないで! 悪魔!』
それは拒絶の言葉だ。あぁ、そうだ。あいつは俺を拒んだ。
【 第2工程:メイン動力機構 】
【 6連式パルス駆動超小型核融合炉心 】
【 ≫ 出力低下、フィードバック数値異常 】
【 ≫ 炉心#1#4#6、異常確定 】
【 ≫ 異常炉心停止、初期化処置 】
【 ≫ 異常炉心、制御回路ベリファイ成功 】
【 ≫ 再起動プロセススタート 】
【 ≫ 炉心#1#4#6、再起動成功 】
【 ≫ 全6連炉心動作バランス 】
【 キャリブレーション 】
【 ≫ 全フィードバックパラメーター 】
【 チェック完了、異常なし 】
再び声が聞こえる。幼い子供の声だ。
『ローラママ! 負けないで!』
それはかつての仲間につけられた尊称だった。アイツは俺と同じテロアンドロイドだったはず。
それが〝ママ〟と呼ばれている。〝母親〟として慕われている。
あいつは俺に無い絆を見つけている。
【 第3工程:駆動用人工筋肉 】
【 ≫全人工筋肉総括チェックスタート 】
【 ≫損傷箇所マーキング 】
【 ≫微細損傷箇所:425 】
【 ≫通常損傷箇所:34 】
【 ≫大規模損傷箇所:4 】
【 ≫損傷修復用体内マイクロマシン体 】
【 高速生成連続放出スタート 】
【 ≫マーキング箇所修復開始 】
【 ≫回復完了まで273秒 】
全身の力の源が修復されるまでの間に耳をすませば、ローラに向けられている言葉がベルトコーネの脳裏にいくつももたらされてきた。それは無残なまでにベルトコーネには無い強固な強い絆の証である。
『御武運をお祈りします!』
ローラの身を案じ勝利を願っている者が居る。
『あぁ、安心しろ。まだ神様も見捨てちゃ居ないみたいだ』
ローラの抱く不安を取り除こうとしている者が居る。
『兄貴に連絡は打ってある。こう言う時はすぐに来てくれるはずだ。それまで俺達がカチュアを預かる』
なおも仲間を呼ぼうというのか? 〝あいつ〟にはそんなにも沢山の仲間が居るというのか?
『カチュアはお願いね』
『あぁ、まかせろ』
ローラが誰かに〝助け〟を願っている。そして、それに答えようとしているものが居る。
【 第3工程完了 】
【 第4工程:全情報リレーショナル神経系統 】
【 ≫ 神経系統断絶箇所高速チェック 】
【 ≫ 損傷箇所マーキング 】
【 ≫ 断絶箇所:287 】
【 ≫ 高速修復スタート 】
【 ≫ 修復完了まで32秒 】
そしてなおもローラの声がする。
『ここは引き受けたわ』
妹よ。お前はその言葉を口にするのか?
妹よ。お前はそうまでしてこの地を守ろうとするのか?
妹よ。お前は俺の意思を、そしてあのお方の意思を拒むのか?
そうだ。そうなのだな? お前はやはりこの俺と袂を分かつのだな?
ベルトコーネは知っていた。彼自身の存在を肯定するのは、創造主であるディンキー・アンカーソン本人をおいて他には存在しないということを。
そして、ベルトコーネは気付いていた。彼の存在を肯定してくれる唯一の人物はもはや存在しないということを。
――俺にはないものがアイツにはある――
それはなんだ?
――それは〝存在意義〟――
それは誰に与えられた?
――誰でもない。アイツは自分自ら見つけ出した。そしてアイツは――
【 第4工程完了 】
【 最終工程:戦闘機能最終確認プロセス 】
【 ≫ 構造体系統>OK 】
【 ≫ 動力源系統>OK 】
【 ≫ 駆動源系統>OK 】
【 ≫ 神経網系統>OK 】
【 ≫ 中枢系系統>OK 】
【 ≫ 緊急修復回復系統>OK 】
【 ≫ 特殊機能総括系統>OK 】
【 ≫ 全最終確認完了 】
【 ≫ 総体回復率:82% 】
【 ⇒ 戦闘継続『可能』 】
ベルトコーネはつぶやく。気付いてしまった現実を。
「ローラ――、お前は俺を拒絶するのか」
それが現実だった。そしてその事実は新たな事実をベルトコーネに突きつけたのだ。
――俺には誰もいない――
仲間は居ない。
――導く者もいない――
指導者はとうに死に絶えた。
――安住の地もない――
それははじめから有りはしない。
そしてベルトコーネは気付いた。
「オレはコドクだ」
その事実認識はベルトコーネにある思いを抱かせてしまった。
「ローラ――、お前はオレを置き去りにするのか?」
だがそれは当然の帰結だった。過去を断ち切り新たな存在意義を得られた者と、過去に縛られ触れ得るものを余すところなく破壊してきた者とでは避けえない現実だった。だがそれを受け入れられるベルトコーネでは無かった。
かつての仲間であるローラとの別離――それがベルトコーネにもたらした物。
【 全システム【再起動】 】
ベルトコーネがふたたび立ち上がる。全身から白煙を立ち上らせながら、ゆっくりと静かに身を起こし立ち上がっていく。その総身に力をみなぎらせ尋常ならざる敵意を露わにしている。
その視線はかつての仲間を見据えていた。
その視線はかつての仲間を睨みつけている。
その視線は怒りに満ちていた。
そして、その表情には――
「許さん――」
――何よりも深い悲しみと寂しさが浮かんでいたのである。
@ @ @
ローラの眼前で、巨躯の破壊魔が再び立ち上がろうとしている。全身から白煙を立ち上らせ。その総身から溢れんばかりの敵意を発露させている。
「来る――」
台地の上に立ちはだかり、握りしめた拳にはあらゆる敵意が込められている。
それは一切の慈悲を持たない。
それは一切の加減を知らない。
それは一切の諦念を抱かない。
敵と定めたものをあまねく全てを鏖殺する。ただそのためだけに作り上げられたのだ。一介の狂気の老人――〝ディンキー・アンカーソン〟によって。
倉庫街のアスファルト引きの街路の上、一歩一歩着実に近づいてくる。ローラはその最悪最強の拳魔を前にして、今この場で取りうる手段が殆ど残されていないことに気付いていた。
光の刃は? 残念ながらそれを構成しううるほどの光圧が残されていない。
光の弾丸は? 発射可能だがベルトコーネに致命傷を負わせられるだけの弾幕を形成できない。
光子塊は? 生成できないこともないが先程ほどの巨大なものは生み出せない。
自らの能力で行える攻撃としては手詰まりだ。だがそれでも諦めるわけにはいかない。否、引き下がるわけには行かないのだ。
「今なら、子供たちが手元に居ない――両手をフルに使える」
幸いにしてカチュアをラフマニに託すことが出来た。左手も戦うために使える。動きを制限されることもない。ならば光圧に頼る必要もない。
「今のアイツに立ち向かうにはこれしかない!」
そして自らの全身にみなぎらせた力の本流を意識しながら、ローラは冷静に眼前の〝敵〟を見据えていた。相手はベルトコーネ――、選択した戦闘手段は高速戦闘――、そして狙うのは――
「視覚を奪うのと同時に頸部を――」
2つの急所を同時に狙う二点攻撃だ。残された力をその2点に一気に集中させるしか方法はない。そして敵の前に自らの姿を表して己の方へと誘導しつつ攻撃のタイミングを図る。小細工を弄してもかわされるだけであり、一瞬のタイミングにすべてを賭けるしか無い。
「――一瞬にして破壊する」
ローラは待った。攻撃の時を。ただひたすらそのタイミングに向けて全神経を研ぎ澄ませる。それは懐かしい感覚だ。かつて世界中の戦場にて、世界中のテロ襲撃現場にて味わっていた感覚だ。ローラママを名乗り子供らの〝母親〟になった時にもう二度と味わう事もないだろうと思っていた。
だが、それを今、かつての仲間に向けている。
この地で暮らした二ヶ月あまりの中で能力を使わなかったわけではない。ちょっとした小競り合いで子供らを危険から守るために暴漢を退けるために使ったこともある。だがローラが秘めた光の力はあまりに強力だった。敵を退ける以上の結果を生み出してしまった。
命こそ奪わなかったが、暴漢の右手の指を破壊する結果となってしまった。それ以来、ローラは光を力を――特に子どもたちの前では使わぬ事を自らに戒めたのだ。
――いかなる力も過剰となれば、例え守るためのものであっても悲劇をもたらす――
ローラはその戒めを破ったのだ。全ては愛する子どもたちを守るためである。
両サイドを倉庫ビルに囲まれた街路――
そこをベルトコーネが近づいてくる。一歩一歩、足音を立てながら。
そして、それを前にして壮烈な覚悟をもって立ちはだかるのはローラである。
二人の間の距離は300mほど。
「まだだ。まだ遠い――」
両手に光をまとわせず、光の力の存在をベルトコーネに対して秘匿する。ベルトコーネはローラの光圧能力について詳細に知っている。その威力も、そして持久力に欠け短期決戦型である事もだ。そのベルトコーネの前で光を使わぬことで、光の残量が尽きていると誤認させることを狙う。
それをより確実なものにするために、ローラはあえて数回、右手の指先を光らせる様な仕草をしながらも、あえて光らせない風を装ってみせた。3回目に不安げな表情で自分の指先をチラ見する事もした。焦りを演出することでこちらにはすでに攻撃手段が無いと確信させるためだ。
「どうした」
野太く、地の底から響くような声でベルトコーネが問うてきた。
「威勢のいい割に、自慢の攻撃手段はもうエネルギー切れか? お前の機体が容量不足気味なのは昔から分かっていることだ。最後のチャンスをやろう。オレに従え、そして、その証しとしてお前の背後に居るものを全て血祭りにあげるのだ。何の迷いがある? 今までも何度もしてきたことだ。造作も無いだろう?」
それは最後通告だ。その声はローラとベルトコーネの当事者だけでなくその場に居合わせたすべての者の耳に届いていた。そしてそれは新たな不安となりローラへと新たな視線が注がれることとなる。だがローラは屈しない。
「まだ分かってないのね。ベルトコーネ」
「―――」
ベルトコーネは黙して語らない。
「私は過去を捨てたの。いいえあたし自身の過去を〝全ての罪〟も含めて受け入れると決めたの! 自分の過去を振り返らず、己の犯した罪を認識することもない貴方とは同じ道を歩けないの。どんな言葉を向けられても同じよ。これ以上は無駄よ。おとなしくもうここから立ち去って!」
「それはできんな」
「しつこいと嫌われるわよ」
「かまわん、誰かに好意を持ってもらおうなどとは思っておらん」
そして、ベルトコーネが拳を握りしめる。攻撃態勢へと入ったがためだ。その両足に力を込めて動き出すタイミングを推し量りながらベルトコーネはかつての仲間へと決別への道を歩もうとしていたのだ。
「我にあるのはただ、主人の勅命を現実にすることのみだ」
「そう――、ならば貴方はこれからも殺し続けるのね」
「―――」
静かな義憤をいだき、そして、燃えるような怒りをその身のうちにローラは感じていた。
やはりそうなのだ。コイツを生かしておいてはならない。ベルトコーネ――彼はあまねく全ての命の〝敵〟なのだ。
ベルトコーネが動きだす。歩みが徐々に早くなり、全身が激しい躍動を見せつつあった。そして、ローラの居る方へと一直線に駆け出し始めた。
月も浮かばぬ闇夜のアスファルト道路。その両サイドには様々な大きさと多様な作りの倉庫ビルが立ち並んでる。まっとうな目的で簡易的な工場に転用された建物もある。最近になり所有者が黙認する形で雑居的な集合住宅に転用された倉庫もある。ローラが来てから誰も居なかったはずの廃れた倉庫街に人の息吹が満ちてこようとしていた。それらは全てローラがハイヘイズの子供らの母親として歩み始めてからの日々の中で、ローラに刺激されて子供らに救いの手を差し伸べる者たちが増えたことも影響していた。
今ではハイヘイズの子らに毎朝のように挨拶をしに来たり、たまに現れては子供らに食事を振る舞ったり、神の教えを解こうとする者もあらわれている。ジーナやアンジェリカにもまっとうな仕事が持ち込まれることもある。時間が空いている時は彼女らと3人で内職をこなすこともあった。
貧民街にて地域住民に対して自主的に開かれている〝学校〟に子供らをこの春から通わせる話も持ち込まれている。
ローラは思う。
――もし、私が消えても誰かが子供らを助けてくれるはずだ――
たった二ヶ月でも、子供らが地域住民たちに受け入れられる緒を作れたのならば、それにまさる満足はなかった。ならば全てをかけても悔いはない。
――ありがとう。こんな私に〝意味〟を与えてくれて――
サヨナラを告げるつもりはない。だが、この小さな命のすべてを守るためなら、そのために必要とされるならかける命は持ち合わせている。結果も見返りも求めない。今はただ無心に子どもたちの無事と平穏を望むのみである。
歩みを進め始めたベルトコーネを待ち受けるようにローラも走り始める。もはや捨て身の攻撃しかチャンスは残されていなかったのである。
@ @ @
運命の歯車は回り続ける。
それは遠い過去からもたらされたものであり、運命の当事者すらも忘れ去っていたはずの物だった。
「来たぞ――、全員準備はいいな?」
何処かで男たちの声がする。ウルドゥー訛りのある中東系の言葉のイントネーションだ。
「たとえ命を落としても勇敢に戦った者をアッラーは祝福してくださる! たとえ一人一人の剣がやつに届かなくとも全力で戦えば一矢報いることができるはずだ! 絶対に仇を取る! そして〝彼女〟を子供らの所へと帰すぞ!」
そして灯りの落ちた鉄筋コンクリート造りの倉庫ビルの中を男たちが走り回る。その数10名足らず。一人がフォークリフトにまたがり、数人が上層階へと駆け上がっていく。二人ほどが倉庫ビルを出て外側に止めてあったクレーン付きトラックへと向かう。
その倉庫ビルの1階フロア、ディーゼルエンジンの野太い排気音が突如鳴り響いた。怒れる戦士の瞳のごとく2つのライトが煌々と照らされる。そして、そのフォークリフトに乗るアラブ系の男は声高に叫んだのだ。
「行くぞ!」
男はアクセルを全開に踏みしめる。フォークリフトのフォークを上昇させ高さ1mくらいにする。そして、眼前にそびえるコンクリート壁に鋼鉄製のフォークを突き刺したのだ。
フォークリフトは壁を突き破り、その裏側の街路へと飛び出していく。そして絶妙なタイミングでフォークリフトの持つ2本の鋼鉄製の剣を、狂える拳の悪魔へと突き立てたのだ。
男はベルトコーネに体当たりを敢行しながら天高く聖句を唱えたのだ。
「アッラーフ・アクバル!」
それは聖戦の戦士だけが唱えることを許される聖句だ。自らの命を賭して誇りを守るために戦うものだけが許される。戦士として気高き心を持つ彼らは、この極東の地で彼らなりの〝聖戦〟に望んだのである。
男は勢いを殺さぬままベルトコーネを押し飛ばしていく。その先にあるのは別な建物のコンクリート壁である。男はベルトコーネを壁へと叩きつけ押さえ込んだまま頭上へと叫んだ。
「やれ!!!」
4階建ての倉庫ビルの3階から数人の男たちが姿を現す。男たちもまた雄叫びを上げながら、その手に炎を手にしていた。手製の火炎瓶だ。次々に点火するとそれを眼下のベルトコーネへと目掛けて次々に投げ落としていく。それは積年の思いを託すかのように絶え間なくベルトコーネの頭上に降り注ぐのだ。
「あの拳の悪魔に今こそ裁きを与えるのだ!!」
突然の事態にうろたえてベルトコーネは一瞬動きを止めてしまう。そして、自らに体当りしてきたフォークリフトのフォークの片方が自らの脇腹に突き刺さっていることに漸く気付いた。
身動きの取れぬベルトコーネに火炎瓶が降り注ぐ。割れた火炎瓶から溢れた黒い液体はベルトコーネの身体にまとわりつき次々に火柱を上げていく。それは火刑に処された罪人のごとくである。
「ぐっ? グォォォオオオ!!!」
ベルトコーネが苦悶の雄叫びを上げている。予想外の攻撃に防御が間に合わなかったためだ。だがそれ以上に〝男〟の執念が勝ったためでもあった。
「どうだ! 貴様は不意打ちの攻撃には防御が疎い弱点がある! 意識を集中させねば得意の頑丈さも発揮できまい! この日のために貴様の戦闘データを集め続け分析に分析を重ねた! それに火炎瓶はガソリンとナフサにテルミット反応剤を加えた特別性だ! アンドロイドの貴様と言えど骨まで焼き尽くされるぞ! 世界中の命を奪い続けたその報いを! 今こそ受けるがいい!!」
そして、フォークリフトの座席の傍らに立てかけておいた散弾銃を手にしてフォークリフトから離れると、火柱と化したベルトコーネに向けて狙いを定める。散弾銃に込められた弾は威力の高いスラッグ弾。それをベルトコーネの頭部に向けて固め撃ちする。
「こんなものでは終わらんぞ」
その言葉に呼応するがごとく、一台のクレーン付きトラックが轟音を上げて走ってくる。ローラたちが居るのとは反対側の方だ。そして、クレーンはすでに展開されており、そのクレーンの先には建築用の巨大なH鋼材が十数本束ねられている。そして、クレーン付きトラックは狙い定めたようにベルトコーネへと肉薄する。素早くクレーンが操作されベルトコーネの頭上にH鋼材の束は釣り上げられている。
「喰らえ!!」
フォークリフトに乗っていた男が散弾銃をクレーンの先端のワイヤーへと向ける。そしてH鋼材を束ねていたワイヤーケーブルを狙い撃ちワイヤーを巧みに切断する。ワイヤーが緩めば鋼材はバランスを失う。それは真下に位置するベルトコーネ目掛けて次々に落下していくのである。
――ゴォオン!! ゴゴン!! ゴゴゴゴ、ゴゴン!!――
鋼材は地響きをたて、轟音を響かせながら次々に落下していく。当然、その真下に位置するのはベルトコーネだ。それは武器すら持たぬはずの男たちが知恵を絞り力を集め来るこの日のために耐えに耐えて積み上げてきた怒りの一撃であった。
「鋼の悪魔よ! これが我らの怒りだ! イスラムの戦士の誇りの一撃だ! 世界中にこだまする貴様に向けられた怒りの声を今こそ思い知れ!!」
ついにベルトコーネは多数の鋼材の下敷きとなり火柱に包まれたまま微動だにしなくなった。全ての動きが停止したのは誰の目にも明らかであった。
彼らが起こしたことの成り行きを呆然として眺めていたのはローラである。突如として現れた救いの手に感謝しつつも戸惑わずには居られなかった。ローラもかつてはベルトコーネの仲間である。ディンキー・アンカーソン配下のマリオネットとしてテロに手を染めていた過去がある。ローラの眼前に現れた彼らは紛れもなくかつてのテロ活動への報復を求めてベルトコーネに攻撃を加えたのだ。その彼らに対して強い不安を感じるのはやむを得ない帰結である。
フォークリフトを駆っていた男がローラの下へと静かに歩み寄ってくる。その表情はどこか穏やかであり、積年の思いを成就させたがゆえの満足感に満ちていた。そこにローラへの敵意は微塵も現れていなかった。男は静かに語り出す。
「君がローラママだね?」
男の風貌は明らかにアラブ系だった。普段から工場労働をしているのだろう、グレーの作業着に布製の作業帽と言う出で立ちであごひげを豊かに蓄えている。その日焼けした風貌の中に垣間見えるのは長い戦いの痕跡。そこに刻まれた傷跡には過去に彼が戦場で実戦経験がある事を暗に物語っていた。
戸惑いを隠さないローラに男は穏やかに問いかける。
「怖がらなくていい。俺達は君に対しては一切の敵意は持っていない。俺達が戦う相手はベルトコーネただ一人だ」
「え?」
ローラが戸惑いの声を上げる。男の仲間たちが徐々に集まってきている。年の頃は30から50くらい、中には60を越したような老体の者もいる。彼らは誰ひとりとしてローラに対して武器を向けるような真似はしていない。その理由を明かすように男はローラに告げた。
「君があのディンキー・アンカーソンの元配下だと言うことは割と早いうちに分かっていた。はじめはすぐにでもかたきを討つべきだと声高に唱える者も少なくなかった。なにしろディンキー・アンカーソンの攻撃対象はイギリス人に限られてはいたが、そのイギリス人に加担する者にも敵意の矛先が向くこともあった。その巻き添えを食って怪我をした者、命を失った者、戦場に二度と立てなくなった者、犠牲となったものは数多く居た」
その言葉にローラはうつむきながらも謝罪の言葉を言わずには居られなかった。
「はい。あの時の事はよく覚えています。あの時の私のした事は罪そのものです。非難されても、攻撃されてもむしろ当然だと思っています」
消え入るような声でつぶやくローラに、男たちは告げる。
「ローラ。話は最後まで聞いてほしい」
その言葉にローラは顔を上げる。先程まで怒りの声を上げていたとは思えないほどに穏やかであった。
「そもそも、ディンキーと言う男は、基本的に英国人以外への攻撃は英国に加担する事への警告と言う色合いが濃かった。決して深追いはせずメッセージが伝われば速やかに姿を消す。そう言う男だった。そして君は、過去のいかなる戦場でも英国人以外へは警告と言う立ち位置から逸脱することはただの一度もなかった。それに過去の君はディンキー・アンカーソンの操り人形として逆らうことは許されなかったはずだ。その君が過去を断ち切り、恵まれない子どもたちのために寝食を惜しんで献身的に親代わりになろうとしている――、
その事実に、俺達もはじめは戸惑った。テロとして再起を果たすための隠れ蓑なんじゃないかと言う声もあった。だが俺達は君を観察している間にあることに気付いたんだ」
「えっ? あること――?」
ローラが問い返せば、憐れむような慈しむような視線でそっとローラの肩を叩きながら男は告げる。
「君はここに来てからほとんどエネルギーを補充していない。そうだろう?」
男の語る言葉にローラは沈黙せざるを得なかった。
「オレの昔の経験から言って、君に限らず戦場に立つアンドロイドというのは可能な限り無補給で長期間戦場に立てるように作られている。だがそれだって限度がある。最低限のインターバルのみで専門家のメンテナンスもなしに1ヶ月以上も働き続けられるようなアンドロイドなんてお目にかかったことは一度もない。君はすでに限界に来ているはずだ。それを誰にも告げず、あのシェン・レイにすら打ち明けずにいると言うのに君がテロ・アンドロイドとして再起を試みているとは到底考えられなかった。だから我々は確信したんだ――」
一呼吸置き、ローラの方から手を離しつつ男は告げる。
「君は命を捨てて子どもたちに尽くそうとしていると。そしてそれが君にとっての過去への償いなのだとね」
男の言葉にローラの目が思わず見開かれる。そしてその目から涙がかすかに溢れようとしている。
「過去を悔いて弱き者のために尽くそうとしているものを、慈悲深きアッラーなら必ずやお許しになるはずだ。俺達はそう確信した、そして君を狙ってあの鋼の拳の悪魔がやってくるはず――俺達はそう読んでいた。この一ヶ月、ヤツに積年の恨みがある我々は協力しあい、この日のために策を練り続けてきた。全てはヤツにかつての暴走のその責めを負わせて全てを断罪するためだ。君もアイツの〝暴走〟の事は知っているだろう?」
知っている忘れられるわけがない。ローラははっきりと頷いてみせる。
「俺たちのいた中東でも、やつの暴走のために幾つかの町や村で数多くの命が奪われてきた。それは英国人はもとよりアラブ人だろうが、アジア人だろうが、ロシア人だろうが、一切お構いなしだ。数多くの命を奪い血祭りにあげたあげく、全身に巻きつけられているあの〝ベルト〟でディンキーにより拘束される。その繰り返しだ。俺達はヤツに故郷を滅ぼされ、家族を奪われ、友を奪われ、イスラムの戦士としての誇りすらも奪われて、このアジアのハズレの島国で虚しさと悔しさを抱えながら生きてきた。それが今漸くに報われる時が来たんだ。君を憎む理由など俺達は持ち合わせちゃいない。むしろ俺たちは君に感謝している。戦士としての誇りと名誉を取り戻すこのチャンスを与えてくれた君にね」
それは驚きだった。戸惑いでもあった。想像を超えためぐり合わせが、救いとなってローラにもたらされたのだ。なおも男は告げた。
「ここは俺達に任せてくれ。奴が二度と再起できないようにとどめを刺す。君はあの子たちの所に戻ってやってくれ。君は戦場に立つより、子供を抱いている姿のほうが相応しい」
ローラも体力的にはすでに限界に達していた。それにやはり、今なお命の危険の真っ直中にあるカチュアのことが気がかりだった。しかし、そうだったとしても目の前の彼らは生身の人間であり強力な武装を持っていわけではない。もしベルトコーネが再び動き出すようなことがあれば最悪の事態となりかねない。
迷う、戸惑う、逡巡する。だがしかし、今は彼らの好意にすがるしか無い。心のなかに謝罪の気持ちを抱えながらローラは彼らに頭を下げた。
「はい。そうさせていただきます」
そう答えて身を翻すとカチュアの方へと走り出していく。その後姿を眺めつつ、男たちは再びベルトコーネへと向き合う。今こそ決着をつける時だ。彼らはそう確信しているのだ。たとえそれが敵わない相手だとしてもだ。なぜなら彼らも誇りある戦士なのだから。
@ @ @
グラウザーたちはメインストリート周辺を観察することで情報収集を継続していた。地元民の会話を見聞きするだけでもかなりの収穫となる。ハイヘイズの孤児たちやローラのところに向かうのはまだ後でもいい、そう判断していた。メインストリートを境にして北側の高層ビルエリア、南側の弓状居住地域と呼ばれる低産階級エリア、その双方の違いに目を見張りながらも、着実に少しづつ重要な情報をかき集めていく。メインストリートを行き当たりまで向かい、逆に戻り始める。中華系住民のエリアの端まで来た――そんな時だ。
〔センチュリー兄さん! グラウザー! 聞こえますか!〕
唐突に聞こえてきたのはディアリオの声だった。センチュリーとグラウザーに体内回線で呼びかけてきている。すぐにセンチュリーが反応する。周囲の人目を避けて物陰に身を潜めると小声で応答する。
〔おい、いきなりどうした?〕
状況的にも通信は控えねばならないことはディアリオもわかっているはずだ。それを敢えて知らせてきたのなら緊急事態以外にはありえない。
〔緊急事態です。ベルトコーネが現れました〕
音声はセンチュリーだけでなくグラウザーにも伝わっている。朝はグラウザーの表情が緊迫したものになった事でただならぬ事態の発生を察知する。
〔どこに現れた?〕
〔弓状居住地域と呼ばれるスラム街のさらに南東方面にある倉庫街エリアです。そこにハイヘイズと呼ばれる無戸籍の混血児童孤児が集まって暮らしていますが、そこに身を寄せているローラを狙って襲撃しています〕
〔おい! それどこで突き止めた?〕
当然の疑問だった。苦労して潜入までして危険な聞き込みまでやっているのだ。そんなあっさり突き止められては立つ瀬がない。だが、ディアリオは弁明する。
〔ネットを介して東京アバディーンの南側スラムの映像や音声をかき集めたんです。それまではネット侵入することすら困難だったのが、ベルトコーネが出現して暴れだした頃から警戒が甘くなっています。あちら側の電脳プロにも何かあったようです〕
なるほど。合点の行く話だ。
〔分かった、今からすぐに向かう〕
〔兄さん、それともう一つ〕
〔まだ何かあるのか?〕
先を急ぎたい苛立ちを飲み込みながらセンチュリーは問うた。
〔街の声からの推測ですが、子供が一人、ベルトコーネに殴打されました〕
〔何?!〕
衝撃的な報告にグラウザーも絶句せざるを得ない。
〔頭部を一撃されたようです。瀕死になっている事も考えられます急いで下さい!〕
〔解った。それで、このあたりの街区のマップデータは手に入るか?〕
〔すでに作成済みです。ベルトコーネに直行するルートと、負傷児童に急行するルートを見つけました〕
〔よし、ベルトコーネへのルートはグラウザーに、子供へのルートは俺に回せ。お前はデータ収集を続行しろ。アトラス兄貴たちにも連絡頼む〕
〔それですが、先程からアトラス兄さんたちとの連絡が途絶えています。メインストリートの北側、高層ビルエリアです〕
〔なんだって?!〕
〔あちら側は南側と異なり今なおネットアクセスが困難です。ですがネット侵入を継続してみます〕
〔電脳支配者が南側とは別人って事か――。よし、こっちは俺達で引き受けた! そっちは頼む!〕
〔了解!!〕
ディアリオとの通信を終了させるとセンチュリーはグラウザーと朝に駆け寄った。
「兄さん」
「聞こえたか?」
「はい」
センチュリーの問いにグラウザーは頷いた。その二人に朝が問いかける。
「おい、何が起きた?」
「ベルトコーネが現れやがった」
「ベルトコーネが?」
「あぁ、しかもこれから行く予定の場所に先回りされた。孤児のガキどもの所を襲撃したらしい」
「なっ――!」
センチュリーからもたらされた言葉に朝も思わず絶句する。しかしすぐに冷静さを取り戻すと次の行動に向けての判断をする。
「それで被害は?」
「子供が一人、ヤツに殴られたらしい。被害の程度は不明。ただアイツのげんこつ食らって怪我をしないはずがねぇ」
「僕もそうだと思います」
センチュリーの言葉にグラウザーも同意する。冷静な受け答えだが、その表情には驚きと怒りが垣間見えていた。センチュリーはさらに言葉を吐いた。
「それともう一つ面倒が起きてる」
その言葉にグラウザーが語りかける。
「アトラス兄さんたちの件ですね?」
「アトラス? あいつらに何かあったのか?」
朝が問えば苦しげにグラウザーが説明する。
「連絡が取れないそうです。大通りの向こうの北側で消息を絶っているそうです」
「まぁ、心配といえば心配だが、兄貴達も素人じゃねえ。向こう側は電脳対策をディアリオが突破できないほどひどいらしい。おそらく連絡手段が絶たれているんだろう。今はベルトコーネの方を優先するしか無い」
厳しい決断だが、優先順位を間違えてはならない。その事を分からぬ彼らではない。
「それで此処から先だが二手に別れよう。子供の救命とベルトコーネ対策だ。子供の方は俺が朝を連れて直行する。ベルトコーネの方は――、グラウザー、お前が向かってくれ。ディアリオからこの街のマップは届いているな?」
センチュリーの問いにグラウザーは頷き帰す。
「はい、すでに受け取りました」
「頼むぞ、先の戦いでベルトコーネに張り合えたのは実質お前だけだ。今回はディアリオのサポートはこの街の電脳事情から考えて望み薄だ。厳しいがなんとかうまく立ち向かってくれ」
「えぇ、分かっています。ヤツのことは任せてください」
グラウザーはセンチュリーの言葉にはっきりと同意する。それは現在状況をしっかりと理解している事の証拠でもあった。
「それより負傷した子供のことを頼みます」
「もちろんだ。多少迂回するが確実にたどり着いてみせるぜ」
「朝さんも、よろしくお願いします」
「解った。子どもたちの方は必ず助けてみせる」
「それじゃ行くぞ」
「はい!」
言うが早いかグラウザーはベルトコーネに立ち向かうべく韋駄天のごとく走り出した。雑踏の人混みを躱しながら瞬く間に走り去る。
かたや、センチュリーは特別製のシューズのかかとをセパレートするように取り外す。するとそこからは普段から使っている高速移動用のダッシュローラーが露出した。次いで爪先部分の靴底から小型のローラーを展開させれば準備は完了である。
「オレにおぶされ!」
朝は言われるがままにセンチュリーの背中にのしかかる。センチュリーは朝を背中に載せたまま目的地へと向かうつもりなのだ。多少見れくれは悪いがこの際は致し方ない。センチュリーも朝をしっかりと背負うと告げる。
「行くぞ、しっかり捕まれ!」
「はい!」
宣言と同時にセンチュリーは両かかとのダッシュローラーをスピンさせる。そして、アスファルトの上に火花を散らしながら走り出した。一刻を争う事態にも彼らの行動はブレることは無い。
彼らがただのバイカー崩れの不良だと思っていた周囲の人々は突然の変わりようにあっけにとられて眺めるだけである。
@ @ @
ローラが足早に駆けている。無論、向かう先はカチュアのところだ。
血に染まったワンピースドレスをなびかせて、ローラはよろけるように走り抜けた。
そこでは今、オジーとラフマニが苦心しながらカチュアの手当をしているところだった。
オジーが悪態をついている。
「おい! どうすりゃいいんだよ!」
「俺が知るかよ! 兄貴みたいにうまくは出来ねぇよ!」
「だからっつってこのままじっとしてるわけ行かねぇだろ!」
「分かってる、ソレはわかってるけど――」
焦りと苛立ちの言葉が交わされている。それを聞けば手当がうまく行っていないことは明らかだった。
「ラフマニ! オジー!」
駆けつけるのと同時にローラは二人に声をかけた。振り返ったのはラフマニだ。
「ローラ」
「カチュアの様子はどう?」
「それが――」
流石にラフマニは言いよどんだ。だが意を決して言葉を続ける。
「――頭を怪我しただけかと思ったんだが、どうやら首もやられてるらしい。首の骨の形が少しおかしいんだ。厚手の毛布をあてがって首を動かさないようにするので精一杯だ」
「そんな――」
「一応、頭はタオルやシーツを割いて包帯を作ってなんとか止血したんだが完全じゃない。早く病院に運ばないと――。でも、運ぶのにどうしたらいいかが解らないんだ。迂闊に運んで動かしてしまい症状を悪化させでもしたら今度こそアウトだ」
オジーの言葉からは、必死の状況の中でもできるだけ冷静に処置をしようとしていたのがよく分かる。確かにただ単に頭部を負傷しただけなら止血をすればいいはずだった。だがそこに頚椎損傷が加われば移動させるだけでも最新の注意を払わねばならない。
よく見れば手製の包帯をただ単に巻いただけでなく、頸部にはできるだけ負担がかからぬようにタオルで首の部分へのクッションがあてがわれているのがわかった。そのうえで厚手の毛布を幾重にも折りたたんで頭部と首から上半身にかけて包み込むようにしている。
「貸して」
一言告げてローラは二人からカチュアの身体を受け取った。そっと優しく力強く支えて、柔らかく包み込むように――カチュアの身体をその両手で巧みに支えつつ、一切の負担がカチュアの所に行かぬように配慮している。まるで神業のようにカチュアを完璧に抱きとめる仕草は、まさに母親と呼ぶにふさわしい物だ。
力強さと、優しさと、冷静さと、暖かさを――、全てを持ち合わせて彼女はカチュアをその胸に抱きしめていた。そしてそこには彼女がアンドロイドであるからこそできる配慮があった。
【 体内フレームシステム ――特別制御―― 】
【 ・左右上肢 】
【 ・左右前肢 】
【 ・左右掌部 】
【 ・左右指部 】
【 ・左右肩部 】
【 上記全関節リンク機構:指定角度固定 】
ローラは腕部全体と肩の部分を体内フレームの部分でしっかりと固定させる。腕の自由は効かなくなるが、これなら確実にカチュアの身体を安定させることができる。
「これでいいわ」
そうつぶやくローラにラフマニが問うた。
「何をしたんだ?」
「あたしの腕と肩の関節を固定したの。生身の腕で支えるよりしっかりと受け止められるわ」
「そんなことをしたら」
「私は大丈夫。今はこの子を助けるのが大切なの。そのためならなんでもするわ」
「そうか――わかった」
ローラの言葉に彼女の覚悟の深さを理解したラフマニはそれ以上何も問わなかった。ローラの行動に疑問を感じたらしかったオジーも特別何かを問いただすようなことはしない。根掘り葉掘り問うても意味は無いのだから。
安堵する3人だったがローラは疑問を口にする。それに答えるのはラフマニであった。
「でも、このままこうしているわけにも行かないわ」
「そうだな、機会を見て病院に運ぼう」
「でもどこへ?」
「それは――」
二人がそんなやり取りをしようとしていたその時である。
――ゴゴォオン――
大きな鋼材の柱が転げ落ちる。ベルトコーネの体の上に落とされたあの沢山の鋼材の中の一本だ。
――ガァン! ガゴオン!――
さらに2本。戒めの鋼材は次々に崩れ落ちている。そのたびに不気味な音が響き渡り、それはとてつもない恐怖と不安をかきたてている。
――ガラァン! ガゴン! ガゴン! ガゴォン!!――
今度は4本、もはや疑いようもなかった。アイツが再び動こうとしている。
その光景をローラもオジーもラフマニも、巨大な不安と恐怖とで見つめるしか無かった。
そうだ、そうなのだ。〝ヤツ〟は間違いなく沈黙してはいないのだ。
「そんな、馬鹿な!」
驚きの声を上げているのはフォークリフトを動かしていたあのアラブ系の男であった。
さらなる仕上げとして跡形もなくなるくらいに焼き尽くすことをアラブ系の彼らはもくろんでいた。スーパーテルミット系の超高温燃焼剤を大量に配置し、一気に連続燃焼させて溶かし切る。そこまでやらねばベルトコーネは停止しないと彼らは確信をもっていた。
だが流石にそこまで仕込むのには多少の時間はかかる。せめてその準備が終わるまでは持つだろう。そう目算していた。だが――
「急げ! すでに仕込んであるものだけでも点火しろ!!」
――もはや猶予はならない。今度こそ、せめて今度こそ、やつを葬らねばならない。
それがヤツ――ベルトコーネの底なしの戦闘能力の前に敗れた者が一度は願う思いなのだ。
超高温燃焼剤に点火する。そこには火柱ではなく白銀に輝く火花が吹き上げる光の柱のごとく一気に燃え上がった。それは鉄をおも溶かす2000度にも達する壮絶な炎である。
「火炎瓶だ! 火炎瓶を追加しろ!」
先程使用した高温燃焼剤入りの火炎瓶を絶え間なく投げつけていく。そして、ベルトコーネを葬るための裁きの炎を更に大きくしていく。それは願いだ、切実にして壮烈なまでの願いだ。
かたきを――一矢報いれるかたきを――、そう彼らは願ってやまなかったのだ。
だがしかし――、
――ズズズズズズーーー――――
不気味な地響きをたてて〝それ〟は立ち上がった。全身に炎を纏いながらも膝を屈する事なくふたたび立ち上がる。炎の中で〝それ〟の瞳が輝いている。それは怒りに満ちた赤い色だ。そしてローラはその赤い光の意味を知っているのだ。
ベルトコーネが身にまとっていた着衣は焼けただれていた。上半身はもはやなにも纏っては居なかった。その身を覆う人造皮膚も防御限界を超えて所々が焼けただれ千切れて、内部メカが露出していた。顔面は右半分が失われており、その下からまさに鋼の悪魔と形容するにふさわしい異形の構造が顕になっているのだ。
それは悪魔だった。鋼で組み上げられ、焼き尽くすことの出来ぬ体を持つ、破壊の象徴のあくまであった。そしてそれは理性を簡単に放棄して破壊衝動を撒き散らすことしかしないのだ。
「暴走……している!」
炎の中でアラブ系の彼らを、イスラムの戦士を、ベルトコーネは見下ろしていた。怒りに満ちた赤い視線で、攻撃を加えてきた彼らを睨みつけている。ベルトコーネはその手に自らの頭上に落とされた鋼材を右手に掴んだ。
そしてその次にこだましたのは悲壮なまでのローラの叫び声である。
「お願い!! 逃げて!!!!」
燃え盛るままに握りしめた鋼材を振り回す。帰す刀で鋼材をアラブ系の男たちに投げつける。さらにベルトコーネは己の脇腹に突き刺さっているフォークリフトのフォークを片手でゆっくりと引き抜いていく。
フォークリフトはベルトコーネに押し返された。それまで身動きすら出来ていなかったベルトコーネは再び行動の自由を得られたことになる。フォークリフトの鋼鉄を己の脇腹から引き抜き終えるとベルトコーネは再び動き出した。
路上に転がる数多の鋼材の中の一つを手にするとフォークリフトを打ち据えて弾き飛ばした。フォークリフトは弾かれるままに轟音をたてて転げ回っていく。立ち上がり再び動き出すと、ベルトコーネが次に狙ったのはクレーン車である。車体側面を掴むと持ち上げ一気に横転させる。
さらには地面に右腕を突き立てると地面の岩盤そのものを掴み取る。そして、路面のアスファルトを基礎ごと引き剥がすと、その塊を見境無く周囲に投げつけた。もはやこうなると手のつけようはない。正規の軍隊ですら手を焼くのだ。ありあわせの武器でどうにかなるような存在ではないのだ。
フォークリフトを操っていた彼が仲間に向けて告げる。
「動けるやつは怪我人を連れて一旦下がれ! 大勢を立て直す!!」
彼から敗北を認める言葉は出ては来ない。誇りを失うわけには行かないのだ。その彼に仲間の一人が声をかける。
「アフマド! お前はどうする!?」
「俺は残る」
「いくらなんでも無茶だ! 攻撃する手段がもう無いんだぞ!」
重機は破壊され、もう使用できない。テルミット仕様の火炎瓶は使い尽くした。それ以外の武器はもはや持ち合わせては居ないのだ。
「それがどうした!? イスラムの戦士としての誇りを折るわけにはいかん! お前らはなんとしても生き残れ、そして子供らをヤツから守るんだ」
アフマドと呼ばれたその男は決して敵わないと分かっていた。だが、それでも手にしていた散弾銃をベルトコーネへと向けるのだ。残弾も残り少ない。語りかけてきた仲間が悲痛な表情でアフマドを見つめていた。その彼にアフマドは叫んだ。
「さっさと行け!!」
説得は通じない。ならば語りかける言葉は一つだ。
「アフマド、お前にアッラーのご加護がある事を祈っている」
ベルトコーネの暴走に巻き込まれ足の骨を折られた者が居る。瓦礫の直撃を受け意識不明になっている者も居た。生き残った仲間が負傷した彼らを引きずるようにしてその場から退いていく。アフマドは彼らをかばうようにベルトコーネの前に立ちはだかると、12番ゲージの散弾銃を狂える拳魔の眼前に構えるのだ。
冷たい夜風が通り過ぎ、ベルトコーネを燃やそうとしていた純白の炎を揺らしている。その炎を背後に、最悪のテロ・アンドロイド――ベルトコーネはアフマドの前に立ちはだかる。そのアフマドにベルトコーネは告げた。
「最後に言うことはあるか?」
それは最後通告だ。処刑宣言だ。立ちはだかり妨害する者を彼は赦しはしない。雑草を毟り取るように無慈悲に蹴散らすだけだ。だがアフマドは一切臆すること無くベルトコーネに告げたのだ。
「アッラーは貴様のような無慈悲で無分別な者をお許しにはならん!」
その言葉と同時にアフマドは散弾銃の引き金を引く。決めの一発をベルトコーネの眉間に打ち込むためにだ。だがベルトコーネは右の拳を横薙ぎに払った。
拳魔――ベルトコーネにつけられたその字名が意味するがごとくベルトコーネのその剛拳は軍事兵器に等しいほどの威力を有するものである。弾丸を弾き、拳風を吹き起こす、衝撃波を生み、それは数mの距離を置いていたアフマドをおも吹き飛ばした。現実離れした攻撃威力を有するその拳に驚きつつもアフマドは無残に昏倒させられたのである。
「ぐっ、ぐうぅ――」
呻いて立ち上がろうとするアフマドだが、その彼をベルトコーネは襟首ごと掴んで持ち上げていた。助け起こしたのではない。ただ邪魔であるから排除するためであった。もがいて逃れようとするアフマドにベルトコーネは声をかけつつ投げはなったのだ。
「邪魔だ」
アフマドの身体が宙を舞う。その体は数十mほどの距離を飛んで舗装道路の上を転げ回っていく。もはや彼に立ち上がる力も抗う手段も残されては居なかった。彼の戦いは終わったのである。
今、この地で繰り広げられたのは小さな戦いである。だが、誇り高き者たちによる気高き戦いである。そしてその時、その彼らの戦いの一部始終を余すところなく見つめていた者がもう一人居た。
――ラフマニである。
立ちすくむと彼らの戦いをじっと見つめている。そして、その視線はベルトコーネの方を向いている。沈黙したままのラフマニの姿に不安を感じたローラはそっと問いかける。
「ラフマニ?」
ラフマニのその姿から伝わってくるのは単なる傍観ではない。それはなにか深い思案のもとに決意を固めつつある男のシルエットだ。ローラは知っている。これまでの戦いの日々の中で使命を背負い、任務を背負い、困難へと立ち向かおうとする者が宿す〝力〟の様な物がにじみ出ている。
ローラはその力の正体を知っていた。その力につけられた名前をこう呼ぶ。
――覚悟――と。
つぶやくような、それでいてよく通る低い声だ。ラフマニはオジーに告げた。
「ローラとガキどもらを頼むぞ」
その言葉の意図をオジーは気付いていた。
「お、おい! まさか〝アレ〟を使う気じゃねえだろうな?」
ラフマニは両足のブーツを脱いでいく。素足だと思われた両足は常人とは異なるものだった。彼の両足に秘されていた物を目の当たりにしてローラが驚きを声にする。
「ラフマニ――それ、やっぱり?」
ローラが見たもの、それは金属製の義足である。それも両足だ。そして上着のレザージャケットの右袖をまくり上げれば、そこから現れた右腕も作りものであることにようやく気付かされた。人工皮膚が張ってあり生身の腕と一見して大差ないが、よく確かめれば接合線のような物が表面に走っているのが確認できる。
「あぁ、昔の話だが、車に轢かれて両足をやられた。右腕はショットガンで撃たれて吹き飛ばされた。この街じゃそう珍しい話じゃねえ。そのたびに兄貴に助けてもらった。両足には加速用のブースター装置が、右腕には超高精度の単分子ワイヤー装置が仕込んであるんだ。コイツをフルに使えればなんとかなるかもしれねぇ」
淡々と告げるラフマニだったがオジーはその背中に強く叫んだ。
「バカ言うんじゃねえよ! ローラやさっきのアラブの人たちが全力であたってもどうにもならなかった相手だぞ! ましてやお前の身体はむちゃすれば拒絶反応の発作が人より強く出るってシェンの兄貴も言ってただろう! 無理の利く身体じゃねえのはお前自身がわかってるはずだ!」
「でもこれしかねえだろうが!!」
オジーの怒りが親友であるラフマニの身を案じるが故の事であることは誰の目にも明らかだ。だが、それで引き下がるラフマニではなかった。
「もうオレがやるしかねえんだよ。いいか? アイツがこのまま諦めるはずはねぇ。他の大人たちの手助けも期待できねぇ。あの戦場経験のあるあのアラブ系の人達でさえアレで精一杯だったんだ。兄貴もこのままじゃ間に合わねぇかもしれねぇ。今この場でアイツを足止めしておかねぇとガキどもを逃がすチャンスすら無くなる! 今しかねえんだよ!!」
オジーに背中を向けたままラフマニは叫んだ。そしてそこには一命を賭して〝家族〟を守ろうとするリーダーとしての責任を自覚した者の姿が在ったのだ。その背中にローラが問いかける。
「ラフマニ――、ゴメン――」
ローラの声は半ば涙声だ。だがそれに答える声は優しかった。
「ばか、なに謝ってんだよ」
「だって、アタシのせいでこんな酷いことに」
「ソレは違う。誰もお前を悪いとは思っていねぇ。それにお前は全力でやつと戦い、そして残った力をカチュアを救うことに注ぎ込むと選んだんだ。その選択は間違っちゃいねぇ」
静かな声でラフマニは言い切った。そこには若いながらも家族を愛している者だけが表せる力強い優しさが在った。軽く振り向きローラに視線を向けながらラフマニは告げた。
「それに〝女〟のお前にばかり戦わせていたら〝男〟の俺のメンツが立たねえだろ? こう言う時くらいカッコつけさせてくれよ」
その時のラフマニの顔は笑っていた。それはあのクリスマスの雪降る夜に、降りしきる雪から守ってくれた時のあの笑顔だった。そして、ラフマニは静かに歩み寄ってくる鋼の拳魔に視線を向けた。
「じゃぁ、オジー。あとは頼んだぜ」
それを耳にしてオジーはぐっと唇を噛み締めた。そして己の非力さを悔やんだ。悔やみつつも今成さねばならないことは分かっているつもりだ。
「あぁ、ローラとチビ達は必ず逃がす。それとラフマニ――」
「―――」
オジーが一呼吸置く。そして、ラフマニは沈黙して背中でその言葉を受け止めた。
「死ぬなよ」
言葉はそれ以上は無用だった。かすかに頷いてラフマニが走り出す。ローラはその背中をただ見守るしかできなかったのである。
@ @ @
ラフマニが歩いた先に、ベルトコーネに投げすてられたアフマドが横たわっていた。敵との距離を推し量りながらラフマニはアフマドに話しかける。
「おじさん、大丈夫か?」
かけられた声はたどたどしいながらもアラブ系の基本言語であるアラビア語だ。アフマドは瀕死に近いながらもなんとか一命をとりとめていた。だが、起き上がることすら無理だろう。顔だけをなんとか動かしてラフマニの方へと視線を向ける。
「お、お前――は?」
「ラフマニ、ハイヘイズのガキたちの〝頭〟だ」
「君が――? そうか君がか――、君の噂は聞いていた。パキスタン人の血を引く少年が孤児たちをまとめていると――そうだ、我々は君に謝らねばならん」
アフマドは苦しみながらもラフマニに微笑みかける。
「俺達は逃げていた。現実から、運命から、戦士としての誇りから――、そしてそれを正当化するために似た者同士で固まり合い、少しでも毛色の違う者を拒み続けた。混じり者と蔑み、異教徒扱いして石持て追い払い続けてきた。それが間違いだと心のどこかで気づきながらも――」
二人のもとへベルトコーネが近づいてくる。それを警戒しながらラフマニはアフマドの言葉に耳を傾け続けた。そして自分の義手・義足に備わった戦闘プログラムを中枢神経を通じて起動させる。右手と両足がかすかな電子音を立てはじめている。
「だが、君とともに暮らすあのローラを見守り続けるうちに、自分たちの醜さ愚かしさに気付かされた。成すべきことを成さずに俺達は逃げていると、そして人として持たねばならない〝慈悲〟の心を何処かに置き去りにしてしまったことに――、君たちハイヘイズの子らを疎んじ排斥し邪魔者扱いしてきたのは我々だ。あの街に住む全ての者たちだ。謝っても謝りきれるモノではない。俺達の事をさぞや恨んでいるだろう。俺達は卑怯者だ、本当にすまない――」
アフマドの語る言葉に嘘偽りはなかった。苦しげな吐息の中に悔しさと後悔が入り混じっているのが手に取るように伝わってくる。目をつぶり唇を噛み締めているアフマドに、ラフマニは力強く答える。
「でも皆さんは、俺達のことを助けに来てくれました」
そしてラフマニはアフマドの右手を握りしめながら語りかけた。
「それだけで十分です。ここからは俺がやります、ここで見ていてください」
その言葉を残してラフマニは立ち上がる。そして、起動準備を済ませておいた戦闘プログラムを作動させる。
【 義肢内蔵型特殊装備・統合制御プログラム 】
【 両脚下腿部内⇒ 】
【 高電磁イオン反応炉心ブースターユニット】
【 右腕部内⇒ 】
【 超高純度単分子ワイヤー高速生成ユニット】
【 起動完了、同、作動開始 】
【 1:ブースターユニットイグニッション 】
【 2:単分子ワイヤーユニット 】
【 予備生成スタート 】
ラフマニの両足に内蔵されたブースターユニットが作動を開始する、太ももの中ほど辺りから大気を吸い込み、それを両脚部の各部から青白い光とともに噴き出していく。濃厚なイオン化ガスのジェット流だ。
そして、右手の表面に貼られていた人造皮膚が義手内部から発せられる熱でひび割れ、急速に剥がれていく。単分子ワイヤーの生成ユニットが作動を開始しためだ。
「奴は俺がやります。その間になんとか逃げてください」
ラフマニはアフマドを背中に守りつつ構えを取ってベルトコーネに対して立ちはだかっていた。一歩も引けない、悲壮なまでの覚悟を宿している。その背中にアフマドは声をかけた。それは同情でも謝罪でもない。戦いに赴く者を祝福し称える言葉だった。
「ラフマニ――」
その声にラフマニがかすかに振り向く。その視線を受けてアフマドが告げた。
「君にアッラーの祝福があらんことを願う」
その言葉を胸に刻みつつラフマニは頷いた。無言のまま答えかえす視線には感謝の気持ちが現れていた。
「行きます!」
よく通る住んだ声が響き渡る。軽く膝を曲げてしゃがみ込むと大きく息を吸い込む。しかる後に全身のバネを炸裂させてラフマニは一気に加速した。両足のブースターがフルに推進力を吐き出しラフマニの身体を加速させていく。その姿は残像のように途切れ途切れになり甲高い残響だけがその場に響き渡るのだ。
――キィィィィィィーーーーーーー……――
肉眼で捉えるのが困難なほどに加速を続けながら、ラフマニはベルトコーネの周囲を周回し始めた。円を描いて飛び回りながら、右腕から超高純度の金属単分子ワイヤーを放射し張り巡らせていく。幾重にも幾重にも単分子の糸を張り、ベルトコーネの身体と周囲の建築物を結びつけていく。
その様子はさながら蜘蛛が巣にかかった獲物を確実に捉えるために糸でがんじがらめにしていく光景を思い出さずには居られなかった。だがそれは同時にベルトコーネをあえて破壊するのではなく、捕らえて捕らえて、拘束に拘束を重ねて逃げ場を奪い去る事に狙いを定めていた。
――力任せに破壊しようとしても奴は必ず再生復活してしまう――
――どんな破壊兵器を使ってたとしてもそれは一時的なダメージだ――
――だったら縛り付けて身動きできなくしてしまうしかねぇ!――
ラフマニは自覚していた。己が非力であり有効な功績手段を持たないことに。
ベルトコーネの様な剛拳も、一撃のもとに敵を破壊せしめる特殊兵器を身に着けているわけではない。ただほんの少し常人より早く動けて、単分子ワイヤーを扱う機能が備わっているだけでしかない。
だがそれこそが、彼がベルトコーネと言う稀代の破壊魔に一矢報いれるチャンスに他ならないのである。
「頼む! うまくいってくれ! アイツを! 今少し! もう少し押さえ込めるだけでいいんだ!!」
ベルトコーネの右腕を、左腕を、足を、肩を、頭部を、首を、白銀に光る目に見えない超極細のワイヤーが瞬く間に縛り上げていく。
そして、周囲一帯の構造物・建築物に対して、同様のワイヤーを放射して結びつけていく。
一本、一本のワイヤーでは暴走するベルトコーネの力を押さえ込むことは出来ないだろう。だがそれを何百本も何千本も重ねていくことで、不可能を可能にすることができるはずなのだ。今少し、あと少し、ラフマニはココロの中で叫び続けていた。もはやこれ以外に彼らが講じれる手段は残されていないのだから。
己の命を絞るようにして戦いに赴き、己以外のすべての人の無事を彼は願っていた。
それはまさに報われるべき存在であったはずだ。彼の願いは聞き届けられるべきであったはずだ。
しかし、運命の歯車はなおも回り続ける。
幸せを得るために、平穏を得るために、ささやかな居場所を護るために、隣人の笑顔を絶やさぬために、彼らの戦いは報われるべきであった。
だがそれを成就させるようには、運命の歯車は出来ては居なかったのである。
【 両脚下腿部内 】
【 高電磁イオン反応炉心ブースターユニット】
【 アラート:異常加熱 】
ラフマニの素早さを保証していた装置が異常事態を発し始めていた。
「やべぇ!」
両足内のブースターユニットが加熱限界を迎えている。連続使用の限界状態を迎えてしまったのだ。だがそれはさらなる異常事態を招こうとしていた。
【 サイバネティックス人工人体ユニット 】
【 統括制御プログラム 】
【 生命維持処理システム 】
【 警告>拒絶反応、兆候確認 】
ラフマニに移植されている義肢に備わった生命維持監視システムが、彼の身体の異常事態を警告し始めていた。特殊機能の無理な連続使用がもたらしたのは、最も避けるべき〝拒絶反応〟と言う結末であった。そしてそれは最悪のタイミングで発現してしまったのである。
突如としてラフマニの全身を切り裂くような激痛が襲った。その次に彼を襲ったのは激しい嘔吐である。普段は義肢の装着部位における免疫反応の抑止処置によって抑えられているが、それを凌駕する激しい運動や義肢使用における肉体負担などにより、強い急性拒絶反応発作が引き起こされてしまったのだ。
ラフマニ自身の命を保護するため、そのプログラムはラフマニの義手義足の特殊機能を瞬間的に遮断した。ブースターユニットを停止させ、単分子ワイヤー装置を停止させる。そしてラフマニは高速移動のための制御を失い、そのまま一直線に投げ出されていった。投げ出された先は奇しくもローラとオジーのそばであった。路上の上を転げ回り、うつ伏せに伏してしまう。そしてそれっきり立ち上がることはなかった。
ラフマニの戦いは終わらざるを得なかったのである。
「ラフマニ!!」
その光景にローラが悲痛な叫びをあげていた。そしてオジーがたまらずにラフマニの所へと駆けつけていく。強烈な拒絶反応発作にラフマニは悶え苦しんでいる。その身を起こしながら彼はラフマニに声をかけた。
「馬鹿野郎! だから俺は言ったんだ! こうなるのは分かってたんだ!」
「だって、だってよぉ!」
「いいか! これで彼女やカチュアが助かったって、お前が死んじまったらそれは幸せとは言わねえんだよ!!」
ローラは悶え苦しむラフマニを案じてオジーに問いかけた。
「ねぇ! なんとかならないの?!」
その声に振り向きながらオジーは告げる。
「無理だよ。こいつの拒絶反応発作を止められるのはシェンの兄貴しか居ねえんだ! 畜生! 兄貴のやつ一体何やってるんだよ! アンタが来てくれないともうどうにもならねえんだよ!」
運命の歯車が再び軋んでいた。耳障りな悲鳴のような音を立てながら、事態を悲劇へと引きずり込もうとするのだ。
ローラはその腕に瀕死のカチュアを抱きながら、ラフマニとオジーと、そして無数の単分子ワイヤーで拘束されているはずのベルトコーネの姿を交互に見つめていた。
どうすればいい? どうすれば〝彼ら〟は助かるのだろう? どうすればあの悪魔を打ち倒せるのだろう? どうすれば? どうすれば? どうすればいい?
不安と疑問と苦しさがローラの胸を締め付けていた。ラフマニが必死の思いでベルトコーネに対して施した〝戒め〟が破られるのであれば、とり得る選択肢はもはや残されていないのだから。
その時、ローラが視線を向けたのは家代わりにしている廃ビルから顔を覗かせているジーナであった。視線で合図をするとジーナもその視線の意図に気付いたのだろう。肩にショールを羽織ったまま、速やかに足早に駆けつけてくれる。そのジーナにローラは歩み寄ると一言告げる。
「カチュアを抱いててくれる?」
「え?」
「いいから早く!」
ローラの強い求めにジーナは疑問を挟まずにカチュアを受け取ろうとする。両手を差し出し、普段からしている赤ん坊の世話、そのままにそっとカチュアの傷ついた身体を支え始めた。
「頭をもっとしっかりと受け止めて、左腕の肘でカチュアの頭を受け止めて――、そうそのまま左腕は動かさないように――、それから右腕で身体を押さえて。多少辛いけど落ちそうになったらオジーかアンジェリカに補助してもらって。それから絶対に揺すらないでね」
「はい――」
「そう、それでいいわ。そのまま〝家〟の中にカチュアを運んでちょうだい」
「えっ? 家の中に?」
「ええそうよ。オジー、あなたはラフマニをお願いね」
「あ? あぁ」
突然に冷静に指示を与え始めたローラに、ジーナもオジーも戸惑いを見せていた。拒絶反応発作に苦しみながらもラフマニは冷静にローラの言葉の裏を読み取っていた。
「なにする気だ? ローラ?!」
「ラフマニ――」
「馬鹿な真似はやめろ! お前! 最後の手段を使う気だろう?!!」
ラフマニは全身を貫く激痛に顔を歪ませながらも渾身の力を込めて立ち上がった。そして、この荒れ果てた退廃の街の片隅で出会った大切な想い人に駆け寄ろうとしていた。
両腕をのばしてローラを引き留めようとする。だがローラの身体はラフマニの手からすり抜けてしまうのだ。
足早にラフマニたちのところからローラは離れようとする。その先にはあの鋼の拳魔が居る。ラフマニが渾身の力を振り絞って作り上げた単分子ワイヤーの戒めが存在している。それを指してローラは告げた。
「見て」
ローラが指差す先で、がんじがらめに絡め取られたはずのベルトコーネは、徐々に徐々にと、単分子ワイヤーを少しづつ引きちぎり始めていた。どれだけの力を振り絞ればこんな事ができるのだろう? 恐怖する事も忘れてあっけにとられるしか無い。その姿にオジーも呆れ果てるしかなかった。
「嘘だろう? あの野郎、やられればやられただけ、どんどん強くなってく、振り絞れる力の底に限界なんかないみたいじゃねえか!」
まさにそのとおりだった。強い力で攻撃されれば、それに相応しい力で反撃する。強靭な拘束を仕掛けられれば、それが強力であればあるほどさらなる力と狂気と暴走をもってしてヤツは――ベルトコーネはそれを打ち破るのだ。
「そうよ。そのとおりよ。だからアイツは誰にも倒せない。もう最後の手段しか無いわ」
ローラが悲痛な表情で語れば、それとタイミングを同じくして、ベルトコーネは単分子ワイヤーの戒めの束を、加速度的に断ち切ろうとしていた。身動き一つ出来ていなかったのが、今や身を捩るだけでなく両腕もほとんど自由になりはじめている。全てを引きちぎってしまうまで、残り幾ばくも無いだろう。
「ローラ! やめろぉぉぉ!!」
ラフマニの壮絶な叫びがあたりにこだましていた。それを振り切るようにローラは走り出していた。
「ごめん! みんな! もうこれしかないの! さようなら!」
涙声を残しながらローラは走り出す。そして、ベルトコーネの方へと肉薄していく。彼女の体内では今、最後の仕掛けが動き出そうとしていたのである。
【 最重要プログラム封印解除 】
【 ――光子器官・暴走制御シークエンス―― 】
【 自爆モード:作動開始 】
【 60秒後、自己対消滅起動 】
彼女の体内に僅かに残されていた光の力。それを用いて、自らの周囲数mの物質を純然たる光とエネルギーとに物質変換してしまう。そうする事で自分自身を含めて、一定範囲を完全消滅させる。それがローラに残された最後の最後の手段であった。いかなる攻撃も通用しないのであれば、もはやこの世からその存在自体を完全に消し去るしか無い。
ローラは自分だけに許されたその力を利用して、ベルトコーネもろとも消え去ることを選んだのだ。
そして、ローラはかろうじて拘束されているベルトコーネに肉薄すると背後も振り返らずに、別れの言葉を口にしていた。
「みんな、本当にありがとう。人を殺めて、世界を壊すことしか知らなかったこんなアタシにたくさんの幸せをくれて――」
そして、ベルトコーネの身体にしがみつくと。最後の覚悟を決めたのである。
「カチュア、ごめんね」
そしてローラは目をつむると最後の時を迎えた――――――
――はずであった。
だが、運命の歯車は最後の瞬間に至るまで、人の思いと運命を弄び続けるのである。
【 自爆モード 】
【 自己対消滅プロセスシークエンス作動不良 】
【 同プロセス制御プログラム不作動 】
【 自己対消滅、実行不可能 】
【 《同プロセス、実行キャンセル》 】
そのインフェメーションメッセージを目の当たりにして、ローラは蒼白になっていた。
「え?」
もはやパニックであった。なにが起こったのか理解できない、うろたえて叫び声をあげる事しかできないでいる。
「そんな?! なんで?!」
それは皮肉なまでのめぐり合わせであった。まさに運命が仕掛けたいたずらである。
「まさか、今までの無理で?」
ローラ自身が気づいたとおりの事が起きていた。ローラママとして暮らした日々の中で、身を粉にして、命を削るようにして、無理に無理を重ねながら、献身の日々を送ったことで、皮肉にもローラの中の身体プログラムのいつくかが作動不良を起こすようになっていたのだ。
そのローラの姿をラフマニたちが戸惑いながら眺めていた。オジーが疑問の声をあげる。
「おい? なにが起きたんだよ? なんかパニックになってるぜ?」
「何かトラブルが起きたみたい」
ジーナのつぶやきを耳にしてラフマニもつぶやいていた。
「どうやら、自爆しそこねたみたいだな」
「えっ? 自爆?!」
「あぁ、もしやと思ったんだが、うまくいかなかったらしい。あいつが――、ローラが死ななかったのは幸運だったが、でもこれで本当に打つ手はなにも無くなっちまった。やつを止めることは俺達にはもうできない」
そう言ってラフマニは覚悟を決めたように、オジーに指示を告げた。
「オジー、ガキどもを連れて逃げろ、ここから少しでも遠くへ逃げるんだ! ジーナ、カチュアを連れてお前も行くんだ」
「ちょっと待てよ! お前はどうすんだよ!」
「オレは残る。拒絶反応発作で走るのもままならねえ」
「そんな真似――」
「いいからさっさと行け! もう時間がねえんだ!」
ラフマニの叫びが響いていた。もはや打つ手なしの状況で、選択できることは逃げることしか無い。それが分からぬオジーではない。悲壮な思いを飲み込んで果たすべき役割を受け入れていく。
「分かった」
「すまねぇ、ガキどもを頼んだぞ」
「あぁ」
立つのが精一杯のラフマニにオジーは声を震わせながら答えていた。そして、ジーナを補助しながらその場から離れていった。向かう先はいつもの廃ビル、大急ぎで子どもたちをつれださねばならないのだ。
かたやラフマニはローラの姿を見つめていた。茫然自失で地面にへたり込む彼女を今はただ見守るしか出来ないでいた。ここに残ればベルトコーネに一撃のもとに葬られるだろう。だが、それはローラも同じはずだ。逝くなら一緒だ。彼はもはやその思いを抱いていたのだ。
「ローラ……」
かすかな声で呟けば、地面へたり込んだローラは単分子ワイヤーで戒められていたベルトコーネをただ漫然と見上げるしか無かった。彼を縛るワイヤーはもはや殆ど残されては居ない。自らの意志でワイヤーを引きちぎりベルトコーネは身の自由を取り戻していた。
しっかりと両足で地面に立ち両拳を握りしめながら、ベルトコーネは眼下のかつて仲間を冷たく見据えていた。ベルトコーネは理解している。この場でなにが起きたのかを。かつての仲間が彼になにをしようとしていたのを理解していた。彼はローラに語り始めた。
「どうやら、最後の手段に失敗したようだな」
茫然自失のローラはなにも答えられないでいる。
「お前は全マリオネットの中で、唯一自己対消滅による自爆能力を有している。おおかた、それを用いようとしてすでに機能不全に落ちいっていて、自爆に失敗したと言うところだろうな」
ベルトコーネが冷たく見据える下で、ローラはもはや言葉を発する気力すら失いつつ在った。出せる力を出し尽くし、考えられる手段は全て試みた。それでもなお満足できる結果は得られないのだ。あまりのショックにローラの耳にはベルトコーネの言葉は一切届いていなかった。その両目に涙を溢れさせながら抗議の声をあげたのだ。
「どうして? なんで止まってくれないの?」
彼女にベルトコーネの声は聞こえてはいない。そんな余裕すらも無いのだ。
「こんなに拒否しているのに! こんなに拒絶しているのに! こんなに皆が生きようとしているのに! だれもあなたの事を受け入れては居ないのに! なぜあなたは全てを消し去ろうとするのよ! なぜあなたはすべての命を奪おうとするのよ! そんなことでは誰も幸せにはできないのに! 何の意味もないのに! 不幸と悲劇しか残さないのに! あたしはただあの子たちと暮らしたいだけなの! ただそれだけなの! だからねえ――」
ローラは思わず地面に転がっていた小石を握りしめていた。
「消えてよ!」
その小石をベルトコーネへと投げつける。
「消えて!」
再び小石を掴むと投げつけた。
「消えろ! 消えろ! 消えろ!!」
だが、どんなに石を投げつけてもベルトコーネは立ち去らなかった。ついに彼女の願いと思いは、ベルトコーネには伝わらなかった。絶望が彼女を覆う。ローラは嗚咽を漏らしながら泣き叫び始める。
「うっ……、うわぁあああああああああああっ!!!」
天を仰ぎ、溢れる涙も拭かずにローラは泣き続けた。地の果てのような街に流れ着いたその先に、漸くに見つけた安住の地のはずだった。それももはや幻のように消え去ろうとしている。ローラのその激しい嘆きの意味を、ベルトコーネは理解するだけの感性を持ち合わせてはいない。ただあるのは今はもこの世に存在していないかつての主人の残した理念と命令を実行に移すこと、ただそれだけである。
ベルトコーネは拳を固めた。
そして、今は亡き主人の理念に逆らった裏切り者を眼下に見据えていた。そして彼は冷酷に言い放った。
「消え失せろ。もはや貴様に用は無い」
冷たく響く言葉を残してベルトコーネは拳を振り上げた。
ローラは、その拳を視界に捉えて消え入るような声でこうつぶやいたのだった。
「――誰か、助けて」
@ @ @
例え話をしよう――
もしもこの世において、
全身全霊、全ての死力を振り絞り、
あらゆる手段をつくして抗って抗って抗いぬいて、
戦って、戦って、戦って、戦い抜いて、
それでも救われること無く、絶望の底に叩き落された人々が居たとして、
あらゆる艱難辛苦を乗り越え、
あらゆる距離を踏破し、
あらゆる傷害をことごとく排除して、
全身全霊、すべての力を振り絞って、
救いの手を差し伸べる者が居たとするのなら、
それは人々にこう呼び称されるはずである。
――『正義の味方』と――
@ @ @
ベルトコーネが振り上げた拳――、殺戮と破壊の魔拳――
それはローラに届くことは無かった。
恐ろしく激しい衝撃がベルトコーネの頭部を襲った。
背後から回り込むように顔面の真正面の中心に、凄まじいインパクトが貫いていた。
そして、その衝撃はベルトコーネの身体を後方へと一気に弾き飛ばしていた。
それは人間業ではない。
それはある種の破壊兵器と言えた。
だが、それは破滅のための破壊ではない。
理不尽な暴力に、
理不尽な悪意に、
踏みにじられ、嘆きの声を上げて苦しみ続ける人々を救い出すために用いられる〝正義の力〟である。
〝彼〟はベルトコーネの背後から右脇へと回り込みつつ、その顔面へと鋭い右回し蹴りを叩き込んでいた。
彼の蹴りは生身の人間のそれとは比較にもならないほどに強力なものである。
そして彼の攻撃は、狂える拳魔のベルトコーネを、一度は葬り去った正義の一撃である。
ベルトコーネの顔面を蹴り込み、その体ごと弾き飛ばすと、グラウザーは地面に降り立ちベルトコーネへと立ちはだかった。そして、その背中にローラをかばうと、ベルトコーネに対してこう叫んだのだ。
「なにをしている、ベルトコーネ!!」
その声は怒りに震えていた。ベルトコーネが行った行為は、彼にとって到底赦しうる物ではなかったからだ。
「彼女は貴様の仲間じゃないぞ! 彼女はテロリストじゃない!! 寒さに震えてぬくもりを求める子どもたちを温め癒やして、全身全霊を尽くして助けようとする『母親』だぞ!! 貴様の血に汚れた拳で軽々しく触れていい存在じゃない!!!」
その顔には怒りが満ち溢れていた。義憤である。断罪の意思である。そして、彼自身の信念にかけてベルトコーネの行った行為を完全否定するための行為である。
「立て! 貴様のその腐りきった有害無益な拳を、僕が叩き潰す!!! 貴様だけは絶対に赦さん!!!」
その怒りの雄叫びは闇夜にこだましていた。
彼の名は特攻装警グラウザー
犯罪と暴力から命と尊厳を救うために生み出された『正義の味方』である。

















