表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
メガロポリス未来警察戦機◆特攻装警グラウザー [GROUZER The Future Android Police SAGA]  作者: 美風慶伍
第2章サイドB『魔窟の洋上楼閣都市』第1部『潜入編』
80/147

サイドB第1話『魔窟の洋上楼閣都市』Part4 『七つの扉』

そして、洋上の魔窟都市にて、集う者たちが――


第2章サイドB第1話Part4 スタートです。



本作品『特攻装警グラウザー』の著作権は美風慶伍にあります。著作者本人以外による転載の全てを禁じます

這部作品“特攻装警グラウザー”的版權在『美風慶伍』。我們禁止除作者本人之外的所有重印

The copyright of this work "Tokkou Soukei Growser" is in Misaze Keigo. We prohibit all reprints other than the author himself / herself

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 そこは洋上の伽藍である。魔窟の街を統べる魔城である。

 日本であり、日本でない街、日本警察が手を出せない治安維持破錠地域。

 狭小な埋立地に突如として200mの高層ビルが打ち立てられ、その周辺が瞬く間に外国籍の法人や個人により開発され、歌舞伎町や綾瀬や錦糸町や六本木などに見られた違法外国人の姿も、今やこの洋上の異形の町へとなだれ込んでいる状況だった。


 中央防波堤内域埋立地エリア、通称『東京アバディーン』

 そこは洋上の魔窟の街。

 大都市東京首都圏に打ち込まれた悪魔の牙である。

 

 そもそも、この中央防波堤内域埋立地が民間に向けて売却される流れになった理由は未だにはっきりと解っていない。しかもその売却対象が怪しげな外国企業となれば純粋日本人の東京都民なら何らかの不安を抱いても不思議ではなかった。


 折しも、外国人住民の増加――、それは地域の治安バランスを崩す事となる理由の代表的な物である。東京に限らず、首都圏にはこれまで様々な外国人街が出来ては消えていく事を繰り返していた。それでも合法的に日本に訪れて滞在している者なら何の問題はない。場合によっては昔から住んでいた日本人住民たちと共存し、安全なコミニュティを形成しているケースもある。

 東京神楽坂のフランス人街、東京西葛西のインド人コミニュティ、群馬県大泉のブラジル人街、新大久保のムスリムタウン、古典的なところでは横浜の中華街もそう言った在日コミニュティが日本人と共存しながら発達したところである。

 だが、安全な街ばかりではない。

 新宿の歌舞伎町界隈の様に不法在留中国人が増加して、非合法な中華人街を形成したケースもある。大陸系と台湾系と華僑系がしのぎを削り、警視庁は幾度も浄化作戦を実行しているが根絶には至らない。一旦姿を消してもそれは他地域に分散しただけであり、時が経てばまた戻ってくるからである。

 それでも――、警察が監視の目を光らせ、適時介入することで最悪の事態に至ることは避けられていた。限界を超えることもなく警察による取締行為が円滑に行われていたために、致命的な問題とはならなかったのだ。


 しかし、その洋上の埋立地に人々が集まり始め、新たな違法コミニュティを築き上げるに至って新たな治安悪化地域の誕生を人々は知ることとなった。民間企業に巧妙に偽装した違法外国人たちが、その洋上の新都市にいつのまにか根を下ろして行く。そして、人々が気づいたときには、もはや手遅れとなっていた。

 土地の売買が日本企業を対象としていたはずが、不明瞭な取引の流れにより、聞いたこともない外国籍企業の名前となった瞬間、その中央防波堤エリアの海の土地は、日本の治安の手から奪い去られてしまったと言えた。


 新時代の犯罪が頻発する中、東京24区や首都圏の大都市において治安改善の浄化活動や取締を強化すればするほど、その洋上の町へと人々と犯罪の悪意はモーダルシフトを起こしていく。そして、人々がその危険性に気づいたときにはすでに手遅れであった。

 

〝警察が手出しを出来ずノー・コントロールとなる〟


 それは治安維持の破錠であり警察の敗北である。通常ならそうなる前に抜本的な解決策を打ち出すのだが、あらゆる対策が政治レベルにおいて後手後手に回っていた。治安維持と刑法のプロであるはずの警察が問題の本質に気づいたときには、事態はすでに深刻な段階まで到達していたのである。


 中央防波堤内域埋立地エリア、通称『東京アバディーン』

 そこは金色のバベルの塔が見下ろす、悪徳と退廃が支配する街である。


 

 @     @     @

 

 

 東京アバディーンを見下ろすように君臨する金色の高層ビル。それがゴールデンセントラル200である。上から見下ろすと八角形のようなシルエットのビルは、まるで退廃の街に打ち据えられた金色の鉄槌のようでもある。何者かが天界からおろして打ち立てたかのように、それは東京の首都の景観の中で異彩を放っていたのだ。

 表向きは総合ビジネスビルと言う形を取っており、地上3階から14階まではオープンに開かれたテナントエリアとされているがそこに日本人の企業が入っている形跡は皆無だ。ビルの所有者は中華系の多国籍企業でシンガポールに拠点を置く総合貿易企業『白翁グループ』と公表されている。

 実質的にこのビルは白翁グループの日本活動拠点であり、テナントスペースに入っている企業は全て、何らかの形で白翁グループに関与を持っている。

 そのゴールデンセントラルの最上階から専用エレベーターを使って階下へと降りていくのは白い衣装の中華系人種の男女。女性の名は王麗莎〔ワン・リーシャ〕、老人の名は王之神〔ワン・ツィシェン〕と言う。

 表向き、白翁グループの総帥を名乗るのが麗莎でビジネス活動はすべて麗莎の名で行われている。その彼女と並び立つのが、前総帥でありリーシャの後見人であるとされているツィシェンである。毅然として行動する麗莎の傍らで適時優れた判断と助言を行うのが之神だ。これまでの経緯もあってか麗莎は之神の事を老師と呼んで敬意を持って接している。

 その敬愛なる師の背後に付き従うように立ちながら、之神老師の指示をじっと待っている。彼女のその行動ゆえに悪意を持って彼女に接する者は、白翁グループを実質的に支配しているのは之神老師の方ではないのかと噂している。

 だが、そんな下世話なゴシップなどに動揺する二人ではない。日本内外で競争相手企業を出し抜き、中堅規模ながら手堅い事業拡張と異業種進出を次々に成功させている。その野心的とも言えるビジネススタイルを警戒する日本企業は少なくないのである。

 

 エレベーターは36階から32階のフロアへと降りていく。降りたすぐ先には八角形のエントランスフロアでありそこから東西南北の4方向へと通路が伸びていく。エントランスフロアには真紅の布に金糸の縫い取りのある長袖の衣を羽織った女官の如き若い女性たちが数名待機している。彼女たちが身に着けているのは近代的なチャイナドレスではなく、漢服と呼ばれる古典的な中華系民族の伝統衣装とされるものだ。その中でも襦裙と呼ばれるしなやかなスカート様の衣装の上に、背子と呼ばれる長袖の外套衣を羽織っていた。古代中国の宋代の物で宋背子と呼ばれる形式で、近代ファッションの様に直線的なシルエットではなく、しなやかな自然な曲線の中に垣間見える伝統美に対するこだわりが感じられる。

 一説には、中華民族の伝統的衣装と言うのは中華国家成立の後に発生した〝文化大革命〟の際に古き悪しき文化のレッテルのもとに葬り去られてしまい、正当な物はもはや残っていないとまで言われている。しかし、それをあえて本物の布地と仕立てで作り上げている辺りに、この建築物の支配者たる二人の中華的アイデンティティへの強烈なまでの憧憬と自尊心が垣間見えていた。

 エレベーターが32階で停止すると女官たちは扉の中から現れる二人の支配者を迎える様に2列に並んでうやうやしく頭を垂れる。

 一糸乱れぬ儀礼的動作の中、独特の様式美を表す彼女たちを一瞥もすることなく、之神と麗莎たちはそれが当然であるかの如く、無言のままエントランスフロアの中を歩いていく。そして西へと開かれた通路へと彼らは進んでいった。

 通路はさほど長くなく、突き当たった先には重く閉ざされた両開きの分厚い木製のドアがある。その両サイドに立つのは、之神老師と同じようにマオカラー仕立てのチャイナ服を身に着けた4人ほどの若い男たちだ。ただし、色は濃藍色でよく鍛え上げられた肉体をその中に隠しながら、あえて攻撃的な雰囲気は隠したまま、冷静な面持ちで静かに二人の支配者を迎えようとしていた。

 男たちは右に二人、左の二人と左右に分かれて立っている。右手の二人の男たちの手前の一人、やや細面なシルエットの彼が之神老師のもとに歩み寄ると耳元でこう囁くのだ。


「お急ぎください。皆様、もうじきご到着なられます」

「〝円卓〟にすでに到着した客人は?」

「まだです。老師様が最初のご到着です」

「よし」


 そして、左右から一人づつ進み出て、分厚い木製の大きな左右開きのドアに力を加える。そのドアは重く音を軋ませながら今宵の権謀術数の夜を開こうとしていた。

 開いた先に有ったのは広い円形の作りの会議室のような場であった。中央に巨大な円形テーブルがあり、円形テーブルの周囲には分厚い革張りの肘掛け椅子が7脚据えられている。そして、円形テーブルの中央には全方向へと画面を向けたモニターが7機存在している。

 それはまさに『円卓』と呼ぶにはふさわしい光景であった。

 部屋に窓はなく壁は漆喰風で、近世ヨーロッパのロココ調を想起させる装飾が施されている。イギリス風と言うよりは、イギリスの影響を受けた在りし日の香港風といえなくもなかった。

 その部屋は特殊な作りであった。

 入り口は全てで8つ。

 いずれも分厚い木製の両開きドアが据えられている。それが円形の造りの室内の周囲を囲むように設けられているのだ。部屋の中には先程のエントランスフロアと同じように赤い衣の宋背子衣装の女官たちが待機しており、これからこの部屋に姿をあらわす客人たちの歓待を行うために待機している。

 開かれた扉から姿を表した之神と麗莎の姿に気づき、一人の女官が肘付き椅子を後ろへと引く。そして、之神老師が引かれた椅子の場へと立てば、老師が腰を下ろすのと同時に椅子を前方へと移動させる。感服するほどの従者としての隙のない所作と言える。

 女官が頭を垂れたまま後方へと下がれば、麗莎女史が之神老師の席の背後に立つように直立の姿勢で控える。これですべての準備は完了した。あとは客人が訪れるのをただ待つのみである。

 そして、之神らが席についてか3分ほどした時だ。

 部屋の全周を囲むように並ぶ八組の両開き扉。之神老師が現れた場所から右手側3つ隣のドアが静かに開いた。やはりその扉にも右に二人、左に二人と計四人の男が客人の来訪を待っていた。無駄のない動きと丁寧な対応で彼らが迎えた来賓は、二人の男性であった。

 人種はアジア系、日本人にも中華系にも見え、一人は白いワイシャツにダークグレーの高級スーツを身に着けている。ネクタイはしておらず襟元は開け放たれている。年の頃は30か35か――、世の中で実績と経験を積み重ね終え、自らの縄張りと拠点を気づきあげようとする年代に見える。その隣に控えているのは黒いシャツに使い込まれたレザー製の茶のノーフォークジャケットにカーゴパンツと言う出で立ちの初老の男だ。先に現れたシャツ姿の彼とは異なり手荒い世界で修羅場を幾度も乗り越えてきた――、そんな剣呑さを垣間見せるような鋭い目つきが特徴的であった。主人たる彼が先になりながら姿を現せば控えていた女官の一人がよく通る流麗な声で滔々と告げる。

 

「新華幇より伍志承様と猛光志様、お着きになられました」


 その一方で別な女官がシャツ姿の男――伍志承ウー シーチェンの座する席を準備する。伍は自ら腰を下ろしながら――

 

「ありがとう」


――と流暢な日本語で礼を口にした。伍の告げた感謝の言葉に改めて両の手を左右の両袖の中へと通すと古式の中華風の作法で返礼をしている。そして、伍の傍らに彼を守るように控えるのが護衛役の猛光志モー ガンジである。

 二人が所定の場所へと着いたのを見て、之神老師が声をかける。

 

「お早いお着きで。伍先生」


 伍は之神の問いかけに静かに笑みを浮かべながら、こともなげに穏やかに答える。

 

「いえ、5分ほど遅れてしまいました」

「なにか在りました?」


 之神がやや訝しげに問いかければ伍は楽しげに答える。


「いえ、今夜は思ったより日本の警察が賑やかでしたので。道を迂回させました。まさか今夜の事が漏れているわけでは無いのでしょうが」

「いいや、それは無いでしょう、この集会の間に集まる道のりからして最新の注意を払っている。万に一つも漏れる事はありえない」

「だとよろしいのですが」


 自信在りげに答える之神老師に伍は不安げな一言を漏らした。

 

「ご安心をもし万一の事があっても貴方がたはシラを切ればいいだけのこと」

「えぇ、存じています」

「それでよろしい」


 二人は互いの関わりありがこの場だけの事であることを暗に匂わせるような会話をしていた。当然、二人の背後に控えている猛も麗莎も必要以上に互いに関わろうとはしていない。それぞれが自分の主人に対してのみ関心を払うばかりである。

 伍と之神が語り合っている時だ。新たに之神老師の右隣の扉が静かに開いた。

 

「ゼムリ ブラトヤより、ノーラ ボグダノワ様、ウラジスノフ ポロフスキー様、お着きになられました」


 女官の声に視線を向ければ開いた扉の中から現れたのは、デニムのジーンズに簡素なコサックジャケット、そして編み上げブーツにロシア帽を抱いた六〇過ぎの老齢のロシア人男性だ。頬や目元にナイフ傷を持ち、左目は瞳がなくそれが人工の眼球カメラである事を示している。そして、コサックジャケットの老男性が護るなか、次に姿を表したのは意外にも一人の女性であった。

 

「ごくろうさん。ヴォロージャ」


 やや低めの女声はその声の主が幾分、歳を召していることを匂わせている。幾分、恰幅の良い体に派手目な花がらのサックドレスを纏い、その上にミンクの毛皮コートを羽織っている。指にはプラチナやダイヤをいくつもあしらった豪奢な指輪を何本も嵌めている。ローファーのヒールを鳴らしながら入ってきたのは歳のころ40は過ぎだろう中年のロシア人女性だ。それは見事なまでの恰幅の巨体だが若い頃から美女と呼ばれたであろうその片鱗はいまなお健在である。それゆえにショートヘアに切りそろえたブロンドの髪の下で青い瞳が鋭い視線を放っていた。

 この威圧感に満ちたロシア人女性の名はノーラ ボグダノワ、ヴォロージャと呼ばれた初老のロシア帽の男がウラジスノフ ポロフスキー。ノーラに付き従う従者であり全幅の信頼を置く護衛役でもある。

 女官が椅子を用意しようとするがポロフスキーはそれを遮ると、自ら椅子をノーラのために用意する。

 

「ママノーラ」

「あぁ」


 それは当然の行為である。自らの集団の指導者に、第3者に容易に手を触れさせるわけにはいない。そう考える者が居たとしてもおかしくはない。自らの背中を捕られることに本能的に警戒をする者も当たり前に存在しているのだから。

 ポロフスキーが用意した肘付き椅子にドッカと腰を下ろすと、右手に持っていたイブニングバッグから細身の葉巻を取り出す。するとポロフスキーは手慣れたふうに即座にライターを取り出すとノーラの手にした葉巻へと火をつけた。

 ノーラの座る席にはすでにガラス製の灰皿が用意されている。彼女が愛煙家であることはすでにわかっていることなのだろう。

 

「元気かい? 龍の同志」


 紫煙を燻らせながら、ノーラは視線を之神へと向けた。

 

「あぁ、息災だ。ママノーラ」

「そりゃあよかった、もっともあんたがそう簡単にくたばるとは思っちゃいないがね」

「老いてなお盛んだ。人生というものは60を過ぎてからが本番だからな。それまでの人生は単なる準備に過ぎん」

「言うねぇ。王の旦那。聞いたかい? ヴォロージャ?」


 ノーラが傍らの側近に語る言葉には彼への強い信頼が垣間見えていた。老いてなお活躍を期待するがための言葉だ。それが褒め言葉である事を知りつつもポロフスキーは表情一つ変えなかった。そんなポロフスキーの佇まいに之神は語る。

 

「ママノーラ、良い従者をお持ちだな」

「あぁ、あたしがガキの頃からの付き合いだからね。これからも頑張ってもらうつもりさね」


 部下を賞賛されて上機嫌になったのか、ノーラはもう一人の先客へと声をかける。

 

「おや、先に来てたのはあんたたちだけかい。横浜の同志」

「お久しぶりですママノーラ。これでも少し遅れたのですがね」

「珍しいね、時間に正確なあんたたちが。どれくらい遅れたんだい?」

 

 ママノーラに問われて伍は淡々と答える。


「5分」

「ははっ! あんたらしいねぇ。5分しか遅れていないと考えるんじゃなくて、5分も遅れたと考える。金儲けの上手な御仁らしいやな」

「褒め言葉と受け取っておきましょう。ママノーラ」


 伍も彼女のことをママノーラと呼んだ。それが彼女の尊称であるかのようだ。

 二人が言葉を交わした時だ。次に扉が開いたのは之神老師の左隣の席の扉である。

 

「ブラックブラッドより、ジャリール ジョン ガント様。お着きになられました」


 四度扉が開けば、その中から現れたのは、まさに〝怪物〟と呼ぶにふさわしい巨躯であった。

 サイケ柄のVネックのカットソー、ロングのフード付きコート。ロング丈のダボダボのサルエルパンツを纏い、足元にはスエード地のショートブーツを履いている。襟元には金と銀のチェーンネックレスを幾重にも重ねてつけており、両の十指にはめているのは18金製のごついブロックリングでそれが装飾を狙っているとは到底思えない。ルビー、エメラルド、タイガーアイ、アメジスト――多彩な大粒の玉石が嵌められたソレは顔面への打撃を想定した威嚇用の物である。

 カリカリに縮んだパーマヘアの彼は190近い身長と100キロを超えるだろう巨体とが組み合わさり、まさにモンスターと呼ぶにふさわしい威圧感と攻撃性を解き放っていた。

 ジャリール ジョン ガント――、〝モンスター〟の異名を持つ黒人系のストリートギャングの出の成り上がりだった。

 

 ずかずかと優雅さのかけらもなく傍若無人に進むと女官が用意した席にドッカと腰を下ろす。そして席につくやいなや、傍らの女官に一言、力強くも低く響く声でこう言い放った。


「酒」


 ムードも不要、気遣いも不要、唯我独尊という言葉をそのまま体現したようなこの男は、之神老師もママノーラの存在も意に介せず、挨拶の一言すら発しない。そんな彼が現れた事で、この円卓の間の空気を一気に剣呑なものへと引きずり下ろしていた。

 社交辞令ながらも、それなりにコミニュケーションの有った空間に押しつぶすような沈黙をもたらした彼に、一人の女官がロックグラスに高級バーボンを注いで運んでくる。両手を添えて差し出せばジョン・ガント――モンスターは右手でグラスを受け取った。

 

「サンクス」


 一言礼を告げるとグラスを傾け始める。

 

「好きだねぇ。何はともあれ酒かい? 黒の同志」


 ママノーラの声にジョン・ガントは答え返す。

 

「当たり前だろ? こんなの水みてえなもんだぜ」

「あんたらしいねぇ。〝モンスター〟――こないだやったウォッカはどうだったい?」


 高級酒だろうが安酒だろうが、表情一つ変えず飲み干しかねない貫禄に、ママノーラは感心しつつため息をつく。そして、彼の異名をノーラが口にすれば、ジョン・ガントはニヤリと笑いながら答えるのだ。


「あぁ、ありゃあうまかったぜ。礼を言うぜ。ついでと言っちゃぁなんだが――」


 ジョン・ガントはコートの内ポケットから何やら取り出した。12インチの音楽CDのようだ。それをママノーラのもとへと投げ渡しながら告げる。

 

「やるよ」


 ジャケットに黒人男性のミュージックグループの姿が描かれているそれはジャンルから言えばラップミュージックのようにも思えた。フリスビーの様に投げ渡されたそれをノーラの側近護衛のポロフスキーが手を出し片手で受けとると、裏表を一瞥して安全を確かめた上でママノーラへとそれを差し渡した。

 

「おや? なんだい?」


 不思議そうに尋ねればジョン・ガントは笑いながら答える。

 

「ステイツに居る俺の兄弟がプロのラッパーやってんだよ。時々、新曲が出ると送ってくるんだが俺は音楽はあまり聞かねぇからよ。娘さん、好きなんだろ? こう言うの」

「あぁ、ロックもヒップホップもいける口さ。あの子も喜ぶよ」


 ジョン・ガントに礼を言いながらノーラはCDをポロフスキーに渡した。お礼の言葉を耳にして満足しつつジョン・ガントは之神老師に問いかけた。

 

「よぉ、爺さん。他の連中はまだかい?」

「いや、すでに到着はしているそうだ。残っているのはペガスと天龍と――」

「ファイブだな? 奴は別として、いつもながら足の遅い連中だぜ」


 ジョン・ガントは吐き捨てるように言う。誰もそれに異論を挟まない辺り、皆が同じ印象を抱いている事の現れでもある。だが、噂をすれば影がさすと言う言葉もある。ジョン・ガントがその言葉を発したと同時に扉が開いたのはママノーラの右隣、伍の右隣の席の扉である。

 

「緋色会より、天竜陽二郎様、氷室 淳美様、お着きになられましてございます」


 女官の凛とした声が響けば、それに答えたのはジョン・ガントだ。

 

「お、噂すればさっそくだぜ」


 その言葉と同時に、開いた扉の奥から漂ってきたのはまるで真冬のような冷気だった。

 否、冷たさが伝わってきたわけではない。人間なら誰もが抱くであろう恐怖。まさにそれを気配としてその二人はまとって現れたのである。

 高級革製シューズのヒールの音を立てながら彼らは現れた。先を歩く天龍は威圧感のある黒系であり、付き従う氷室は濃い深青色の高級紳士服を端正に身に着けている。天龍がラフなオールバックの黒髪であり、氷室は長い髪をポマードで撫で付けていた。

 二人のいずれもが穏やかな笑みを浮かべていても、どこか酷薄で剣呑な気配は隠しようが無い。そしてそれはジョン・ガントが現れたときと同じように、この円卓の間の空気を尖ったものに変えていくのだ。

 女官が椅子を引いて待っていれば、天龍はそれに腰掛けながら手慣れた手つきで女官の首筋に手を出して指先でなぞってみせる。そして、首から胸元――そして腰へと一通り手を触れると、ニコリと笑ってこう告げるのだ。

 

「老師、あなたにしては珍しい失態ですね」

「それはどう言う趣旨かな? 天龍先生」


 天龍の穏やかな笑みの中に剣呑な悪意の光が垣間見えていることに気づかぬ之神老師ではない。それでなくとも気の置けない常に緊張を強いられる人柄をしているのが天龍を始めとするステルスヤクザの特徴だった。その言葉のニュアンスに麗莎女史も何か気づいたのだろう。天竜を接待した女官に不安げな一瞥をくれていた。

 ママノーラが興味深げに眺めて、ジョン・ガントがことの成り行きを面白そうに眺めている。伍が関心なさ気に無視する中で、天龍は傍らの哀れな女官に視線を投げながらこう告げたのだ。


「この女、孕んでますよ。この大切な円卓の夜会の女官を務めると言うのに。無礼千万極まりない」


 天龍の言葉を耳にして怯えた目で女官が天龍を見下ろせば、その背後では、あの近衛課長とやりあった氷室が酷薄そうな笑みをさらに冷ややかにして女官の肩をしっかりと掴んで離さなかった。

 之神老師が内心冷や汗をかきながら問いかける。

  

「まさか。そのような事が――」

「いえいえ、間違いはありません。わたしもこのような席で嘘を弄して皆さんのご気分を害するほど愚かではありませんよ。それに――、仕草や体つきや気配からすぐにわかります。これでも年に何百人もの女性たちを商品にしています。孕み腹の女はビジネスの上で商品価値を下げますからね。こういう目利きがどうしても身につくものでして」


 女性にまつわるビジネス――ジャパニーズヤクザが営む定番の商売だ。それがどんな物なのか、詳細な説明をせずとも分かろうというものだ。軽くため息を吐きながら之神老師はかたわらの麗莎にそっと耳打ちする。そして、天龍たちの方へと向き直すと抑揚を抑えた声でこう告げた。


「いくらで処分していただけますかな?」


 老師の言葉は人として在りえない言葉だった。だが、天龍たちにとってはまたとないビジネスチャンスである。

 

「20万でいかがしょう?」

「良いだろう。あとでそちらの口座に振り込ませよう」

「かしこまりました。それでは速やかに――」


 老師にそう答え返すと振り向いて視線で氷室に合図をしていた。怯えた顔を隠そうとしない女官に、氷室が密着すると懐から小さな器具を取り出し女官の脇腹に押し付けた。

 

「請原諒」


 どうにかして女官が発することの出来た言葉であった。だが、それを聞き届ける者は誰も居ない。


「王八蛋」


 之神老師が低い声で静かに呟く。中国語で8つの徳を忘れた愚か者の意味だ。女官は糸の切れた人形のように崩れ落ちた。用いたのはスタンガンだろう。それを受け止め抱き上げたのは氷室である。

 天竜たちが入ってきた扉の向こうからさらに姿を表したのは身長だけならジョン・ガントと大差ない巨躯の日本人男性だ。ビジネススーツに身を包み気質のビジネスマンを装っているが、その巨躯と体のあちこちに垣間見える傷跡から彼もまた闇社会の構成員であることは明白であった。

 氷室が抱きかかえた女官を、その巨躯の男へと渡す。そして、意識をなくした彼女が巨躯の男の肩に担がれた事を察して、天龍は振り向いて命じた。

 

「〝工場〟に運べ。処理の下準備を進めておけ。オーダーが確保でき次第。カスタムする」


 天龍が発したその命令を巨躯の男は理解するとうなずき返した。下された言葉はビジネスライクで、ただただ事務的である。そこに一切の情も温かみは無く、女官を連れた彼は再び扉の向こうへと消えていくのだ。

 だがそれとは入れ替わりに、ジョン・ガントの左隣、天龍の向かい側の扉から姿を表した者が居る。エスパドリーユと呼ばれるキャンバス地のシューズを履き、青地のチノパンに、純白の襟シャツ。首元にはシルバーのネックレスを下げた長髪の南米系の風貌の若者である。身長は高く180を超えるだろうか。細身のシルエットながら程よく日焼けしており、開け放たれた襟元から鍛え上げられた肉体が垣間見えている。茶色の髪は長く堀の深い顔立ちの中で人懐っこい笑顔とは裏腹に、その視線は常に何かに怒りを覚えているかのように力強さに満ちていた。

  

「ブエノス ノーチェス!」


 つい今しがた人身売買のやり取りがあったと言うのに、彼は陽気にバーに一杯引っ掛けに来たかのようなフランクさで飄々として現れた。その傍らには小麦色の肌の見事なプロポーションのブラウンヘアの美女が付き従っている。Fカップはあろうかというバストをわずかばかりの黒のレザーのチューブブラで覆い、腰には同色の極端に丈の短いホットパンツを履いている。足元は編み上げのグラディエーターサンダルで、見ようによってはほとんど何も着ていないのと同じと言えるものだった。

 本来なら扉が開く前に案内がされるはずなのだが、先程の天龍と之神老師のやり取りのためにアナウンスが遅れたのだろう。すでに客人が入ってきてからの案内となっていた。

 

「ファミリア デラ サングレより、ペガソ グエヴァラ クエンタニーリャ様、ナイラ アブレウ アレリャーノ様、お着きになられましてございます」


 女官の告げる声に之神老師が顔を向ける。他の者達も各々にペガソへと視線を向けたが、先に問いかけてきたのはペガソの方だ。


「俺が居ない間に、随分面白い事が起きたようだな。何やってるんだ?」


 血気盛んで力強さと勢いのある声だった。天竜に問いかけながら所定の席へと向かう。その席を任されている女官が椅子を動かせば、ペガソはその席に腰を下ろしながら、女官の右手をおもむろに掴んだ。そして有無を言わさずに引き寄せると自らの足の上へと寝そべらせてしまった。

 

「女ってのはもっと丁寧に扱うもんだぜ? 何しろ壊れ物だからな」


 笑みを浮かべながら問いれば、ペガソは女官を抱き起こし自らの膝の上に横座りにさせた。そしてまるで恋人にするかのようなしなやかで優しい仕草で、そのうら若い女官の腰や足を、まるでピアノでソナタ曲でも奏でるかのように弄び始めた。ペガソのその指が踊るたびに弾かれるように女官の体が微妙に動いていた。

 あまりに早い手癖に呆れて冷やかしたのはジョン・ガントだ。

 

「よく言うぜ、丁寧に扱えば数はどれだけ多くてもかまわないのか? ペガソ」


 そんな冷やかしも一切気にも止めないのがペガソと言う男だった。ジョン・ガントの言葉に声を潜めて笑いながらも答え返した。

 

「数をこなせるだけの〝力〟を持ってるからできるんだよ。俺たちにはソレがあるはずだ。なぁ? 〝モンスター〟 お前もこないだ六本木で女連れてたろ? 日本のテレビプログラムでもよく見かける顔だが、ありゃあ誰だ?」


 一見、冷やかしているようにも聞こえるが、ジョン・ガントは自分に向けられた言葉の中に好意的なメッセージが含まれていることを聞き逃さなかった。ペガソもジョン・ガントと大差ない道のりを歩いてこの国にたどり着いたのは疑いようが無いからだ。二人は互いに似た者同士の気配を感じているに違いなかった。


「バラすなよ? この国の『元』国民的アイドルってやつだ。去年の暮に男性アイドルグループのメンバーと婚約までして年が明けたら男の浮気ですぐに破局したあの哀れな女さ」

「あぁ、居たなあ。そんなの大丈夫なのか? そんな〝表〟の有名人に手を出して」

「心配いらねぇよ。そいつ昔は派手だったがトウが立ってきたんで人気が下がり始まってるんだ。以前は金があったから薬でも男でも何でもやりたい放題だったが、今じゃお目こぼしとお恵みが欲しくて夜の街をうろついてるって話だ。それに以前から黒人好きだって話でよ。薬を都合してやりゃあなんでもやるぜ」

「なんでも――か。こんな事もか?」


 ペガソはそう言いながら膝の上に抱えた女官の着衣の胸元からおもむろに右手を差し込んでいく。そして胸の膨らみの頂きのあたりで、その手を動かせば女官の口からは甘い吐息が漏れていた。そんなあからさまな行為に笑いながらジョン・ガントはペガソを冷やかした。


「おいおい、いいのか? 後ろでナイラの姉ちゃんが拗ねてるぜ?」


 ママノーラも目の前で繰り広げられる滑稽な見世物に苦笑いしている。

 

「しらないよ? 後ろからいきなり刺されても。女はいつ裏切るかわからないよ?」


 だが、その指摘を意に介する事無く、ペガソは明るく笑い飛ばしていた。膝の上の女官の娘へのいたずらは止まず、甘い吐息を抑えきれないでいる彼女は、自分本来の役目へと戻ることも出来ずにいた。

 

「それこそいらない心配だぜ。コイツは俺を裏切らない。いや――〝裏切れない〟なあ? ナイラ?」


 ペガソが後ろに顔を向ければナイラは怯えた目で主人たるペガソを見つめ返していた。そんなナイラへとペガソが向ける視線には一切の優しさは無い。自らの所有物をドライに値踏みする冷酷さがかいま見えるだけである。

 

「エルセ ペガソ」


 エルセとはエル セニョールの略称で英語で言うならミスターと言う言葉と同意義だ。ペガソに答えるナイラの声が震えていた。こう言う場で忠誠心を試すような問いかけをしてきたのだ。それを試すような行為をさせられるのは分かりきったことだからだ。

 

「なら、その〝証し〟を見せろ」

「シー、エルセ ペガソ」


 一切の抵抗なく同意する。そして、ナイラは右手で自らの首元を操作する。すると、彼女の胸の合わせ目より首筋よりの辺り、内臓で言うなら甲状腺の真上あたりの体表に瞬間的に線が浮かんだ。そして、微かな電子音を響かせて、彼女の胸部の上半分辺りが観音開きに左右に開いたのだ。

 ナイラは目を伏せていた。自らの体に仕掛けられた施しがどこまで自分を生身から変えてしまっているのか、衆目に晒されるのが何よりも耐え難い恥辱と屈辱だったからだ。

 顔を赤く染め、目元に涙をにじませつつナイラは自らの所有者たるペガソの命に服していた。そして、開かれた箇所から垣間見えた彼女の体の真実――、それは無残なまでに丁寧で完璧なサイバネティックスボディである。

 精密かつ微細な電子装置が詰め込まれた胸腔の中で彼女の肉体を駆動させる人工心臓と小型プラズマ炉心がリズミカルに脈を打っていた。そこに生身の体の気配は全く存在しては居ない。彼女の体の大半が同じような人工物に置き換えられているだろうと言う事は、誰の目にも明らかであった。ペガソの意図がことさら悪意に満ちているのは彼女の肉体の内実が手に取る分かるように、わざわざ開閉式のハッチを設けたことである。初めから改造された作り物の肉体を人目に晒させることを前提としているのだ。

 

 この円卓の間に集まった誰もがナイラの体を眺めていた。しかしだ、そこには一切の嫌悪も非難も存在して居なかった。ただあるのはペガソが成した一つの成果に対する賞賛だけである。

 

「コイツのサイボーグボディには随分と金と時間がかかったが、この間、ついに胴体と手足の残りを造り替えることができた。今は頭部の一部を残すだけだ。全身に改造が施されているのにもかかわらず、外見はまるっきりの生身のメキシカンビューティにしか見えないんだ。俺の自信作さ」


 満足げなペガソに、ママノーラが問いかけてきた。


「へぇ、フル規格のサイボーグってやつだね、天馬の同志。全身を丸ごと全部作るんじゃなくて、部分部分の置き換えでやったのかい?」

「もちろんだ。少しずつ時間をかけながら人工の物に置き換えてやったんだ。少しづつ変わっていく自分を自覚させてやるのは、なかなかに面白い見世物だったぜ。胴体の改造で取り出された内蔵を見せてやったら丸一日泣き叫んでたぜ」


 それはまるで家畜か小動物でも弄ぶような邪悪さだった。子供のように純真であり無邪気であるからこそ欲深く際限がない。もしこれまでの行為でナイラが絶望して自ら死を選んだとしても、それはたまたまそう言う状況になったと言うだけであり、彼が良心の呵責を抱くことは金輪際ありえないことなのだ。


「エゲツないねぇ。まぁ、あんたらしいと言っちゃぁあんたらしいけどさ。この嬢ちゃん、嫌がらなかったのかい?」

「言ったろ? その心配は無ぇって。コイツは俺に惚れきってるし殴られようが蹴れられようが心の中じゃ喜んでるのさ。何しろ、俺に逆らって逃げ出したりしたら生まれ故郷の親兄弟が血を見る様な悲惨な目に遭うことになる。この売女は俺の言うとおりに従うしかねぇのさ」

「血の盟約――ってやつだね?」

「そう云うこと。コイツは死ぬまで俺の玩具で居続けるしか無いんだよ。なぁ、ナイラ?」


 誇らしげに自慢するペガソの傍らで屈辱に身を震わせつつ己の体を晒し続けるナイラの姿が在った。その彼女に対して同情の視線を向けている者は誰一人として居ない。技術への賞賛、残虐なまでの支配行為への共感。そして同じ闇社会に住む者としての欲望を充足させる事への悪しき感情がここに集まっているのだ。

 ナイラは蒼白の表情の中にあっても、その視線の先にはペガソを常に捉えていた。ペガソの語る一方的な言葉に対しても、それを否定することなくすべてを受け入れている。そして、口元を微笑ませるとこう告げるのだ。


「シー、エルセ ペガソ」

 

 ナイラを辱めたうえに服従する意思に迷いがないことをはっきりと示させた事で、ペガソはことさら上機嫌だった。この男は外見はフランクで陽気な紳士だが、内面は腐りきったエゴイストでありサディスティックなナルシストなのだ。

 そのペガソの膝の上ではあの女官がされるがままに身を委ねていた。そこから離れて持ち場へと戻ろうとしているのだがペガソがそれを許さない。なによりペガソが女性を弄ぶときのそのテクニックは本物であり、獲物を捉えて離さぬ蟻地獄のように現実感を失わせて陶酔の罠へと引きずり込んでいく。たまらず女官はペガソへと許しを請うた。

 

「你玩,請停止」


 だが、それを意に介する彼ではない。微笑みかけつつ彼女の懇願を無視して、上機嫌なまま緋色会の天竜へと声をかけた。

 

「なぁ、サムライヤクザ。さっきの女官の姉ちゃん。あんたのところで〝イジる〟んだろ?」


 ペガソに問いかけられて天龍は静かに笑みを浮かべたまま問い返した。

 

「そのつもりだ。今日明日にも基礎的な〝改造〟はするつもりだ。その後はオーダーが入り次第カスタムする事になる」

「それなら。俺に売ってくれないか? 以前から興味があったんだ。ここの女官たちには」


 ペガソがそう呟けば円卓の間に居合わせた女官たちに一斉に恐れと嫌悪が広がった。それを感じて之神老師がペガソに強い視線を向ける。その無言の敵意を込めた視線を受けて、ペガソは之神老師へと言葉を返した。

 

「心配すんな。爺さんのメンツを潰すような馬鹿な真似はしねぇよ。それにアンタのところのオールドドラゴンとは殺り合いたくねぇ。ソレくらいの常識は俺も持ってるつもりだ」


 闇社会には闇社会のルールがある。特に相手の自尊心と名誉を傷つけないのは最低限のルールだった。ペガスの弁明に之神老師ははっきりと頷いていた。

 

「それでよろしい。先程の〝元女官〟はあくまでも例外と言うことで」

「わかった。爺さんのメンツがたつならそれでいい。ついでにこの子はこのまま遊んでてもかまわないよな?」


 自らが捉えて離さない女官の事だ。憮然として黙り込む之神老師に変わって、その傍らに佇む麗莎女史が諭すような口調で答えた。

 

「あくまでこの会合の席だけでしたら」

「連れ帰るのは?」

「それだけはご勘弁願います。これでも大陸の祖国から丁重に招いてきた子ですので」


 声は穏やかだったがペガソを見つめる麗莎の目は鋭かった。それを見てペガソは諦めたように笑った。

 

「わかったわかった。飽きたら返すよ。あんまりイタズラして怒らせるのも面倒だしな」

「ご納得いただけたのなら幸いですわ」


 ペガスが意見を引いたのをうけて、麗莎は返礼した。そして、返す言葉でペガソは天龍へと言葉を向ける。

 

「天龍のダンナ、それで答えはどうなんだ?」


 老師が発した言葉にペガスが同意したことで、ひとまずこの部屋に居合わせた女官たちの身の安全が守られることになった。安堵の声が誰からともなく漏れてくる。この円卓の間に居合わせる事、それは一つの栄光であると同時に、いつ奈落に突き落とされるかもしれない薄氷の世界でもあるのだ。その場に居合わせた全員が、自らの背中に見えないナイフが突きつけられているような緊張を心の何処かに感じざるを得ないのだ。 

 そして、天龍はペガソから申し込まれた商談に答えを返した。

 

「よろしい。オーダーを受けよう。ミスターペガソ。あとで希望事項を言いたまえ。それに基づいて見積もりを出そう。入金がされ次第、加工作業にかかる。値段も格安に負けてやろう。その代わりと言っては何だが、こちらとしてはぜひ入手したい素材がある」

「素材? どんなだ」

「子供だ。10歳から12歳前後までの若い子供を頭数10人位だ。金持ち向けの〝ドール〟として〝生産〟にまわす。このところ手持ちの市場での仕入れが滞っていてね。新規に入手しなければならなくなったんだ。人種はそちらに任せるができるだけ健康で醜美の優れた者を頼む。教育の度合いは問わない。報酬は成功報酬として一人100万が基本、あとは素材の評価次第で加算しよう」

「それって親兄弟の類縁がなければいいんだろ?」

「無論だ、後始末は簡単な方がいい」

「オーケィ、明日にでも早速集めさせるよ。向こうの部下に指示する。良いのが手に入り次第連絡するよ」

「頼みましたよ。これもまたビジネスですので」

「あぁ、分かってるって。約束は必ず守る」


 必要条件さえ満たせば、何でも有りなのがこの場の特徴であった。欲望をそのまま絵に描いたような退廃と悪徳の情景がそこにはあった。闇社会の住人。ソレこそがこの場に集まった者たちの正体であった。

 極悪な権謀術数が飛び交う中で、ただ一人、無関心を装っているのは新華幇の伍志承だ。ただ淡々とつまらなそうに時を待っている彼に、緋色会の氷室が問いかけた。

 

「伍さんはこう言うのは興味が無いようですねぇ」


 伍は氷室に横目で視線を僅かに向けるがソレもすぐに前を向いて淡々と答え返していた。

 

「えぇ、わたしはこの悪徳の街に住んでいる無垢な中華系住人たちを護るためにここに来ています。闇社会のルールも、闇がもたらす過剰な快楽にも、そもそも手を出す理由がありません」

「なるほど、それもまた道理が通ると言うものです」


 伍の言葉に氷室も天龍も頷いている。伍はさらに答え返しながら、居合わせた皆に対してこう告げるのだ。


「そう言う事ですので皆様もご配慮願いたい。それと之神老師、これ以上は無駄に時間を過ごすのも苦痛です。そろそろ〝七審〟の話し合いを始めてもらいたい。如何ですか?」


 伍は之神老師に話し合いの開始をするように求めていた。しかし之神は事務的に答え返す。

 

「確かに――、そろそろ始めたいところなのですが。肝心な残る一人が未だ到着しておりません」


 之神老師の言葉にママノーラが反応する。それを追うように声を発したジョン・ガントへと続いた。

 

「残る一人――、と言うと〝アイツ〟だね?」

「〝ファイブ〟か。あの野郎、何やってやがる?」


 残る一人――、そのことについて皆が思索をめぐらそうとしたその時だった。

 

「僕はここに居るよ」


 まるで少年のような軽やかな声が聞こえてきた。

 円卓の周りに用意されていた大型の革張り椅子の数は、之神が座って居るのも含めて合計7基存在している。その7つの椅子のウチの残り1つが音もなくクルリと一回転して見せた。そして、椅子が再びこちら側を向いたとき、そこに座していた残りの一人の姿が現れたのである。

 ジョン・ガントが驚きその者の名を呼んだ。


「ファイブ?!」


 訝しがり問い詰めるのはママノーラだ。

 

「アンタ、どこから出てきたんだい?」


 驚きつつ冷やかしているのはペガソ。そして、それに続くように天龍が声を発して老師に問いかけていた。

 

「へぇ、相変わらず手のこんだことをする奴だぜ」

「だが、これで役者が全員揃いましたな。之神老師、そろそろ始めてはいかがですかな? 我々がここに集まるには〝理由〟と〝条件〟があるのですから」


 天龍の言葉に、皆から『ファイブ』と呼ばれた彼も同意していた。

 

「その通りです。僕らには集まるべき理由がある。そして集まるに際しては条件がある。その両者を満たすために、今こそ速やかに行動しなければなりません。さぁ、始めましょうか。我々『セブン・カウンシル』の幹部集会を」


 誰ともなくファイブの言葉に皆が頷いている。それを受けて、之神老師のそばに佇む麗莎女史は一呼吸おいた後に、強く明朗な声でこう告げたのである。

 

「それでは、中国語組織名『七審〔チーシェン〕』、英語組織名『セブン・カウンシル』、今宵の集会を始めます」


 その言葉が呼び水であった。今こそ、この悪徳と退廃の街に影響力を持つ7人が従者を伴って集ったのだ。今宵も悪しき者たちの会堂が始まったのである。


次回、第2章サイドB第1話『魔窟の洋上楼閣都市』Part5『セブン・カウンシル』


挿絵(By みてみん)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ