サイドB第1話『魔窟の洋上楼閣都市』Part3 『潜入調査海上ルート』
グラウザーたちとは別道をとるアトラスたち・・・
第2章エクスプレスサイドB第1話『魔窟の洋上楼閣都市』Part.3
スタートです。
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最初に切り出したのは荒真田だった。
「まず、確認しておくが――」
荒真田はアトラスとエリオットに向けて視線を向ける。
「今回の中央防波堤エリアへの潜入だが、その目的は現在逃走中のテロアンドロイド・個体名『ベルトコーネ』の足跡調査だ。俺達の面相とルックスでは潜入調査は難しいが、あの物騒な街が捜査対象では俺たち以外の一般捜査員ではヘタをすると帰ってこれないからな」
そうこぼしながら荒真田は着込んでいたレザージャケットの内側から2枚の地図を取り出した。テーブルの上で広げられたソレは、一つは、本来は中央防波堤内域と呼ばれるが、通称では〝東京アバディーン〟の呼び名の方が広く知られているエリアであった。
「これは2月頭の合同会議以降の捜査で得られた、ベルトコーネの動向情報に基づく現地調査だ。昨年の逃走以後、ベルトコーネの表立った動向は長らく途絶えていた。だが、地道な調査により幾つかの情報が得られるに至った」
荒真田は五指を畳んで右手を突き出すと、まずは人差し指を立てた。
「まず一つ目。俺達の組織犯罪対策の一斉捜査によって、まず日本国内由来の暴力団系の組織においてベルトコーネを擁護し、サポートしている連中はほとんど居ないと言うことがわかった。そもそも、昨年の南本牧での上陸作戦をディンキーが独断行動で潰した一件は、背景に特殊支援組織ガサクの支援があったとはいえ、首都圏最大派のステルスヤクザである〝緋色会〟のメンツをことごとく潰してしまった」
荒真田の言葉にアトラスが頷く。
「緋色会を信用せず、独断でガサクの助力を取り付けていたからな。二重契約は日本の裏社会では最大の御法度だ。生身の犯罪者が同じ事をやったら、緋色会から鉄砲玉が仕向けられて東京湾に沈められてるところだ」
これには荒真田もエリオットも頷いている。荒真田は更に言葉を続けた。
「その通りだ。これはディンキー自身がすでに死亡している事が判明した以後でも、状況は全く変わっていない。特に緋色会の影響下にある下部組織ではベルトコーネの動向情報を『ベルトコーネと関わらない』ために集めているくらいだ。知らない間に関わったなんてことになれば、下部組織の幹部であっても詰め腹切らされるからな。恐ろしく徹底しているよ。だがその御蔭でベルトコーネのその後の動向がある程度見えてきたのも事実なんだ。そこで2つ目の情報だが、やつの姿が〝陸上〟からすっぱり消えた理由が明確になった」
そして、荒真田は中指も立てて二つ目の情報を語り始めた。
「やつが警察職員3名を殺害して逃亡したあとだが――当時、緋色会の下部組織となる企業舎弟会社が活発にベルトコーネ逃走について調査しているとの情報もあった。だが、これはベルトコーネを懐柔し仲間に取り込むためではなく、さっきも話したがベルトコーネに間違って近づかないために行った事だ。そのためヤツは逃亡現場から自力で逃走に成功し姿を消した。その後の足跡は容易には判明しなかったが、その後の調査で東京都北区を流れる〝石神井川の堀〟を利用して逃走、その後、隅田川まで出ると水中へと身を潜めて逃走に成功した可能性が示唆されている。事実、幾つかの河川監視カメラにヤツと思しき影が写っている。画像が不鮮明なため確定した証拠には採用されていないが、推測としてはほぼ確定だろうと言われている」
エリオットがため息混じりにつぶやき、アトラスがそれに続く。
「陸上での逃走ではなかったという事ですか」
「そう言うことだ。緋色会の一次傘下団体の関連法人が動いていると言う情報に踊らされてミスディレクションしてしまったんだ。考えてみればヤツは俺達と同じマシーンだ。陸上も水中も変わりない。川の流れくらい器用に逃げ切ってみせるさ」
「そう言えばベルトコーネは南本牧では埠頭の路盤を砕いて水中から逃亡していましたね」
「あぁ、俺達はあれを目の当たりにしていたから、もしやつの逃走現場に居合わせたら、その可能性を示唆して河川関係を調査対象にしていただろう。だが、当時の担当者たちはそこまで頭が回らなかった。痛恨のミスだ」
アトラスは当時を後悔するかのように頭を掻いている。荒真田はなおも言葉を続ける。
「当時は曇天だったし、河川上流領域が大雨だったこともあり河川の水量は上昇していた。逃走ルートには最適だっただろうしな。だが、やっこさんが水中からの逃亡を行ったということは河川流域はもとより、そのまま東京湾全域に逃走可能性対象が広がった事を意味している」
「それだってえのに、当時の捜査員たちは必死になって陸上をくまなく探していたんだ。やつはまんまとノーマークで逃げおおせたというわけだ」
アトラスが言葉を吐けば、エリオットが更に問いかけてきた。
「どう逃げるのも有りと言う事ですか」
「まぁ、そう言う事になるな」
「やっかいですね」
「全くだ」
初動捜査のミスがその後の捜査全体を困難なものにする――、警察の事件捜査においては決して珍しい話ではない。ため息をつくアトラスとエリオットに荒真田は指摘した。
「とは言えそこで話は終わらない。その後の目撃情報として海上保安庁の巡視船と、東京湾内を航行するタグボート業者から複数寄せられたんだ。時折水中から頭を出す不審な〝影〟が目撃されるってな。それがこの周囲だ」
そう告げた荒真田は自分がテーブル上に広げた地図のとあるエリアを指差す。中央防波堤内域、東京アバディーンと呼ばれる〝あの街〟である。
「やつが岸壁から東京アバディーン、まさに海中から〝上陸〟したって言うわけさ。俺達の今夜の主任務は、やつがこの島にいる可能性が本物なのか確かめたことにあるってことさ」
荒真田が語る言葉にアトラスは頷きつつエリオットにも語る。
「そう言うことだ。エリオット、ここまでは理解できたな?」
兄からの問に、エリオットは無言で頷いてみせた。さらに言葉を続けたのはアトラスである。
「よし、次にうつるぞ」
今夜の主任務について確証が得られたら、次に語るのはこれから向かう場所についての情報確認と共有である。これ無くして適切なチームワークを発揮するとこはできないのだ。そして、アトラスは告げる。
「今回のベルトコーネ逃走事件の追跡捜査では、2月の合同捜査会議で姿を現した、あのふざけた道化師の存在が非常に大きい。実際、やつがあの場で提供した幾つかの情報は、その後の裏付けでほぼ間違い無い事がわかった」
「例の〝ガサク〟についての一件ですね?」
「その通りだエリオット。実際、ガサクと言うのはアラビア語で『黄昏』を意味する言葉なんだが、アラビア語と言うくくりから、かつて猛威をふるったアルカイダやISISの様なイスラム系の極右組織だったのではないかと先入観を持ってしまった。だが、クラウンからの指摘を受けて再調査したところ、イギリスの王立科学アカデミーの国際政治学博士であるアルフレッド・メイヤー教授から提供された資料によって、現在、世界各国の治安組織や諜報組織ではガサクを単なる武装テロ組織ではなく広範囲に非合法技術支援を行う技術者集団としての性格が非常に強いと言う認識を持っていることが判った」
「兄さん、あのクラウンが語った『世界中の地下社会組織にアンドロイド技術を提供して、運用指導している』と言うやつですね?」
「あぁ、その通りだ。そのためか奴らは、これまでのどんな犯罪組織とも異なり非常に広範囲に世界中に影響力を及ぼしうる存在だと危機感を持って捉えられているんだ」
「つまりは――」
アトラスの語りに、荒真田は言葉を続けた。
「あの〝道化師〟の指摘は正しかったってわけだ」
「だが俺達は、やつが信用できるとは端っから信じちゃいない」
「そうだな。何しろやつは、あまりに得体が知れなさすぎる」
「その通りだ。お友達にするにゃ正体不明というのは厄介すぎる」
「そもそもだ――」
荒真田はアトラスとエリオットに目配せしつつ語る。
「やはりクラウンは闇社会では超危険人物として扱われている。信用するにはあまりにも情報不足過ぎると言うのがその理由の一端らしい。そもそもやつにはある噂があって、世界中の様々な立場の人間から犯罪行為の代行を生業としているらしい。その辺の実態について、世界中のあらゆる法執行組織が必死の調査を行っているそうだが、成功した組織は一つとして無いのが実情だ。俺達の本庁侵入の件じゃないが良いようにあしらわれてしまうそうだ」
途方もない話だが、それは確かな現実だった。
「一説には、複数の地点で同時に別々のクラウンの存在が目撃されたと言う記録まであると言う。ある日突然に目の前に出現したクラウンが、実は影武者であり高度なダミーであったと言う可能性も十分に考えられる。つまり先日現れたクラウンが本当に本物なのか確証は一切ないって事だ」
断定口調で言い切る荒真田の顔には苛立ちが浮かんでいた。そこには現在の警視庁の中の混乱ぶりが垣間見えるようである。その苛立ちを真っ向から受けるようにアトラスも再び語り始めた。
「それにだ――、そもそも今回の追跡対象であるベルトコーネだが、ヤツが闇社会で問題視されているのは確かに事実だ。だがしかし、俺たちに捉えられて以後、自らの主人がすでに死亡していると言う事実をどう受け止めていたか、ヤツ自身の口から語られていない以上、勝手に判断することはできない。もしかするとヤツ自身がディンキー死亡と言う現実を受け入れて、新たな所属先を求めた可能性も決して否定するとはできない。もしかすると、あの戦闘能力を見込んだ新たな雇用主を得ている可能性も決して否定することは出来ないんだ」
「それってつまり――」
アトラスの言葉にエリオットが問いかける。
「ベルトコーネがどこかの組織で新戦力として活動を再開する事もありえるってことですよね?」
エリオットの疑問を耳にして荒真田が頷きながら答えた。
「良い質問だ。それに関連してだが、ウチの組織犯罪対策の2課で、ベルトコーネの逃亡以後、様々な組織間の抗争で強力な新戦力の存在が噂されているんだ」
「新戦力? たとえば――ベルトコーネのような?」
エリオットの問いかけに荒真田が相槌を打つ。
「基本的に増えたのは近接戦闘に強い格闘型だ。アンドロイドの基本アーキテクチャをしっかりと作り上げ防御力に優れた高耐久タイプとし戦闘用ソフトウェアを改善すれば、特別な機能追加をせずともそれなりに使い物になる白兵格闘専用アンドロイドがいっちょう出来上がるってわけだ」
それを耳にしてアトラスが頭を掻きながらため息をつく。
「おそらく〝俺〟をモデルにしているはずだ。俺は構造もシンプルで頭脳周りのアーキテクチャもそんなに面倒じゃない。人間社会に紛れ込ませることを重視しないなら、単純な破壊行動目的には持って来いだからな。なまじ実績を積み上げているだけに、俺を敵視するだけじゃなく、俺と同タイプの頑丈な格闘アンドロイドを導入したがっている犯罪組織は決して少なくないはずなんだ」
荒真田は、その言葉に同意し頷いた。
「そこへ、あのベルトコーネが逃亡しているんだ。是非とも仲間にしたいと画策する連中が現れたとしても不思議じゃない。あのクラウンはベルトコーネの事を猛烈に毛嫌いしていたが、同じ感覚を闇社会の連中すべてが持っている確証はない」
「つまり――」
エリオットは荒真田の言葉に自らの考えを挟んだ。
「ベルトコーネが持つ〝利害〟と、第3者が持つ〝利害〟それらが噛み合うならばベルトコーネがまたどこかの組織の下で活動を再開する可能性があるって事ですね?」
「あぁ」
「そう言うこった。めちゃくちゃ厄介だがな」
荒真田はテーブルに広げた東京アバディーンの地図を指先で叩きながら苛立ちを吐き出す。
「そもそもだ、ここ最近、闇社会の力関係が変化しつつあるとのデータもある。新たな組織や集団が次々に浮かび上がって来ている。すべての組織の全体像が掴みきれていない中で、ガサクもそう言ったニューウェーブの一つだ。今までに無い新手法で新興勢力が次々に台頭してきている。そう言った新興勢力が既存のヤクザやマフィアと言った旧態然とした組織を追い越すのも時間の問題だ」
「クラウンが言った〝異種組織の連携の強化〟か」
アトラスが視線を投げかけながら問えば、荒真田が言葉を返す。
「あぁ。なにしろこの日本じゃ銃火器の入手が欧米と比較しても非常に困難だ。以前ならそれが犯罪者や犯罪組織の戦闘力の強化を阻害する要因になっていた。戦国時代の豊臣秀吉様から始まった『刀狩り』の伝統ってやつだ。俺たち日本の奇跡的な社会治安を下支えしている主要因だ。
これまでは、せいぜいが拳銃か散弾銃程度で、ふつうはナイフを振り回す程度。海外から潜り込んできた連中も本来の凶悪さを発揮することができないでいた。だが、それがここ最近のサイボーグ技術の地下社会での蔓延や、ロボット・アンドロイドの技術流出が進んだことで、拳銃なんかものともしない新時代の戦闘手段が安易に手に入る状況になりつつ有る。事実、ヤクザのサイバー化や地下マフィア化、あるいは暴走族や不良少年グループのサイボーグカルト化などがじわじわと広がり続けている。正直オレとしちゃぁ、あまりにもその蔓延速度が早すぎると感じていたんだが、そのバックにあんな連中が居たんじゃぁな」
「つまり〝ガサク〟の存在ですね?」
エリオットが指摘すれば、荒真田もアトラスもはっきりと頷いていた。
「おそらく日本国内だけでなく、国外での連中の活動が国境を超えてじわじわと日本国内に入り込んでいるのだろう。水際で阻止したくとも、拳銃や麻薬のように見た目でかんたんに取り締まれる物じゃないからな」
「なんとしても、ガサクを始めとした新興勢力の実態を把握しないといかん。今回の東京アバディーンへの潜入は表の目的はベルトコーネの追跡だが、本来の目的は新興勢力を掌握している連中のご尊顔を拝することだ。名前、指導者、活動エリア、支配構造、規模――、たとえすべてを知り尽くすことができなくとも、その一端でもいい、少しでも多くの事実を掴む必要があるんだ」
アトラスが吐いた言葉を耳にしてエリオットは力強く告げる。
「それができるのはいかなるときも強行突入が可能な〝私達〟と言う事なのですね? 兄さん」
「そうだ――、俺たち特攻装警は、自分自らが見聞きしたものを必要に応じて日本警察の情報ネットワークにアップロードすることができる。俺たち伝統の『俺達自身が証拠になる』ってやつだ」
3人はお互いに頷きあっていた。これが単なる潜入任務にのみならず、過酷な現実にぶち当たることは容易に想像できた。だが、そこから逃げる事は決してできないのだ。
「さて、それじゃアトラス、エリオット――、アバディーンへの上陸前に頭のなかに叩き込んで貰いたい事がある。耳かっぽじってよく聞いてくれ」
荒真田が再び場を仕切った。上陸ポイントが迫ってくる中で、アトラスもエリオットも沈黙してじっと聞き入っている。
「今回の東京アバディーン上陸に際して、捜査の足がかりとして調査しなければならない事がいくつかある。まず、新興勢力の実態をその目に焼き付ける事が重要だというのはさっき話したとおりだ」
そして、人差し指を地図の上に置くと具体的に場所を指し示しながら話を続ける。
「基本的に東京アバディーンは4つのエリアに別れる。一つが北西側の工場地帯。ここは傷害や殺人のよく起きるところだがここを拠点にしているのはせいぜいがホームレス程度だ。重要なのは幹線道路に隔てられた南東側のエリアだ。そして、この南東の市街地エリアは斜めにカーブしたメインストリートにより中央街区と弓状外部街区の2つに、さらに東南方面に広がる未開発地域とに分けられる。中央街区は高層ビルや高級マンション、ペンシルビルなどが立ちながらび金持ちや実力者、あるいは非合法組織の構成員たちが根城にしているエリアだ。一見して、真面目なビジネスエリアに見えなくもないが、内情はかつて新宿にあったヤクザマンションと大して変わらん。メインストリートに面した周辺エリアに下部構成員が、中心に近づくにつれて組織内での階級が上がっていくと言われている。
そして、中央街区の中心地には上級幹部が隠れ住んでいる高層マンションが並び、さらにそのど真ん中にあるのが高さ200mを誇るゴールデンセントラル200と言う高層ビルだ。ここにこの東京アバディーンを実質支配する連中が集まっていると言われている。最終的にはこの中央街区の内部に潜り込まなければならない」
そう語る荒真田の右の人差し指は地図の上に記された重要点を何度もなぞっていた。
「そして、もう一つが、この中央街区の周辺に広がるように存在し、メインストリートで隔てられ貧しい連中が立てこもる弓状外部街区と呼ばれているエリアだ。いわばスラムと言えなくもないが、ペンシルビルとバラックが立ち並び、不法在留者のメッカと化している。東京全域で不法在留者の掃討作戦が行われて以降、不法残留外国人がこの島に移動してこういう状況になっている。最近では島から溢れてジャンク船で洋上で暮らしているスラム民が出ているとまで言われている。出入国管理局のイミグレで対応に頭を悩ませている重要エリアだ。このあたりはベルトコーネの潜伏も考えられる。これは非公式な密告情報だが、東京アバディーン付近にて洋上で抗争事件で起きた際に、アンドロイドによる肉弾戦闘が発生していることも判明している。合同捜査本部ではそのアンドロイドがベルトコーネである可能性を考慮しているのはアトラスもエリオットもすでに知っていると思う。
さらにその先の南東には開発がストップしたままの未開発地域が広がっている。人も住まず工場もない。不法投棄の温床となっているって噂だ。まともな神経ならまず近寄らん」
そして、荒真田の指は東京アバディーンの周辺の洋上をなぞっていた。
「俺達はこの偽装船を使って東京アバディーンの北側から西へ回り込み、さらに南側へと向かう。そして、あえて人気の最も少ない南南東側から上陸を試みる。その際に米軍で開発された特殊作戦用途の簡易ゴムボートを使う。ホログラム迷彩機能を持ち、不要になれば自壊して海底に自分から沈んでくれる。夜の暗がりの中なら見つかる確率を格段に下げてくれるはずだ。人目を避けて接岸上陸し、その後、弓状外部街区を探索、ベルトコーネについて調査する。しかるのちに得られた情報をもとにして中央街区へと進んで、さらに潜入調査を続ける。行動概要としてはこんな感じだ」
荒真田は目的地の概要について語り終えると、さらに説明を続けた。
「そして、これがもっとも重要だが。最近の新興勢力の中にアメリカのFBIやイギリスのスコットランドヤードなどでも最重要項目として調査されている組織がある。組織名を『十三会』とも『サーティーン』とも呼ばれている。まだ存在が確認されたばかりで概要は殆ど解ってない。しかし、彼らには他組織との抗争のための実働戦闘部隊が存在している事は確実だと言われている」
荒真田の説明にアトラスは掘り下げるように尋ねた。
「戦闘部隊? どんな連中だ」
「さあな、本庁の外事関連でもインターポール経由で世界中のあちこちの法執行機関に問い合わせているらしいが、存在が確認されただけで詳細はCIAやFSBですらも掴みあぐねている。ただ、それでも名称だけは把握できたらしい」
「その名前は?」
「俺が入手した情報では、部隊名は『翁龍』とも『オールドドラゴン』とも呼ばれているらしい。戦闘能力レベルは極めて高くメンバーのサイボーグ化率も高レベルの可能性がある。連中がこの日本のこの街で何をしているかは不明だが、まぁ大してろくなことはしてない事は確かだ」
「だろうな――」
荒真田の言葉に頷くアトラスだったが、エリオットにも視線を向ける。
「聞いたな? エリオット」
「はい」
兄からの問いかけにエリオットは力強い視線で答える。
「おそらく、これから向かう場所では俺達の存在は早々に見つかるかもしれん。どんな連中が監視の目を光らせているか判らんからな。だが、だからこそ――」
アトラスは不意に両手を胸のあたりに掲げると左手で拳を作り、広げた右掌にソレをぶつけた。
「――万が一の戦闘が発生したら、矢面に立つべきは俺とおまえだ。俺達、特攻装警が人間の警官と行動をともにする場合はアンドロイドである俺達が身を挺して相棒を守るのは絶対鉄則だ。相棒の人間が血を流すことは最大の恥だと心得ろ。まずはソレを忘れるな」
それは重要な訓示である。長年に渡り生身の人間である荒真田と行動を共にしてきたアトラスであるからこそ得られた重要な事実である。アトラスが相方である荒真田を身を挺して守る一方で、行動方針を決めたり対人コミニュケーションへの対応を行うのは人間である荒真田の役目だった。互いが互いに足りないところを補い合い、50+50が100にしかならないところを、120にも200にもする。それがパートナーシップでありコンビネーションというものだ。そして、それは警備部の機動隊と言う戦闘組織の中で単独行動を義務付けられていたエリオットには、どうしても身につけられない物であった。
エリオットは感じていた。その〝己に足りない物〟が目の前に存在しているということを。
この偽装船に乗り込んでからのミーティング、その言葉のやり取りの中にすらも、感じ取ることができた。今まさに、それを身につける最大のチャンスであるのだ。
「はい」
エリオットは力強く答える。そして、アトラスと荒真田が頷いたとき、いよいよ目的地へと近づきつつ合った。周囲の状況から目立たないようにするためか船内の明かりが落とされたのだ。荒真田が言う。
「いよいよだな」
「あぁ」
「よし、上陸準備だ。俺とエリオットはそのままでいいとして、アトラスお前はそのまま行くのか?」
アトラスのメカニカルで総金属製の外見はあまりにも目立ちすぎる。その外見を見ただけで、即時、正体が露見するだろう。
「大丈夫だ。抜かりはない。〝実家〟に頼んで色々と準備してもらった」
予め、第2科警研から送られてきていたのだろう。船室内の片隅に【第2科警研】の銘が記されたジュラルミンケースが置かれてあった。それを視認して歩み寄り開けると、その中から取り出したのはフード付きの特大サイズのロングコートジャケットと〝手袋〟と〝マスク〟――いずれもアトラスに向けて作られた特注品である。
普段から着ているフライトジャケットを脱ぎ、頭部に被せてあるヘルメットとマスクを外す。アトラスの頭部は一枚板の装甲板ではない。スキンヘッドを想起させるシンプルな頭部の上に防護用のヘルメットと顔面を防護する装甲マスクをセットで装着している。鼻梁がなくスキンヘッドの様な頭部が不気味がられて、着任当初、周囲から敬遠されてからの苦肉の策として作られたものだ。それにより多少は見られるうようになったのかアトラスの顔と頭を怖がるものは急速に減っていった。
そして、メットとマスクを外したアトラスの素顔は、スリット状の目元に片目が異様に目立ち、チタン製の禿頭と相まって確かに少々怖い印象がある。だが、アトラスはジュラルミンケースの中から取り出した新型のマスクを広げると、まるでニット製の目出し帽をすっぽりと被るように自らの頭部へとかぶらせていく。新型マスクは顔面部のマスク部と頭部全体を覆う頭部用カバーから成っている。頭部用カバーは疑似人造皮膚で装着すれば本物の禿頭と殆ど変わりは無かった。そして顔面部のマスクプレートは目元がゴーグルスタイルの横細長のサングラスで隠されていて、鼻と口元はガスマスクを模したような物で覆われていた。マスクとゴーグルの隙間から垣間見える人造皮膚により確かに人間が目鼻を隠しているようにしか見えなかった。
次いで、取り出した手袋もまた疑似人造皮膚製であった。それを両手にはめることで生身の両手のように見せる事ができる。さらにロングコートジャケットを着込み、頭部にフードを目深にかぶる。
そして仕上げに襟元の内側に有った小さなタッチスイッチを操作すれば、隙間から垣間見えていたアトラスの正体を、コートに内蔵されていたホログラム映像装置が隠しきる。
「ほう? かなりいけるな」
「だろ? 呉川の親父の苦心作だ。他の街では目立ちすぎるが、あの東京アバディーンなら十分にイケるはずだ」
「たしかに」
かなり接近してもサイボーグボディのアフリカ系人種にしか見えない。これなら潜入任務にもなんとか対応可能なはずだ。それにこれから上陸しようとしているあの街なら、異国人もイカれたサイボーグ崩れにも事欠かない。森に紛れる木の如く、正体を押し隠しきれるだろう。
荒真田がアトラスの変装を確認している傍らで、エリオットが甲板からの呼び声に対応していた。
「分かった。すぐ行く」
振り返りアトラスたちに声をかける。
「康介さん、兄さん、ゴムボートが準備できたそうです」
「分かった今行く」
エリオットの問いに答え返すと、傍らの相棒に対して己の左の掌を出す。
「行くぞ、康介」
荒真田もまた気合を入れるが如く、右の手をかかげ上げてアトラスの左の手のひらへと思い切り振り下ろす。
「おう」
――パァン!――
心地よいまでの甲高い音を響かせて、二人はあるき出した。
一人は、特攻装警第1号機・アトラス、
もう一人は、警視庁組織犯罪対策部組織犯罪対策4課・荒真田康介警部補、
日本警察初のアンドロイドと人間のペアによるコンビだ。
長年の任務により積み上げてきた実績は誰にも口を挟ませない凄みを帯びて二人の評価を押し上げていた。
エリオットは、ただ二人並んで歩いているだけでも気圧されるものを感じずには居られなかった。
アトラスたちが先に出てエリオットが二人の後を追う。向かう先にはすでに洋上に立体映像による隠体機能を有した特殊ゴムボートが浮かべてある。
それへの移乗をのさいに警察官たちが補助をする。3人が乗り込み終えると、船長の水神がアトラスたちを敬礼で見送っていた。
「御武運を」
水神は小さくもはっきりとした声でアトラスたちに告げていた。この洋上の治安ですらも特攻装警たちに託さねばならない程に状況は切迫しているのだ。水神に続いて他の乗員たちも敬礼で3人を見送っていく。アトラスたちはソレに答えるようにはっきりと頷き返していた。
「行くぞ」
静音型の電動エンジンを作動させてゴムボートを発進させる。今、こげ茶色の1隻のゴムボートは洋上の楼閣都市へと向かった。
そして、ボートに装備されたホログラム隠体装置を作動させる。三人たちの姿は夜の波間に消えていったのである。
@ @ @
そこは金色の楼閣である。
ある人は強欲者の砂上の楼閣だと侮蔑し、また有るものは悪意の化身たちが住まう万魔殿だと畏怖する。
人々が『ならず者の楽園』と呼び称する魔窟の街で支配階級構造の最高峰に位置する者たちだけが上り詰めることのできる選ばれし者の会堂であった。
――ゴールデンセントラル200――
東京アバディーンの中央街区の中心地近くに在り、地下10階・地上36階の構造を持ち、金色に輝くガラス外壁は、その異形の街を昼夜に渡り照らし続けていた。その建築経緯には不明な点が多く、なぜ、公共埋立地の跡地である中央防波堤内域と言う辺鄙な場所に建ったのか、納得の行く説明をする者は皆無であり、その秘密を探ろうとする者を執拗に排除し続けていた。
その最上階の36階はワンフロア全体が一つのオフィスである。一個人のための専用フロアであり、回廊の様なフロアは壁で仕切られることなく、ある人物たちのためのオフィスとして供されていたのだ。
豪奢にして堅牢なエグゼクティブ用の大型木製デスクがあり、その他には秘書や数名の専属社員向けのデスクも数基存在していた。ビルの北側が執務用のエリアであり、ビルの南側には肉体鍛錬のためのワークマシンが立ち並び、中国武術を思わせる中華紋様の描かれた分厚い絨毯が敷かれてあった。
その北側のオフィスエリアでエグゼクティブ向けデスクの席に座している一人の女性がいた。光り輝く純白の生地のチャイナドレス風のスカートビジネススーツを身にまとい、艶光する黒髪は頭のいただきにて一輪の花のように丁寧に巻き止められていた。その左右の耳元のもみあげ髪だけが長く垂れ下がって揺れている。
端正で物静かな気配の美女であり、目元にたたえた視線は強く鋭いものがある。反抗する敵を一切許さない絶対強者としての視線であった。
その傍ら、一人の女性秘書がデスクにて主人のために待機していたが、突如鳴り響いた電話の受話器を取ると電話の向こうの相手と会話のやり取りを始めた。
「――はい、はい――かしこまりました。リーシャ様にお伝えいたします。粗相のないように丁寧な対応をお願いします。はい――それでは」
女性向けのビジネススーツ姿の女性秘書は受話器を元に戻すと、静かに立ち上がりエグゼクティブ向け大型デスクのもとへと、音もなく歩み寄っていく。
「リーシャ様」
リーシャはソレまで、簡体中国語で記された書類をしたためていたが、部下たる秘書からの声に筆を止めて顔を上げる。女性秘書からの視線にリーシャが気づけば女性秘書は言葉をかけてきた。
「今宵のご来賓の皆様方、主賓5名、ご到着との連絡が参りました。所定の手続きにて〝円卓〟にご会同なされるでしょう。リーシャ様もご準備のお時間となられます」
流暢な日本語で告げれば、上司は美しくも鋭い視線で答えるとシンプルに言葉にする。
「謝々、老師様には私が伝えるわ。下がりなさい」
その言葉を耳にして女性秘書は所定に自らのデスクへと戻っていく。それを尻目にリーシャと呼ばれた女性は立ち上がり、同一フロアの南側へと足を向けた。
「皆はそのまま執務に専念するように」
シンプルな言葉をあとに残してリーシャは歩きだし、南側フロアへと向かう。
中央部にそびえるエレベーターとその関連設備が北と南を遮る中で、リーシャは南側へと歩いて行く。
濃茶柄のフロアカーペットの上に真紅のカーペットが敷かれてある。そして、その部屋の真ん中ほどに佇むのは、一見してかなりの高齢の一人の男性であり、白い髪と白い髭が似合う好々爺と言った風情であった。
老人はマオカラー仕立ての純白のチャイナ服を身に着けており、その優雅な身のこなしや佇まいからはビジネスマンや企業経営者とはかけ離れた、まるで仙人の様な高貴な気配が感じられる。老人は周囲の気配や光景に心乱されることなく、優雅な身のこなしで中国武術の套路の動きをこなしていた。まるで禅僧の僧侶が座禅で瞑想して無我の境地に至るかのように、老人は没我を極めて、ひたすら静かに流れるようにその身を動かしていた。
その老人にリーシャは歩み寄り、抑揚を抑えた淡々とした口調で話しかけていた。
「老師、之神老師、七審の主賓5名、到着いたしましてございます」
リーシャの言葉に之神老師はその身の動きを止める。そして、リーシャに対して一瞥もする事なくこう述べたのだ。
「ご苦労。リーシャよ。お前も〝円卓〟に同行しなさい」
「はい、老師」
之神老師の言葉を拒否も問い返しもすることなくリーシャは速やかに同意した。之神老師は言葉を続けた。
「今夜は非常に重要な夜会となるだろう。ゆめゆめ、油断は命取りとなると頃得なさい」
「ご教授、胸に刻みましてございます」
「よろしい」
リーシャからの返答に、之神老師は満足したかのように返答する。そして、武術の動きを止めると静かにゆっくりと、そのフロアの数基あるエレベーターの中の一基へと向かっていた。リーシャは老師に遅れずに巧みにその後をついていく。
二人がエレベーターへと近づけば、リーシャの女性秘書2名がすでにエレベーターの扉を開けて待機していたところであった。
リーシャと之神老師が近づく前に二人はうやうやしく頭をたれて会釈するとこう告げるのだ。
「行ってらっしゃいませ」
まるで女性歌手のユニゾンのように二人の声はシンクロしていた。それが当然であるかのように、リーシャも老師も気に留めた様子はまったくなかった。
返答も労いもする事なく、リーシャと之神老師はエレベーターの中へと入っていく。そして、エレベーターの真ん中に之神老師が立ち、その斜め後方にリーシャが付き従うように佇んでいた。
「行け」
「はい、之神老師」
之神老師が指示を出し、リーシャは粛々とそれを実行に移していた。
今、エレベーターの扉は音もなく締まり、この金色のビルの二人の支配者を何処かへと運んでいくのだ。
女性の名は王麗莎、老人の名は王之神、二人こそがこの金色の楼閣を所有する絶対者である。
そして、彼らのもとへと今宵も異形の主賓たちが集まってくるのだ。彼らの存在をアトラスたちはまだ知る由も無かったのである。