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メガロポリス未来警察戦機◆特攻装警グラウザー [GROUZER The Future Android Police SAGA]  作者: 美風慶伍
第2章サイドB『魔窟の洋上楼閣都市』第1部『潜入編』
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サイドB第1話『魔窟の洋上楼閣都市』Part1 『潜入調査陸上ルート』

かなえとひろきが、平穏な朝を迎えていた翌日、朝とグラウザーはある人物たちと会おうとしていました。


それは夜を徹した困難な任務の始まりでした


第2章サイドB第1話『魔窟の洋上楼閣都市』Part.1


スタートです。


〔2016,9,25 小改訂〕


本作品『特攻装警グラウザー』の著作権は美風慶伍にあります。著作者本人以外による転載の全てを禁じます

這部作品“特攻装警グラウザー”的版權在『美風慶伍』。我們禁止除作者本人之外的所有重印

The copyright of this work "Tokkou Soukei Growser" is in Misaze Keigo. We prohibit all reprints other than the author himself / herself

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

「――はい、それではこれより潜入調査の準備に入ります。定時連絡はグラウザーを経由して可能なかぎり試みますが通信発信から補足される可能性がある場合は省略します。――はい、無理はしません。今回はあくまでもグラウザーも俺も初めてですんで。――はい、そのようにお伝えします」


 薄暗い夕暮れの横須賀の街。米軍基地にほど近いどぶ板通りの入り口、横須賀道路沿いに一人の男が佇んでいた。端正なビジネススーツ姿に小奇麗な白ワイシャツにネクタイの彼はスマートフォンでどこかに連絡をしていた。

 

「はい、仰るとおり流石に今回はリスクがでかいです。飛島さんも心配するように〝あの街〟に手を出す刑事はほとんどいません。ですが、今回だけは全く無視するわけには行きません。ローラを放置するわけには行きませんから。俺とグラウザーとどどこまでできるか――はい、無理だと感じたらすぐに撤退します。――はい、了解しました。それでは」


 会話を終えて通話を切る。そして今から自らが足を踏み込もうとしている場所の重要さをその肩に感じて、思わず天を仰ぐ。深く息を吸うと深呼吸した。

 彼の名は朝研一、涙路署の捜査課の刑事で特攻装警グラウザーの指導役を務めている。脇路地に止めた覆面パトカーから降りて道路沿いに佇みながら署で待機する課長のところへと任務開始前の連絡をしているところであった。そして、スーツの内ポケットにスマートフォンを仕舞うと覆面パトカーの中に待機している自らの相棒へと声をかける。

 

「グラウザー、時間だ。行くぞ」

「はい」


 典型的な私服刑事としての背広姿の朝に対して、グラウザーの服装は専用のレザーのライダースジャケット姿だ。いつもならジャケットの背中に『GーProject』のロゴが描かれているのだが、今日に限っては描かれておらず無地のままだ。それに気づいた朝がつぶやく。

 

「あれ? いつもの背中のマーキングは?」

「あぁ、これですか? このジャケット、背面が電子インクディスプレイになっているんです。ですからこういうこともできますよ」


 そう告げるとグラウザーはライダースジャケットの背面の表示を変更させる。無地から金糸銀糸の大鷲が羽根を広げている図柄が描かれる。


「おおっ?」


 一瞬にして変わる図柄に朝も思わず感嘆の声を上げる。そんな朝のリアクションにグラウザーも苦笑いする。

 

「僕もどう言う場面で使うかよくわかんないんですけどね」

「そうでもないぞ、こういうのは応用次第だ。どこかで必要なときもあるだろうさ」

「はい、覚えておきます」


 ふたりでそんな雑談を交わしながら歩き出す。向かう先は道路沿いにある2階建ての建物で、1階が駐車スペース兼倉庫、2階が店舗になっている。建物の脇に細い階段があり登った先に店の入口となるガラス戸があった。

 店の作りは洋風でアメリカの雰囲気がある。そして、表通りから目立つ様に高い位置に看板が据えられている。


【FarEast】


 シンプルに木製看板に白ペンキで描かれたその看板が待ち合わせの目印だった。ある人物がそれを目印にして来いと伝えてきたのだ。

 

「ここですか?」

「あぁ、お前のアニキのセンチュリーさんがここで待ってるんだ。そろそろ来てるはずだ」


 朝が先になり階段を上がり店内へと入っていく。入り口のガラス戸を開ければ客の来店を告げるベルが涼しい音を発てている。そして、それを追うように店内から鳴り響いたのはセルロイドの球が弾かれてぶつかり合う力強い音だった。

 

――カンッ――


 店内には8台ほどのビリヤード台――俗にプールと呼ばれるものが並べられている。そして、店内にはまだ宵には早いためか、3人ほどの白人のグループが一つの台でキューを突いているところだ。ビリヤード台の周りには椅子と小さめの丸テーブルが据えられ、順番待ちの者がそこでアルコールドリンクのグラスを傾けながら談笑している。

 グラウザーは初めて見る光景に思わず声を発した。

 

「ここは?」

「プールバーって言ってな、ビリヤードってゲームを楽しみながら食事をしたり酒を呑んだりするところさ。まぁ俺も来るのは初めてだけどな。しかし――」


 朝はグラウザーに説明しつつも、今や東京都内でも珍しくなってしまった光景に驚きのため息をつく。

 

「プールバーなんてもうとっくに絶滅してたと思ってたんだがなぁ」


 朝のつぶやきに笑い声を上げながら歩み寄る人影がある。ジーンズ姿にデニム地のエプロンを身につけた巨体の白人男性。あごひげを蓄え、よく鍛え上げられた肉体を持った彼には、まるで軍隊にでも在籍していたかのような雰囲気さえ感じられる。

 

「そうでもないさ。目立たないところにしぶとく生き残ってる。それに横須賀のGIたちが必ずやってくるからこれでも結構繁盛してるんだ」


 人懐っこそうな朗らかな笑顔を浮かべながら語る彼は朝とグラウザーを長めながら更に問いかけてくる。

 

「お前たちだろ? センチュリーが待ってる2人って?」

「はい、ここで待ち合わせしているので」

「この店のマスターのハリー・ロンウェルだ。ハリーでいい。センチュリーには世話になってる」


 ハリーは名乗りながら右手を差し出してくる。それに朝とグラウザーは握手を交わしながら自らも名乗った。

 

「よろしくお願いします。朝研一です。こっちがセンチュリーの弟のグラウザー」


 朝は氏名だけを名乗り警察であることは敢えて語らなかった。相手がセンチュリーの名を知っているのだ。自らが警察であることはすでに伝わっているはずだからだ。


「よろしく、ケン、それとグラウザー」

「よろしく」


 グラウザーと握手するとハリーは告げる。

 

「ここで立ち話するわけにもいかない。奥でセンチュリーが待ってる」


 そして、親指でセンチュリーが居ると思われるその店の奥の方を指差す。そこは個室であり扉は硬く閉ざされていた。

 

「来な」


 ハリーは朝たちにシンプルに告げる。その言葉は丁寧だったが、言葉の抑揚には洗練された冷静さがどことなく伝わってくる。朝たちは頷き返しながらハリーの後をついていったのだ。

 

 そして、そのドアを開けるなりハリーが声をかける。 

 

「来たぜ、弟さんたち」

「お、やっと来たか」


 その奥の間は個室であった。窓こそついているが、決して見晴らしが良いとは言えず、むしろ周りの目線を避けるための部屋である。個室の中に据えられた一台のビリヤード台で球を突いていたセンチュリーだったがハリーの言葉にすぐさまにキューから手を離して所定の壁ぎわのラックへとキューを片付けた。ハリーは先を急ぐ様にセンチュリーに問いかけていく。


「ちょうどいい時間だ。まだ店の中も混み合ってない。早いところ準備して出発した方がいい」

「オッケィ、2人にも準備させてなるべく早く動こう」

「運転役と移動手段は手配ができてる。衣装も準備OKだ。あとは好きに使ってくれ」

「サンキュー、いつもすまないな」

「気にすんな! お前さんには厄介になりっぱなしだからな」


 そんなやり取りを終えて、センチュリーは改めて朝たちの方を向いた。

 

「そんなところ突っ立てないで、入ってこい!」


 センチュリーに声をかけられて朝たちは個室の中へと足を踏み入れた。

 

「遅くなりました。センチュリーさん」

「いや、ちょうどいいくらいさ。グラウザー! 今日はよろしく頼むぜ」


 社交辞令として頭を下げる朝にやんわりと答え、その隣に立つグラウザーにも声をかける。グラウザーは久しぶりに任務の現場で会う兄へとはにかみながら答えた。

 

「はい!」


 返ってきた声は明朗で快活だった。力が入りすぎず、それでいて若い力に満ち溢れていた。有明の1000mビルにて幼児性そのままに迷子になった時と比べても明らかに確かな成長が感じられる。センチュリーは自らの弟分の成長の度合いに喜びを感じながらも、兄として先輩として必要な言葉を紡いだ。同時に、普段から自らが頭にかぶりっぱなしであるメカニカルなヘルメットに手をかける。

 

「それじゃさっそく、今日の潜入任務の準備をはじめよう。お互い今の格好のままではまずいからな。町並みに紛れられるようにする」

「いわゆる変装ってやつですね?」

「そう言う事だ。朝。特にお前みたいに背広姿だと、どうぞ疑ってくれって看板出してるみたいなものだからな」

「すいません。いつもこういう格好しかしないもんで」

「しょうがないさ。私服警官の職業柄、あまりふざけた格好もできないからな。でも今日はそうはいかない。何しろあの〝東京アバディーン〟へと潜りこむんだ。それなりに現地の空気に見合った格好をしないといけない。そのためには第3者の目線も必要だ。だからこの店に来てもらったんだ。ハリー、それじゃ頼むぜ」


 苦笑しつつ語るセンチュリーはヘルメットを脱ぎながら、店主のハリーに声をかけた。すると、ハリーは静かに微笑みながらも後ろ手に個室のドアを閉めつつ朝とグラウザーに告げる。

 

「オッケイ、コーディネイトは任せてくれ。ケンの着る衣装はそこのコンテナに用意してある。サイズは事前に聞いていたからな。グラウザーは着ている服装はほとんどそれで構わんだろう。バイカー風で向こうの街の雰囲気にも馴染む。ただ、その腰に下げたハンドガンはまずいな」


 ハリーは部屋の隅に置かれいたスチール製の小型のコンテナを指差した。濃緑色で白と黒のペンキのステンシルで色々と書かれている米軍放出品の物資用コンテナだ。朝は指示されるままにコンテナを開けて中に収められていた衣服を広げ始める。その傍らでハリーは、グラウザーが腰に下げている拳銃のことを指摘した。センチュリーもヘルメットを脱ぎ、体の各部のプロテクターを外しながらハリーの指摘に声をかける。

 

「あぁ、そうか。武器が丸見えは流石にまずいか」

「そうなんですか?」


 潜入調査という任務に慣れていないグラウザーは、変装という行為の必要性がまだ認識できていなかった。不慣れな疑問を抱いたグラウザーにハリーはやんわりと説明した。

 

「日本では一般市民はハンドガンは持たないだろう? あからさまに見えるように持ち歩けば、そいつは警察のような法的組織の一員か、犯罪者かどちらかって事になる」


 その指摘に合点がいったのかグラウザーは頷いている。

 

「潜入調査をするなら、その目的の場所に〝あたりまえ〟に歩いている一般市民になりきる必要があるんだ。昔、フィリピンのスラム街で仕事をしたことがあるんだが、その時はもっとヨレヨレで汚れた服を用意した。おかげで宿無しのホームレスに何度も間違えられたよ」


 過去の思い出話を打ち明けながら、ハリーは個室の中を奥の方へと進んでいく。そして別なコンテナを開け中から何やら取り出した。アメリカ映画などでもよく見る上着の内側に体に密着させる形で着用するスタイルのガンホルスターだ。同じものは朝も使用していた。

 

「ジャケットを脱いでこれをつけろ。コンシールメントホルスターと言って脇の下に収納するタイプのガンホルスターだ。ショルダーホルスターとも言う。ガンのタイプは――、ちょいと見せてみろ」


 ハリーはグラウザーに彼が持っている拳銃を求めた。促されるままにグラウザーは自らが腰に下げているSTIを渡す。

 

「ほぅ。STIの2011か。なかなか洒落たのを使ってるじゃないか。誰の選択だ?」

「俺です。威力があってスリムに収まるのを考えてそれを選んだんです」


 朝が銃種選択について答える。背広を脱いで物陰で着替え中である。

 

「悪くない。こいつはテロ制圧部隊のデルタフォースでも採用実績がある。コルトガバメントベースの銃の中ではトップクラスだ。そっちの乱暴者が下げてるデルタエリートやグリズリーみたいな欠陥品よりは遥かにまともだ」

「ハリー! 欠陥品は言いすぎだろ!?」

「事実だろう? 部品交換の多さとジャム率の多さで上から手放せって散々言われるくせに」

「うるせぇ! これは俺のこだわりなんだよ!」


 互いに悪態をつきながら罵り合う。だがそんなじゃれ合いも互いを信用しているがためだ。そして、話題を変えるように朝に告げた。


「しかし、流石に6インチモデルはデカすぎないか?」

「そうですか?」


 拳銃には銃身の全長には幾つかのサイズが有る。例えばフィールなどは着衣の内側に仕舞う必要が多いだけに携帯している拳銃は3.8インチと呼ばれるモデルで、10センチ足らずのコンパクトな物を使っている。だが6インチとなると15センチを超える。着衣の中、脇の下に下げるには少々邪魔になる。ハリーは朝にちょっとしたアドバイスを語った。

 

「あまりでかいととっさに取り出すときにに引っかかるんだ。まぁ、腰に下げておいて収納性より威力と射撃性能を重視しためだろうがな」

「えぇ、使用用途を考えると携帯性よりも威力と命中性を優先したかったんで。それにSTIの2011の10ミリオートって、手配できるのがその6インチモデルしか無かったんです。最近はサイボーグ犯罪者が増えたんで45ACPや38口径では弾かれてしまいますから」

「実効制圧力を示せないと、イザという時に警告にもならんからな。アーミーが下げる銃はセルフディフェンス目的だからマグナム系の弾丸は必要とはされない。だが、ポリスが下げるのは警告と威嚇も含まれてる。確実にターゲットを破壊できるという〝実績〟が必要になってくる。そうでないと犯罪抑止にならないからな」

「はい、それが頭が痛い問題なんです。あまり派手なのを下げると快く思わない連中も出てきて抗議されますし、かと言って犯罪者に舐められたら警察としての役割も果たせない。どっちとるか悩ましいですよ」

「それもまたキツイところだな」

「はい」


 朝が答えれば、語られた言葉にハリーは深刻そうに眉をひそめながら問いかける。


「やっぱりこの国でもサイボーグは増えてるのか?」

「はい、マスコミには伏せてますが、ヤクザやマフィアや、それに感化されたストリートギャングとかは恐ろしい勢いでサイバー武装化を進めてますよ」


 着替えを終えて朝が物陰から姿を現す。少し傷んで汚れたジーンズにヨレヨレのシャツ。使い込んだスカジャンにスニーカーといささか落ちぶれ者の印象すらある。あとは髪のセットを手櫛で崩せばOKだ。

 

「ステイツと同じだな。あっちじゃ廃棄処分されるはずのハイテク兵器が軍の末端や裏側から、地下社会に少しづつ流出して問題になってる。このあいだは世代遅れではあるが高速巡航ミサイルのメインユニットが中のプログラムが生きた状態で廃棄名目で持ちだされたらしい。幸い、CIAが動いて回収できたが、管理が行き届いて居ないがために起こったトラブルだ。無論、軍の上の方のいつものお約束でトラブル自体が『無かったこと』にされたがな」

「そんな事があったんですか――」


 朝とハリーが会話をしている間にグラウザーはホルスターを身につけてバイカージャケットを羽織っていた。身支度を終えたところでグラウザーはハリーに尋ねる。

 

「お詳しいですね」


 それはシンプルな問いかけだったがハリーの口を開かせるのには十分である。少しだけ困惑したかのように苦笑いすると声を潜めつつ打ち明け話を始める。

 

「昔、アーミーでグリーンベレーにいたんだ」


 その静かな語り口はそれが公にできない過去を含んでいることを示していた。

 

「しばらくお勤めした後、ラングレーからお呼びがかかった。極東アジアエリアで極秘な潜入任務についてもらいたいってね」

「ラングレー――……、中央情報局ですか?」

「あぁ、今にして思えばイリーガルって肩書の捨て駒だったのさ。日本に活動拠点を作って色々と悪さをしたあと、右脚をふっ飛ばされて2ヶ月軍病院で入院させられた。義足をつけて退院したら過去の任務で得た秘密を口にしないことを条件に極秘除隊。それで軍からもらった恩給を元に住み慣れたこの街にこの店を作ったってわけさ。おっとこの話は――」

「秘密ですよね?」

「そう言う事だ」


 ハリーはグラウザーと笑い合いながら言葉をかわす。こんどはハリーがグラウザーに問う番だ。

 

「それで――君はセンチュリーの何番目の兄弟なんだ?」


 そう問いかけながらグラウザーにSTIをグリップの側を向けながら手渡す。グラウザーは右手で受け取り脇の下のホルスターに収めながら答える。

 

「シリアルナンバーは№7です。兄弟としては6人目らしいです」

「一つ抜けてるんだな」

「そうらしいですね。僕も詳しくは知らないんですが」


 欠けている一体。その事の意味が気にかかるがハリーは敢えてソレについては訊ねなかった。


「所属は?」

「所轄の捜査課です。ですが――それこそ迷子のお守りから殺人犯の制圧まで何でもやらされてますよ」

「何でも屋ってやつか」

「『それも修行だ』って上司から言われてます」

「それもそうだな。ルーキーの辛いところだな」

「大丈夫です」


 ハリーからの同情の言葉を受けたグラウザーだったが、そこに苦労を感じさせるような重さは無かった。明るくニッコリと笑うとハニカミながら答えるのだ。


「自分にできることが増えることは楽しいです」


 グラウザーの語る前向きな言葉にハリーも笑顔を浮かべる。そして、グラウザーの肩を力強く叩いた。

 その傍らでは手慣れたかのようにセンチュリーが変装を終えたところだった。

 穿き古しのゆったりめのジーンズに、黒地に派手なロゴ入りのハイネックTシャツ。そこに使い込んだダメージ風の濃綠色の本皮レザーのブルゾンを着こむ。足にはセンチュリーの脚部に見合うハーフブーツを履く。踵のダッシュローラーがネックで履けるものがなかなか見つからなかったが、事情を知ったハリーの知人がフルカスタムで作ってくれたものだ。

 ブルゾンの内側には左脇にグリズリーのホルスターが、腰裏に隠すようにヒップバッグに偽装したホルスターにデルタエリートが収めてある。

 そこに頭部のヘルメットを外して素の頭部を出せば、淡いブラウンのショートヘアを無造作に散らしてある。普段のセンチュリーとは打って変わり一見してアンドロイドとは到底思えない。アトラスとはまた違った意味で、センチュリーもこれまでに多彩で過酷な任務を何度もくぐり抜けてきた。人間により近いルックスを得られるというのはアトラスには無い強いアドバンテージである。彼自身がその事を理解しているのは、彼の極自然な着こなしを見れば一発で判る。

 

「おしっ、これでいいか」

 

 鏡を見てチェックする。そして、

 一通り出来上がりと思えたところに、ハリーがセンチュリーに声をかけた。

 

「センチュリー、忘れ物だ」


 センチュリー用の変装衣装をしまってあるコンテナの中から取り出したのはレザーのグローブだ。これもセンチュリーの手指に合わせたカスタム品である。投げ渡されたソレを受け取り手早くはめる。

 

「いけねぇ」

「そいつがないとバレるだろ?」

「あぁ、手や指先って案外、個性差があるからアンドロイドやサイボーグである事がバレやすいんだ。グラウザー、お前はどうだ?」


 ハリーに指摘され、センチュリーは朝にも説明しながらグラウザーに尋ねた。だが、グラウザーの手はセンチュリーと異なり、それは人間とほぼ変わらないくらいに、丁寧に人造皮膚が貼られてあった。一見して生身のそれと大差は無かった。

 

「僕は――大丈夫だと思います。ただ、ダメージを受けると剥がれやすいので」

「それなら――」


 グラウザーの答えを聞いてハリーはもう一組、レザーグローブを取り出した。

 

「念のためつけとけ。レザー一枚が現場で生死を分けることもあるんだ」


 その言葉には戦場の最前線で何度も死線をくぐり抜けてきたベテランとしてのキャリアの重みがにじみ出ていた。そして、今のグラウザーは自分自身がまだ未熟であることに対する強い自覚が芽生えつつあった。どんな人物のどんな言葉も彼にとっては宝玉に等しい価値を持っているのだ。

 

「はい、わかりました」


 グラウザーはハリーから手渡されたそのレザーグローブをその場で身につけるのだ。

 

 準備はほぼ終えた。朝も用意された衣装を着こみ、拳銃は普段から使い慣れているショルダーホルスターを用いて脇の下に収めた。最後に相互に確認しながらセンチュリーはもう1つ重要なものを確かめていく。

 

「最後に確認するが、警察手帳以外の私物はここに預けて行くからな。財布は――必要ないと思うが念のため必要最低限のサイズのものを用意してあるから後で移動中に渡す。官給品のスマホやPフォンもハリーに預ける。それから警察手帳は――」


 センチュリーはジャケットを広げて内ポケットを見せるとその中を指差した。

 

「――内ポケットの中が二重底になってるからその内側に隠しておく。当然だが絶対に他人に見せるな。此処から先は警察としての振る舞いや言い方は一切忘れろ。警察ということがバレると身の危険がある。常に警戒を怠るないいな?」

「はい」

「わかりました」


 先輩であるセンチュリーの言葉に、グラウザーと朝が答える。その様子を脇で見ていたハリーは部屋の外に一旦出ると取って返して戻ってきた。

 

「どうした? ハリー」

「まぁ、待て。もう一つ残ってた」


 手にしているのは迷彩柄のバンダナだった。それを細く畳んでいきヘアバンドの様に仕立てていく。そして、グラウザーを指さし手招きしつつ歩みよる。

 ハリーが指差した物。それはグラウザーの額にある三角形のメタリックな小さなプレートだった。当然、生身の人間には無いものだ。

 

「あっ?!」


 ハリーに指摘されグラウザーも思わず声を上げた。それはグラウザー自身にも想定外であった。

 

「気がついてよかった。こう云うのも警戒されるからな」


 そして、細くたたんだバンダナをヘアバンドの様にグラウザーの頭部に巻きるつける。これでこの部屋での準備は全て終わりだ。

 

「これでいい。後は出発するだけだな」


 ハリーがドアを開け外を確認する。まだ客がそれほど多くないのを確かめつつ、店の窓からも外の道路を見下ろす。すると、何かに気づいたらしい。センチュリーたちの下へとすぐに戻ってくる。

 

「来たぞ。早く来い」


 その声を聞き、センチュリーたちは足早に店から出て行く。そして階段を降りると表通路に横付けになっている一台のトラックに気づいた。それは少し古ぼけた幌屋根仕様の2tトラックだ。

 

「これで送る。東京アバディーンの表道路は停車させるだけでも警戒されるからな。後ろの荷台に潜んでおいて潜入ポイント近くで荷物の運搬を装ってスピードを落とすから飛び降りるんだ。お前たちならなんとかなるだろう?」

「あぁ、後のことはなんとかする。それより留守中の預かり荷物は頼んだぜ」

「任せろ。勝手に質屋に入れたりしねえよ」

「ぬかせ! やったら承知しねぇからな!」


 冗談を言い合いハリーとセンチュリーが笑い合う。そして、グラウザーはハリーに礼を述べた。

 

「ハリーさん。ご協力、ありがとうございます」


 グラウザーの言葉にハリーは右手を差し出し握手しつつ告げる。

 

「〝あそこ〟ではなにが起こるかわからん。生きて帰ってこいよ」

「はい!」


 その言葉を耳にしてハリーはグラウザーの肩を力強く叩いた。

 そんなやり取りをしているそばでトラックの助手席の窓ガラスが開いていく。

 

「おい! タクシーの乗客はどいつだ? 早く乗ってくれ」


 中から顔を出したのは黒人男性でハリーと同じように屈強に体を鍛えてある。そのルックスからハリーと同系統の職業の人物であろう事は容易に判る。ハリーはセンチュリーたちに代わって説明をする。

 

「こいつらだ。例の場所に手はず通りに届けてくれ」

「オーケー! 湾岸沿いを飛ばすが荷台にクッションがあるからそれでなんとかしのいでくれ。渋滞しなけりゃ目的地まですぐだぜ」


 運転手の彼は軽い口調で乗車を促した。窓から手を出す彼にセンチュリーが代表して握手を交わす。

 

「送迎役、よろしく頼むぜ」

「任せろ! 危ない橋は渡り慣れてる。乗り込み次第。ここから出るぜ!」


 その言葉と同時にすぐに3人は荷台へと乗り込み目隠しの後部の幌を降ろしていく。そして、運転手のキャビンの後ろ側の窓をノックする。

 

「よし準備はいいな? 行くぜ!」


 運転手の黒人の彼が親指立ててハリーに合図する。そしてハリーに見送られながらトラックは出発した。これから向かうのは東京首都圏で最悪の治安を誇るエリアだ。警視庁ですら接近することを躊躇する場所だ。そこに向かうセンチュリーたちになにが起きるかなど想像すらつかない。

 走り去るトラックを眺めながらハリーはつぶやいていた。

 

「無事に帰ってこいよ」


 それは戦闘経験のあるハリーが語るからこそ重みを帯びるのである。

 

 

 @     @     @

 

 

 トラックは首都高湾岸線へと入り、一路、羽田空港周辺へと向かう。そして、一般道路へと降りると大田市場手前で城南島へと右折し、そのまま東京湾を海底トンネルで通過する。そして地上へと出れば東京アバディーンを横切り若狭へと通ずるメイン道路へと繋がる。

 順調に行けば、目的地に着くまで一時間たらずだ。3人は荷台の幌の中でハリーたちが用意したクッションをシート代わりに腰を下ろすと今日の偵察任務についての打ち合わせを始めた。

 幌の隙間から見える街の景色は夕暮れの暗がりに飲み込まれはじめていた。グラウザーは時間を体内時計で確かめたが午後6時に差し掛かろうとするところである。

 最初に口を開いたのは朝だ。

 

「まず、今日の目的について整理しますが――」


 朝が言葉を紡げば、グラウザーとセンチュリーが視線を向けてくる。

 

「最大の目的は東京アバディーン地内へと向かったことが判明しているマリオネット・ローラの消息をつかむことです。そのためにはまずあの東京アバディーンでの情勢について現段階で把握されていることを整理しなければなりません」


 朝の言葉にセンチュリーが続く。

 

「そうだな。一度、状況を整理する必要がある。すでに分かっていることを確認するぞ」


 センチュリーの語りに朝もグラウザーも頷いていた。

 

「これは本庁レベルで口外することが禁止されている事なんだが――、本庁でベルトコーネの追跡捜査を行うための合同会議の初顔合わせが開かれたんだ。2月の頭の頃だ」

「えぇ、その合同会議の事は聞いています。2月8日ですよね?」


 朝がうなづきながら答えるが、センチュリーは顔を左右に振った。

 

「いや、本当に最初に行われたのは2月7日だ。そこでとんでもないことが起こったんだ」

「とんでもないこと?」


 グラウザーが疑問の声を上げる。センチュリーは抑揚を抑えた声で続ける。

 

「有明1000mビルで、ディアリオの前でローラを攫っていったアイツ――『クラウン』が乱入してきたんだ」

「乱入? 警視庁本庁にですか?」

「嘘だろ? 最高レベルのセキュリティの中心部だろ?」


 驚きの声を上げるグラウザーと朝にセンチュリーはなおも続けた。

 

「だがヤツは現れた。その最高レベルのセキュリティを掻い潜り、堂々と正面から姿を表した。そしてヤツは、ベルトコーネが逃走後に消息を断った事の首謀者が自分ではないと弁明していったんだ。当初、本庁の捜査本部ではローラがクラウンに攫われたように、ベルトコーネもクラウンが保護したものと想定していた。だが、クラウンはそれを本人自身が正面から否定した。ベルトコーネが制御の困難な暴走タイプの戦闘アンドロイドであることは俺自身がヤラれて骨身にしみている。クラウンはベルトコーネのそう言う特性を嫌っているようなんだ」

「話に聞くと、クラウンって――芸術家肌で愉快犯みたいなところがありますよね? そう言うタイプの犯罪者って、全てを自分の手の平の上で踊らせないと気がすまない。そういう点からもノーコントロールなベルトコーネを敬遠したいんじゃないですかね?」

「朝、俺もそう思う。乱入現場のシミュレーション再現映像をディアリオから見せてもらったんだが――」

「シミュレーション? 実際映像じゃないんですか?」

「ディアリオの話だと、アナログ映像には残るんだが、デジタル映像に置き換えると奴の姿が記録できないらしいんだ」

「記録できないって――」

 

 朝もグラウザーも流石にその事実には驚くよりほかがなかった。センチュリーは言葉を続けた。


「アイツ、言いたい放題言って、いきなり日本警察のことを持ち上げたかと思うと、生意気に忠告までしていきやがった」

「忠告――って? 何か、重要情報でも?」


 朝の問いかけにセンチュリーは深刻そうな表情を隠さぬまま答える。

 

「〝ガサク〟に安易に手を出すな――って強い警告さ」

「ガサクってあの最近名前が浮上してきた新興のイスラム極右の?」

「いや、俺を含めて警視庁では当初はそう言う風に捉えていたんだが――」


 センチュリーは一呼吸置いた。そして、不安と興奮を抑えるように努めて冷静に語り続けた。


「これは警視庁公安部が掴んだ情報なんだが――、ガサクって連中は世界中の反政府ゲリラやテロリズム組織、あるいはマフィアなどの犯罪組織など世界中に点在している反社会的な存在に対して、戦闘用アンドロイドの安価な調達と技術提供をメインにした闇社会・地下社会の様々な組織を相互に結びつける仲介マネジメントのような事をやっている連中だということが分かったんだ。言ってみれば――」


 センチュリーは朝とグラウザーの目をじっと見つめた。

 

「ディンキーのジジィが作ってた『マリオネット』みたいな存在を手軽に提供することで、世界中のやばい連中を手なづけてひとまとめにつなごうとしてるんだよ。ガサクって連中は」


 センチュリーの口から語られたその言葉は迂闊に言葉が告げないほどにショッキングである。朝もグラウザーも息を呑んでいるのが判る。そして、その深刻さも。

 

「それ――ヤバくないすか? そんなのがディンキーの背後に居たっていうんですか?」

「そうだ。だからこそ、ディンキーのジジィは単独でも世界中でテロ活動を行うことができたわけさ。それにガサクという組織名はすでに日本の闇社会でも見え隠れし始めている」


 センチュリーから語られた事実をつなぎあわせて思案していたグラウザーだったが、見てきた現実の重さを思わず言葉にせずには居られなかった。


「それって、つまりは――、マリオネットと同じような存在がガサクを媒介として、いつ日本中に、いや世界中に姿を現してもおかしくないって事じゃないですか?!」

「そう言う事だ。だが、それが現実なんだ。当然、早急にガサクの動向を把握して実態を掴んで日本国内に潜り込んだガサクを捕えるべきだと言う判断に至ったんだ。だが、それに待ったをかけたのが他でもないクラウンだったんだ」


 想像を越えた事実、そして突きつけられた現実、それらに声を失う朝たちになおも説明は続いた。

 

「クラウンは俺達に言ったんだ――『黄昏に手を出してはならない』――とな。そして奴が実例として上げたのがアフリカのエジプトで起きた大規模な反政府戦闘活動の一件だ。

 それまで小規模なテロ活動に終止していた現地組織が急速にアンドロイド化・サイボーグ化を推し進め、今や首都機能を麻痺させるほどの影響力を行使するようになった。このエジプトの治安の破綻の一件に噛んでいたのが〝ガサク〟だった。当時のエジプト政府は暗躍し始めていたガサクの存在を掴んで大規模な掃討作戦を計画していた。だが、ガサクはそれに対する見せしめとして、ガサク自身が提携関係を持つ世界中の組織の協力を集めて、それらの戦闘力をエジプトに結集、瞬く間にエジプトの治安と経済を崩壊させてしまったと言う。

 クラウンはこのエジプトの事件を引き合いに出して、今無理に、ガサクの実態を抑えて捕らえようとすれば、ガサクの中央本部を怒らせてエジプトと同様のことが、この日本でも行われると警告してきたんだ。俺は当時そこに居なかったが、後から話を聞いて流石に今回ばかりはクラウンの言うことの方が正しいと思った。組織の規模や背景や、日本国内での活動状況、あるいは活動範囲など、今の段階では何一つわかっちゃいない。こんな状況でイタズラに現場を動かすのは自殺行為に等しい。『手を出すな』と言うクラウンの言い分はもっともなんだよ」

 

 センチュリーが語る言葉に耳を傾けていた朝とグラウザーだったが、兄たるセンチュリーの語る事実から思い至ることがあったのだろう。思わず言葉を漏らしていた。

 

「つまり――、世界中から悪意が集まってきたとしても、それに対抗しうる俺たち特攻装警みたいな戦力が充実するのを待て――と言うことなんですね?」


 センチュリーは頷いた。それこそがクラウンがもたらした真意であるとばかりに。

 

「そう言うこった。だから今回の潜入調査はあくまでも、実態把握が最優先だ。無理はせずいつでも撤退できるように周囲の状況を確かめながら行こうと思うんだ」


 いつもなら、ターゲットを決めればそれに対して一直線進むのが、センチュリーの行動パターンである。そんな彼の直情径行な性格をグラウザーも朝も十分知っていただけに、慎重に慎重を喫したような判断は意表をつくものだ。だが、それ以上にセンチュリーの判断に納得せざるをえないのだ。素直に朝が答え返す。

 

「了解です。その方針に異論はありません。グラウザー、お前も分かるな?」

「はい、もちろんです」

「オーケー、それでいい。それとグラウザーに言っておくが、俺やお前は多少の荒事があっても問題無いが、朝はまるっきりの生身だ。俺達みたいな戦闘力があるわけじゃない。こいつのカバーは俺とお前の重要な役目だからそれも忘れるな。いいな?」


 センチュリーが問えばグラウザーは頷いていた。当然である。グラウザーとセンチュリーは高い戦闘能力を有したアンドロイドだが、朝は極普通の人間である。誰かが守らねば致命傷を負うことすらありえるのだ。朝も理屈ではわかっていたが、センチュリーの口からそれを指摘されて、あらためて納得せざるを得ない。朝は自らの安全を委ねるかのように、センチュリーへと礼の言葉を述べるのだ。


「よろしくおねがいします」


 それを耳にしてセンチュリーは強く頷いた。グラウザーも朝に視線で答えていた。


「あぁ、任せろ!」


 力強くセンチュリーが答えていた。

 今、この瞬間、3人の相互信頼が生み出されようとしていた。

 安心感に満ちた雰囲気が作られる傍らで、グラウザーはGPSで自らの位置を判断する。車は今、羽田空港のエリアへと到達しようとしている。首都高から降りる湾岸八幡のランプを通り過ぎ城南島を目指して一般道路を北上しているところだ。

 

「もうすぐですね」


 グラウザーがポツリと呟く。迫り来る試練の時に向けて3人は目の前の任務に意識を集中させるべく沈黙し始めたのである。

 

次回


第2章サイドB第1話『魔窟の洋上楼閣都市』Part.2


挿絵(By みてみん)



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