サイドA 第1話 『リトル・モーニング』 Part2 竹原ひろきの場合
そして もう一人 何気ない朝を 迎える少年が一人います
リトルモーニング part 2 スタートです。
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そしてその日、もう一つの朝があった。
御殿山の都道317号線の南側、かつては英国をはじめとする海外の大使館が立ち並び、東京湾にやってくる海外の船舶が見下ろせる街であった。現在は新旧の様々な一軒家が立ち並ぶ戸建てメインの住宅街となっている。
その住宅街の一角に、3LDKの洋風の造りの一軒家が建っている。玄関脇には英文でネームプレートが貼られていてそこには『TAKEHARA』と記されている。そこは今井家と異なり核家族ながら両親とも揃っている。親2人子2人の4人家族、苗字は〝竹原〟である。
「ひろき! 早くしなさい! 遅れるわよ!」
二階家の一階フロアから声がする。妙齢の女性の声だ。
「だから昨夜のうちに学校の準備をやっときなさいって言ったでしょう?」
「わかってるよ! もう終わるよ!」
「もう、いつまでたっても段取りが身につかないんだから」
「今終わったよ!」
二階の子供部屋から声がする。いかにも元気そうな勢いのある男の子の声だ。そして、二階からの返事の直後に慌ただしく階段を降りてくる音がする。だが、階段の途中でそれは足音から転落する音へと変わる。一階の階段近くの壁がものすごい音を立てて揺れた。
――ドドドッ!――
「ちょっと?! 大丈夫、ひろき?」
母親が慌てて駆けつければ、階段の5段目辺りで足を滑らせて転げた男の子の姿がある。名前は〝竹原ひろき〟小学4年生である。
「痛ってぇーー! お尻打った!」
「また、1段抜かしで降りたんでしょ? 危ないわよ」
「ごめん、ドジッた」
「もう、誰に似たんだか無茶ばかりするんだから」
母親が手を差し出し、転げ落ちた息子を引っ張り上げる。
「大丈夫? 痛いところ無い?」
「平気、ちょっと擦りむいただけだよ」
「気をつけなさい、そろそろ春の大会の練習が始まるんだから。来月で5年生でしょ? 今、変に怪我なんかしたらレギュラー取れなくなるわよ!?」
「それは――やだな」
「お父さんもひろきが試合で活躍できるのを楽しみにしてるんだからね」
「ごめん、気をつけるよ」
「でしょ? お父さん、あと一週間くらいで退院できるんだから。あなたが入れ替わりに怪我したらお父さん残念に思うわよ」
「うん。わかってる」
竹原ひろき――有明事件でグラウザーと遭遇し父親を救助してもらったあの少年である。ひろきの家のあちこちには〝野球〟にまつわる物がそこかしこに見つけられる。玄関にも野球用のシューズや、使い古された練習用のバットなどが置かれている。
ひろきの父は有明事件の際にグラウザーによって救助された。一命は取り留めたが想像以上に重症でありリハビリも含めて退院まで3ヶ月以上を費やしたことになる。それでも無事に退院してこれたという事実だけでも、この家族にとって十分に幸せな事実であった。
「ねぇ、お母さん。お父さんの退院の時、一緒に行っていいかな?」
「そうね、いいんじゃないかしら。学校を早引けして午後からならかまわないわよ」
「うん!」
ひろきと母が会話をしていれば、リビングの奥から顔を出してきたのは小さな女の子だ。幼稚園の年中組くらいの年の頃だろう。愛嬌のある顔で微笑んでいる。
「おにいちゃん、いってらっしゃい!」
ひろきはランドセルを背負いながら答えた。
「うん、行ってくる!」
母と妹が手を振っている。
「気をつけてね。放課後の練習のあとに迎えに行くから」
「分かった!」
ひろきはランドセルの他に、野球の練習のための着替えや道具が入ったバッグを持つと、スニーカーを履いて元気よく駆け出していく。そして、残された家族に向けて元気よく告げた。
「行ってきます!」
そのひろきが向かうのは、御殿山の東の端にある小学校である。
@ @ @
丘の上の学校をめざしてたくさんの小学生たちが駆け上がる。赤・黒・白・青……大・小……縦長・横長……昔と比べてとても自由になったランドセルはバリエーション豊富で、そこには管理教育の画一化の匂いは皆無だった。
最近の流行は横長のボックス型の手提げカバン風を背負うスタイルで、古典的なランドセルスタイルも根強い人気があった。そのランドセルの群れの中に濃い茶色の革製ランドセルがある。急がず、遅れず彼なりのスピードで学校へと向かっていく。だが、その彼の背中をたたく者がいる。
「ひろき、おはよう!」
ひろきは背後をふりかえる。するとそこにはベリーショートな髪を前髪だけ長めに立たせた活発そうな雰囲気の少年がいた。
「あ、研次か、おはよう」
「なぁ、ひろき。覚えてるか?」
「何を?」
「先生が言ってただろ? 新しいリニアが開通するって」
「うん世界で一番早いって言うのだろ?」
「そう、その新型のリニアモーターに乗れるヤツの話!」
そうだ、そう言えばそんな話もあった。このところ父親の退院が近いこともあり、頭の片隅にも残っていなかった。
「でも、希望したからって乗れるわけじゃないだろ? 全校から何人か選ばれるって言うだけでさ」
ひろきは親友の言葉を不思議そうに聞いていた。
「それなんだけどさ。お前、昨日学校休んだろ?」
「うん、お父さんが退院が決まったからお見舞いに行ってたんだ」
「それでな、ひきろが居ない間に、先生から発表があったんだよ」
「へえ」
正直、ひろきはあまり関心がなかった。そもそも倍率が高すぎるし、そう簡単に選ばれるとは思っていなかったからだ。親友の研次はひろきの反応の薄さに少し拍子抜けしている。
「なんだ、あまり乗ってこないな」
「当たり前だろ? 全校で4人か5人くらいだろ? それに父兄同伴だから条件が厳しいじゃん。うちは父さんが退院間近だからそっちの方が忙しいし」
「お前の母さんには聞いてないのか?」
「聞けるわけないよ。父さんが入院していた間、大変だったんだぜ? 病院が大学病院のでかいところだから行って帰ってくるだけでも一日がかりだし」
「そっかぁ、じゃあ、お前には話が行ってないんだ」
「どう言う意味だよ?」
研次はひろき自身に、重要情報が伝わっていないことに気づいた。そして、説明を丁寧に伝える必要がある事を理解する。
「昨日、学校で先生から発表があったんだ。最終決定じゃないけど、招待される生徒の候補が決まったって」
そして、研次はランドセルを背中から下ろすと、中から一枚のプリントを取り出した。この時代でも学校からの通達は、電子メールだけでなく古典的な紙メディアも重要視していた。保存が容易だし、なにしろどこでも閲覧できる。確実に情報が伝わる事を重視するなら、ローテクなメディアの方が良いこともあるのだ。
研次はひろきにプリントを渡しながら伝える。
「これお前の。下半分に自分とお父さんかお母さんの名前を書いて持って来いってさ。昨日届けようと思ってお前んちに行ったら誰も居なくってさ」
その印刷物にはこうあった。
〔学校より連絡事項 〕
〔 父兄の方々へ〕
〔 〕
〔関東サテライトリニアライン開通式 〕
〔 小学生特別招待について〕
〔 〕
〔 かねてよりご父兄に直接、特別招待での参加〕
〔の可否についてご都合をお聞きしておりました〕
〔が、その後正式に招待候補となる生徒児童が決〕
〔まりましたのでご連絡いたします。 〕
〔 〕
〔候補児童名:竹原ひろき 〕
〔 〕
〔 つきましては最終同意確認といたしまして、〕
〔児童本人と同行される父兄の氏名を、同封した〕
〔同意書の所定の欄に記入して学校の担当教師ま〕
〔でご提出ください。同意書の提出をもちまして〕
〔招待生徒の正式決定といたします。 〕
その書類には確かにひろき本人の名前が記してあった。驚きで言葉を失うひろきに研次はなおも語り続けた。
「実を言うと俺ももらったんだよその紙、うちのクラスからはお前と俺と、あとはメカオタクのかなえが決まったってさ」
研次がそう語るが、それを聞いてるはずのひろきは呆然としたままである。
「おい? 聞いてんのか?」
あまりに反応が薄いので研次は少しスネた風に強く問いかけてみる。ひろきはそこで初めて親友の声に反応していた。
「あ、ごめん。ちょっとあんまりにも驚いたからさ。でも、俺のかあさん、何も言ってなかったぞ?」
「それ、驚かそうと思ったんじゃないか? うちのとこの母ちゃんも学校から質問があったことなんて何も言ってなかったんだ。もしかすっと学校が俺達に内緒にしておくようにって言ってたのかもな!」
「そうかもしれないな。でも――本当かこれ?」
「ほんとだよ! 皆から言われたよ羨ましいって。お前も言われるから覚悟しとけよ?」
「みんなから?」
「当然だろ? 何しろうちの学校からたった5人だからな!」
ひろきには予想外の知らせだった。
なにしろこのところ、有明の事件以来、ひろきの家族は父の入院と治療でずっと苦労のし通しだったからだ。一時は後遺症の可能性も示唆されていた。年末年始の行事もまもともにやっていない。父が無事に退院できただけでも幸運と思うべきだ。――そう自分に言い聞かせてきたのだ。
「へへ――」
喜びとともに思わず声が漏れる。大声で喜ぶよりも心の底から沸き起こる喜びを静かに噛みしめたくなる。
「それ今のうちにしまっとけよ、無くすと大変だからな」
「うん」
ひろきは研次に諭されて我に返るとすぐに印刷物を自分のランドセルへとしまった。父の退院を境にして、思わぬ幸運が押し寄せてくる――そんな予感すらする。
汲めども憑きぬ喜びを噛み締めながらひろきは友である研次の方へと視線を向ける。
「そうだ――研次、お前、昨日の『ガイアース』見た?」
「あ、見た!」
「すごかったんだろ? 昨日の!」
「うん! すっごいカッコ良かった!」
「俺、途中しか見てなくってさ」
「そうか――それじゃ、ちょっとまってろ」
研次は再びランドセルを下ろすと中からB5版大の液晶タブレットを取り出す。
「あっ、すげえの持ってる!」
「へへ――、アニキのお下がりだけど、まだ使えるからって貰ったんだ。この中に録画したの入れてあるんだ」
研次は照れつつもタブレットを操作して動画プレイヤーのアプリを起動する。そして、保存してあある動画の再生リストを表示させる。
「これだ」
研次は表示された再生リストの中から一つの動画を指定する。
【○月○日:(金)PM6:59→PM7:30】
【番組名 :銀河警察・ガイアース 】
【話数 :第27話 】
【タイトル:強襲!コズミックマーダーインク!】
動画プレイヤーは素早く反応し、二人の次なる話題として現われた『ガイアース』の姿を高精度ディスプレイ上に映し出した。
「よかった! 自動録画アプリ、成功してた!」
「そうそう、これこれ!」
物語の中の英雄の姿を二人は食い入るように見ていた。
「新しい敵の戦闘部隊が出てきたんだろ?」
「あぁ、先月から出てきた新幹部のシーゲルって奴がすっげぇ頭がよくってさ銀河警察が太刀打ち出来ないんだ。ガイアースも大ピンチになるんだ」
ビデオディスクプレイヤーのディスプレイでは、ダークブルーのフルメタル戦士の姿があった。その戦士はディスプレイの向こうの超世界で徒手空拳の戦いを挑んでいた。その彼の前には左右非対象のアンピューティーな格闘機械戦士の姿があった。
「こいつこいつ! これが強いんだよ! シーゲルの部下でムチャクチャ強いヤツ」
「たしか名前は、第7銀河の処刑人、レッド・レヴィン」
二人の会話の間に、レヴィンは残像すら残さぬ超高速でガイアースのみならず、銀河警察のメンバーを次々に斬り刻んでいく。その映像を見ていたひろきが言葉を漏らす。
「やっぱり強いな。勝てないのかな?」
「なんだ。ひろき見てないの?」
「言ったろ? 出かけてたから途中だって」
「そっか。それじゃ、すごいのが見れるぜ」
その二人の視線が注がれる中で、ガイアースの体は砕けそうになっている。だが、ヒーローを信じる二人の少年の目の前で、そのヒーローは奇跡を演じてみせた。
「これくらいで負けるようじゃヒーローじゃないだろ?」
「あっ!!」
研次が意味ありげに告げれば、ひろきは目の当たりにした映像におもわず声をあげる。
砕け散ったダークブルーのアーマーの下からは、まばゆい銀光があふれだしていた。古いアーマーがふき飛ぶ。その下からライトブルーの下地に真紅の光のラインが走り回る新アーマーが現われていた。派手なCG装飾でメカニカルかつ流麗に飾られたそれは、少年たちのハートを握り締めるには十分以上のインパクトを持っていた。
「でた! すごいの!」
「銀河警察のエンジニアが大ピンチになりながら新型のアーマーを作ったんだよ」
「あっ! あの地球人の科学者」
「そうそう! そして、これが新しい必殺技!」
ガイアースが右の拳を天空へとかざすと、気合をほとばしらせるかのように両の目が光り出す。
「ブラックホールをつくって、敵をその中に永久に閉じこめるんだ」
映像の中ではヒーローが決めのセリフを告げている。
『ファイナル・リミッター解除! 風滅プログラム起動!』
プログラムを明示する電子回路様の光の文様がガイアースの全身を疾駆している。そして、ガイアースが全身から発するブルーのオーラは右拳へと集まり、巨大な黒い球体へと変じていく。強敵であるはずのレヴィンは早くもその黒い球体の力へと捕らえられ、離れようとするので精一杯である。そして、機を捕らえたガイアースは叫ぶ。
『風滅! ガイア・クロージャー!』
キーワードののちに黒い球体は画面内を疾走し、強敵をその中へと飲み込んでいく。そして、画面を揺るがせつつも黒い波となって四散していった。必殺技のアクションがもたらす余韻が二人を捕らえていた。そして、その余韻の中でひろきが言った。
「これが新しいガイアースさ!」
「……すげぇ!!」
不思議にも、それから二人はまったく言葉を閉ざしてしまう。
あまりの興奮と驚きと喜びに、無用な会話を止めてしまったのだ。
やがて動画アプリを止め歩きだす研次に、ひろきはこう語りかけた。
「なぁ研次」
「なんだ?」
「お前、ガイアースって……いや、ガイアースみたいなヒーローっていると思う?」
「そうだな、居て欲しいけど、それってヒーローが必要なくらいの事件が起きてるって事だからなぁ。そう言うひろきは?」
「僕は、そうだな、いたらいいなって思うよ」
「ふーん」
思案げに言葉を漏らせば、その脳裏に瞬間よぎるのは、あの有明の事件で出会ったあの人物――グラウザーの存在だ。そして、その事を秘密にしたまま一呼吸すると静かに告げた。
「うん。僕はヒーローは絶対いると思う」
ヒロキの語るその言葉は確信と喜びに満ち溢れていた。だが友である研次はまだ、友の抱いた確信の理由を知らない。
「居るんだったらホントに会ってみてぇな」
2人で笑い合っていたが、その傍らから新たに声がする。
「おはよう!」
二人が振り向けば、そこにはかなえが歩いていた。
「おはよう」
「おう、おはよう!」
元気に挨拶をかわせば、かなえが語りかけてくる。
「どうしたの? 二人ともそんなににやにやして」
「男の秘密!」
「なによそれ! あ! なにそれ!?」
親友二人で意味ありげに笑い合う姿にかなえは訝しげに様子をうかがっている。だが、その中で研次が小脇に抱えていた物の存在に気づいた。だが、それは決して喜ばしいことではない。
「いけね! 見つかった!」
「それ、タブレットじゃない! 見せなさいよ!」
「やだよ! メカオタクのかなえに触らせるとなにはじめるかわかんねーし!」
「大丈夫! 必ず直すから!」
「直すって! それって壊すこと前提じゃねーか! 逃げるぞ、ひろき!」
「おい待てよ! 研次!」
「あ! 逃げた! マテコラー!!」
早朝から騒々しくじゃれあう3人の前に、学校の校門が見えてきていた。そうしている間にも登校を促すチャイムとアナウンスが流れてくる。
今日も、子どもたちの賑やかな毎日が始まるのだ。